はぐれ巫女の鬼子
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「成川 幸は、継承戦を動かすための撒き餌だ。」
ズキリ、ズキリと、頭が割れそうな程に痛む中、呆然と__は立ち尽くしていた。
“ソレ”から知らされた真実は、あまりにも残酷。
半妖の__ですら、耳を疑い、言葉を失った。
「疑問に思わなかったかね?、__くん。他の子供達と違って、成川 幸個人には、何も与えなかった。」
金も、家も、武器も、地位も、なんにも。
「あぁ、そういえば…瀬豪の奴が気を利かせて、専属妖怪を探していたようだが、それもすぐに言って止めさせた。」
ズキリ、ズキリ、ズキリ。
頭が、痛い。
ここへ来て、本当に陰陽師の関与すら確定し、尚且つ、成川 幸と言う小さな命の存在の意義を知った。
「この戦争の中で、極端に弱い立場の者を作りたかった。そうすれば、『ベルター』、『テイダー』、あるいは『イーシャ』。この辺りが、成川 幸をきっと殺してくれると思った。」
『撒き餌』
この継承戦争において、ただただ殺される為だけに生を受けた存在。
幸が生まれたことに、まるで意味なんかないと、そう言わんばかりに。
「だが、君の存在があったことで、その思惑は阻止されてしまった。……しかし、発破をかけるには十分だったようだ。」
引き金を引いてしまった以上、次は自分が……。
殺らねば殺られる。
それ故に、継承戦は苛烈を極める結果となった。
全ては目の前の男、ーーガランド・ルーの思惑通りに。
「う゛うぅぐぅ…ッ!!」
頭が割れそうなほど痛い。
何か、黒いものに体が蝕まれている。
されど、頭を押えながら何とか立ち上がろうと、僕は震える足で起き上がる。
「おいおい…無茶をするものじゃあない。度重なる連戦で、君の躰は、妖気に蝕まれている。このままいけば……」
「五月蝿いッ!!!」
鬼となり、血と怨嗟で黒く染まった鋭い爪で、ガランドの顔を引き裂く。
「こんな…こんなことあってはならない……ッ!!」
親を失い、身よりもなく、必死で生きようと足掻く少女の命が、幼くして死ぬためだけに生まれてきたなんて、こんなこと、あってはならないのだ…!!
金と利権の絡む、下らないこの戦争のためだけに、そんなモノの為に利用され、殺されていい命ではない。
「例え……例え本当の兄妹じゃなくたって、僕にとって、ユキちゃんは大事な家族なんだぞッ!それを、こんな下らない戦争に巻き込んで、挙句の果てには撒き餌だなんて……許されるとでも思ってるのかッ!!?」
「そう、想定外だったのは“そこ”だ。」
まさか、撒き餌となる存在の血縁に、“鬼子”が紛れていることが、想定外だった。
僕の言葉に、微塵も興味を抱かず、感情が動いた様子もない。
ただ自らの行動に、予想外の物事が起きてしまった。
ガランドにとっては、その程度の認識でしかないのだ。
「はぁッ…ぐ、っ…うぅ゛…!、鬼術ッ…、鬼…じゅつッ!!あ゛ぁ゛ッ!!」
痛い、痛い、イタイッ!!
頭が焼き切れる!!、これ以上、鬼の術を使えば、“人”でいられなくなる!!
魂が、妖怪そのものになってしまう…!!
「あー〜あ、だから無茶をするなと。君は人と妖の狭間にいる、実に業の深い存在だ。」
キーンと耳鳴りがする中、蹲る僕を見下ろすガランド。
「巫女と鬼。浄化と穢れ。対立した概念の隙間に生まれた存在なのに、君はいたく双方から愛されていた。」
ぴく、と僕は反応する。
巫女、鬼…母と父の存在。
なぜ、なぜ、ガランドが“それ”を知っている?
両親の存在を、なぜ、コイツが、
「想定外というより、これは僥倖だ。__くん。」
「ガッ…!」
痛む頭を踏みつけられ、僕はガランドを睨みつけるが、およそ効果を成しているとは思えない。
「私は、ずっと、君の“父君の力”を欲していたからね。」
「ッ!?」
「だが、流石は術持ちの三本角と言ったところか。君の父君は酷く頭が良かった。今分かったよ、“なるほど、この時のためか”と。」
ニタリと笑う老人の、皮膚が裂けた相貌が、みるみるうちに軽い煙をあげて修復されていく。
「この際だ。君にも継承者としての資格を与えよう。」
「お、前…ッ!、人間じゃ…!!」
「ブライド、足場を頼む。」
「!?」
傷の修復が完了し、今度は何もない空間から、影のように誰かを呼び寄せる。
「改めて、初めまして。私はガランド・ルー。君の父君を死に追いやった、君の仇だ。」
足蹴にされた状態での屈辱的な告白。
頭だけじゃない。
今度は、目の前まで黒く染まりだした。
自制が効かない、でも体も動かない。
どうしたって、勝ち目がない。
ギリギリと握りしめた拳から、血液が垂れ流され、ドス黒くコンクリートを汚す。
ーーだれか。
ーーだれでもいい、だれか、たすけてくれ。
ーーしょうきにもどりたい、だれか。
■■
数時間前。
足止めしてくる妖怪を鬼術で撃破した後、僕は現在、エンラの後を追いかけていた。
まだ完全には見失っていない。
建物から建物へと、跳躍をつけて移動しながら、ちょうどいい“位置”を探っていく。
僕はエンラの背中目掛けて鬼術を発動する。
自らの牙で皮膚を傷付け、妖力を込めた血液を辺りに飛び散らせる。
「“鬼術 爪紅乃弾丸”」
血液を栄養とした妖術が、植物のホウセンカと似た形へ成長し、弾丸の発砲準備を終えた。
