はぐれ巫女の鬼子
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古来より、刀には『魔』を祓い鎮め、封じる力があるとされていた。
その刀身に封印した妖の能力を宿した刀は、『妖刀』と呼ばれ、恐れられていた。
「家に置いてあった書物抜粋ー。」
ボソッとそう呟きながら、バッ!と呪符を扇状に投げ付ける晴華。
抜刀術を使う男と戦っている最中、晴華はやはりと気付いたことがある。
あの男自身は、“妖怪ではない”ということだ。
妖刀を使っていたからそちらに気を取られて、男も妖怪だと認識しそうになっていた。
だが、晴華の見立てでは、男は妖刀の力によって、自らの力を底上げしてるタイプだろうと結論付ける。
「にしたって、アレだねー。」
全ッッッ然視えない!!
ホントに人間技なのかな、アレ。
心中で、自らの力不足を嘆く晴華。
もはや、勘で捌いてるようなものなのだ。
技を撃つ前の筋肉の“おこり”、視線、あとの全ては、運と勘。
それらに頼って、何とか凌いでいる状態だった。
だが、今までが上手くいっているというだけで、相手が作戦を変えて、二、三度ほど牽制をかけてくれば、晴華にはそれを交わす術がない。
「普通に詰むんだよなー。加えて、」
ドン!!
何かを地面に叩きつける轟音と共に、今しがた晴華のいた床に穴が空く。
「“パイルバンク”!!」
ドン!ドン!と、続け様に床の穴から出てきた衝撃派が晴華を襲い、避けた地点にすら攻撃が遅れてやってくる。
技を出してきた筋肉隆々の大男の方も、持っている術はかなり厄介で。
一度の打撃に、遅れてやってくる二発の衝撃派。
足場を崩されれば、攻撃の体勢が取れなくなる。
その上、攻撃自体、威力も範囲もかなりの規模だ。
晴華にとって、二人の攻撃は無視することが出来ない。
「どちらも単騎での強さが、鍛錬してた時の__ちゃん並み。」
プラスで、相手二人は単純な身体能力、高度な術、豊富な戦闘経験、どれもこれも欲しいままにしている。
「……全くもって、不愉快だねー。」
その言葉を吐いた時、自分はどんな顔をしてただろう。
晴華は自らにやってくる攻撃に備えながら、感情の制御が下手になってきていることを自覚していた。
それもこれも、__に出会った時から、何かが変わった気がする。
けれど、ただ妖怪を殺し、屠るだけでは、真相に辿り着くことは出来ない。
この事を教えてくれたのは、__だ。
「わー!」
「こら!走らないの!」
突然、晴華の視界に一般人が入ってくる。
敵側の二人にも、それは見えていたようで。
だが、都合のいいことに、五芒結界の効果で視界に入ってきた一般人の目には、妖力の伴った戦闘行為は見えていない。
晴華の相手は妖怪と人間だが、戦闘慣れしている二人だからこそ、やるべき事の優先順位は付けられるし、無関係な人間を無闇矢鱈と襲う様な素振りはなかった。
それは、晴華とて同じこと。
陰陽師とは、妖怪から人を護ることを旨とする。
お互い、無駄な仕事を増やしたくない、無駄な犠牲は出したくない。
であれば、やることはひとつ。
巻き込まないように、一般人を避けながら、術や拳で殴り合い、攻撃を避ける。
使える技を全て使い、一般人を避け、相手に攻撃を入れる高度なやり方を平然とやってのける三人だが、先に痺れを切らしたのは晴華だった。
「っていうかさー、一般人を巻き込みたくないって利害が一致してるなら、場所変えようよ。動きづらくてしょうがない。」
そもそも、混雑する人が行き交う地下鉄内でこうして争う方がおかしいのだ。
本気でやりたいなら、人がいない場所に移動する方がいいと、晴華はスルッと交渉の小休憩がてら、二人から距離を取ってそう呟く。
だが、戦う内、二人にはどうやら晴華が自分達にとって、後々脅威になると認識したらしい。
「…二対一という不利にいながら、一歩も引かない戦闘力……お前は脅威に他ならない。」
