エンドロールは流れない
八乙女楽にとって、『アイドルだから恋愛してはならない』という概念は、如何なものかとずっと思っていた。
アイドルは夢を魅せる仕事だ。熱愛報道なんてされてみろ、夢が一瞬で覚めてしまう。今まで応援してくれていた、愛してくれていたファンたちが、傷つき、涙し、中には嘆き苦しみ、憎悪から敵になる者もいるだろう。その事実はわかっている。だが、アイドルも一人の人間だ。魅力的な人と出会ってしまえば、惚れてしまうのは仕方がないことではないだろうかとも思うのだ。
八乙女楽は決して、外見での一目惚れはしなかった。中身を知らないのにどうして惚れることが出来るのだ。大事なのは相手の考え方、他人との接し方、紡がれる言葉で感じ取れる建前と本心。
八乙女楽にとって魅力的な相手は、誠実で、他人を傷つけることのない人であった。自身が社長子息であったせいか、建前の褒め言葉も、笑顔の奥底に隠された薄汚い欲望も、自分の前では善人に振る舞い、裏では平気で他人を傷つける者を何人と見てきたのだ。比較的恵まれた容姿と、社長子息という肩書きのせいで、まるで虫のように群がってくる。八乙女楽にとって、好意を持って近寄ってくるものほど敵であり、軽蔑と憎悪の対象であった。
好意は敵では無い。温かで、優しくて、己自身をもっと好きになるものだと初めて知ったのは、同じアイドルグループの『十龍之介』のお陰であった。
十龍之介は、ことあるごとに楽のことを褒めた。『カッコいい』も『凄い』の言葉も、今まで数多く言われてきたありふれた賛辞の筈なのに、そこには純粋な尊敬、本心しか感じられなかった。十龍之介自身もいい男だった。190cm越えの高身長に、男から見ても羨むほどの筋肉のついた肉体美。彫りの深い顔立ちも整っており、何よりも他人への思いやりに溢れ、相手を愛することが出来る人間だった。そんな出来た人間に、嘘偽りのない最上級の賛辞を与えられる事は、八乙女楽にとって始めこそ戸惑いと照れくささがあったが、いつの間にかその温かな優しさが、言葉の温もりが、かけがいのないものになっていた。
十龍之介の温厚で優しく、けれど芯を持った強さの性格のお陰か、TRIGGERというグループがまだギスギスしていた頃も、二人は大層仲がよかった。八乙女楽にとって、初めて出来た『親友』であった。
——龍といると心地良い
それは昔も、今も変わらない。TRIGGERが大事だ。天は最高のセンターで、自分達に覚めない夢を魅るファンを、とびきりに愛していた。そして、十龍之介はシンメであり、親友であり、八乙女楽にとって大切な存在だった。
己が思っている以上に。
「紡、お疲れ」
「八乙女さん! お疲れ様です」
新ドラマの番宣のためのバラエティ番組の収録。別のドラマの番宣で出演の二階堂大和の付き添いで、アイドリッシュセブンのマネージャーが同行していた。
八乙女楽にとって、『小鳥遊紡』は魅力的な存在だった。誠実で、真面目で、褒める言葉に嘘が無い。キラキラと輝く賛辞の言葉は、スッと胸に届いてくれる。彼女を特に魅力的だと思ったのは、彼女の仕事に対する情熱と、アイドルを大切にする心だった。
迷惑をかけるからと、自ら距離を置いた筈なのに。気づけば呼び方は以前のように戻ってしまっていた。
「はいはーい、八乙女はうちのマネージャーから離れてくださーい。妊娠したら大変〜」
「するわけねぇだろ!」
「イケメンに半径1m以内に近づくと危険なんです〜。イケメンの自覚持ってください〜」
「それなら、二階堂だってイケメンだろ」
「おっ、前さんのそういうとこがさぁ! 俺まで孕ませたいの!?」
「なんでそうなるんだよ!?」
二階堂との言葉のキャッチボールを続けながら、二階堂の斜め後ろで笑う、紡を見てホッとする。
自分が名前で呼んでも、彼女は苗字呼びのままだった。以前「タレントとは絶対に特別な関係にはならない」と断言していた。それは楽が蕎麦屋の時に聞いた言葉であり、当時はかなりショックを受けたけれど、その言葉に今は救われてるのも、事実だった。
——自分が好きでいる事ぐらいは、許して欲しい
もしもアイドルではなく、ただの一般人だったならば。それこそ街一番の美味しい蕎麦屋だったり、営業の忙しいサラリーマンだったりしたならば、きっと楽は自分の持てる限りの言葉で、必死に己の恋心を伝えただろう。どれだけ好きなのか、どれだけ愛しているのかと。そして、できれば愛して欲しいと、共にいたいのだと願い訴えただろう。けれど、楽はアイドルだ。TRIGGERという最高のアイドルで、ファンのみんなを愛している。その気持ちも嘘偽りのない、紛れのない事実であった。
ファンを裏切りたくない。けれど、アイドルだって人なのだ、聖人君主では無い。
好きな人を、愛しいという気持ちを、切り捨てたくはなかった。
決して実りはしない恋
(報われることも、今は望んではいけない)