あとは、焦点を合わせるだけ。
パァン!!と、目標に合わせた種が一斉にエンラへ向けて解き放たれていく。
「……。」
結論から言うと、手応えはあった。
何発か被弾したエンラが、体勢を崩して、目的のビルへと突っ込んでいく様をこの目で見たから。
だが、被弾する形で突っ込んだは良いもの、その前にエンラを庇おうと、邪魔をする存在がいた。
だから多分、今の攻撃、当たりはすれど、“決定打”にはなってない。
「はぁ…オマケにさっき“取り逃した分”までとは。」
まだまだ自分は未熟だなと思わざるを得ない。
先程の一撃で仕留めきれなかった、月狼の一人が、飛行型の妖怪を使って上空を舞っている。
「あークソッ…完全に伸びてた…!肝心な時に…役に立たねえよな、俺ぁよォ…」
「…さて、どーするべきか。」
そう簡単に、鬼術もポンポンと出せる訳じゃない。
セツナやベルターを殺すための分を残しておくとなると、いよいよこの辺りで、ゾンビアタックなるものを繰り出す感じになりそうだ。
周りの光景を目にしながら、僕はコキ、と首を鳴らす。
「悪ぃがベルターを護れとの依頼なんでね。勝ち目なくても、邪魔はさせてもらうぞ。『仕事は途中で投げ出すな』がリーダーの方針なんだよ。」
「…さいですか、良い心掛けです。感心しますね。」
だが邪魔だ。
退いて欲しいものの、どうするべきか。
「下級の妖怪がたくさん…元凶は恐らく、あの空を飛んでる男のせい。」
さっき、あの男の手から、大量の小さなカプセルが降ってきた。
僕の目の前にいる下級の妖怪達は、そこから飛び出してきたので、男はそういう、妖怪を使役出来る能力があるのかも知れない。
だから、間違いなく男を叩けば、攻撃は止められる。
でもなぁ。なぜだろうか。
この戦闘で、物理的な痛みや苦痛に対して鈍くなってきている気がする。
顔が焼かれようが、爆破されようが、そんなに痛いと感じない。
だって、ユキちゃんが、あの小さな体で背負っているものと比べれば、僕の今の状況なんて、苦痛に値しないんじゃないかとか、考えてしまうから。
「なんでもいい、ただ、ベルターの首に届きさえすれば…。」
或いは、心の臓。
握り潰し、その全てを、ユキちゃんの命を奪おうとした代償を。
「痛っ…」
ツキン、と頭に一瞬、鋭い痛みが走る。
…あまり時間が無いかも知れない。
鬼術は、いわば妖怪が使う妖術と一緒。
使い続ければ、僕の魂はより妖に近くなり、クールダウンを待たずに連発は出来なくなる。
大きな術を使えば使うほど、そのクールダウン時間は長い。
「やっぱゾンビアタックがいい。そうしよう。」
言い聞かせるようにそう呟いてから、僕は最初に襲ってきた下級の妖怪を、コンクリートの床に叩きつける。
血と肉片を撒き散らし、臓物がぐしゃりと飛び出てくる。
無心で妖怪を潰していく度、生温かい赫が体や顔に飛びかかってくる。
「……。」
手が汚れていく度、もう戻れないと感じる。
何が正しいのか、よく分からない。
これは正しいことのはずだ。
けれど、僕の意識に反して、頭の中が黒いモヤに侵食され、視界が暗くなっていく。
「正しい…ッ、正しいはず…、だってこうしなきゃ、ユキちゃんは…!」
ズキズキする。
苦しい。
覚悟していたはずなのに、なんでこんなに、
「タノシイ」
バキャッ!!
「ッ!?」
不意のことだった。
真横スレスレに、何かが飛んでくる。
頬を掠っただけなのに、ぶしゅ!と血が吹き出てきた。
瞬間、自分が背後を取られ、攻撃を受けたことによる衝撃で、一瞬にして頭のモヤが晴れていく。
まるでトルネードでも食らったみたいだ。
「こんなことに“アオイ”を巻き込みやがってぇえ…!!、諸共殺してやるッ!!」
アオイ…、アオイ……?!
「えっ、速水さん!?」
「アオイを外にけしかけやがった男は、全員殺す!!」
「…??!」
ソレを見た時、本当に訳が分からなかった。
頭で理解していても、どこかでそれを拒んでいる自分がいたのだ。
なぜって、そこに居たのは速水さんそのもの。
だけれど、ソレは速水さんであって速水さんじゃなかった。
一体いつから僕を追いかけてきていたのか、はたまた最初から付けられていたのか。
少なくとも僕が知ってる速水さんは、ビルからビルへ、単純なジャンプ力のみで移動出来るような人ではない。
妖力も何も感じないのに、まさか、その肉体のみでここまで追いかけてきたのか…?
これは…この子、人間なのか…?
「『砲丸投げ』」
「!」
やばい、なんか出すつもりだ。
なんだ、どう来る、どう回避する…ッ?
「おいッ!、回避し…!?」
「!、上…!?」
先程、倒した妖怪の首をもぎ取った速水さん?が狙ったのは、僕ではなく、妖怪を使役して滑空している男の方。
投げられた豪速球の首は、的確に滑空していた妖怪の羽にぶち当たり、乗っていた男はバランスを崩して落ちそうになっている。
たった数十秒の出来事で、ここまでの終結が出来るものなのかと僕は呆気にとられる。
「『走り高跳び』」
強い。
あまりにも強い。
目を奪われる。
人間でありながら、ここまでの超人的な力を出せるのであれば、その上を行くはずの妖怪の価値とは何だろうかと問われるくらいには。
あれは正気なのか?
あの力の奔流で、体が正常なのなら、飲まれそうになっている僕があまりにも小さ過ぎる。
ドォン!!
