はぐれ巫女の鬼子
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
飛行機が香港に着くと、僕と安倍くんはチェックインするホテルが違うことから、一旦別れることに。
とは言え、空港近くのホテルなんか山ほどある。
お互い表向きは、一週間ほど滞在予定の旅行客。
ホテル同士の距離はさほど遠くない。
恐らく、安倍くんはすぐにこっちに向かってくるだろう。
こちらは安倍くんがいない隙に、コニアくんと連絡を取らなければならない。
コニアくんが用意してくれたホテルにて、部屋番号が着いた鍵を渡される際、ふと気付く。
ホテルの係員達は、皆同じピアスを付けている。
客と係員を分かりやすく識別するためか、はたまた別の意味があるのか。
何にせよ、このホテルはコニアくんの所有物なんだろう。
部屋に着いてすぐ、荷物を下ろして、僕はコニアくんに渡されたスマホを取り出す。
コニアくんの連絡先が入ってる大事なもの。
香港に着いたら連絡してくれと言伝を預かっている。
彼に言われた通り、僕は安倍くんが居ない内に早速電話をかける。
三コール目の後、コニアくんの声が聞こえてくる。
「香港には無事到着されましたか?」
「うん、今手配してくれたホテルに居るよ。」
「承知しました。ではまず、お兄様が今持っている端末に、他の継承者と専属妖怪の顔と名前を共有しましょう。」
コニアくんがそう言うと、数秒後には彼が準備していたデータが、持っているスマホに送られてくる。
データの中には、無論、僕が狙っているベルターの詳細も入っていた。
「お兄様が現在狙っているターゲットは、ベルター・ルー及び、専属妖怪のセツナ・アンデルセン。この二名でよろしいですね?」
「うん。…でも、コニアくん、着いた時から思ってたんだけど、ここ、本当に大丈夫…?」
「やはり、お気付きですか。」
空港に着いた時から、ずっと気になっていたことがある。
「ここらの近辺、あまりにも妖怪が多過ぎるように思うんだけど、これは誰の差し金なの…?」
街に繰り出した途端、路地裏や店の中、果てには人混みの中に、堂々と紛れ込む見たこともない妖怪達の数々。
行き交う人と、同じぐらいの数の妖怪が、街を練り歩いているのだ。
あまりにも異端。異常過ぎる。
「お兄様もお気付きの通り、そこかしこにばら撒かれたこの香港での異常事態は、『遺産継承者四男 イーシャ・ルー』の差し金です。」
「イーシャ・ルー?」
遺産継承者のデータを探りながら、僕はコニアくんの情報に耳を傾ける。
「ええ、イーシャは日本で言うところの『半グレ』集団?をまとめあげる、チンピラのボスです。奴自身は大した脅威ではありませんが…問題なのは、付いてる専属妖怪です。」
「…イーシャ・ルーの専属妖怪は……ウブメ?」
スマホをスワイプしていく内、出てきたのは『ウブメ』と呼ばれる妖怪。
「イーシャの専属妖怪は、妖怪を産み出す妖怪。下級から専属妖怪レベルまでの、ピンからキリのガチャのようなものです。
「ってことは…、使い方によっては、いくらでも妖怪を生み出して、軍隊みたいな扱いが出来るって、こと?」
「大雑把にまとめるとそう言うことになります。実際、奴はこの特性を活かして、香港に集結してる継承者達に、間断なく妖怪を送り続けている。」
なるほど、外にいた妖怪達は、全てイーシャ・ルーによって放たれたものだったのか。
