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御影玲王

「やりゃあ出来んだよ俺」


嫌味なく、あっけらかんと言い切る彼の言葉に偽りはない。頭脳明晰で学年一位が当たり前だったらしく、運動神経抜群でサッカー歴もたった半年なのに青い監獄ブルーロックに選抜される腕前。御影コーポレーションの御曹司であり幼少期から対人関係に慣らされた彼は人心掌握もお手のもの。自分が嫌われていようと彼の手にかかればいつの間にかお友達だ。まぁひとえに彼の努力の賜物であることは知っているけれど。


「でもちょっと気になんねぇ?」


楽しそうに口角を上げ悪い顔をした千切に、私は若干警戒態勢。時々彼は突拍子もない提案をして周りを困らせる節があるので。こちらに興味も示さず一人黙々とスマホで遊んでいる、凪をおいて。


「つーわけで、玲王の弱点探すゲームやろうぜ」
「……うわぁ無理だってそんなの」


はなから諦めムードの私に対して、千切はノリノリのウキウキだ。まぁ確かに興味がないと言ったら嘘になるけど……それでも単純に難しいと思う。


「アテでもあるの?」
「いや別に。けどこっちには凪もいるし」
「え、俺?」


自分の名前が挙がったことでようやくこちらの会話に意識を向けた凪は、面倒くさそうに頬杖をついた。


「なんかねぇの? 玲王が苦手なこととかさ」
「ん、あー……動揺させるだけならできなくもない、かも?」


そう言ってちらりと私に目線を向けた凪につられて、千切もこちらを見る。一方で意図がわからない私は首を傾げるばかりだ。


「玲王のこと、苗字で呼んでみて」
「え、それだけ?」
「うん」


できれば何回も、と続けた凪は変わらず飄々としていて考えが読めない。


「苗字嫌いだったりするの?」
「んー、そーゆうわけじゃないけど効果はあると思うよ」


ますますわからなくなり質問を重ねようとした私を、千切が止める。視線の先にいたのは噂の人物だった。


「よっ、ここ座ってもいいか?」
「もちろん」


私の隣に腰をおろした彼から、シャンプーの匂いがふわりと香った。


「なんだよ玲王、もう風呂入ったのか?」
「お嬢より先に入んねぇとドライヤー争奪戦になるからな」
「そりゃ気遣いどーも」


「今だ」とアイコンタクトを送ってくる千切に少したじろぐ。ほんとにやるの、と目線だけで伝えるも彼が引くはずがなかった。腹を括って滅多に呼ぶことのない文字の羅列に音をのせる。


「……み、御影はご飯食べた?」


緊張が声に現れて吃ってしまった。これで何の反応もされなかったら絶対凪のこと恨んでやる。そう心の中で決意して、でもそれはすぐにぼろぼろと崩れていった。


「……っ、」


彼の綺麗な顔が見るからに歪んでいたから。
だけどそれも一瞬だけ。すぐいつも通りの表情に戻った彼に、見間違いでもしたのかと混乱した頭で凝視してしまう。そして、さっきの凪の言葉を思い出した。


「いや、先風呂行ったからまだ。さすがに腹減ったわ」
「御影って洋食派っぽいよね」
「そ、うでもねぇけど」
「ワイン持ってる御影が想像できた」
「……未成年だっての」


“御影”と呼ぶたびにわかりやすく雰囲気が暗くなっていく彼に、笑いそうになっている千切と「やっぱりね」という顔の凪。そして結局訳がわからない私。段々申し訳なさが勝ってきて、いい加減ネタバラシをしようと思い口を開きかけ……それは唐突に隣から伸びてきた手のひらで塞がれてしまう。びっくりしてパッと見た表情に、また驚く。
彼は唇を固く結び、眉を八の字に寄せて顔を曇らせていた。


「……なんなんだよ」


ぼそりと呟いた彼に聞き返す間もなく手を引かれ、強引に立たされる。足がもつれて転びそうになってもお構いなし。彼の背中を追いかけるしかなかった。


「えっと、」


ベッドに座らされ、痛いぐらい抱きしめられる。縋るようにおでこを肩口へ押し付けてくる彼のさらさらな髪の毛が首筋に触れて、くすぐったくて仕方ない。


「ご飯、いいの?」
「……こっちのがいい」
「お腹すいてるって」
「お前がいいっつってんだよ」


不覚にも、きゅんとした。


「……玲王の弱点探そうってなってね、そしたら凪が苗字で呼んでみろって」


アイツの差し金かよ、という低い声が耳を震わす。
それにすらドキドキしてしまって、今の体勢も相まって心臓が破裂しそう。誤魔化すように早口で事情を説明すると、ほっとしたように彼は大きく息を吐いた。


「……言っとくけど、お前だけだから」
「え?」
「お前には距離とられんのも嫌われんのも無理」


うなじに当てられた柔らかいなにかに、身体がびくりと跳ねた。それに気を良くしたのか、彼は態とらしく音を立てて何回も繰り返す。優しく触れるだけの行為が恥ずかしくて、耐えきれず名前を呼ぶと、嬉しそうに彼が笑ったのが伝わってきた。


「っ、れおってば」
「まだ駄目。もっと呼べよ」


横暴なのに耳を撫でるみたいな甘い声でおねだりをしてくるから、彼はずるい。玲王、って口にするたびに機嫌が良くなっていく彼に振り回されてる。
それがちょっぴり悔しくて、仕返ししたくて。


「……すき。玲王のこと、すき」


名前を呼ぶ代わりにたくさんの「好き」を伝えたら、初めて見る真っ赤な玲王の姿。
それはきっと、私しか知らない彼の弱点だった。
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