「凄い」
思わず声をあげる頃には、元凶である男はコンクリートに叩きつけられていた。
轟音を立てて揺れる建物、速水さん?の存在感。
魅せられる。
本気で何かしらのスポーツ観戦をさせられているようだった。
「次ぃ…、次はお前だぁ…!」
しかしだ。
「うわ…ッ!」
今のこの状況。
もしも彼女が、妖怪という存在全てを、敵だと認識している状態なら。
「ヤバいヤバいヤバい、流暢に見てる暇なかった!」
現状、速水さんは速水さんじゃない。
慌てて僕は後退り、エンラが突っ込んで行ったであろう推測が立てられるビルへと駆けていく。
鬼術に被弾した時、衝撃で“見覚えのある”`ビルの窓を突き破って行ったのが見えたので、なんであれ、ヤツがそこにいれば追いかけることが出来る。
「逃がすかよぉお。」
背後でそんな、おどろおどろしい声が聞こえた気がしたが、すぐに引いたのが功を奏したのか、追いかけてくる素振りはなく。
これ幸いと、僕はビルからビルを縫って、エンラがいる場所へと自らも突っ込んだ。
ガシャーン!!
ガラスを突き割り、僕は素早く周りを見渡す。
「おい、来たぞ!!」
「ボスを護れ…ッ」
「邪魔。」
エンラが突っ込んだビルは、コニアくんが情報でくれたベルターのいる本拠地。
ここまで来れば、もう遠慮をする必要は無い。
マシンガンを突き付けてくる人間の護衛達を、邪魔だと蔓木柱で壁に叩き付け、僕はベルターのいる部屋を目指す。
さっきの邪魔が入ったせいで、ベルターはどこかへ連れて行かれているに違いない。
ビル内を小走りで駆け巡り、僕が目指したのは上。
屋上のヘリポートにいなければ、護衛のセツナか、あるいは、エンラが別の場所に連れて行くに違いない。
「……。」
階段を上った矢先、目の前で妖気しか感じない、いかにもなベルターと遭遇した時、僕は蔓木柱で容易くそれを払い除ける。
「ありゃ〜、やっぱバレちった?」
「!!」
「“雪人形”、君の思ってる通りだよ。」
ここへ来るまでに時間がかかってたみたいだからね。と、頭上で女の声が聞こえた。
「足止めを食らってたのかな、おかげで細工はりゅうりゅう♡」
ーー『初めまして』、『久しぶり』
「…セツ、」
ゴシャアッ!!!
「さぁ、リベンジマッチのお時間です。」
セツナのしていた細工。
階下の柱をいくつか凍らせ脆くした後、時間が来れば自動的に全ての柱が崩れるようになっていた。
おかげで地下の六階までの足場が崩れ、その間、セツナの攻撃を食らうことを考慮し、回避に専念する羽目に。
衝撃により降ってくる瓦礫の下敷きになり、破片が身体中に突き刺さる。
「少しは効いてくれた?それとも、鬼子ちゃんからしてみれば、これも挨拶みたいなモンかな?」
「………。」
血みどろのまま、体にのしかかってきた瓦礫を押し退け、僕は立ち上がる。
今一度、僕の目的は何たるかを、ここで思い出せ。
お前の目的は、そう、ベルターを殺すこと。
ユキちゃんへの報復が、二度と出来ないように。
「クス、いいね♡最初から、全開って感じだ。」
されど、人間を殺すことに変わりはないから。
今の僕は、完全に人に害なす悪鬼だ。
…“鬼”の間では、こういうのなんて言うんだったかな。
「六根罪障、燃ゆるが如し。」
ーー 我、悪鬼羅刹となりて道逝くは、ただひたすらに毅く、靭く、剛く、勁く。
「家に置いてあった書物抜粋。」
落ちてきた空間は、すでに霜が降り始め、冷たい空気に包まれている。
僕は白い息を吐きながら、目の前のラスボスを静かに見据えるのだった。
■■
「クス、闘いはお嫌いかい?、鬼子ちゃん。もっと純粋に愉しもうぜ?」
…いや、純粋にって…。
こんなんで闘えるかよ……。
「さっむい…!」
流石は雪女…、閉鎖的な空間での雪や氷はスッゲェ寒い…!!
地面が雪で覆われ、冷たく凍り出してるせいで、鬼術を使っても、すぐに応えてくれない。
「どう足掻いても眠っちゃう…」
低温の世界で生きられる生物は少ない。
寒ければ寒いほど、大地の底にあるエネルギーに声が届くまで時間がかかる。
大地そのものが、温かくなるまで眠ってしまうから…!
「私の観点から言わせてみれば、」
「!、痛ぁッ!」
雪玉…?!、いや、これ、当たった傍から凍りかけてる…!
「君は闘いに対して、凄い覚悟がいることだって思ってる。なぜだい?」
「なぜ…?」
闘い=他者を殺すことだぞ?
覚悟がいるってなんだ、そんなの当たり前だろ。
だって他者を殺して、生き延びなければ…次は自分が…
「神妙な顔して考え込んでるねぇ。単純でいいんだよ。差し当たって、雪合戦などいかが?」
ーー 氷爆。
「!」
また飛んできた…回避…ッ!
「一つだけ、初心者の君に私からアドバイスさせてもらうとね。」
飛んでくる大量の雪玉。
これじゃ回避が間に合わない。
パァン!!パァン!!と音を立てて、雪玉が破裂し、薄く氷を張るせいで、身動きが取りずらい…!
