はぐれ巫女の鬼子
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香港へ経つ前の、第三化学室での取っ組み合い。
ベルターを斃すべく動こうとしていることが、晴華にバレた。
当然、晴華は陰陽師のきな臭い動きもあってか、__に着いて行くつもりだ。
どうせ着いて来られるならと、__はそのついで、現在の実力で試せる鬼術の的になって貰っていた。
要は、戦闘経験を積むための特訓である。
香港へ出向く少しの間、お互いの休みの日や、空いている日なんかは、晴華と実戦経験を積み、備えと経験を蓄えていた。
「__ちゃんって、上げて落とすタイプー?」
その日、学校が休みであった二人は、ちょうどいいといつものように特訓をすることにした。
妹のユキは、友達の家に遊びに行くと行って、朝早くから弁当とおやつを持って出て行った。
なので家には、__一人。
これ幸いと、__は事前に晴華を家に呼んでおいた。
彼がが家に訪ねて来ると、では早速と鬼術の実戦を始めようとした時だった。
突然、晴華が庭に出ながらそんなことを呟いたのだ。
「何さ、いきなり。」
「スカート着てくれるって言ってたのに、ジャージじゃんー。」
「なんで戦闘経験を積むのに、可愛い格好しなきゃならないのさ。」
お洋服汚れちゃうでしょ。とジャージ姿の__は呟く。
「騙したなー、この野郎ー。帰ろっかなー、やる気なくしちゃったなー。」
「これが終わったら着てあげるから!」
「本当にー?嘘じゃないー?」
「本当だから、踵を返そうとしないで。」
ちょけた様子で帰ろうとする晴華に静止をかけて、__はため息混じりに説得する。
実は、晴華を家に呼ぼうとした前日の学校の日、__は学校指定のスカートを穿いてきていた。
男がスカートを穿く、女がズボンを穿いて、学校生活を送る。
今の時代、それがアイデンティティとして許されることが増えてきた。
__の通う高校では、そう言った時代錯誤のお陰か、__がスカートを穿きたいと申し出た時、すぐに支給が入った。
__自身、元々女性性の強いアイデンティティを持っていたからか、学校側は恐らく、こうなることを分かっていたのだろう。
予定の期間よりも早くに、指定のスカートが__の手に渡った。
ただ、晴華が転校してくる前の、いじめっ子達の件があってか、__はそのスカートが届いてから、数える程しか着ていない。
いじめが酷くなり出してからは、ズボンに切り替えて、髪の毛も術で短く整えていた。
しかし、例の日は何となく、スカートを穿きたい気分だった。
長くした髪の毛を二つに分け、黒いゴムで括り、学校指定のスカートを穿いて、ニーソックスで女の子らしく。
妹のユキも、何らそれが普通であるかのように、今日はスカートなんだ。という感じで、もそもそと眠そうな目で朝食を食べていた。
朝食を食べ終わると、狙ったように__の家に晴華が迎えに来る。
開口一番、スカートを穿いている__を初めて見た晴華は、真顔で「可愛いね」と呟いた。
__は能面かよ。と思いながら、適当に礼を言う。
スカートの件に関しては、それで終わりだと思ったのだが……晴華はそうではなかったらしい。
晴華を家に呼び出すべく予定を訪ねれば、またスカートを穿いている__が見たいとの要望が。
拒否する理由もなかった__は、別にいいけど。と了承して今がある。
ジャージ姿の__を見て、騙されたと晴華は思ったようだが、__には何か考えがあるようで。
「終わったらどこか出かけるでしょ?、なら服は綺麗なままの方が良いじゃん。」
何気なく__が呟けば、晴華はキョトンとした顔をして彼を見ている。
え、違ったのか?と__は慌てて訂正しようと良い言い訳を探すものの、晴華はそれを察してか、素早く退路を塞いでくる。
「それって、デートのお誘いってヤツー?」
「…うぅ。」
失敗した。
__は急に気恥ずかしくなる。
そう言えば、手合わせが終わった後は、普通にそこであざっしたーみたいな、部活終わりのテンションで帰っていた。
晴華は陰陽師である以上、何気に学生ながらも妖怪退治の仕事や家のことで忙しい。
__もユキの夕飯や、場合によっては日雇いバイト、香港戦に向けてのコニアとの作戦会議があったりするので、お互い暇じゃないのだ。
そんな中で訪れた、お互いの休日。
