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エンドロールは流れない

 ——ドラマも、映画も、作品には必ず終わりがある。
 その終わりは喜劇だったり、悲劇だったり、様々だけれど。俺が出させてもらう作品の殆どは、主人公のハッピーエンドでエンドロールが流れるものばかりだった。

 スマホを眺める楽の機嫌が良い。そんな姿に疑問を思いつつも、そのことを愛おしく思うくらいに、龍之介は楽に対して大切な気持ちを秘めていた。
 この溢れそうな程の愛しいという気持ちを、伝えてしまいたいと幾度となく思っただろう。けれどそれが出来ないのは、自分達が男同士だからであり、同じアイドルグループのメンバーだからであり、
「楽、何かいいことあったのか?」
 楽が、別の人に恋をしていることを知っているからだ。
 自ら問いかけたのに、少しの後悔が龍之介の胸を痛めた。チラリと見えたスマホのラビチャ画面。とある事をきっかけに、苗字で呼んでいた他グループのマネージャー……、楽の想い人を、以前のように名前で呼んでいたからだ。
「龍、……俺、そんな顔に出てたか?」
 いつもならば雪のように白い肌が、ほんの僅かに柔らかい薄桃色に色づく。自らの頬に触れながら、楽は龍之介の瞳を見つめた。
 どんな時でもこちらを見つめてくれる眼差しが眩しくて、龍之介は楽の銀白色の瞳に見つめられるのが、堪らなく好きだった。いつもならば誠実で、真っ直ぐな強い意志を持つ瞳が、少しだけ揺れているのは照れからだろう。
「嬉しそう……あと、楽しそうにも見えたよ」
 平常心を装って、楽の座るソファの隣に腰掛ける。龍之介の重みで少し沈んだソファのせいで、龍之介側に僅かばかり傾いたからだろう。二人の距離は思った以上に近かったが、楽はそれを気にする素振りは無かった。
「何かいいことあったのか?」
 先程と同じ問いかけをする。声のトーンは先程よりも僅かに高めに。口角も自然にあげる。まるで、楽しい気持ちを共有したいというように。龍之介はアイドルだ。歌って、踊って、ファンを喜ばせることが仕事だが、ドラマ、映画、舞台などの演技の仕事もこなしてきた。楽と親友の自分なら、どう言った声色で話すのか? どのように反応すればいいのか? 龍之介は完璧に演じていた。もしも今この瞬間が映画ならば、主演男優賞も獲れたかもしれない。
「こないだ、芸能人対抗スポーツ大会があっただろ? それで、紡が連絡くれたんだ。……律儀だよな」
 紡がれる言葉の声色が、表情が、『愛しい』を溢れさせていた。
 ——本当に、彼女のことが好きなんだな
 言葉に出したい気持ちを押し殺し、龍之介は組んでいた手に少しだけ力を込める。
「紡ちゃん、本当にいい子だよね! 姉鷺さんと一緒にバルーン振って応援してくれたり、可愛かったなぁ」
 この言葉に嘘は無い。龍之介はアイドリッシュセブンのマネージャーに好意的であった。真面目で、努力家で、自分のアイドルたちを、アイドリッシュセブンのことを何よりも大事にしているのが伝わってくる。嫌いになんてなれるはずが無かった。例え、自分が愛してる人の想い人であっても。
「すげー振ってたよな。声出せない代わりに、応援の気持ちを込めたんだってよ」
 ラビチャのやり取りを見せようと、丁寧に龍之介の方へ画面を傾けてくれる。無邪気な笑顔が眩しいと思いつつも、少しだけ、楽の反応に違和感を感じた。
 ——俺が可愛いなんて言ったら、すぐにでも反応してたのに……
 以前の楽ならば、彼女のことを名前呼びしたり、可愛いなんて言ってしまえばすぐに噛みついてきた。傷つく心と相反し、そんなところさえも可愛いと思えてしまうくらいに、龍之介は盲目でもあったのだが。
 隣で嬉しそうに、楽しそうに語りかけてくる楽の話に合いの手を入れつつ、龍之介は頭の中で自らの疑問を整理する。
 楽が未だに、彼女のことを好きな事は紛れもない事実だ。名前呼びが最たる理由だと、龍之介は思っている。
 楽にとって、名前呼びは自らのテリトリーに入れる、最上級の愛情表現だと龍之介は思っていた。実際に楽自身に聞いたわけではないが、よく飲みに行ったり、オフに遊んだりする二階堂大和や和泉三月は随分と関係が深まったというのに、未だに『二階堂』『和泉兄』の呼び方であった。それは、どれだけ仲の良い友人になろうとも、決してそれ以上にはなれない表れだとも思っている。楽にとって名前で呼ぶ行為は、自分の心の深い場所まで入れ、大切に愛する証なのだと。
 己の落ち度で、軽率な行動のせいで、楽に、天に、TRIGGERの関係者に多大なる迷惑をかけた時、楽が彼女と距離をとった。それはTRIGGERを、ファンを守る行為だったが、一番に守りたかったのは『彼女自身』だろうと龍之介は思っている。楽は誠実だ。惚れた子を周りの目や中傷で傷つける行為はしない。
 底辺まで落ちてしまったTRIGGERも、今ではメディアに出れるようになり、事務所にも戻ってきた。芸能人だから無い事実を面白おかしく肥大して書かれる事はあるが、それでもあの頃の悪意しかなかった時よりはマシである。
 ——いつから、名前呼びに戻ったんだろう……
 知らなかった事実に、傷つく自分自身に嫌気が刺す。自分の気持ちを伝える勇気も、度胸も、この気持ちを捨てることさえも出来ないのに。
「龍、大丈夫か?」
「えっ、?」
 楽からの問いかけに、龍之介の身体が僅かに強張る。自分では、ちゃんと出来てたつもりだ。大切な親友の、想い人との話を自分の事のように喜ぶ。それが『十龍之介』の姿だと龍之介自身が思っていたし、出来ている筈だった。
「あ、俺の勘違いだったら悪い。ただ……、んー……、違和感があるっつーか……。龍が少しだけ、しんどそうに見えた。どこか具合、悪いか?」
 完璧に隠してるつもりだった。綻びがあったとは自分では思えない。けれど、自身の僅かな変化に気づいてくれたことが、龍之介にとっては辛くもあり、堪らなく嬉しくもあった。
「大丈夫だよ! むしろ元気すぎて、後でジョギング行こうかなぁって思ってるくらい」
 嘘では無い。気持ちの整理には、身体を動かすことが一番だと知っているからだ。
「そうか。わりぃな、変な事聞いちまって」
「ううん、心配してくれてありがとう。楽も一緒に行かないか?」
「いいな! 後で着替えてくる」
 完璧だった筈だ。今の自分は、主演男優賞を獲れる程に。けれど、もしも獲れるのであれば助演男優賞だと考えを改める。主人公は龍之介では無い、この物語がハッピーエンドで終わるには、主人公は『八乙女楽』でなければならないのだ。



(失恋で終わる物語を、誰も望みはしないだろう)
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