「悲しいけどこれ、仕事なのよね♡、交渉の余地を与えてもらって悪いが、不自由を強いられたまま、のされてくれ!!」
交渉の余地を先に潰したのは、大男の方だ。
「…ッッッ!!」
どちらが先に動くか、見極めている暇すらなかった。
妖刀を使う男が、刀に触れた瞬間、晴華はそちらが先に来ると反射で体が動きそうになったが、やってきた衝撃は斬撃によるものではなかった。
大男の方が早くに動いていたせいで、横腹からモロに衝撃波をくらい、晴華の内臓と骨が軋む。
その上、後からやってきた更なる衝撃により、パキッと自分の体から、どこかの骨が折れる音がハッキリと聞こえてきた。
これをくらっては、流石に数秒はマトモに動けない。
ヒューヒューと危ない呼吸がしてきてる辺り、もしかしたら肺に穴が空いたかも、なんて、不吉なことを考えてしまうほどに、晴華は息も絶え絶えだ。
何とか振り上げられる腕を使って、呪符を振り撒くが、戦っている一人は人間である。
「浮いたな…」
妖刀を使う男に呪符が効くはずもなく、氷塊による抜刀術を受け、とうとう晴華は床に転げ落ち、追い詰められてしまった。
他人事のように今までの事を振り返るが、__の情報を知りたい男二人が、ゆっくりと待っていてくれるはずもない。
「目眩しの児戯に付き合ってる暇はない。もう一度言う、__について、知ってることを全て答えろ。」
「……僕が聞きたいよ。」
自分の知ってる__は、こんな血なまぐさい戦闘や、きな臭い利権に参加出来るような子じゃない。
なるべくしてならざるを得なくなった半妖だと、晴華は彼と関わる内、そう考えるようになった。
「あの子は人と妖の狭間で、もがき苦しんでる。本能に組み込まれた妖の悪意に飲み込まれそうになりながら、人間の幼子を守ろうと必死なんだ。」
不安や選択を迫られながら、独りで人間の幼子を守ろうとしてる時点で、あの子は黒ではない。
だが、冷酷な選択をして、悪鬼の道へと進む覚悟を決めてしまっていることから、決して白でもない。
「このままだと、__ちゃんは破綻する。暴走したら、周りの人間にも、__ちゃんが守ろうとしてる子にすら手をかけてしまうかも知れない。」
__に必要なのは、人間の子を守るために必死に動いている足を支えてやれる柱だ。
ふらついた時に寄りかかれる柱があれば、__は迷うことはない。
「ちゃんと見ててあげれば、__ちゃんが、人の道を外れることは、無いはずだから。」
硬いコンクリートの床に倒れている晴華は、何とか力を振り絞り、体を起こす。
現状、動かせる腕の力のみで、逆立ちのような状態にまで構えを持って行った。
「妖怪から人々を護ること。それが道具であった頃から変わらない、僕の本懐なんだ。」
この戦いは、既に__一人とその妹の問題ではなくなってきている。
彼が道を外れてしまう前に。
“準備”は終えた。
残すところは、もうない。
「聞いてねぇんだよ、ンなことはーー!!」
「厭離壊道 空足絶式」
「…!!」
これでやり残したことはないと言わんばかりに、晴華は術を発動する。
左足をコンクリートの床へ突き刺し、ドゴッ!!と地割れと爆音を響かせ、広範囲へ衝撃による攻撃を繰り出す。
「なんつー馬鹿力だよ…!!、いや!それより!」
「人を護る…?!、どの口が言う!!こんな広域攻撃、周囲の人間をどれだけ巻き込むと…!?」
このままでは無関係の人間から犠牲が出てしまう。
焦燥を隠すことなく男二人が周りを見渡すが、なぜか近辺に人の姿はない。
皆、不自然に晴華達を囲むような形で、攻撃に巻き込まれない一定の距離を保っている。
人々の様子がおかしい、立ち止まったまま、皆、体が痺れたように動かない。
「…!?、いつの間にか、周りから人がはけ……まさか…!!」
ハナから、あの“呪符”による攻撃は、俺達目的ではなく、周囲の人間を遠ざけ、護るための措置…!!
二対一で闘り合いながら、気付かれないよう無関係の人間を呪符で…!!