しかも、二人共特に予定がない。
晴華と一緒にほぼ毎日帰路に着いていることもあり、自然とこれが終わったら、出かける流れになるのも違和感がなかった。
「やっぱいい…手合わせして終わりにして…」
「ダメだよー、言ったことにはちゃんと責任を持たないとー。僕、行きたくないなんて一言も言ってないよねー?」
「……。」
言い逃れ出来ない状況に追い込まれ、__はもう何も言い返すことが出来なかった。
言い出しっぺは__である。
晴華はそれに了承したのだから、やっぱナシと言うのはまかり通らない。
「僕も言おうと思ってたんだー。どこに行こうねー、__ちゃんと出かけるの楽しみだなー。」
穴があったら入りたい。
そう思いながら、__はしょもしょもと手合わせの状態に切り替える。
晴華も私服のズボンから妖縛帯を取り出し、それをクルクルと手に巻き付け、戦闘態勢を整える。
「じゃあ…お願いします。」
「お願いしまーす。」
開始の合図もそこそこに、二人は同時に動く。
「蔓木柱」
最初に__が出したのは、大河童ビクニとの戦闘で使った鬼術。
妖力と声を地に呼びかけ、蔓植物を地面から吐出させ自在に操る術。
ビクニとの戦闘の時は、ただ生やすことしか出来なかったが、何回か晴華と手合わせを重ねていく内、蔓を自在に操れるようになってきた。
注ぐ妖力を調節することで、太さや長さをコントロールすることが出来たのである。
しかし、戦闘を重ねていれば、晴華も晴華で進化するもの。
準備運動と言わんばかりに、容易く蔓と蔓の間を縫って、間合いを詰めて来る。
「欣求縄道」
__が距離を取ろうと後ろへ飛べば、すかさず妖縛帯を引きずり出し、捕縛にかかってくる。
しかし、妖縛帯の攻撃で手足を拘束される前に__は蔓の位置を移動させ、晴華目掛けて蔓を叩き付ける。
「遠距離からの精度が段々上がってきたねー、__ちゃん。」
だが、それを察知した晴華に余裕で避けられ、__はんー…と悩ましい声をあげる。
晴華はこう言っているが、主観で見ても早さが全然足りない。
生やせる蔓も、せいぜい二、三本が限界だし、酷い時だと、晴華に蔓を足場代わりにされてしまったりする。
「むぅ…」
「可愛い顔してー、騙されないよー。」
「騙してない!」
そんなつもり毛頭ないと、飛んでくる晴華の拳を受け流す。
晴華の攻撃を捌きながら、__も拳による肉弾戦を仕掛けるが、攻撃の手札は明らかに晴華の方が多く、__は隙を見計らいながら、護りに徹しているような感じだ。
なかなか攻撃と防御のターンをひっくり返せず、攻められ気味な戦況にやきもきする__。
一か八か、術を使うかと__は晴華から間合いを取り、鬼術を唱える。
「『鬼術 満月之苔兎(みつきのこけうさぎ)』」
「おおー、ウサギさん?」
鬼術という割には、随分可愛らしい術を使ってきたなと晴華は回避に務める。
__の足元から出現した、発光する半透明の白いウサギ達が跳ねては晴華の方へ駆けていく。
軽いステップでウサギ達を交わしながら、晴華は持っていた懐の札を投げ、何匹かを撃破する。
しかし、逃げおおせたウサギ達がなおも晴華を追尾し、__もそれに加わって、蔓による攻撃を仕掛けていく。
「……」
しかしまあ、中々どうして当たらないものである。
素早い回避能力と、硬い防御の姿勢。
一度それに入られると、崩すのも難しい。
どっちに転ぼうが、実戦経験の豊富な晴華は立ち回りをよく理解してる分、隙がない。
「なんか、傍から見たらとってもファンシーだねー。」
「うるさいよ!も〜、当たれば何とかなるのにぃ…!」
晴華にとっては、ウサギと好きな子から追いかけられるという、ある種ロマンチックな展開に、いっそ余裕すら醸し出している。
ぐぬぬ……と悔しさを糧に、それでも粘り強く晴華を追いかけ続け、鬼術が全て潰された段階で、肉弾戦による攻撃を仕掛ける__。
上段を狙った蹴りによる攻撃に仕掛け、腕でガードされる。
それを合図に、今度は晴華のターン。
しめた、と__はタイミングを見計らう。
しかも、運がいい事に妖縛帯による絞め技だ。
「…!!」
「いいね、べりーぐっど。」
ようやっと引っかかってくれたと、__は晴華の隙を突く。