空港に着いた時点で、安倍くんも異変に気付いていたようだし、果たしてそれがどう転ぶか…。
「ですが、今回に至っては、イーシャが起こした異変が、我々にとっていいように転んでいます。」
「…と言うと?」
「現在、継承者達は妖怪の対処に追われています。そして、肝心のベルターはと言うと、妖怪を恐れて自室に引きこもり続けている状態。」
「…。」
ユキちゃんを殺す引き金を引いたクセに、まさか、妖怪を恐れて部屋から出られないなんて…。
我が敵ながら、情けない…。
「本来なら、ベルターはすぐにでも自国のロシアへ帰りたいでしょうが、現状、それが出来ない。奴を香港に縛り付けている今こそが、最大の好機なんですよ。」
「ふむ…」
イーシャ・ルーの無差別な攻撃のおかげで、逆にベルターを縛り付けて、動けなくしているから、その間に動き回れるということか。
「もちろん、警戒はしているでしょうが、あくまでそれは妖怪に大してです。お兄様は半妖ですから、“人間”と“鬼”との切り替えが出来る。」
「…、」
「“完全な人間”に成れる手を持ってるなら、奴らの虚を突くことが出来ます。」
貴方が香港に来ていることがバレないよう、自然な流れを作る“カモフラージュ”も行っているのでね。と、コニアくんはクスッと笑う。
「はは……権力の力って凄いよね…」
コンコンコン。
不意に、部屋に響くノック音。
「つきましては……お兄様?」
「あ、ごめん、コニアくん…また後でかけ直すよ。お客さんみたい。」
…もう来たのか、早いな。
ピッと電話を切って、僕は荷物の中にスマホをしまい、スタスタとドアの前まで歩いていく。
「ルームサービスでーす。」
聞き慣れたふざけた棒読みと、もう一度鳴り響くノック音。
「はいはい…今開けるからちょっと待ってね。」
もう確定で安倍くんだと分かったので、鍵を開けて、ドアを引いた。
だが、ドアを開けた途端、ポタ、と赤い何かが滴り落ちる音。
「いょ!」
「い゛やぁぁあああ!!?」
見れば、全身、赤い液体にまみれた安倍くんが立っていた。
あまりにも突然現れたホラーチックな姿に、びっくりして悲鳴をあげてしまう僕。
反射でビンタまでしてしまった。
「えだぃー、叩かないでよー。」
「え、ちょっと、それ…!、返り血?!」
驚きながらも何とか声を絞り出すと、
「ホテルに忍び込んでた奴ら祓ってたら、着いた時にはこんなんなっててー。」
と、人助けをしてたら時間に遅れてーみたいな言い訳をしてくる安倍くん。
「よくそれでここまで来れたな、おい。」
妖怪の血は普通の人には見えないものー。と、ズカズカ僕の部屋に上がり込んでくる安倍くん。
「お風呂借りていいかなー?」
「いいよ…そのままで部屋汚されたら、溜まったもんじゃないしね…。」
「やったー、ありがとー。」
流石にあの血だるまは気持ち悪かったのか、颯爽と風呂場に消えた後、シャワーを浴びる音がしてくる。
…あれ、て言うか安倍くん、着替えは?
ここに来た時、妖縛帯の他になんか持ってたっけ…?
「…。」
同性だし、気にする必要はないかもしれないけど、下くらいは隠して欲しいな…。
パンツとかなら一応持って来てるし、いざとなったら…。
「ふー、スッキリー。」
「あ、安倍くん、着替えは……って、え?」
たった今、風呂から上がってきた安倍くんは、なぜか汚れひとつない状態の学ランを着ている。
え、さっきの血だるまの学ランは??
どうやって綺麗にしたの?
