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御影玲王

「何で俺のこと好きになんねぇの?」


そう問いかけてくる彼は至極不満そうな顔つきで。なんで、と聞かれても困っちゃうから笑って誤魔化すと余計目尻を吊り上げた微妙な表情になってしまった。


「勉強も運動も完璧。家柄だって問題なし」
「うん」
「苦手なことなんかねぇし、大概やりゃできる」
「そうだね」


私の返事が気に入らないらしく、唇を尖らせ睨んでくる。
意外にわかりやすい彼の表情筋は今日もコロコロと動いていた。


「じゃあなれよ」
「玲王くん、独裁者みたい」
「んじゃ、俺と付き合ったときのメリットな」


さっきまで古文が書かれていた黒板に今度は彼の文字が足されていく。なんだか授業みたいだなぁ、なんて思いながら書き終わった日誌を閉じて、机に肘をつきながら彼のことを見つめる。


「まず送り迎えは絶対するし連絡もマメ」
「部活ある日は?」
「待っててくれんなら俺。無理ならばぁやに頼む」
「なるほどね」


てことはリムジン登下校になるわけだ。それは目立っちゃうからちょっと遠慮したいかなぁ。
あまり乗り気じゃなさそうな私の雰囲気を察したのか、彼は早々に切り上げて次の項目へ移る。“送り迎え”“連絡”の下に並ぶ文字は“プレゼント”だった。


「お前が欲しいモノは何だってやるよ」
「なんでも?」
「そ。ブランドのアクセでも化粧品でも。もちろん値段なんてつまんねぇこと気にすんなよな」


なんでもくれる、という言葉は結構魅力的。でも私は貢がれたいわけじゃないから、可愛いなって思うアクセサリーや洋服、欲しかったコスメがあっても彼に買ってもらうつもりは一切ない。


「んー、それはいらない」
「はぁ? 何でだよ」


それに答えず続きを促すと、苛立ちの中に焦りを滲ませた様子でチョークが折れそうなぐらい力強く文字を書き始めた。いつも何をしてても余裕そうな彼とは大違い。


「彼氏が“御影玲王”だって自慢できる」
「玲王くん、自信満々だ」
「高スペックっつーだけでステータスになるだろ?」
「そうかもね」
「……俺の何が不満なんだよ」


静かに、唸るみたいな低い声の彼は怒っているようにも見えるけど、全然怖くない。わかってないなぁ、玲王くん。そろそろ答え合わせしよっか。


「他の人に送ってもらうより、遅くなってもいいから一緒に歩いて帰りたい」
「……は?」


ぽかん、と口を開けた彼の珍しい表情が可愛くて、機嫌を損ねない程度に小さく笑う。でも話すのはやめてあげない。


「物はいらないから言葉がほしいかな。好き、って言ってもらえるだけで嬉しいもん」
「安上がりなやつ」
「でも玲王くん言わないじゃん」


好きだから俺と同じ気持ちになれよって思ってるのか、みんな俺のこと好きなのに何でお前はなんねぇのって思ってるのか。
この違いは大きいんだよ、玲王くん。前者だったらいいなって、私は淡い期待をしてるけど。じーっ、と見つめると、ばつが悪そうに視線は逸らされてしまった。


「ステータスとかは興味ないけど」
「……ないけど、何だよ」
「玲王くんはきっと彼女のこと大切にしてくれるから、自慢したいし付き合いたいかな」


何でもできてかっこいい人と付き合いたいんじゃない。御影玲王という一人の男の子が好きなだけ。


「……好きになんねぇのって聞いたときに言えっつの」
「否定はしなかったでしょ?」
「くっそやられた……」


髪の毛をぐしゃりと潰した彼は珍しくほんのり頬を赤く染めていて、胸がきゅんと音を立てる。


「私と付き合ったときのメリットも聞く?」
「お前が彼女ってだけで充分すぎだからいーわ」
「……それはずるい」


形勢逆転。今度は私が真っ赤になる番。嬉しそうに、楽しそうに笑った彼が近付いてきて二人の間にあった距離が少しずつ縮まる。


「今日は部活ないし、俺が送ってく」
「リムジン?」
「歩き。そん代わり手繋ぐからな」


そう言って彼は日誌を手に取り「ばぁやに連絡するついでに出してくるわ」と、止める間もなく颯爽と教室を出て行こうとする。


「あ、一個言い忘れてた」


ふと、何かを思い出したらしく戻ってきた彼が私を見つめる。その視線は蕩けるくらい熱っぽくて、どこかふわふわとした空気が心地良くて。期待で胸が高鳴った。


「好きだよ、お前のこと」
「……ほんと?」
「バーカ。何で疑うんだよ」


愛おしそうに微笑む彼の「バカ」という響きすら甘くて。玲王くんの言葉が、行動が、態度が、砂糖みたいに甘ったるく私を侵食していく。


「何でもやるっつったろ」


その宣言通り、彼はこれからたくさんの愛をくれるのだった。
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