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1章 はじまり

駆けつけた舞台には、早くも村の女の子たちが押しかけていた。あたりにはそわそわした空気が漂っていて、噂の人はどこにいるのかとみんなきょろきょろしている。

「ほら、きっとあの人よ」

友達が示す方を見て、アサは思わず息を飲んだ。

そこにいたのは、ひとりの少年だった。
切れ長の黒い瞳は、涼やかに光っている。
一つに結わえられた黒髪は、肩からさらさらとこぼれていて、胸の辺りまで伸ばされている。
纏っている衣もヒノマル村では見かけない形で、生成りの上下に、首の詰まった紺色の袖無しを重ねていた。

「本当に綺麗な人ね……、わたし、あんな綺麗な人見たことないわ」
「ほんとね……、笛吹きさんかしら、それとも剣舞の舞い手さん?」

そんな噂をしていると、少年がふと視線を上げた。そのままアサと目が合う。
漆黒の瞳にひたりと見据えられて、アサは動けなかった。
少年は驚いたように目を丸くしてしばらく固まっていたが、はっとしたようにこちらへ向かって駆けつけてきた。


(ちょっと、どういうこと?)

アサはひたすら困惑することしかできない。
一生懸命記憶をたどってみるけれど、アサが知っている男の子たちはみんなヒノマル村の男の子たちで、よその村に知り合いなんているはずもなかった。
(……人違いなんじゃないかしら)

あの、人違いなんじゃ、
そう声を掛けようとしたアサの声は、少年の声に遮られた。

「お前、翡翠……か?」

翡翠。確か、緑色の綺麗な石だと聞いたことがある。高貴な人の腕輪や耳飾りに使われるというその石は、名前こそ聞いたことがあるが、ただの弁当屋の娘に過ぎないアサには、全く馴染みのないものだった。

(……って、そうじゃないでしょ、アサ!)

はっと我に帰ったアサは、勢いよく首を横に振る。

「ひ、人違いです!わたしはアサです、翡翠なんて人、知りません!」
「いいから、この石を握ってみろ」
「何するつもりなんです!?」

少年に緑色の石を握らされて、アサは叫んだ。翡翠なんて人、アサは本当に知らない。
自分がなぜ石を握らされているのかも分からない。怖くて泣きそうになり、目をぎゅっとつぶっていると、少年が声を掛けてきた。

「ほら、そのまま、目を開けてみろ」

(目……?どういうこと?)

ぱちり。
きゃああああ、と周りの女の子たちが悲鳴を上げた。少年は全く動じることもなく、満足そうに微笑んでその場に立っている。

「……ね、ねえ!わたし、どうなってるの……?」

慌てて傍に立っていた友達に聞くと、彼女は声を震わせながら言った。

「あんた……その目、どうしちゃったの……?」

そうよそうよ、と他の女の子たちも続いて声を上げる。

(目……?)

特に見えづらい訳でもないが、何か醜い傷でもついてしまったのだろうか。アサが不安になっていると、聞こえてきたのは信じられない一言だった。


「あんた、目が、緑色よ……」
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