妖縛帯を__のいる場所へ放ったその先には、__の足元に隠れていた半透明の白いウサギ。
まだ隠していたのかと、晴華は少々油断したと妖縛帯を自分の所に引っ張ろうとする。
だが。
「!、妖縛帯が、動かない…?、いや、固定されて…ッ!!」
「鬼術 壱華毒芳(いっかどくほう)」
ザクザクザク!!と地面から生えてきた何かに、晴華は体に突き刺さるような鋭い痛みを覚える。
しかも、驚くべきことに衝撃を逃すために一回転を経て地面へ着地した途端、膝を着くほどの激痛が。
「ぐ、…ッ!」
なんだコレ、イッテェ…足の裏に何か刺さったな…。
呪紋の身体強化を経て、この痛みは異常だろと、内心で呻きながらも、次にやってくる__の攻撃を、その場で避ける晴華。
「…あのウサギ、もしかして捕まえた物体を固定出来る感じー?」
「…少ししか見てないだろうに、よく分かったね。そうだよ、あの鬼術の元は、ウサギゴケっていう食虫植物が元なの。」
ウサギゴケは、根の部分で虫を捕まえて捕食する植物。
この術は、捕まえた物体をその場に固定し、密かに妖力や霊力をウサギが吸い取って、動けなくしてしまうトラップのような技だ。
先程、晴華が先手を取ろうとした妖縛帯も、ウサギに当たれば空中だろうがその場に固定され、引き剥がせなくなる。
その隙を利用し、__は次の新しい鬼術を発動したワケである。
「そんで、足の裏、今凄い痛いでしょ?」
ガツン!と膝裏で晴華を後方へ蹴っ飛ばし、わざと着地を狙わせる__。
「毒針の術を使ってみたんだけど、効いてるようで良かった。」
植物の中にも毒を持つものがある。
一見、雑草に見える葉っぱや、綺麗な花。
それらの毒を模倣し、大小様々な針として扱える術、壱華毒芳。
妖力の注ぎ方次第で、縫い針のような細い針になったり、逆に振り回せる程の大きな支柱にもなる。
「踏みしめる度に、足は火傷したみたいに痛くなる。」
その状態のまま、本来の戦闘力が出せるかな。
今日は勝てるかな…、そんな考えを胸に__は駆け出し、晴華に攻撃を仕掛ける。
「厄介な術持ってるねー、__ちゃん。」
しかし、__の飛んできた拳に晴華は動じることなく、その場で頭を下げ、懐から何か小さなものを放り投げる。
ピン!と軽快な音がしたかと思えば、霧吹きのような細かな液体が、__の顔にかかってきた。
「うわッ、熱ッ…!?、おさけ、御神酒…!?」
目眩しの術として、神酒の入った細長い手榴弾を使われ、油断してた!と__は顔を押さえる。
口や目の粘膜に触れてしまったと__は回避のために後退るが、透かさず晴華は妖縛帯で彼を捕縛。
「油断しちゃダメだよー、__ちゃん。勝負は最後まで何が起こるか分からないからねー。」
「ぐわぁー!」
「ーー 欣求縄道 過重緊華。」
晴華の力に反応した妖縛帯は、手足を拘束した__の体を容赦なく締め上げ、ボン!と爆発を誘発させた。
__の妖力に反応した攻撃は、体の内側から大きなダメージを与え、すぐに身動きが取れなくなる。
「痛ァ…」
イケると思ったのにぃ…と__はその場に倒れ、自分の体から薄く巻き上がる煙に、ため息を着く。
「良い動きだったねー、流石に僕もちょっと焦っちゃったよー。」
「うそつけ、絶対焦ってなかったでしょ…。」
__が戦闘不能となったことで、鬼術も解除され、軽快に動けるようになった晴華は、彼を助け起こそうと手を貸した。
「う〜ん…」
ケホケホと咳をしながら、頭を振ってモヤを取り払う__。
「大丈夫ー?ちょっと休もうかー。」
晴華に誘導されるまま、縁側に腰掛け、__は体に着いた汚れを払う。
「はひぃ…ちかえた……」
家の柱にぐでぇ、と体を持たれさせ、__はしばし休息を取る。
「前と比べると大分精度上がってるけど、やっぱり疲れちゃうんだねー。」
隣に腰掛けながら、晴華は__を見やる。
大河童ビクニとの戦闘では、一つの鬼術を使っただけで疲労を覚えていた分、今の__は十分な成長を遂げている。
使える鬼術も増え、技の精度や、妖力のコントロールも上手く出来てる。
あと足りないのは、実戦経験のみだろうと、晴華は密かに思っていた。
「こうして時間があれば回復するんだけどね…今すぐ!ってなると、やっぱりしんどいかな……」