て言うか、なんで髪まで乾いてるの、首にかけてるタオルいらないでしょ。
「んー?どうしたのー?」
「え、いや…服…」
「服ぅ?何か変ー?」
キョロキョロと着ている学ランを見て、どこか変なのかと探し回っている安倍くん。
何もかも変だろ…聞いていいやつなのか、これ…。
「…まあいいけど」
「えー、教えてよー。何ー、チャック空いてたー?」
「空いてないから大丈夫だよ。」
ズボンのチャックを確認しようとする安倍くんを静止させて、とりあえずソファに座らせる。
ため息混じりにお茶でも入れるかと、僕は部屋の簡易キッチンに向かった。
「安倍くんって紅茶飲めるの?」
「飲めるよー。」
じゃあ大丈夫か。
セルフサービスであろう、紅茶のパックをマグカップに移し、設置されていた電気ケトルの湯を注ぐ。
お砂糖とかミルクはセルフで入れて貰おう。
スティックシュガーとミルクを片手に、僕は安倍くんの傍に、紅茶の入ったマグカップを置いた。
「君、着いてきたは良いけど、これから、どうするの?」
「調べたいことがあるんだー。前に言ってた、遠征に行った陰陽師達についてー。」
「でも、その人達が香港に来たのって、今、大量発生してる妖怪達のせいなんじゃ…?」
「そうなんだろうねー。でもさ、__ちゃん、もしこの大量発生してる妖怪達が、香港全域に広がったらまずいよねー?」
そりゃそうだ。
今現在、僕達がいる地区には、イーシャ・ルーが放った妖怪が大量に鎮座してる状態。
遅かれ早かれ、対処しないと、香港に妖怪の波は広がり続ける訳だが…。
「それを防ぐ為かは知らないけどー、ここに来る途中、変な建物を見つけたんだー。」
「変な建物?」
僕が首を傾げながら、彼の隣に座ると、彼は持っていたスマホから、ある写真を見せてきた。
「…?、なにこれ、黒い、塔?」
写真には、まるでタワーのようにそびえ立つ、真っ黒な塔が写っていた。
「僕の読みではねー、この黒い塔、あと四つはどこかに建ってると思うんだー。」
「どうしてそう言い切れるの?」
「陰陽師が建てた『五芒結界』だから、これ。」
僕は一瞬、動きを止めて安倍くんの顔を見た。
「正確には、不可視の結界。この陣の内側にいる人間のほとんどには、妖怪は見えてないし、妖怪もこの陣の外には出られない。」
明らかに陰陽師の秘術だねー、これー。と、スマホを閉じる安倍くん。
「建物の柱を利用した結界はいくつか知ってるけど、こんな大掛かり且つ、大都市の一区域を丸々覆うモノなんて、僕初めて見たよー。」
「…それ、一日そこらで出来るようなものじゃないよね…。」
「うん、一体この結界を作るのに、どれだけの時間、人、財を割いたんだろうねー。」
……根深い。
探れば探るほど、陰陽師とこの継承戦との関係が気になるものになってきた。
最初はベルターを目的として動いていたが、下手をすれば排除の対象に、陰陽師すら入って来そうな勢いだ。
「…。」
「その上から、街に溢れて、途絶えない妖怪の気配。まるで百鬼夜行だよ。」
確実に何かは起きてるよねー。と、窓の外を見つめる安倍くん。
妖怪もそうだが、気になるのは陰陽師達の動向だ。
安倍くんの話が本当なら、彼らは何を目的としているんだ…?
喉元に、何かが絡み付く。
とは言え、考えても結局出ては来ない。
一度落ち着こうと、僕もソファに座ろうとした時だった。
またもや、コンコンコンと、部屋をノックする音。
「次から次に、来客が多いな…誰だ誰だ…。」
妖怪の気配がないことを確認した後、ガチャと、ドアを開けると、今度そこに立っていたのは、速水さん。
「あっ、速水さん…!?」
「えへへ、こんにちは、__くん。」
少し照れたような顔をした速水さんは、僕の考えが正しければ、香港で行われる陸上試合の選手として、この場にいるんだろう。
そういう風に、コニアくんに手配して貰った。