「闘いってのは、美学が大事だ。」
「はぁ…?、び、美学?」
攻撃を受けながら、僕は怪訝な顔をする。
「固定概念に囚われてないかい?、必ずしも、他者を害して勝ち得なければならないことはない。」
「……」
「『手段を選んで』なお勝てるのが一流ってモノだよ、鬼子ちゃん。」
時代は移り行くものだからね〜と、セツナはあっけらかんとクスクス笑う。
「それによって戦闘方法も変わるし、戦略も変わる。適応して手段を増やして、それを選んで勝ち取るから、“美学”なのさ。」
適応。
闘いに順応し、その中で生き残る戦略と慣れ。
ハンデがあってなお、選択肢が大量に存在するから、いちいち覚悟を加えずとも、勝利への道を模索出来る。
考える時間は無限にある。
人間ではなく、僕達はその垣根を超えた妖怪なのだから。
「…されど時間がない。“余裕も”ない。」
戦闘初心者には、ハンデがあまりにもデカ過ぎやしないか。
タイムリミットあり、相性最悪のラスボス、そして僕自身、素材が良くても、コイツよりレベルが低いこと…!!
「闘いなんて無益なものだと思ってんだけどなー…」
あまりにも平和主義が過ぎたか。
妖怪の世界ってのは、こういうものなのか。
或いは、“この人は”、そこで生きる方が価値あることだったのか。
「おおっと、っぶね。」
一番効率よく出せる鬼術の蔓木柱を出してみるが、やはり寒さのせいで、初速が晴華くんと闘った時より遅いこと、遅いこと。
容易くセツナに避けられる。
「さっきから、あんまりこーいう術出して来ないよね?、結構余裕あり?」
「…そう見えますか?」
「純粋な質問なんだけど、君、寒くないの?ひょっとして、鬼って体温高い個体?」
「は、……?」
パキパキパキ…と微かに聞こえてきた音に、僕は酷い寒気がする。
「この部屋の気温、どんどん下がってるよ。」
完全に部屋が氷と霜で覆われている。
原因は、さっきの爆発する雪玉…!
あっちこっちの壁にぶつかった雪玉が、弾けて範囲を拡げている!
「“陣”は敷かれた。頃合いだ。」
ーー 真価 お披露目。
「!!」
「『雪華庭園(スノーガーデン)』。」
雪と氷による密閉空間…!
氷を模した花や草木の中に、尖った氷柱の有象無象。
足場を間違えたら大ダメージだぞ、これ!
しかも、ここまでの広範囲で、相手の意図する技は、恐らく…
「奥の手…!!」
マズイ、この人に応対するレベルの奥の手なんて大技、まだ僕は持ってないぞ…!!
「さあ、手早く済ませようか。寒いの、苦手なんだ。」
「ぐぅ…ッ」
くそ、イケるか…!?
出し惜しみしてたら間違いなく負ける…!!
でも術がタイミングよく出てくれる保証もない…!
「気を付けなよー、そこら一帯凍ってるから、足元、危ないよ?」
ーー 『雪華庭園限定 “氷龍”』!!
「デッ…!」
デカイデカイ、スケールがあまりにも違い過ぎる。
予想してたのと全然違う!
慌てて僕は氷の攻撃から逃れようと駆け出す。
瓦礫の破片が刺さったまま、血を垂らして走り回る無様さと来たら。
何が我、悪鬼だよ。雑魚の間違いだろ。
自虐を繰り広げてる暇なんかないのに、頭の片隅ではずっと自分が自分に罵倒を投げかけている。
その間、セツナの奥の手から生まれた、地下六階の空間を覆うほどの龍は、僕に噛み付こうと、あちこちに噛み跡を残し、氷の破片や瓦礫を撒き散らしていく。
「うぅ〜寒いーッ!!、蔓木柱!!」
何とか妖力を絞り出し、時間はかかる状態での術を発動。
すると今回は的が大きかったから、何とか命中してくれた。
が、氷の生成速度的に、セツナはこれだけじゃ終わらないだろう。
高火力の洗練された術を、凄い勢いでガンガン出してくる…ッ
「良いね♡、氷とはいえ、あの龍も幾分か硬いはずなんだけどなー。」
ーー “雪人形”
「!?、え、あれ、向こうの方に……」
背後で龍との闘いを観戦していたはずのセツナが、目の前にいる。
いや、“目の前”だけじゃない!
「“雪化粧”、こっちにもいるよーん。」
「あっちにもいるよー。」
「私が混乱しちゃうよー!止めてー!」
いつの間にか、大量のセツナが僕を取り囲んでいる。
そういえば、この人と最初に家で闘った時…!
殺したはずが、死体は跡形もなく氷と水、雪で覆われていた。
その時のヤツか…!!
「うおぉ…!!蔓木柱!」
「危なーい!私ー!」
「コノヤロー!私を攻撃しやがってー!」
「鬼は外だ!やっちまえー!」
「全然、当たらない…!!」
一体一体が速すぎるし、知能も本人並みに高いぞ、この分身…!
的が大きい龍と違って、今度はセツナ本人とその分身が混じって氷柱による攻撃をしてくるせいで、蔓木柱を凍らせて足場代わりにされる。
そうでなくても、間を縫って隙間から特攻してくるから、当たらないどころか利用されてる…!
これじゃ晴華くんの時と同じだ…!
一芸だけじゃ何ともならないのは分かってる。
捻り出せ、時間がかかってもいいから、セツナの分身の技を潜り抜けられる鬼術…!
「『雪華庭園限定 氷血 “紅蓮凍”』」
術を捻り出そうとしている間に、セツナはもう次の技を出してる。
振り向けば、本体と分身によるセツナの血液から凝固した何かが、徐々に形を成していく。
範囲の広い、一点集中型の攻撃。
「あっ…ッ」
でも、ヤバい、かいひ、まにあわな
ゴッ!!と、それの攻撃により、衝撃が走る頃には壁にぶち当たり、僕は痛みに呻く。
当然のことながら、瓦礫が更に体に突き刺さるワケだから、至る所から血が吹き出る。
寒い、今まで“体を再生させることなく”辺りに妖力を込めた血を垂れ流していたが、さすがにこの大量出血はしんどい…。
しかも絵面があまりにも無様だし、ただただ情けない…!!