「成長は早いから、あとは油断しないことだねー。」
飲み込みや、戦闘のセンスは悪くない。
あとは詰めの甘さをどうにか出来れば、いよいよ自分が負ける日も近いかもしれない。
分析しながら、晴華は__の背中を摩ってやる。
「…安倍くん、なんか急に優しくなったね……」
「戦闘中は別だけど、女の子には基本優しくしろって言われたからねー。」
あと晴華くんねー。とサラリと付け加える彼に、__は少しばかり疑心を抱いていた。
「怖いな…誰の入れ知恵?」
「ちょっと知り合いの子にねー。」
好きな子からより好いてもらうには、やはり優しくするのが一番だと言われた。
だが、相手は__である。
過去に晴華に一度殺されかけてる身としては、やはりちょっとした疑心を抱かざるを得ない。
「騙してない?」
ともすれば、こうして時間をかけて油断させて、一気に……なんてこともあるのでは…と、そう思ったものの。
「ンー、じゃ、こういう時、どーすればいいー?」
と、晴華に逆質問され、__は黙らざるを得ない。
確かに今の場面で言えば、晴華の回答は模範的と言える。
体を気遣ってこうしてくれてるのだから、どうすればいいと聞かれても、いや、別に…それでいい。となるのが__である。
「いや…そのままでいいや…、でも、もう大丈夫。着替えてくるよ。ちょっと待ってて。」
「ちゃんとスカート穿いてきてねー。」
「はいはい……。」
少し時間を置いて、体の傷は回復した。
もう大丈夫だからと、__は立ち上がって、出かける準備を整える。
洋服がしまってある部屋に来たはいいが、さて何を着ようか……。
晴華は今日、動きやすいシンプルな格好で来ていたので、あんまり着飾ると逆に浮いてしまう。
「もうワンピースでいいかな……」
スカートを履くとは言ったが、やはり一着で済ませられるワンピースが楽だと思った__は、黒いギンガムチェックのオフショルワンピースを引っ張り出す。
ヒラヒラとしたロングワンピースに、適当な可愛いサンダルを引っかければそれっぽくなるだろう。
洋服を着替え、崩れた髪をスプレーとクシで整え直し、顔の汚れを落として、色付きリップだけ塗った。
それっぽく見せられれば何とかなる……と、__は鏡で自分の姿をチェックし、違和感がないのを確認する。
あとは必要なものだけが入った、小さめのショルダーバッグを持って、晴華の元へ戻った。
「お待たせ、行こっか。」
「ンー、おおー、可愛いー。」
準備を終えた__が姿を見せると、目論見通り、可愛い格好をしてくれた__に、晴華は少しだけ浮き足立った声をあげる。
「ワンピースにしてみたけど、変じゃない?」
「変じゃない、似合ってるよー。」
「そりゃありがとう。」
晴華が満足ならそれでいいだろう。
__は晴華と家の外に出ると、戸締りの確認の後、早速近くの商店街にでも行くかと歩き出す。
そこに行けば、まあなんかはあるだろうと言う軽率な思惑の元、__と晴華は手を繋いで住宅街を歩いていた。
傍から見ればカップルのような形になるので、通りすがりの人間からは、微笑ましい顔でチラ見されたり。
「晴華くん、誰かと出かけたりしないの?」
生暖かい視線に晒されながら、動揺の色を見せない晴華に、好奇心から交友関係を聞いてみる__。
「ンー?友達のことー?、だとしたらいないねー、こーして出かけるの、初めてかもー。」
予想通りの回答だな。と__は少し失礼な事を思う。
出会った当初は、妖怪を殺すことにしか興味が無さそうな様子だったし、家族間も兄弟や親しい親戚がいるかも分からないほど、お察しの淡白さ。
それに加えて、妖怪退治に明け暮れるワケだから、事件が解決したら、次はここへなんて理由で、転校も割と頻繁に起きていただろう。
そんな中で、交友関係を広げるなんて、もっぱら無理な話だ。
「でも、知り合いはいるんでしょ?その子と出かけたりなんかはないの?」
だが、少なくとも好きな子にどう接すれば良いかを相談するような相手はいるのだろう?と問えば、あー…と微妙な間を残す晴華。
「家でゲームならするかなー、仕事で一緒になることもあるし、その帰りにとかならー。」
「女の子?」
「…、女の子ー。」
「え、何その微妙な間。」
さっきも然り、なんでちょっと考えた?