「君たちは、ようやく僕から目を離したね。」
そう、晴華が扇状に巻いていた呪符は、無関係の人間を自分達から遠ざけ、戦闘に巻き込まないようにするため。
大男の方はまだしも、妖刀を持つ男は人間であるが故に、呪符は本来の力を発揮できない。
元より、札は妖怪相手のためのお祓い道具なのだ。
相手にそこまでの効果がないのなら、人間を足止めするためのものとして有効活用したのである。
「不愉快だなぁ。」
思い出す度、心情を掻き乱される。
出会った時、学校生活、河童退治の時、そして今も。
__が香港を経つ前の数週間ほど、どうせ一緒に行くならと、手合わせを何度かやった。
多分、きっとそれらのせい。
情が湧き過ぎた。
この置かれた状況ですら、許してやっても良いかもなんて、甘い考えが湧く辺り、本当に不愉快極まりない。
ミシッと、晴華は不覚を取った妖刀の男を、思い切り拳で殴り付け、ストレートに壁に叩き付ける。
呪紋により強化された身体能力は、遺憾無く男に発揮され、見事ダウンさせることに成功。
「スッゲェわ、お前マジで。どーせなら仕事抜きで、サシで闘やりたかったぜ!」
「…あー」
ダウンした妖刀の男の死角から、拳が飛んでくる。
当たれば、またあの二段の衝撃派がやってくるワケだが、晴華はふと__との初戦を思い出す。
「いけるかなー。」
油断してたとは言え、あの状態から頭突き一本で封じ込められた第三科学準備室の思い出。
それと比べれば、この男の拳を受け逃すなど容易い。
要は大男の攻撃も、打点をズラすことが出来ればいいのだ。
少ない時間で考えを捻り出した晴華は、敢えて避けず、前に出る選択をする。
瞬間、男の拳がモロに晴華の顔にぶつかり、鼻の骨が軋んだ。
粘膜が傷付き、鼻や噛み締めた口から血が吹き出る。
だが、結果として、それは晴華の思惑通り。
「!!、受けず、退かず、前に出て打点をズラしやがった…!」
晴華へ行くはずだったもう二発の衝撃波は、男の腕を貫通し、内側へと攻撃を響かせる。
肉と骨にダイレクトにダメージが入った腕は、当然その圧力に耐えきれない。
男の肘から圧力を逃がそうと、大量の血液と共に吐出していく衝撃波。
「厭離壊道 『神羅万掌』ーー!!」
やってきた好機は、今度こそ逃がさない。
妖縛帯を巻き付けた手のひらに霊力を乗せ、打点がズレないよう空いた手で、その腕を押さえる。
相手を突き飛ばすような構えの後、衝撃に任せて、一気に前に出る。
駆け抜けるような晴華の瞬足は、勢いを衰えさせることなく、諦め悪く起き上がってきた妖刀の男に命中させ、ようやく戦いに終了のゴングが鳴った。
「これでやっと、__ちゃんの所に行ける。」
戦闘に決着が着き、年相応にホッと安堵した顔を浮かべる晴華。
だが、その表情もつかの間。
すぐに陰陽師らしく素の真顔に戻り、晴華は状況解析に移る。
「鼻骨骨折、左手薬指と小指、及び右耳の欠損。左あばら骨二、三番の骨折ぅ…全身の複数箇所打撲と……。」
ギチッと今しがた戦っていた男二人を、妖縛帯でキツく縛り付けながら、自分の損傷箇所についてぶつぶつと独り言を呟く晴華。
どう考えても、一般的に言えば、これは救急車に運ばれるレベルの重傷の部類に入るのだが、彼は腐っても陰陽師である。
__の事を気にかけているとはいえ、元は等身大のお祓い道具。
自分の生死に興味が薄かった彼は、
「うん。軽傷だね。」
と、一言。
「早く__ちゃん見付けなきゃ。急ごー。」
「ならん!」
突如として、晴華の思惑に水を差すハッキリとした男の怒声。
その声に、晴華は聞き覚えがあった。
故に、ピタリと足を止め、周りを見渡す。
「……。」
周りには黒いスーツを着た体格の良い男達が、ずらりと晴華を取り囲んでいた。