平和ボケした妖怪の滑稽さが、あまりにも如実に浮き彫りになる…!!
「ひゃー!凄いね、ホームランだー!」
「こっちに飛ばさないでよー!危ないだろー!」
「腰抜けたー!誰か手ぇかしてー!」
「コラコラ私達〜、喧嘩するんじゃありませ〜ん!喧嘩相手なら事足りてるんだから。」
「クスクス、確かに…♡」
壁の向こうから、ずっと同じ声質で聞こえてくる余裕そうな女の声。
もう少し、あと少しだけ、耐えろ…“種は既に巻かれているんだから。”
「よぉし、皆!今がチャンスだ!お餅にしてやれーー!!!」
わらわらと、大量のセツナ達が僕目掛けて襲いかかってくる。
イケる、僕目掛けて、一箇所にセツナが集中した今がチャンス。
ーー 鬼術『落華狼岩』!!
「わ、!!」
突如、ゴオォ…!と地表から轟音を上げる地下六階。
一瞬、地震のようにビルが揺れたかと思えば、次の瞬間にはコンクリートを突き破り、吐出する巨大な円錐状の棘。
棘に構成される物質は、岩と土。
地表から出てきたのは、自然が形作ったセツナを斃すための硬い鉱物達だ。
正確には、岩や土の中に潜む微生物を操ってこうなっているワケだが、それが僕を中心として、狭い範囲ではあるが、円状に突き出ている。
なので、一箇所に集中攻撃を加えようとしていたセツナの分身を大幅に減らすことに成功。
運が良い事に、本体の足を一本持っていくことも叶った。
片足を無くし、落下していくセツナを見て、僕は安堵する。
…だが。
「ーー 素敵じゃないか。これで“鬼禁術”じゃないって所が、特に。」
「!!」
ブゥン!!
突然、周りを氷による薄い膜で覆われた。
「『“氷域結界”』」
「なんだ、これ…?、割れ…!?」
ガシッと体を押さえられ、身動きが取れなくなる。
氷の膜の中に、いつの間にかまたセツナの分身がいる。
しかも、一体じゃない。
また、何体も、氷の中で復活してる。
セツナの本体は外。
そして、自分の血液で固めた氷の義足を頼りに、こっちに狙いを定めている。
「『雪華庭園 極北 “氷燐葬塵”』」
ボム!!
冷たい爆発音が耳に劈く。
妖力で氷の膜の中で、氷柱や、雪が体に突き刺さり、内部で暴れてる。
体温を保っていた血が凍り、体の芯から一気に冷えていく感覚がした。
いや、というか、もう感覚すらない。
冷た過ぎて、体の一部が無くなっても気付けないかも。
氷の爆発をくらい、パキパキ…と膜が割れると同時に、重力に逆らえず倒れる僕。
「寒い…!、血が凍る…!!これ以上は“出せない”…!回復しないと、死んでしまう…!!」
「さあ、続けようか。」
悠然と一礼をして、セツナは笑う。
「禁術でもない、相手は戦闘初心者の鬼子ちゃん。なのに、あそこまでの威力を出せるって、“鬼禁術”は相当なものなんだろうね。」
「うぅ…」
感覚のない手で無理矢理状態を起こし、僕は白い息すら出なくなった肺で、必死に呼吸する。
「一度で良い。奥の手を、“鬼”という妖怪の奥の手、“鬼禁術”を、この目で見てみたい。もっと熱を、熱く、滾るような、そんな瞬間を。」
だから出せねーんだってば!
こっちは生まれてから、まだ十六年だぞ…!
他の妖怪からして見れば、赤子みたいなもんなのに、奥の手なんて強大な技、持ってないんだよ。
…言ったところで、通じないんだろうけどさ。
「引き出したい…!、君の本気を!覚醒するんだ、次は何を魅せてくれる!?」
通じない上に、もう限界だ。
削られてるせいで、鬼術の手札も出せるものがカスみたいなヤツしかない。
なれば、やることはひとつ。
「……え?、逃走…?」
バタバタと凍り付いた足を必死に動かし、僕はセツナから背を向ける。
生き残りたい。
この場から。
死ぬことだけは避けないと……一人にしてしまう、あの子が、もう、一人にならないように。
僕みたいな、孤独を抱えないように…。
「…終わりって、こと……、マジか……いや、でも、そっか、勝手に期待して、勝手にガッカリするのは、違うだろ。相手は私より、未熟。よくやった方なんだ、これで終わり、ありがとうって………そう言うべき…………」
…………。
………………。
……………………。
「寒い………」
ポツリと聞こえてきた、セツナの声。
声に反応してか、ザワザワと地面がざわめき出す。
「さむいなぁぁあぁあぁぁあ…っ……」
「ッ!?」
バキャ!!と足元に生えてきた氷に殴られ、僕は前方に吹っ飛ばされる。
「鬼禁術を見られなかったのは残念だけど、楽しかったよ。」
ーー “氷纏手甲”
氷を纏った拳と、氷龍が同時に襲ってくる。
トドメを刺すつもりで、本気で殺りに来ている。
「ありがとう。さようなら。」
ガシャアン!!