「その子と付き合えばいいのにーとか言うつもりだったでしょー?」
「え、そん、そんなことなぃよ…」
「ウソ付いてるのバレバレだねー。」
くそ、ちょっと思ってた。と、__は悔しげな顔をする。
晴華を気にかけてくれる存在が仲間内にいるのなら、その女の子と発展はしなかったのか?と、下世話なことを考えてしまった。
「友達と言えばそうだしー、知り合いと言えばそれに近しいかもねー。」
「陰陽師の子?」
「うんー、けど何もないよー。最近話しかけやすくなったーとかで、よく話すけどー。」
「ええー本当に?」
これで話しかけやすいの?
__は疑問に思わざるを得ない。
学校にいる時ですら、近寄り難い雰囲気だと__は河野と隅っこへ避難するほどだ。
晴華を知っていれば知っているほど、油断ならないというか、絶妙な気まずさがあるのである。
まあ、隅っこにいたとしても、晴華は__を見つければ、強制的に引き寄せられていくので、__自身も強制的に晴華に慣れざるを得ないのが現状なのだが。
「河野くんと話してたら、すぐにこっち来るよね…」
「そりゃ男の子と話してるんだものー、何話してるのかなーって思うじゃないー。」
「河野くん怖がってるから止めてあげてよ…」
「えー、怖がらせてるつもりないのにー。」
いつもそうなのだ。
教室でちょっと河野と世間話をしようもんなら、すぐ目敏く二人の間に入って来ようとする。
河野は、いつも突然現れる晴華にびっくりして置いてけぼりになっていることが大半だ。
「なんか__と話してる時だけ、アイツめっちゃこっち来ない?俺なんかしたっけ?」
不安げに河野に聞かれることn回目。
大丈夫だよ。と言ってあげるものの、いい加減その効力も薄れてくる頃合いだ。
「河野くんからしてみれば、その得体の知れなさが怖いんだよ。」
「人のこと妖怪みたいに言うの止めてよー。僕がそっち側みたいじゃないー。」
「事実そう思われても仕方ないってことだよ。もうちょっとフレンドリーになってよ。なんなら僕の方が溶け込めてるまであるよ。」
「ふれんどりー?」
具体的には?と促され、__はうーんと、首を捻る。
と、言われても、__には、愛想笑いをするくらいしか思いつかない。
そもそも、雰囲気が得体の知れない何かという時点で、笑顔を浮かべても、そこが変わらない限り余計怖い気もする。
「なんだろ、表情筋をもう少し使うとか…」
「表情筋ー?口を動かせってことー?」
「そうじゃなくて…喜怒哀楽をもう少し出しても良いんじゃないっていう、」
「感情のことー?試しに笑ってみるとかー?」
晴華はおもむろに両手の人差し指を使い、手動による笑顔を作って見せる。
とは言っても、指で無理矢理口角を引き上げているだけなので、まるで“操り人形”のようだ。
「いや、怖いよ…、いいよもう、無理してやらなくて。」
「そうー?、難しいねー、顔に出すってー。」
止めてくれと__は晴華の片手を握り直す。
感情の起伏が少ないのは、彼が陰陽師として生きてきた性だ。
運命(さだめ)とも言うのか、彼の性分は元々は“道具”。
つい最近、己が人間としての感情に目覚めたと晴華が自分の口から言っていたのだから、__は物心がついたばかりの赤子を見ているようだった。
「人間の癖に、人間初心者みたいな反応するよね、晴華くん。」
「道具だったからねー、道具に感情はいらないでしょー?」
「道具にも魂が宿るんだよ、晴華くん。」
晴華の手の温度を確かめるように、__は呟く。
「聞いたことない?主人に大事にされてきた道具は、その人のために動いてくれるみたいな。」
「消耗品なのにー?」
「僕に大事に扱って欲しくないの?」
キョト、とした顔で晴華は口を閉ざす。