速水さんには、恐らく僕が彼女の試合を見に、香港まで来たってことで通じてるハズだ。
そうすれば、なんで急に香港に行ったかについては、一応の説明が着く。
「なんで部屋番号分かったの…?」
「え、えっと、実は__くんがホテルに来た時、私達もホテルに着いてたの。その時に、部屋番号の鍵が見えたから…。」
「秘密にしようと思ってたのに。そーいうことか。」
「チーコ先生から聞いてたんだ。__くん、私の試合見に来る予定だって。」
見られてるなら、尚更頑張らなきゃね。と、少女らしい笑みを浮かべる速水さん。
「頑張ってね、応援してるから。」
「う、うん!ありがとう、…それで、あの、」
「?」
「そっちの学ランの子って、確か転校生くんだよね…?」
その子も試合見に来たの?と首を傾げられ、僕は「あ、うん!そうそう!」と適当に話を合わせる。
どう誤魔化そうかなと、口から出まかせを連ねた所で、不意に、速水さんがピクリと何もない方向を見つめた。
「あ、うん!もう行くから!」
「…?、速水さん?」
まるで、誰かに話しかけられたかのような反応をしているが、彼女の向いている方向に人はいない。
え?と、思ったのも束の間。
「ごめん、__くん!『アカネちゃん』がミーティングあるからって呼び来たみたい、またね!」
パタパタと小走りで、一階の階段が続く方へ去っていく速水さん。
ワイヤレスイヤホンで通話でもしてたのかな…?とそう思いながら、ドアを閉めて、また鍵をかける。
「彼女、凄い良い体してたねー。」
「…音もなく背後に立つの止めてよ。」
て言うか、いつから立ってたんだ。
「それから、そう言うの、あんまり女の子の前で言わない方がいいよ。」
「ヤキモチー?、大丈夫だよ、僕は__ちゃんにしか興味ないからー。」
「ヤキモチじゃない!」
「良い体って言うのは、そう言う意味じゃないよー。筋肉の密度が凄いねーって言いたかったんだー。」
そりゃ、陸上部なんだから、余分な脂肪は着いてないだろうに。
ジト目で安倍くんを睨み付けながら、ソファに座る僕。
安倍くんもまた、僕の隣に腰掛けて、じっと窓の外に目を向けていた。
「安倍くん」
「……。」
「…安倍くん?」
「……。」
反応がないので、顔を伺ってみると、ボーッとしたような顔で、意図的に視線が合わないようにしてる。
名前で呼べってか、このやろー…。
「…晴華くん」
「んー?」
名前で呼びかければ、すぐに反応して、こちらに顔を向けてくる安倍くん。
「もしさ、この継承戦に、陰陽師が関与してたらどうするつもりなの…?」
もしも、何らかの事情で、彼が敵対するような形になったら、厄介なことになる。
ただでさえ、戦闘経験が豊富な彼に、真っ向から勝負を挑んでも、今の状態じゃ勝ち目が薄い。
「んー…、深度によるかな。」
僕の考えを他所に、安倍くん…いや、晴華くんはそう呟く。
「深度?」
「この件、序列が混ぜ物だらけの陰陽師達が企ててるならまだしも、御当主が噛んでるようなら、そうはいかないからねー。」
…彼の父親の事か。
それは確かに厄介だが、なぜ陰陽師のトップが絡んでいたらと思うのだろう。
「そもそも、大河童の事件の時から、何かきな臭いとは思ってたんだー。それに加えて、今回の遠征でしょー、とても無関係だとは思えないんだー。」
「そっか。」
「もしもね、」
「うん?」
神妙な顔をした晴華くんが、こちらを見つめながら話してくる。
「この件にもし、御当主様が関わってたら、僕は多分、一度日本に帰国しなきゃならない。根があまりにも深過ぎるからね。」
「…うん。」
「それを踏まえた上で、君の関与している継承戦に、御当主様の関わりがあった場合、」
「………。」
彼は一度、そこで何かを考えている。
迷っているのか、それとも、今話すべきでないと思っているのか。