アイドルは夢を魅せる仕事だ。熱愛報道なんてされてみろ、夢が一瞬で覚めてしまう。今まで応援してくれていた、愛してくれていたファンたちが、傷つき、涙し、中には嘆き苦しみ、憎悪から敵になる者もいるだろう。その事実はわかっている。だが、アイドルも一人の人間だ。魅力的な人と出会ってしまえば、惚れてしまうのは仕方がないことではないだろうかとも思うのだ。
八乙女楽は決して、外見での一目惚れはしなかった。中身を知らないのにどうして惚れることが出来るのだ。大事なのは相手の考え方、他人との接し方、紡がれる言葉で感じ取れる建前と本心。
八乙女楽にとって魅力的な相手は、誠実で、他人を傷つけることのない人であった。自身が社長子息であったせいか、建前の褒め言葉も、笑顔の奥底に隠された薄汚い欲望も、自分の前では善人に振る舞い、裏では平気で他人を傷つける者を何人と見てきたのだ。比較的恵まれた容姿と、社長子息という肩書きのせいで、まるで虫のように群がってくる。八乙女楽にとって、好意を持って近寄ってくるものほど敵であり、軽蔑と憎悪の対象であった。
好意は敵では無い。温かで、優しくて、己自身をもっと好きになるものだと初めて知ったのは、同じアイドルグループの『十龍之介』のお陰であった。
十龍之介は、ことあるごとに楽のことを褒めた。『カッコいい』も『凄い』の言葉も、今まで数多く言われてきたありふれた賛辞の筈なのに、そこには純粋な尊敬、本心しか感じられなかった。十龍之介自身もいい男だった。190cm越えの高身長に、男から見ても羨むほどの筋肉のついた肉体美。彫りの深い顔立ちも整っており、何よりも他人への思いやりに溢れ、相手を愛することが出来る人間だった。そんな出来た人間に、嘘偽りのない最上級の賛辞を与えられる事は、八乙女楽にとって始めこそ戸惑いと照れくささがあったが、いつの間にかその温かな優しさが、言葉の温もりが、かけがいのないものになっていた。
十龍之介の温厚で優しく、けれど芯を持った強さの性格のお陰か、TRIGGERというグループがまだギスギスしていた頃も、二人は大層仲がよかった。八乙女楽にとって、初めて出来た『親友』であった。
——龍といると心地良い
それは昔も、今も変わらない。TRIGGERが大事だ。天は最高のセンターで、自分達に覚めない夢を魅るファンを、とびきりに愛していた。そして、十龍之介はシンメであり、親友であり、八乙女楽にとって大切な存在だった。
己が思っている以上に。
「紡、お疲れ」
「八乙女さん! お疲れ様です」
新ドラマの番宣のためのバラエティ番組の収録。別のドラマの番宣で出演の二階堂大和の付き添いで、アイドリッシュセブンのマネージャーが同行していた。
八乙女楽にとって、『小鳥遊紡』は魅力的な存在だった。誠実で、真面目で、褒める言葉に嘘が無い。キラキラと輝く賛辞の言葉は、スッと胸に届いてくれる。彼女を特に魅力的だと思ったのは、彼女の仕事に対する情熱と、アイドルを大切にする心だった。
迷惑をかけるからと、自ら距離を置いた筈なのに。気づけば呼び方は以前のように戻ってしまっていた。
「はいはーい、八乙女はうちのマネージャーから離れてくださーい。妊娠したら大変〜」
「するわけねぇだろ!」
「イケメンに半径1m以内に近づくと危険なんです〜。イケメンの自覚持ってください〜」
「それなら、二階堂だってイケメンだろ」
「おっ、前さんのそういうとこがさぁ! 俺まで孕ませたいの!?」
「なんでそうなるんだよ!?」
二階堂との言葉のキャッチボールを続けながら、二階堂の斜め後ろで笑う、紡を見てホッとする。
自分が名前で呼んでも、彼女は苗字呼びのままだった。以前「タレントとは絶対に特別な関係にはならない」と断言していた。それは楽が蕎麦屋の時に聞いた言葉であり、当時はかなりショックを受けたけれど、その言葉に今は救われてるのも、事実だった。
——自分が好きでいる事ぐらいは、許して欲しい
もしもアイドルではなく、ただの一般人だったならば。それこそ街一番の美味しい蕎麦屋だったり、営業の忙しいサラリーマンだったりしたならば、きっと楽は自分の持てる限りの言葉で、必死に己の恋心を伝えただろう。どれだけ好きなのか、どれだけ愛しているのかと。そして、できれば愛して欲しいと、共にいたいのだと願い訴えただろう。けれど、楽はアイドルだ。TRIGGERという最高のアイドルで、ファンのみんなを愛している。その気持ちも嘘偽りのない、紛れのない事実であった。
ファンを裏切りたくない。けれど、アイドルだって人なのだ、聖人君主では無い。
好きな人を、愛しいという気持ちを、切り捨てたくはなかった。
決して実りはしない恋
(報われることも、今は望んではいけない)
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