盲点だったと言わんばかりに。
「雑にしても良いなら、別に良いけど。」
「あー……、」
「大事にして欲しい?」
「……うん。」
この場合、物じゃないけど。
内心でそう付け加えながら、__はくすっと笑う。
「好き?」
「…、」
何のことかは敢えて聞かない。
晴華は黙って頷く。
__は照れくさそうにはにかむ。
「えへへ。」
満足気に微笑む“半妖の彼女”が、いやに眩しい。
目的の反応を自分から引き出し、満足気に笑う__が、ただひたすらに可愛い。
「狡(こす)いよー……」
結局最後は思うがまま。
文句のひとつ言えやしない。
機嫌の良い__を見て、まあいいやと思ってしまう、甘過ぎる自分が嫌になる。
自分はこんなに、妖怪に甘い人間じゃなかった。
半妖だろうが、それは同じ。
妖怪の血が混じってる時点で、それは祓わなければならない存在のはずだ。
「着いたら何か食べる?、晴華くん。」
ただ、どうしようもなく。
「…、何でもいいよー。」
「えー、一番困る返答…」
目の前の“彼女”が愛しい、可愛い。
時間が惜しい、なんて。
溶ける。
自分の中の何かが。
「じゃあ、向こうのお茶屋さんにでも行く?僕、お団子食べたい。」
「いいよー、行こう。」
溶けそうになる感情に見えないフリをして、晴華は前を向く。
いつの間にやら商店街に着いていた。
休日、人で行き交う商店街の隙間を縫って、二人は見つけたお茶屋さんに入ることにした。
カフェのような和風モダンな内装と、落ち着いたBGM。
休日だからか、人は多いがそれでも座れる席はあったようだ。
店員に案内された席に腰掛け、メニュー表を覗く__。
団子が食べたいと言った手前だが、__は少し悩んでから、わらび餅と抹茶のセットにすることにした。
晴華も同様の物を頼み、商品が来るのを二人で待ちながら、話に花を咲かせる。
「じゃあその安曇って子は、晴華くんのこと結構気にかけてくれてるんだ?」
「そうだねー、そう言われればそうなのかもー。」
「同い年?」
「うん、同い年ー。」
引き続き、晴華の交友関係について何となく聞いていた__。
先程出てきた、日下部 安曇と言う陰陽師が、やはり晴華とよく喋る仲らしい。
「その子、可愛いの?」
「さあー?、そういうのは分かんないー。」
「意識したことないんだ。」
「ンー?」
その子を“異性”として意識したことがないのなら、尚更自分に一目惚れした、晴華の琴線が分からない__。
安曇と呼ばれる少女が、もし自分と似た容姿なら、晴華はそういう容姿の子が好みということになるのだが……。
「安曇ちゃんって、どんな感じの子なの?黒髪?ロング?ショート?」
「髪の毛は桃色だねー。長さはそこまでないかなー。__ちゃんよりかは短いかもー。」
「え、桃色って、ぴんく…?!地毛でそれ?、だとしたら珍しいね。」
「あとは、いつもパンダのピン付けてるよー。」
へー、可愛らしい感じの子なのかな?と、__は安曇の姿を想像してみる。
今の所、ピンク髪のミディアム、パンダのピン留めをつけた、小動物系の少女が頭の中に浮かび上がっているワケだが…。
「なんかヤケに安曇のこと聞いてくるねー?、なんでー?」
「君の好みの容姿を模索してた。」
「好みぃ?、__ちゃんのことー?」
「無意識に、こういう容姿をした子を目で追いかけちゃうみたいなことないの?」
今の所、安曇と__の容姿は正反対だ。
安曇を異性として意識していなかったとなると、やはり道具としての機械的な面が目立っていたのだと思うが、されど晴華とて健全な少年だろう。
無意識下で、美人だなと思ったり、可愛いと思ったりする容姿の子がいた可能性だってある。
下世話なことを考えながら、__は晴華の返事を待つ。