やがて、引き結んでいた口を開いた彼は、ポツリとこう呟く。
「…何とかしたいとは思ってる。」
「…国家権力すら絡んでる所だもんね。」
陰陽師自体が、大規模な国家権力を有する者達に支援されている。
そして、陰陽師のトップに位置する人間がこの継承戦に絡んでるとなると、晴華くん一人じゃ、そう易々と手出しが出来ない。
揉み消される可能性だってあるし、そもそも穴を開けることすら敵わないかも。
「……どーしよっかなー。」
ぼふ、とソファにもたれて、天井を見上げる。
晴華くんの心情を理解し、僕は敢えて深く突っ込まないことにした。
「んー?」
「君の所が継承戦に絡んでたら、結局敵同士じゃん、僕達。不本意な殺し合いにはなりたくないよ。」
「絆されちゃったー?」
「…そうかもね。」
少なくとも、彼と殺し合いはしたくないと思うほどには、絆されているかも。
彼との戦いに関しては、覚悟が決めきれない。
それだけ、“偽りない恋情”と言う好意を受け過ぎた。
「これでまだ、裏があったら良かったんだけどね。」
我ながらチョロいなぁ、自分。と、膝を抱えて、自嘲気味に笑った時だった。
「本当にー?」
「えっ」
ぐいっと肩を引き寄せられ、急に積極的になった晴華くんに着いて行けなくなった。
「もしそうなら、香港から帰った後付き合ってくれるー?」
「ちょろ……」
自分を棚にあげるようで悪いが、晴華くんも存外、チョロいな…。
「うーわ、また掌で転がす気ー?良い性格してるねー。」
「人を悪女みたいに言わないでよ!」
若干皮肉交じりにそう言われて、思わずそう返してしまった。
「幼気な少年をからかって、純情弄ぶ気なんだー。ひどーい、君ってそういう子なんだねー。」
「何が幼気な少年だよ、過去の自分を振り返ってからものを言え!」
「じゃー、付き合ってくれる?」
「……なんで、」
頑なだな…。
何がそこまで突き動かしてるんだか。
「『ろまんちすと』って訳じゃないんだけどねー。__ちゃんに一目惚れしたの、何か因果があるんじゃないかと思ってるんだー。」
「ええー。」
胡散臭いとまではもう言わないけど、彼、そんな夢見がちな感じだっただろうか。
「__ちゃんと関わったことで、陰陽師の重大な秘密に触れてる気がするー。」
一緒に居たら、何か分かってくるかも知れないからー。と、ポケットの中の妖縛帯を握る晴華くん。
「君と居ることの方が、大事な気がするのは何でだろうねー。妖怪の子なのにー。」
「それは知らない。自分で考えて、納得のいく答えを出して。」
「じゃあ手始めに、こっちにおいでー。」
「何する気だよ。」
警戒心の強い猫みたいに、僕は晴華くんからさり気なく距離を取る。
「仲直りした時は握手だったけど、今度はぎゅって抱擁するのはどうー?」
「何か仕掛けられそうだからヤダ。」
「ええー、信用ないなー。」
「…まあ、でも、」
のそのそと、取っていた距離を縮めて、僕は元の位置に戻る。
「帰ってきたらいいよ。生きて帰って来れたら、その時は、」
「……」
「ハグして、付き合ってあげる。」
んふふ、と照れくさくなって、誤魔化そうとソファから立ち上がる。
そのまま、自分の分のお茶を入れに行こうとした。
「やっぱり君、魔性ちゃんでしょー。」
今まで何人誑かしてきたのー?と後ろから聞かれたが、敢えて何も反応せず、僕は簡易キッチンに向かった。
■■
さて、時間は飛び、香港滞在二日目。
この日は朝練を終えた速水さんと、街に繰り出そうと誘われ、出かける用事が出来た。
泊まりで部屋にいた晴華くんは、朝早くから妖怪退治にでも出かけているのか、僕が起きる頃にはいなくなっていた。
ただ、机の上にはちょっと出るねー。と、人型の形をしたメモ書きがあった。
何をしてるのかねー…と速水さんと街を歩きながら、僕は周りをキョロキョロと見渡す。
何人か、旅行客や、現地の人に紛れて、ガラの悪そうな連中が居る。