無慈悲な氷の割れる音。
崩れたボロボロの地下六階。
氷、雪、岩、土、崩れたコンクリートの破片、剥き出しの鉄屑たち。
荒れ放題となったそのステージにて、勝負は着いたかのように思えた。
「寒いなぁ。」
「そうですね、もう少し緩めて欲しいです。」
「ッ!!、マジかよ、背後に…!!」
ゴシャッ!!とセツナの脇腹を単純な拳で殴り付け、僕は吹っ飛んでいく彼女を追いかける。
「確かにやったはずなのに、どうやって背後に回り込んだ…?!」
「驚いてる割には嬉しそうですね。」
吹っ飛ばされてなお、セツナの顔には愉快な笑みが浮かんでいる。
落華狼岩の鬼術を使いながら、モグラ叩きのようにセツナを追いかけ、“準備”を終えていく。
「ゼェッ、ハァッ、なんかさっきと全然“顔”違うね、余裕そうな顔してる…!!」
「そう“見えますか?”」
「クス、さては、まだ隠してるな?この盤面をひっくり返せる程の“大技”をーー!!」
一応、技は『二つ』ある。
時間をかけて、ようやっと育ってくれたものなのだ。
何とか上手くいってくれるよう祈ろう…。
「真正面からやり合うのは愚策も愚策…、いつも通り粛々と、搦め手を用い、策を講じ、ペースを掴ませぬよう立ち回る……べきなのに…」
「ん、」
雪が、セツナの方に集まっている。
僅かに渦を巻く風の勢いに乗って、彼女の妖力が増していくのが分かった。
「生まれて初めてだ、こんな気持ち…」
ーー 『雪華庭園 極北 “魔笛ノ凍”』!!
「不思議だ、今ね、全然寒くないや。」
出来上がったのは巨大な氷像。
おぞましい氷像の化け物の頂上には、一人の天使を模した氷像が喇叭を構えている。
そして、発射口となるその部分に、妖力のエネルギーがドンドン溜まっていっているのも分かった。
「真正面から君を捻じ伏せる!!、魅せてくれ!!、君の奥の手とやらを!!」
「………ーー 」
息を吸い、痛む肺で言葉を紡ぐ。
莫大なエネルギー同士のぶつかり合い。
先程の轟音以上の轟音を響かせ、ベルターが所持していたビルを中心として、周りに地震を引き起こす。
周囲の建物はグラりと揺れ、街を歩いていた人々は揺れのあまり転けてしまう者、柱を支えにしないと立っていられない者までいた。
大きな揺れはおよそ数分に渡って長く続き、嫌な静けさだけを残して収束していく。
「……、勝負は、一手差だった。」
カラカラ…と瓦礫が僅かに崩れ、破壊し尽くされたその場所で、セツナは笑う。
さすがに、妖力のほとんどを注ぎ込んだ大技を使って、無傷でいられるほど、彼女は完璧じゃない。
セツナの左腕は吹き飛んでいた。
顔も体も血濡れ、左目も恐らく使い物にならないレベルで損傷している。
「もしも君に、攻撃と防御を同時に行えるだけの練度があれば、結果は逆だった、…かもね。」
余裕のない顔で笑うセツナの目線の先には。
「ああ、なんだか…とても、眠い…………ぁ、れ?」
ぐらりぐらりと彼女の体が危なげに揺れている。
同時に自分の目で見たものが信じられないのか、目を見開き、驚いた表情で床に倒れるセツナ。
「い、ない……?、確かに、そこに倒れていたはず、なのに……。」
そう、セツナの目線の先には、先程まで彼女の大技を受けて、事切れている“僕”がいたはず。
でも、瞬きをする頃には、その僕は跡形もなく消えていて。
ただ、瓦礫が積み上がっているだけだ。
けれど、セツナが倒れて、初めて気付いたものがある。
「……花…?」
白い花。
目線を低くしなければ、見えてこなかったもの。
セツナ本人が、雪で作り出した花ではなく、本物の自生している花。
先程のぶつかり合いで、至る所に穴が空いて、光と風が入ってきているからか、その花は光合成を受けて、優雅に咲き乱れている。
「…、ここだけじゃ、ない。」
瓦礫の隙間、部屋の隅、崩れた五階の床。
何を養分としているのか、まるで花畑のように咲いているその白い花。
「…『鬼術 睡生夢死』。」
カツン、と靴を鳴らし、僕は倒れている彼女を仰向けにしてやる。
「…時間差の毒ですね。」
「……はは、ズル。最初から“奥の手”なんか使う気、なかったんだ……」
「…そもそも持ってないです。」
白い花の正体は、鬼術で咲かせたラッパスイセン。
冬の寒い時期を乗り越えて咲く、綺麗な毒花である。
とにかく、このスイセンを育てるために、温度のある養分が欲しかった。
だから、瓦礫の破片が刺さったままで、温かい自らの血を周りに撒き散らし、それを養分代わりとして育てた。
育ったスイセンから出た花粉が、攻撃の最中に舞い上がり、その空気を吸っていた影響で、セツナは途中から攻撃の手が僅かながらにブレていた。
さすがに歴戦の雪女とだけあって、効くにはかなり時間がかかったし、お陰で僕ももうボロボロだ。
「いつから…だった…?」
「氷の膜を張り出した辺りです。あの時、貴女は中心に僕を閉じ込めたと思っていたようですけど、その時点から、大幅に目的の位置からズレてました。」
毒の効き始めは、多分ここから。
攻撃は多少受けたが、それでも致命傷は避けられた。
「…マジかぁ、じゃあ私がさっき本気で出した、アレの時に使ってたヤツも…?」
違いますと、首を横に振る。
「あれも鬼禁術ではないです。大きくするのに、めちゃくちゃ妖力は使いましたけどね…。」
「クス…成長が著しいねぇ……」
嬉しいことだろうに。とセツナは続ける。
「泣きそうな顔、してるね、なぜだい…?」
「………。」