いつの間に現れたのか、威圧するような顔ぶれ達に、晴華はどういうことかと沈黙する。
「これ以上、好き勝手動くことはまかりならん。今すぐ日本へ帰れ、ハルカ…」
「…バトラ」
陰陽師における五十陰の内、“あ”の行に属する男が、今回は指揮を取っていたようだ。
鬼小部 刃虎。
言わずもがな、序列上位の陰陽師に位置する男で、晴華もその実力を認めている。
だが、晴華の主観では、少しばかり現当主の安倍 瀬豪に心酔している節が目立つ。
それが玉に瑕だが、それ以外では陰陽師を率いていく素質のある男であるが故に、この状況での対立はいたくマズイことを指していた。
「…“だけ”じゃないんだろうね。一体何人の五十陰とその私兵が、香港に来てるのー?あんな大掛かりなものまで建ててさー、何やろうとしてるの?君らー。」
__から聞かされなければ、深く探ることはなかったであろう、この香港における陰陽師達の動向。
そして、もしこの件が、ご当主様を主軸にして動いていたのだとすれば。
「これもご当主様の命令ー?僕、何も聞かされてないんだけどー?」
薄々ながら、晴華はその可能性はほぼ的中だろうと思っていた。
本当は外れて欲しい、__や自分のためにも。
だが、晴華の予想通り、バトラは敵意を剥き出しにしたままこう呟く。
「“聞かずに能わず”と、御当主様が判断された事を答えと知れ。」
「……。」
バトラの答えは、御当主様である瀬豪の関与を確定付けるものであった。
その上から、重傷を負っている晴華に私兵すら差し向けてくる始末だ。
「帰らないと言うのなら、力ずくもやむなし。」
ズラリと晴華を囲む陰陽師の私兵。
今にも襲いかかって来そうな人間の敵に、晴華は構えを取ろうとした。
しかし。
「思わせぶりな事ばっか言ってないでさ〜、そっちの『意図』を教えなよ〜、そっちの『意図』をさぁ〜。」
ギシ…と、どこかから硬い糸のようなものを軋ませる音が響いた。
ザリ、と履いていたサンダルから足音を響かせるその人物は、素早く晴華を囲っていた私兵達を“糸”で拘束し、無力化した後、姿を表す。
「安曇…」
「日下部……」
可愛らしい外向きの装いに身を包み、パンダのピン留めと、桃色のショートミディアムの髪をした少女、日下部 安曇は、ヘラりと笑っている。
「こっちの『糸』は見せてるんだからさ〜、つってね〜♡」
「安曇、君もこの件に関わってるのー?」
だとすると厄介だなー、安曇の持っている“能力”的にも困るんだけど、やめて欲しいなー。と、晴華は口を引き結ぶ。
「ん〜?いや、この件に関しては知らんけど〜、私は晴華くんの監視役でこっちに来たんだよ〜。」
「監視…あれ君だったんだー?」
「おかげで香港旅行が楽しめたぜ〜。」
安曇の言葉に、晴華は思い当たる節があった。
いつぞやの大河童退治の際、晴華は__と妖怪退治に勤しんだ訳だが……。
どうやら残っていた痕跡や、晴華の動向からして、怪しいものがあったらしく、それを追うものがいたようで。
あくる日の本部報告の際、大河童退治の事を瀬豪に詰められた記憶がある。
「例の事件の事で、大分晴華くん不信感を買われてたみたいだよ〜。噂じゃ鬼子と一緒にいたとか何とかって〜。」
鬼って妖怪の中でも一番倒さなきゃいけない妖怪でしょー?と安曇は笑う。
「あー…それについてはノーコメントでー。でもさー、流石に敵の妖怪と戦ってる時くらいは助けてよー。」
見てたんでしょー?と、晴華は少し怪訝な顔になる。
しかし、安曇はヘラりとした表情を崩すことはない。
「私が?ハルカくんでも手こずる奴らに?無茶言わんでよ。」
へっへーんと、効果音が着きそうなほどあっけらかんと自らを戦力外通告する安曇。
「監視役ならハルカを止めんか…!!」
「私が?ハルカくんを止める?無茶言わんでよ。」