それが継承戦の関係者であれ、陰陽師の関係者であれ、警戒するに越したことはない。
「__くん、大丈夫?」
「ん?」
心配した様子で、顔を覗き込んでくる速水さん。
身長が高いので、必然、見下ろされる形なのがちょっと複雑かも…。
僕の母も、身長が高くてスタイルが良い人だったから、これから伸びると分かってても、背の高い人が羨ましく感じたり。
「その、ボーッとしてるように見えたから…。」
「ああ、大丈夫大丈夫。慣れない環境だから、ちょっと寝不足気味なのかも。」
「本当に?__くん、時々凄い思い詰めた顔してる時あるから…。」
「よく見てるね…。」
気取られないようにしてたつもりだけど、やっぱり分かる人には分かるんだろうな。
「あ、ご、ごめんね!ジロジロ見てるつもりはないんだけど…で、でも、もし悩みとかあったら言ってね!相談乗るから!」
「速水さん、ちょっと気になってたんだけど…」
今更ながら、僕は少し前から疑問に思っていたことを速水さんに聞いてみる。
「あの、学校でもそうだったけどさ、最近よく話してくれるよね。部活動とかも誘ってくれたりして。」
「あ、…うん。__くんは覚えてないかも知れないけど、私と__くん、小学校同じだったんだよ。」
「あれ、そうだったの?ごめん、それは…」
「や、違うの!話しかけなかった私が悪いんだ…。」
悪いことしちゃったかも。と言い切る前に、速水さんは両手をブンブンと振って否定してくる。
「私、昔と今で見た目とか…全然違うから。チビで太ってたし、それに…__くん、昔から凄く人あたりの良い子だったのに…仲良くしようと出来なかった自分が悪いんだ…。」
「そうかな?、自分ではあんまり自覚ないんだ、そう言うの…。」
「あの時、体型でいじめられてた私を庇ってくれたでしょ?__くん、クラス内でいつも困ってる人が居たら、自分を犠牲にして助けてくれてたよね。」
「………。」
小学校の頃は、まだ両親の存在があったから、心に余裕を持ててた部分がある。
高校に上がってからは、ユキちゃんや、日雇いのアルバイト、家の事で、正直削られてる所は否めない。
「けど、よく思わない人達にいじめのターゲットにされちゃって、私、結局助けてあげたり、ましてや、お礼を言うことすら出来なくて…。」
「え、そんな…」
いや、そこまで気にすることか…?
人助けなんて勝手にやってた事だし、速水さんと言うクラスメイトを覚えてない時点で、僕も結構薄情な性格だと思うんだが…。
「あの後、結局私、すぐ転校することになっちゃったし……正直、__くんに覚えてもらう資格なんてないんじゃないかって思ってたの…。」
「いや、全く気にする必要ないよ。僕だって速水さんのこと覚えてなかったし、ましてや何年も前の事だよ?」
今更、気にしてないよ。と、僕は大袈裟に首を横に振る。
「いじめをする奴ってね、大半が、寂しい連中なんだよ。」
「さ、寂しい?」
「そう、満たされない何かがあって、それを補おうとして弱者だと思う人間に辛く当たるの。家族、友達、恋人、自分、特に学生の間は悩みが尽きないからね。」
「す、凄いね、そこまで考えられるなんて。なんか__くん、カウンセラーみたい…」
全部お母さんからの受け売りだよ、と僕は苦笑する。
「でも、コンプレックスを自分でどうにかしてここまで来れたなら凄いことだよ、速水さん。」
「へ?」
「もし過去の自分がチビでデブだったなら、今の君は努力で大会に出られるまで成長出来たってことでしょう?克服出来るって、とっても凄いことだよ。」
「そ、そうかな…私なんて、まだまだだよ。」
えへへ、と照れたように笑う速水さん。
速水さんとの会話で、その場が和やかな雰囲気に包まれ出した時だった。
「ヘーイ、そこのカップルさん達ー!」
ピク、と馴れ馴れしい声が、僕と速水さんの視線をそちらへ誘導させる。