セツナを膝に抱えて見下ろす僕の顔は、一体どんな顔をしてるだろう。
今更になって、なぜだか彼女との別れが少し寂しくなっている。
「…美学の話、思い出しちゃって」
「美学…ああ、あの時の。」
「もう少し、僕が経験を積んでれば、こんなことにはなってなかったのかなって……。」
……と、少しの沈黙が降りる。
経験や手段があれば、こんな時、殺さずに、再起不能にしてベルターの元へ行くことも出来たはず。
こんな結果になってしまった手前、今更どこかで回避できた未来があるんじゃないかとか、甘ったれた考えが出てきてしまう。
「…無理だよ、鬼子ちゃん。雪女ってのは…そういうものだ。能力を使えば使うほど…体に霜が降りていく。」
体は凍え、髪は能力を使う度に白くなり、やがて霜が脳に達しても止まれない。
セツナはポツリ、ポツリと言葉をこぼしていく。
この闘いは、決して避けられるものじゃなかったと言わんばかりに。
「死して尚、闘いを求め続ける。熱を求めて、寒さを凌ぐため…に…」
「……。」
「…ああ、でも…今、温かいよ……どうして、かな…」
クスクス、クスクス……と笑う小さな声は、やがて静かに途絶えていった。
僕は彼女を仰向けにしたまま、瞼を閉じている彼女の手を胸元に持ってくる。
「………。」
一呼吸置いて、僕は立ち上がると、温かい日の下で“ある花”を咲かせた。
その花に、行く末を任せ、ビルの屋上をまた行ったり来たり。
“煙そのもの”を感知してくれるその花を辿った先には、ヘリコプターの音が小さく耳に入ってきた。
「………。」
静かに、静かに。
逃げられないよう、まずヘリを壊そう。
いやに冷静な頭で僕は目的のビルに飛び移る直前、鬼術を発動する。
「…蔓木柱。」
結局、これが一番使い勝手がいい。
人工物であれば、簡単にこうして潰れてくれるんだから。
ドォン!!と爆発したヘリを目視で確認し、僕はベルターとエンラのいる場所へ降り立つ。
「ッ!!、どうやってここに…ッ!匂いも、音も、気配も、妖気も、全て煙に巻いたはず…」
「煙…。」
エンラの出す煙を指差して、僕は呟く。
「……煙?」
「…。」
無言で、手に持っていた植物を見せる。
先程、鬼術で生えさせた、蕾の状態の花。
しかし、こちらへ飛んでくるエンラの煙に反応して、それは、ゆっくりとその実を咲かせた。
「!!、煙そのものに反応して…!」
「ビブリスギガンテア。」
煙を浴びることで、発芽を促進させる不思議な植物。
エンラの出した煙にのみ反応するよう、改良した。
「…十分距離を取ったはずなのに…こんな簡単に、破られるとはね…」
何かを悟った手前、エンラはすぐに構えた上で、攻撃を寄越してくるが、近くに寄って来られれば、対処は簡単だ。
鬼の力があれば、張り手で顔を吹き飛ばしてしまえる。
パァン!!と腕力のみの力でエンラの頭を叩けば、衝撃に耐えきれなかった内部が破裂し、首から上の部分がボールのように弾け飛んだ。
「は!?…ひ、だ、誰だテメェ!!、セツナ!!セツナはどこだ!?」
「…あら、あの人から教えられてなかったんですね。可哀想に。」
教える価値すらないと思われていたのか、はたまた、今までやられてきた事による私怨で、わざと教えなかったのか。
今となっては、分からないけれど。
「…成川 幸ちゃん、覚えてますか?」
「な、りかわ…ッ!?、あ、ああ、あのガキか!、そ、そうか、お前、あのガキの専属妖怪か!?」
「……。」
「と、取り引きだ!!、いくら積めばこっちに着く!?、あんな、何も持たない弱者のガキより、俺に着いた方がよっぽど良いはすだ!!、お、俺は!!もっとデカく…!!」
もういい。
マフィアの男のクセに、聞いていてほとほと呆れる。
何を求めていたのだろう。
もう、全部終わりにしよう、ベルター。
「終わりにしましょう、ベルター。」
冷たい目で僕が笑いかければ、酷く青ざめた顔をするベルター。
「祟り殺してやる。お前が二度と、この地に上がって来れないように。地獄の底に堕ちるその時まで。」
■■
ぐちゃり。
ふと気が付けば、肉の塊から臓物がまろび出て、それすらもぐちゃぐちゃに潰していた。
顔を執念に殴って痛めつけていたから、眼球や脳が飛び出して、もう原型を留めていない。
人間はヤワだから、本気で殴ったらすぐに死んでしまう。
だから、手加減してゆっくりゆっくり、拳で殴り、痛めつけて殺していた。
手は真っ赤だった。
所々に、肉片が挟まっていて凄く汚い。
「…飽きた。」
頭が潰れ、花のようにパッカリと開いているベルターの残骸を見て、僕は虚しさを覚える。
ユキちゃんに手を出しそうな不安因子は、これで居なくなった。
でも、まだ油断は出来ない。
馬乗りになっていたベルターの体から降りて、僕は腹いせにベルターの体を蹴り飛ばす。
そのまま、ビルから降りようとしたその時だった。
「ふむ。逝ったか、ベルター。」
「!!?」
この一瞬の間から、どこから現れたのか、老人が一人、ベルターの死体の傍でそう呟いていた。
「フリア、ベルター、継承戦…これで二名の脱落…。だが…状況が変わってきたようだ、__くん。」
ふらり、と掴み所のない立ち方で、こちらを凝視してくる老人の男。
「少し話そうか、巫女の血を継ぐ鬼子よ…。」
ガランド・ルー。
そこから聞かされるは、衝撃的な事実。
ユキちゃんが生き餌のために利用されていたこと。
危篤状態のはずの中国のボスが、人間ではなかったこと。
そして、僕の父を殺した仇だということ。
