TRG学園設定の話
「十先生……もしかして口説いてます?」
目の前でハイボールを飲んでいる八乙女先生が、俺を艶やかな眼差しで見つめながら、美しく微笑んでいた。
普段は雪のように真っ白な肌が、今は薄っすらといちごミルクのように色づいており、何故か見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。
「へ? ……えっ……あ、……え!?」
突然とかけられた思いもよらない言葉に、呂律が回らない口は吃りながらの意味がないものだった。
「ははっ、顔、真っ赤ですよ?」
八乙女先生が、ゆっくりと身体を前へと乗り出す。机に手をついたせいでぎしりと鈍い音が立った。美しすぎる端正な顔が自分に近づいて、いつも鍵盤を滑らせる綺麗な指が、かちゃりと音を立てて俺のメガネのつるに触れた。
「これ、取ってもいいですか?」
「あ、え、あの……」
「十先生、可愛いですね」
可愛いのは貴方の方だ。なんて呑気に思いつつも、俺の頭は突然のことにパニックになっていた。
どうしてこうなった? 何で? 何故?
思い出せ、十龍之介。
「顔が赤いのは、酔っ払ってるからですか? それとも……」
必死に記憶を呼び起こそうとしてるにもかかわらず、目の前の美しい人が艶やかな色気を纏って問いかけてくる。銀白色の切れ長の瞳を縁取るまつ毛が、瞬きの際にふるりと揺れて、あぁ、八乙女先生ってまつ毛長いなぁ、なんてことをテンパった頭でも思ってしまった。
俺のメガネのつるに触れていた指が、そのまま下へと落ちる。伊達メガネだから視界の良好さは変わらないけれど、レンズが無い分、美しい顔がよりクリアに見えた。
「俺のこと、意識してくれてます?」
その言葉に返事をする前に、俺の唇に柔らかな感触と、アルコールの香りが訪れた。美しすぎる顔が近すぎるほど目の前にあって、閉じられた瞼さえも綺麗だった。あぁ、やっぱりまつ毛長いなぁ、なんてまたも呑気に思っていれば、まつ毛がふるりと揺れて、綺麗な銀白色の瞳とかち合う。ふ、と微笑んだ表情が、あまりにも妖艶なのにどこかあどけなさも感じて、自分の頭に血が上るのを感じた。
「ご馳走様です」
ほんの数秒のふれあいで、唇は離れてしまった。驚きすぎて呆けてしまってる俺とは違い、八乙女先生はテキパキと空になったつまみのトレーや缶を片付けている。今日着ていたスーツのジャケットを手にすると、スッと立ち上がった。
「今日はありがとうございます、また明日」
そう言って、八乙女先生は俺の部屋から出て行ってしまった。追いかけた方がいいのか? いやでも、そういうことをする間柄じゃない。今日だって、一緒に飲んでいただけだ。そう、今日はうちの柔道部の生徒が八乙女先生に迷惑をかけたから、お詫びのつもりで飲みに誘ったんだ。だけど、行きつけの飲み屋がたまたま『嫁が産気付きました。臨時休業です』って貼り紙がされてて、そこから近くの別の居酒屋は満席で。だから『俺の家、ここから近いんです。よかったらうちで飲みません?』って誘ったんだ。コンビニでビールとつまみを買って、『大学生みたいですね』なんて二人で笑いながら俺の家に上がった。そう、ここまでは普通だった。二人でビールで乾杯して、八乙女先生は聞き上手だから、俺も喋るのが楽しくて、家にある泡盛も開けて、呑んで喋ってってしてたら……キスされた。きっかけは何だ? 何でそうなった?