「好みって言ったって、所詮同じ人間だよー?皮膚の下は皆同じなのに、選り好みする理由が分からないよー。」
「身も蓋もないな…さすがは陰陽師…人の心がない…。」
他はどうか知らないが、陰陽師は道具であり消耗品なのだから、皮一枚剥げば皆同じこと。
そこに好みも何もない。
容姿の違いは、識別されるための記号だ。
命令が下されれば女だろうが、男だろうが、ソレと仕事をするし、なんなら嘘の関係だって築くのが晴華なのだ。
「本当に君、僕のどこが好きなの?」
純粋な疑問からそう聞いてみる。
晴華の恋愛における価値基準を聞いて、余計に訳が分からなくなった。
なぜ、一目惚れと言う立ち位置にまで突然上り詰めたのか、__は首を傾げる。
「僕も分からないんだよー。転校初日に、クラス案内されてた時、君を見かけてさー。」
「へえ、じゃあ晴華くん、その時に僕のこと妖怪だって気付いたの?」
「うん。同時にこっちに気付いてるのかなって思ってた。」
「なんで?」
晴華が言うには、すでにその時点で、何か術を使われていると思っていたらしい。
無論、これは全くの冤罪であり、晴華の一目惚れなのだが、当時は、妖怪退治の為に動いていた身。
__がそう言った色事の術で人間を誘い出し、人目につかないところで襲っているものだと思ったようだ。
「ほら、よくあるでしょー?人間を食べるために、妖怪がセクシーなお姉さんに化けて、ゴツゴツのアハーンみたいなー。」
「ゴツゴツのアハーンってなんだよ…」
とは言え、結局その犯人は、セクシーなお姉さんに化けた妖怪ではなく、老齢の大河童だった。
事件が解決すれば、晴華に残るは__に対する誤魔化しきれない気持ちだけ。
「髪がねー、綺麗だなーと思ってー。」
「髪?」
何の変哲もない、ただの日本生まれにありがちな黒髪だが、晴華にはそれが良いらしい。
「最初はただそれだけだったんだけどー、見てる内に段々何処もかしこも、可愛いと思えてきちゃってー。」
「ぷらしーぼこうかを感じる。」
最初は髪の毛が綺麗だと思ってただけなのに、あとからやっぱり顔も可愛いんじゃない?みたいな勘違い。
「体格からして、すぐに男の子っていうのも分かったんだけどねー。気持ちは変わらないし、何か洗脳に関する術を使われてるのかと思いきや、僕が僕を洗脳してただけって言うねー。」
はずかしいー。と、全く思ってもいないだろう言葉を棒読みで吐く晴華。
「こういう顔が好きなの?」
「__ちゃんだからかなー。」
「何そのたらしが言いそうなセリフ。」
本来なら祓っているはずが、何の因果かカップルのようにデートまでして仲を深めている。
陰陽師にあるまじき愚行も愚行。
一目惚れだったとはいえ、どうしてここまで__に入れ込んでいるのか、晴華もそこまでは分からないようだ。
「お待たせしましたー!」
会話にひと区切りがつくと、見計らったように店員がわらび餅のセットを持ってくる。
何やら、やたらキラキラした目で自分達を見てくるが、気の所為ということで、__はわらび餅に手を付けた。
きな粉と黒蜜で頂くそれは、予想通りの美味しさを__に運んで来てくれた。
「ここのわらび餅美味しいね。」
適当に入った店だが、どうやら当たりの店を引けたようだと、__は顔を綻ばせる。
晴華は黙々とわらび餅を口に運びながら、
「お餅好きなのー?」
と、片手間に__に聞いてくる。
「そうかもね、洋菓子より和菓子派だし。でも羊羹とかはそんなに好きじゃないんだよね、あくまで、こういうお餅とかが好きかも。」
「へえー、じゃあまた来よっかー。」
「うん。」
次来たら、今度はちゃんと串団子を食べてみよう。
__はそう思いながら、傍らの抹茶に手を付けるのだった。