全てを知った上で、何も出来なかった。
体力も妖力も、セツナとの戦闘で全てを出し切った。
頭を踏みつけられて尚、その足を跳ね除け、起き上がることさえままならない。
「さて、コニアが陽動のために起こした爆発が、多くの者の目に触れ、騒ぎが大きくなってしまった。」
相も変わらず、僕を足蹴にしたまま、ガランドは謎の影から出てきた二人の何かに語り掛ける。
「末弟のしでかした自己処理は、長男に任せようかな。なあ、ブライド。」
影から出てきたのは、ガランドの子供における一番最初の子、ブライドとその専属妖怪だった。
「まっっずいの〜、こんなモン喰わせおってガランドめ…。」
「ドラキュラの血を継ぐ彼女、『シヤ』はさして強い妖怪じゃない。影を操る以外に能はなく、又、広範囲に能力を放つだけの妖力もない。」
シヤ、と呼ばれた少女のような形を模した妖怪は、ブライドの首筋から血を吸っている。
何やら、能力を出す準備をしているのだ。
「妖力はブライドが補っている。彼はシヤに血を吸われ、眷属となった『元人間』だ。妖怪に転じる際、莫大な妖力を得ることになった。…妖怪の才能があったんだろうね。」
見たまえ、と無理矢理首根っこを掴まれ、立たされると、僕はガランドに目的の方向へ向くよう指図される。
「この角度からなら見えるかね?香港全土が影に飲まれていく。『喰らい影』という能力らしい。」
本来、かなりの妖力を使うらしいのだがね。とガランドは僕の様子を伺うことなく続けていく。
「並の者なら、死に至るレベルのエナジードレインにも、ブライドなら耐えうる。技はシヤが、妖力はブライドが。中々に良いコンビだ。」
「ぐうぅ…ッ!!」
「“先の継承戦”で生き残っただけのことはある。」
何とか力による抵抗をしようとすれば、今度は首を掴まれ簡単に投げられてしまった。
「本来なら前回優勝者のブライドが欲しかったのだが…いやはや、今思えば、そうでなくとも良かったかもしれない。」
「なんじゃお前!、こうして埋め合わせして、使われてやってるというのに、要らんというのか!」
「私が欲しいのは、蠱毒により作られた強い『個』ではなく、鬼というさらに強い『個』だからね。」
フッと、ガランドは気味の悪い笑みを浮かべ、そう呟く。
「互いに喰い合い、鬼の力に匹敵する強い『個』が残ってくれるなら話は別だが…現状それは無理だろう。」
ズキズキ、ズキズキと頭が痛む。
視界が黒く染まり、正気でいられなくなるほどのモヤが脳にかかってきている。
殺したい、この男を。
父の仇である、ガランドを…!!
その思考のみが、侵食して止まらないのだ。
セツナから教わったはずの『美学』すら、頭の片隅に放られ、機能を果たさなくなってる。
「ガハッ!!」
また顔を蹴られた。
だらりと垂れる鼻血と、頭からの出血。
ガランドは僕の髪を引きずり、どこかへ連れて行こうとしている。
「__くん、君には継承者としての資格を与えたのだ。私の兄弟達を殺し、より強い『個』になって私を殺しに来たまえ!!」
さっきまで老人だったはずのガランドの肉体が、興奮により若返っている。
黒く染まる視界の中で、ドンドン正常な思考を奪われながら、僕は来ない助けを願っていた。
「薪はくべた、話が出来てよか……ッ」
「うわっ!?」
突然、引っ張られていた髪が解放されたせいで、僕はバランスを崩して、転げかける。
しかし、その前に何かに支えられ、急に視界が上を向いた。
「…おや、良い所に邪魔が入った。」
すぐ後ろには、水を差されたと怪訝な顔をするガランドの顔。
だが、すぐにその顔は視界から消え、代わりに入ってきたのは、見慣れた銀色の髪と、大きな赤い目。
「なんじゃ、追わんのか?彼奴、陰陽師の気がしたぞ。」
「…ああ、“今は”いいだろう。それに、うん。“面白いモノ”が見れた。」
「はぁ…?」
「次の闘いまでに取っておこう。きっと私を殺すための良いスパイスになる。」
ケタケタ、ケタケタ。
不快な笑い声が、遠ざかっていくビルから小さくこだましている。
「………なんで分かったの。ーー 晴華くん。」
僕を姫抱きにしたまま、呪紋により強化された体で、ビルからビルへ飛び移る晴華くん。
どこからやってきたのか、ガランドに蹴りを入れて避けられた隙に僕を回収したのだ。
「アレだけ暴れてたら、そりゃーねー。あの後、ヘリも爆破してたみたいだしー、炎と煙凄かったよー。」
「……うん。」
「色々言いたいことはあるけどー、先にホテルに戻るねー。」
僕は何も言わず、無言で晴華くんの首に腕を回す。
頭の黒いモヤが、少し晴れた気がする。
目を閉じ、僕は妖に飲まれることなく、生き残れたことに酷く安堵した。
「…ありがとう。」
小さく、彼の耳元で囁く。
晴華くんは何も言わなかったが、僕を抱く手の力が少しだけ強くなった気がした。
でも、これで終わりじゃない。
ガランドから、継承者の資格を与えられてしまった以上、暴走列車の如く、殺し合いは続いていく。
何もかもを巻き込み、最後の一人が残る時まで。
晴華くんの学ランを強く握りしめながら、僕は彼の肩口に顔を埋める。
……ユキちゃんを、迎えに行きなきゃ。
こぼれそうな不安と焦燥、恐怖に蓋をして、僕は息を吐く。
少なくとも、彼女の隣にいることは出来る。
今は、それだけでいい。
帰るんだ、ユキちゃんの所へ。
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