「あっ……、武将の話か、」
そうだ、何でその流れになったか思い出せないけど、『歴史上の偉大な武将は、男色が多かったんですよ〜』って話したんだ。
『織田信長も、伊達政宗も、徳川家康も、みーんな! 男色で〜、むしろあの時代は、女だけを愛した豊臣秀吉の方が変態! 扱いで、男も愛せる方がノーマルだったんですよ〜』
『そうなんですね。昔の方が性に緩かったのは知ってましたけど、お姫様をずっと愛してた秀吉が変態扱いって、面白いですね』
『ですよね!? 今では男色の方が変人、変態扱いなのに、マイノリティーが変わっていくのって不思議ですよね〜』
『……十先生は、男色とかに偏見ってないんですか?』
『ん〜、特にないですかね? 好きになるのに、性別なんて関係ないと思いますし』
『へぇ……』
『八乙女先生はすっごい綺麗だから、きっと迫られたらすぐに好きになっちゃうな〜!』
『十先生……もしかして口説いてます?』
「あ〝……」
そうだ、そんな会話からあんなことになったんだ。というか待ってくれ俺、八乙女先生に最低なこと言ってる。パワハラ? セクハラ? 何だよ迫られたら好きになるって、最低すぎるだろう。この流れから、キスされたんだ。あれ? てことは俺の方がセクハラされたのか? ん? でも、
「イヤじゃ……なかった……」
むしろ、気分さえもよかった。美人で、綺麗で、学校でも男なのに高嶺の花のような存在の音楽教師が、あんなあどけない表情でキスをするのかと。正直に言おう、もの凄く滾った。呑みすぎてなければ、俺の愚息は勃っていたかもしれない。それぐらい興奮した。
「どうしよう……どうしよう……」
明日、どんな顔して会えばいいんだ? やっぱり追いかければよかった。追いかけてたら、明日の心配はなかったのに。でも、追いかけてなんて言う? 迫られて本当に好きになっちゃいました? 最低すぎるだろ俺。ダメだろ絶対。というか、今更追いかけたところで八乙女先生の家の場所知らないから、どっちの方向に行ったかもわからないじゃないか。詰んだ。
「どんな顔して会えばいいんだ……」
胸がドキドキして苦しくて、でもその苦しささえも気持ちがよかった。
酔いなんてすっかり覚めてしまった俺は、シャワーを浴びなければいけないのはわかっていたけれど、そのまま横になって瞼を閉じた。思い出すのは綺麗な顔が目を閉じたあのキス顔で。完全に恋に落ちてしまった俺は、一人でゴロゴロ転がりながら悶えていた。
目の前でハイボールを飲んでいる八乙女先生が、俺を艶やかな眼差しで見つめながら、美しく微笑んでいた。
普段は雪のように真っ白な肌が、今は薄っすらといちごミルクのように色づいており、何故か見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。
「へ? ……えっ……あ、……え!?」
突然とかけられた思いもよらない言葉に、呂律が回らない口は吃りながらの意味がないものだった。
「ははっ、顔、真っ赤ですよ?」
八乙女先生が、ゆっくりと身体を前へと乗り出す。机に手をついたせいでぎしりと鈍い音が立った。美しすぎる端正な顔が自分に近づいて、いつも鍵盤を滑らせる綺麗な指が、かちゃりと音を立てて俺のメガネのつるに触れた。
「これ、取ってもいいですか?」
「あ、え、あの……」
「十先生、可愛いですね」
可愛いのは貴方の方だ。なんて呑気に思いつつも、俺の頭は突然のことにパニックになっていた。
どうしてこうなった? 何で? 何故?