晴華とバトラ、双方からツッコまれるものの、安曇の調子は崩れず。
無理に決まってんだろ〜と、最初の時点で言葉から滲んでいた。
「一応『ハルカくんが来たよ〜』って報告はしてあげたでしょ?」
香港側の陰陽師と裏で繋がっていたとはいえ、あくまで安曇は監視役の中立的立場。
どちらの敵でもない、だが味方でもない。
そのスタンスを崩さず、この場で争うのであれば、一度仲裁のため、数的に不利な晴華につくつもりだった。
バトラはそんな安曇の態度からして、決して“こちら側”に来るつもりはないと察知した。
血管を浮かび上がらせながら、二人に対して、威圧的に歩を進めてくる。
「……で?、日下部、その態度からしてハルカ側につくでよろしいか?現在香港に滞在している『五十陰』十二体、その私兵七百体。」
ーー貴様ら二人ぼっちで、どこまでやれるか試し…
「いや。まいった、降参。日本に帰るよ。」
突然、パッと両手を上げて白旗を上げる晴華に、バトラ、ひいては安曇もキョトンと拍子抜けした顔を浮かべる。
晴華からしてみれば、事前に__の情報と照らし合わせて、ここで確実に瀬豪の関与があると分かった。
しかも、先程戦った妖刀男の『セツナに入れた呪紋をどうにかしろ』と言う発言。
そして、__の妹であるユキの継承戦について、彼は同じ呪紋が刻まれている専属妖怪、並び、関係者と話をつけに行くと言っていた。
が、呪紋を入れたであろう陰陽師が関与し、こんな血なまぐさい事態に発展してる時点で確実に“仕出かそうとしていること”はよく分かる。
「見ての通り、大ケガで重症なんですよー。こんな状態で、君を含めた五十陰と闘り合うとか…勝てるはずないじゃないー。大人しく帰るよー。」
だから、せめて。
せめて、__を迎えに行く体力は残しておきたい。
ここで争えば無駄に消耗するだけして、情報も体力も根こそぎ奪い取られる。
今この場では、引くべきが正解だった。
「貴様…、何を企んでい……」
「がっ!」
「ぐわ!」
不意に、バトラの声を遮る音。
見れば、息も絶え絶えな様子の妖刀男が短剣を手に、陰陽師達を睨み付けていた。
「貴様らの内輪揉めなぞどうでもいい…陰陽師共…今すぐあの方の……」
「セツナさん?だっけー?」
首を傾げながら、妖刀男の話を思い出す晴華。
短剣を構えながら、ギリッと歯を軋ませ、今にも襲いかかって来そうな男に対し、晴華も声をあげる。
「その人、聞いてる限りだと、“呪紋を入れられた妖怪”だよねー?何してる人なのー?」
「……何をしてる、だと……?」
あ、マズイ。
晴華は初手で地雷を踏んだと察知する。
なるだけ穏便に済ませた上で、“セツナ”の情報を知りたかったのだが…男の様子からして、相当切羽詰まった状態らしい。
「貴様ら陰陽師が、セツナに何をしたか!、忘れたとは言わせんぞッ!!」
「あー…。」
「くだらん“人間同士の継承戦”に俺達を巻き込むな!!、あの方を解放しろ、陰陽師イイィッ!!」
「本意では無い……が、降りかかるなら、払うもやむなし。」
“人間同士”、“継承戦”、“呪紋”、“護衛となる専属妖怪”。
そして、この件に関与している陰陽師の御当主様、安倍 瀬豪と、それに心酔する序列上位の陰陽師達。
この件に触れられたくないのか、バトラは踏み込んでくる人間すら殺そうとしている。
「バトラぁ。」
「…!!」
バキャッと起き上がってきた妖刀男にトドメの一撃を入れ、気絶させる晴華。
消耗しているとはいえ、未だ瞬時に戦闘における判断が冷静かつ迅速に出来ていることに、バトラは少しばかり驚いている様子だ。
「人間を護ることが僕ら陰陽師の、存在意義だよねぇ?まさか、コイツを殺そうとか、考えてないよねー?」
ーー彼、人間だよ?