「お前車回して来いよ、な?」
「坊主、お前、可愛い彼女横に侍らせてんな?俺達にもちょっと遊ばせてくれよ?」
「か、彼女!?」
急に速水さんが赤くなっているのを他所に、僕は彼女の前に立って、庇うような姿勢を取る。
相手はガラの悪い男が四人ほど。
もれなく、僕達よりも体格が良く、取り囲まれると周囲が見渡せない。
「おっと、ビビるかと思いきや、勇ましいね。殴っていい?」
中でも一際体格のいい男が、にゅっと前に出てきて、拳を回している。
「おいおい、男の方は良いが、女は間違っても殴るなよー?顔にアザが出来た女とかヤレねえって、俺!」
「……俗物が。」
「__くん…」
不安を感じ取ってか、速水さんが肩に手を置いてくる。
「速水さん、助けを呼んで来れる?」
「え…!?で、でもそれだと__くんが…」
「君の足なら、多分ホテルまで数分もかからないでしょ。足止めするから、…誰でもいい。助けを呼んできて欲しいんだ。」
下卑た笑い声を他所に、僕は速水さんに呟く。
速水さんは迷っていたようだが、「すぐに戻るから…!!」と、走り出そうとしたその時。
「おい。」
突然、ビリッと男性の声が響く。
見ると、金髪を後ろに撫で付け、サイドに黒メッシュを入れた細身の若い男が、四人を睨み付けていた。
「手前ら、ベルターんとこの手下だな?」
「!」
ベルター…?!
なんでこんな所にベルターの部下がいるんだ、護衛にでも回ってそうなものだが…。
「あ?、誰だよお前。」
「主の護衛放棄してやる事が、集団でカップル襲うってのは、どういう了見だ?」
…気になる問題が浮上したが、今はこの金髪の若いお兄さんに任せよう。
下手に動いて、こっちの正体がベルターの部下達にバレたらヤバい。
「そもそもだ、女は『丁重』に『優しく』、『奪わず』『護る』、学を必要としねえ常識だろうが。そこの坊主の方が、そこら辺分かってんじゃねえのか?」
「ウザイなぁ、殴るよ?」
「待て待て待て!!コイツはヤベェんだって!お前『あん時』いなかったから…」
「行こう!もう行こう!!」
バタバタと焦ったように走り去って行く男達。
しかしながら、僕自身も内心で少しばかり焦っていた。
なぜって助けてくれたお兄さん、人間じゃない。
多分、“こっち側”だ。
それも、強いタイプの。
「馬鹿共が。」
ギロリとこちらに視線を向けてくるお兄さん。
刺青のような黒い模様が顔にあって、なおかつ、瞳の片方が黒い。
それだけじゃ浅い判断材料かも知れないが、多分、彼は妖怪だ。
「あー、ニホンの方達デスヨネ?」
警戒混じりに後退りしかけたが、お兄さんは僕の反応を知ってか知らずか、にっこり笑ってそう呟いてきた。
「え、に、日本語?」
速水さんも困惑気味だ。
明らかに顔の彫りの深さとか、骨格からして現地の人じゃないのは確かだ。
「チョットダケ、ムツカシイのは、分からナイ。」
「は、はあ。」
「オ二人、観光デスカ?ここら辺、トテモキケン。今はホテルから出ない方が良いカモ。」
送るカ?ホテル帰るマス?と、愛想良くそう言ってきたが、僕達は目配せして、大丈夫ですとお断りした。
その内、お兄さんの仲間が、迎えに来たようだ。
そして、そこでも僕は二つの意味で驚くことになる。
「おい、ライデイン!!行くぞ!いつまで話してんだ!!」
「!」
ライデイン、コニアくんがくれた専属妖怪データの中に、その名前があったはず…。
確か、ライデインの主の名前は…
「あら、お隣に彼氏くんがいるのに、ナンパとは随分なご趣味ね、ライデイン?」
「姐さん!、からかうのは止めてくれよ!」
イライヤ・ルー。
ルー家の長女で、専属妖怪はライデイン。
雷を操る、妖怪だ。
去って行くその後ろ姿を神妙に見つめながら、僕と速水さんは、ホテルまで歩き出したのだった。
11/11ページ
