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1章 はじまり

「あんた、目が緑色よ……」

驚きに満ちた、そして少し怯えるような声で友達が言った一言を、アサは受け止められなかった。

(目が、緑色……?わたしの、目が……?)

意味が、分からない。
今朝見た時は、アサの目は確かに黒色だったはずだ。さっきの少年に、何かされでもしたのだろうか。
アサが縋るように少年の方を見ると、少年はやっぱり、満足そうに口元を持ち上げていた。
そして、懐から小さな鏡を出してアサに手渡しながら言った。

「やっぱり、お前が翡翠だ」


少年から手渡された鏡を覗き込み、アサは思わず絶叫した。
そこに写っていたのは、見慣れた黒い瞳ではなかった。両方の目が、思わず息を呑んでしまうような、深い緑色に変わっていたのだ。
そう、例えるならちょうど、少年に手渡された緑色の石のような色に。
それだけではなく、アサの両目は、やや青みがかった緑色の光で奥から光り輝いている。

(こんなの、わたしじゃない)

……こんなの、化け物だ。
……わたしは、化け物だったの?

アサは勢いよく少年の方を振り返り、叫んだ。

「あなた、わたしに何をしたの!?
翡翠って誰、この目は何が起こってるの?
そもそもあなたは誰なの!」

一息に言い切ったアサは、はあはあと肩を上下させながらも、それでも少年の真っ黒な瞳をぐっと見すえて動かない。
アサの目に浮かんだ涙を見て、少年の目ははっとしたように見開かれた後、ふらりと揺れた。

「……いきなりこんなことして、悪かった。俺は琥珀。……見てろ」

琥珀と名乗った少年は、首にかかっていた細い紐を引いて、衣の胸元からおもむろに何かを取り出した。紐に通されていたのは飴色に輝く丸い石で、大きさはアサが握らされている緑色の石とちょうど同じくらいだろうか。
そっと目を伏せた琥珀が石を握った瞬間、辺りの空気がぶわりと変わった。

風なんて全く吹いていないのに、琥珀の長い黒髪がふわりと持ち上げられて宙を舞う。柔らかそうな毛先が、光に透かされてきらきらと輝く。握られた手の隙間からは、柔らかい黄色がかった光がぼんやりと漏れ出て、伏せられた長い睫毛までをも照らしていた。

そして、ふるりと琥珀の睫毛が揺れて、そろそろと持ち上げられる。
ゆっくりと姿を現した彼の瞳を見て、アサは思わず息を呑んだ。

真っ黒だったはずの琥珀の瞳は、彼の手のひらに握られている石とちょうど同じ、澄んだ飴色に変わっていた。瞳の奥では柔らかい金色の光がぼんやりと灯っていて、まるで誇り高い獣のような、厳かな雰囲気さえ感じさせる。

(……綺麗だ)

アサは純粋にそう思った。
自分の目が緑になった時にはあれほど怖かったのに、琥珀の飴色の瞳には、なぜか惹かれてしまっている自分がいた。
ひそやかに光る瞳からは、少し離れたところにいるアサでさえも何か大きな力をひしひしと感じるのに、やや俯いて立っている琥珀の表情は凪いだ水面のように静かだった。

「これは、<石の力>だ。俺のは琥珀の力。お前のは、翡翠」

琥珀の落ち着いた声が、言葉を紡いでいく。
この世には、翡翠、琥珀、珊瑚、紅玉、水晶の五つの<石の力>があり、それぞれの力を持つ者は一人ずつしかいないこと。<石の力>を持つ人は<石の民>と呼ばれ、持っている力の石の名前で呼ばれること。翡翠以外の四人はヒカリ村で修行を積んでいること。

「<石の民>の一番大きな使命は、<影>を鎮めることだ。<影>は人の心の弱い部分を糧にして、この世に災いをもたらす。<影>を鎮め、封印するには、お前の力が必要なんだ」

いつの間にか漆黒に戻っていた琥珀の瞳が、ひたりとアサを見据える。
実際に瞳の色が石の色に変わるのを見たのだ、アサには、琥珀が言っていることが嘘であるとは思えなかった。
それでも、はいそうですかと彼について行くわけにもいかない。
アサが考えあぐねていると、不意に大きな音がして、続いて人々の悲鳴が聞こえた。


「なんだ、あの黒いもやは……!」

慌てて振り向いたアサが目にしたのは、黒いもやのようなものがゆらりと人の形を取り、うごめいている姿だった。
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