バトラに背中を向けたまま、晴華は静かに呟く。
人間を手にかけてまで、御当主様が秘匿している陰陽師達の秘密とは何だ。
組織の内部で、一体何が起きている?
「流石にさー、人間を殺すのは、看過出来ないかなー。」
もし、妖のように、人すら手にかけるというのであれば、致し方がない。
晴華は彼を護るべく、争うつもりだった。
それに、セツナの情報を知る男に関して、利用価値という点ではまだ使えるし、それこそ死んでもらっては困る。
今ここで争うのか、それともお互い一線を引くのか。
ぎょろりとその赤い瞳を光らせ、晴華は無言の威圧でバトラの判断を仰いだ。
「……そこのデカイのを回収しろ。」
数十秒の長い沈黙の後、バトラは引く選択をした。
怪我をしてなお、未だ衰えない晴華の戦闘能力と、戦うことによる私兵の無駄な犠牲とを天秤にかけた時、やはり回避すべきは晴華そのものであるとバトラは位置付ける。
「当然だよ、ハルカ。人間の安寧と繁栄を心から願っているよ。俺は。」
思ってもいないだろうに、上辺の言葉を残し、妖怪である大男の方を回収して去っていくバトラ。
「嘘くせ〜。つーか、絶対嘘だよね〜、あれ。」
去っていくバトラの背中に対して、ボソリと軽口を叩く安曇。
だが、ここで引く選択をした晴華に対して、安曇もどこか思うところがあったのか、
「優しいんだ?」
と、彼の方を見やる。
「自分の指千切った奴を助けるとか〜。」
「当てつけみたいなモンだよー。香港を離れる判断をした以上、僕が救える人間は、もう、彼以外いなかっただけだ。」
……、本命である__を救うことは、多分出来ない。
もう晴華の中で、香港で起きているこの継承戦は、陰陽師の関わりがある以上、無関係な話ではなくなっている。
この件から手を引け、なんて__にはとてもじゃないが軽く言えるような雰囲気ではないのだ。
彼がもし、仮に手を引けば、次に待っているのは、__の妹への被害。
並びに、最悪の場合、考えたくはないが、彼の妹が果てに死亡する可能性。
陰陽師として、人間の少女を見殺しにするような選択、それだけは避けなければならない。
だけれど、それを見逃せば__は、妹の命を狙う、継承権を持った人間を殺しに行かねばならなくなる。
「……、」
ギリッ、と爪が食い込み、血が出るほどに拳を握りしめ、解決出来ないこの事案に歯噛みする晴華。
「そんなに悔しがるのに、退く判断をしたのは意外だったな〜。本当に戦り合うかと思った〜。ま、止めるならそれはそれでありがたいけどね〜、私そういうのごめんだし〜。」
「この件の首謀者が、バトラ達だけならそれも有りかと思ったんだけどー、やっぱ、命令を下してるのは御当主様っぽかったからねー。」
あまりにも根が深過ぎる。
蓋を開けてみれば、晴華が思っている以上だったのだ。
内側に不穏な根が深く深く、深淵の底の底まで張り巡らされて、この状況では太刀打ち出来ない。
「内側から組織を変えるのに、今ここで敵対するのは、得策じゃないと思っただけだよ。」
「組織を変える、ね……昔はもっと妖怪殺すマシーンみたいだったのに。変わったね〜、ハルカくん。」
「…、そうかなー、そうかもねー。」
「でも、今のハルカくんの方が、私結構好きだなー。」
ほんのりと嬉しそうな表情を浮かべ、クスクスと笑っている安曇。
中立的な立ち位置に居なくてもいい時は、基本的に安曇と晴華は仲の良い友達のような感じだ。
同い年で、尚且つ序列も近しい位置にあることから、会う頻度もそこそこ高かったように思う。
頻繁に顔を見られているからこそ、分かる部分もあるのかも知れないと、晴華は佐敦駅を後にしようと、スタスタと歩き出す。
「あー!ちょっと、どこ行くのハルカくん!」
「んー?、ホテルに戻るんだよー、帰り支度しなきゃいけないしー。」
なんなら、__を迎えに行かねばならないので、さっさとこの場を去りたい。