思い出せ、十龍之介。
「顔が赤いのは、酔っ払ってるからですか? それとも……」
必死に記憶を呼び起こそうとしてるにもかかわらず、目の前の美しい人が艶やかな色気を纏って問いかけてくる。銀白色の切れ長の瞳を縁取るまつ毛が、瞬きの際にふるりと揺れて、あぁ、八乙女先生ってまつ毛長いなぁ、なんてことをテンパった頭でも思ってしまった。
俺のメガネのつるに触れていた指が、そのまま下へと落ちる。伊達メガネだから視界の良好さは変わらないけれど、レンズが無い分、美しい顔がよりクリアに見えた。
「俺のこと、意識してくれてます?」
その言葉に返事をする前に、俺の唇に柔らかな感触と、アルコールの香りが訪れた。美しすぎる顔が近すぎるほど目の前にあって、閉じられた瞼さえも綺麗だった。あぁ、やっぱりまつ毛長いなぁ、なんてまたも呑気に思っていれば、まつ毛がふるりと揺れて、綺麗な銀白色の瞳とかち合う。ふ、と微笑んだ表情が、あまりにも妖艶なのにどこかあどけなさも感じて、自分の頭に血が上るのを感じた。
「ご馳走様です」
ほんの数秒のふれあいで、唇は離れてしまった。驚きすぎて呆けてしまってる俺とは違い、八乙女先生はテキパキと空になったつまみのトレーや缶を片付けている。今日着ていたスーツのジャケットを手にすると、スッと立ち上がった。
「今日はありがとうございます、また明日」
そう言って、八乙女先生は俺の部屋から出て行ってしまった。追いかけた方がいいのか? いやでも、そういうことをする間柄じゃない。今日だって、一緒に飲んでいただけだ。そう、今日はうちの柔道部の生徒が八乙女先生に迷惑をかけたから、お詫びのつもりで飲みに誘ったんだ。だけど、行きつけの飲み屋がたまたま『嫁が産気付きました。臨時休業です』って貼り紙がされてて、そこから近くの別の居酒屋は満席で。だから『俺の家、ここから近いんです。よかったらうちで飲みません?』って誘ったんだ。コンビニでビールとつまみを買って、『大学生みたいですね』なんて二人で笑いながら俺の家に上がった。そう、ここまでは普通だった。二人でビールで乾杯して、八乙女先生は聞き上手だから、俺も喋るのが楽しくて、家にある泡盛も開けて、呑んで喋ってってしてたら……キスされた。きっかけは何だ? 何でそうなった?
「あっ……、武将の話か、」
そうだ、何でその流れになったか思い出せないけど、『歴史上の偉大な武将は、男色が多かったんですよ〜』って話したんだ。
『織田信長も、伊達政宗も、徳川家康も、みーんな! 男色で〜、むしろあの時代は、女だけを愛した豊臣秀吉の方が変態! 扱いで、男も愛せる方がノーマルだったんですよ〜』
『そうなんですね。昔の方が性に緩かったのは知ってましたけど、お姫様をずっと愛してた秀吉が変態扱いって、面白いですね』
『ですよね!? 今では男色の方が変人、変態扱いなのに、マイノリティーが変わっていくのって不思議ですよね〜』
『……十先生は、男色とかに偏見ってないんですか?』
『ん〜、特にないですかね? 好きになるのに、性別なんて関係ないと思いますし』
『へぇ……』
『八乙女先生はすっごい綺麗だから、きっと迫られたらすぐに好きになっちゃうな〜!』
『十先生……もしかして口説いてます?』
「あ〝……」
そうだ、そんな会話からあんなことになったんだ。というか待ってくれ俺、八乙女先生に最低なこと言ってる。パワハラ? セクハラ? 何だよ迫られたら好きになるって、最低すぎるだろう。この流れから、キスされたんだ。あれ? てことは俺の方がセクハラされたのか? ん? でも、
「イヤじゃ……なかった……」
むしろ、気分さえもよかった。美人で、綺麗で、学校でも男なのに高嶺の花のような存在の音楽教師が、あんなあどけない表情でキスをするのかと。正直に言おう、もの凄く滾った。呑みすぎてなければ、俺の愚息は勃っていたかもしれない。それぐらい興奮した。
「どうしよう……どうしよう……」
明日、どんな顔して会えばいいんだ? やっぱり追いかければよかった。追いかけてたら、明日の心配はなかったのに。でも、追いかけてなんて言う? 迫られて本当に好きになっちゃいました? 最低すぎるだろ俺。ダメだろ絶対。というか、今更追いかけたところで八乙女先生の家の場所知らないから、どっちの方向に行ったかもわからないじゃないか。詰んだ。
「どんな顔して会えばいいんだ……」
胸がドキドキして苦しくて、でもその苦しささえも気持ちがよかった。
酔いなんてすっかり覚めてしまった俺は、シャワーを浴びなければいけないのはわかっていたけれど、そのまま横になって瞼を閉じた。思い出すのは綺麗な顔が目を閉じたあのキス顔で。完全に恋に落ちてしまった俺は、一人でゴロゴロ転がりながら悶えていた。
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