晴華がそう思っていると、安曇はおもむろに床に座り込み、ポンポンと膝を叩く。
「その状態で帰るの〜?、こっちおいでよ〜、指と耳、回収しといたんだ〜、縫ったげる〜♡」
「……あー……うん、お願い。」
来たのが安曇本人で良かった。
耳と指は諦めるつもりでいたため、治せることに密かに晴華は安堵する。
「とりあえず、手っ取り早く指からね〜、動かないでくださーい。」
安曇と同様、晴華も床に座り、とりあえずで欠けた手を差し出す。
指に関しては簡単に神経を繋ぐことが出来るのか、安曇は慣れた手付きで、素早く縫合を終えてしまった。
時間にして、およそ五分もかかっていないんじゃなかろうか。
妖縛帯を包帯代わりに、キツく引き結んで出血を抑え込めば、あら不思議、もう指の感覚が戻りつつある。
「おーー、すげーー、もう感覚あるよー。」
ヒラヒラと、今しがた欠けてた部分の指を動かしながら晴華が感心していると、「コラ!」と、安曇から軽い怒声が飛んでくる。
「動かさないの〜、まだ繋げたばっかりなんだから〜。人間叩くのは三週間以降かな〜。」
「?、人間なんて叩かないよー?」
「さっきしこたま叩いてましたやん。」
「あー……。」
次、耳ね〜と、晴華は引き寄せられるままに安曇の膝に頭を置く。
「世界は広いね〜、人間でありながら、ハルカ君をここまで追い詰めるなんて。」
先程の妖刀男について、見ていた安曇からしてみれば、強い所の騒ぎではなかった。
何せ序列一位の安倍の記号を持ち、才能と強さを兼ね備えた晴華を追い詰めるのだ。
自分では勝てないことは、この時点で決まっていた。
「結局最後まで、彼の居合いの異常な速度を見切ることは叶わなかった。一体どれだけ鍛えれば、あれほどの……」
ふと、晴華は“肉体”と自分で呟いて、一呼吸。
記憶の断片を手繰り寄せる。
「あー、そう言えばいたなー、もう一人。『スッゴイ良い肉体』してる子。」
「子?、……女の子?」
「そー、女の子。『肉体の強さ』のみで言えば、あれは恐らく僕の五倍は強い。」
「へ〜、ハルカくんにそこまで言わせるか〜。」
速水さんとか言ったかな、と晴華は__の部屋に訪ねてきた陸上部の彼女を思い出す。
何をしてきたのか、ただ走っただけではつかないレベルの筋肉の密度。
あれが素晴らしい。
ちょっとやそっとのダメージでは、あの肉体を傷付けることすら叶わないだろう。
ともすれば、妖怪にすら太刀打ち出来てしまうかもしれない。
「…、」
妖怪と言えば、“セツナ”という継承戦に参加している専属妖怪について、結局何も聞けてなかった。
……継承戦、一体この件には、何人の兄弟達が主要となって参加しているんだろうか。
セツナともう一人、主人となる継承権を持つ人間がいるはず。
…………?
いや、待てよ、話からして継承権を持つ人間には、一人一人に、付き従う専属妖怪がいる。
なれば、__の妹にも専属妖怪がいるはずでは……。
だけれど、自分の記憶の限りでは、彼の妹にはそんな妖怪どころか、影すら存在していなかった。
彼の妹には、なぜ専属妖怪となる存在がいないんだ…?
他の継承権を持つ人間には、それぞれ与えられているはず………。
「………」
「ハルカくん?」
「あー……、嫌な予感っていうかー、あんまり考えたくないなー、こういうのー。」
「?、どーしたの?」
…嫌な予感ほどよく当たるものである。
あくまでひとつの可能性、自分の経験を考慮した上で、晴華は自分の考えが外れてくれることを、大いに願っていた。
__の妹、ユキの継承権において、その権利を行使できるはずの専属妖怪が初めから彼女についていない。
まして、事情を初めから知らなかった__自身が、殺されないための専属妖怪の真似事をするような形になっている。
他の継承権を持つ人間達には、“与えられているのに”だ。
それ即ち、意味すること。
それは、
「成川 幸は、継承戦を動かすための撒き餌だ。」
