【サゴマキ】His back 2
近所のコートで想いを確かめ合ってからは、互いの生活に大きな変化はなかった。小さな変化として挙げるならば、これまで通りの日常を送りつつ、休日が合えばどちらかの部屋で過ごすようになった事と、普段のちょっとした出来事も連絡する頻度が増えた事だろうか。実際今日も、波を乗り終えた牧が高砂の部屋に来る予定だ。サーフィンは今でも続けているらしく、先日見せてもらった車にはサーフボードが積まれていた。他にもバスケの練習で使うバッグや雑誌等も積んであり、牧の城みたいだと言ったら例えに感心され、少し照れた。そんな事を思い出していたら、牧からメッセージが届く。
『今駐車した』
簡潔な内容に対し、待ってる、とだけ返信をする。恐らくこの後は一度牧の部屋に寄り、雑誌を持って来るのだろう。今日は牧がリアルタイムで見たいと言っていた他チームの試合の中継を、高砂の部屋で共に見る約束だ。一通り片付けは終えて、二人でもゆったり座れるソファの前のローテーブルにコップを置いた。
そして、更に。高砂は関係が変わってから、邪な事も考えるようになっていた。高校時代にも牧には天然と言える一面はあったが、物理的な距離が近付いた為か、高砂の前では気を張っていないと思える瞬間が増えている。足で扉を閉めたりゴミ箱にゴミを投げ入れようとして失敗したり、コーヒーに牛乳を並々と注ぎ過ぎて少し零した日もあった。そういった所が可愛らしく思えてしまい、例えば理由なく抱き締めたとしたら、厚みのある唇へと感情のままにキスをしたとしたら、深い部分に触れて、その先へと進んだとしたら。そう考えるようになってからのある日、夢を見た。誰かと性行為をしている夢だ。相手は背後からの姿しか分からなかったが、栗色の髪と鍛えられた広い背中は、合宿時に何度も見た牧の背に酷似していた。その背が高砂の動きに合わせて撓り、快感に悶える様はあまりに扇情的で。起床後に猛る下半身に気付いた時には頭を抱えた。……ただ、そうは思うが、牧はどこまで許してくれるかすら分からない。今の関係を続けられているだけでも、奇跡のようなものだと思う。しかし、仮に進められたとしても、牧は抱かれてくれるのだろうか。流石に自分を抱くような事があるとは思えないけれども、何かの折に話し合いができたらとは思っている。
そもそも、高校時代は部活と勉強、大学時代はそれらにレポートや就活も加わり、就職後は職場と自宅の往復しかしていなかった高砂は、ナンパだとか合コンだとかとは無縁な生活を送っていた。知識として知ってはいるが、それまでである。寧ろ今となっては、生活環境ががらりと変わった牧の方が詳しいのかもしれない。先に進もうにも、どうしたら。これからについて自分の中で決まる前に聞こえた呼鈴によって、思考が引き戻された。
「おう、おはよう」
「おはよう。上がってくれ」
「邪魔するぞ。相変わらず綺麗にしてるなぁ」
「牧が来るからな。それに、いつかは引っ越すって決まってるし、決まったもの以外はあんまり出さねぇようにしてるんだ」
「……そうか、ずっといられるわけじゃねぇのか」
言葉に滲む切なさは、どうする事もできない。偶然が重なり近くにいられているだけで、何かの拍子にお互いがこのアパートから離れる場合も有り得る。高砂自身も、特等席である牧の隣を手離したくはない。それを牧も同様に考えてくれていたと知れたのは、嬉しかった。
「この部屋を借りていられるのは最大で五年だ。その先の事は、その時になったら決めようかとは思っていて……」
「そうだよな……」
「……そんな顔すんなよ、今日明日に立ち退きって話でもねぇんだから。今日は試合見るんだろ?」
牧がこの部屋に訪れた本来の目的を挙げれば、曇っていた表情も幾らか和らいだ。リビングに上がる前に、牧用のスリッパに履き替えてもらう。高砂自身が部屋中を土足で歩く事になかなか慣れなかった為に導入したスリッパを、牧も履いてくれている。
「試合開始は十一時で合ってるか? あと五分くらいあるが……」
「そのはずだ、ちょっと待ってろ……あ、十三時からだ」
うわちゃ〜と漏らす牧は、本当に開始時刻を勘違いしていた様子だ。まだ試合は始まっていないのだから、そこまで気にしなくてもいいと伝えるべく口を開く直前に、牧の腹の虫が元気に返事をした。
「……あと二時間か。何か腹に入れた方がいいだろ。何でもいいなら適当に用意するが……」
「いいのか!? また食いたかったんだよ、高砂スペシャル」
「……高砂スペシャル……?」
心当たりがまるでないメニューをリクエストされ、返答に大変困った。当然材料すらも見当が付かず、牧に質問を重ねる。その結果辿り着いた答えは、高砂がアメリカに来た初日、牧と共にした夕食で出した炒め物だった。味付も覚えていない為に前回と同じものは提供できないと伝え(それでも構わないからと言われてしまった)、今の高砂の舌が求める味に仕上げる。皿に盛り付け牧に渡し、高砂もテーブルに付いた。
「いただきます」
「口に合うといいが……どうだ?」
「むっ、これも美味いぞ!」
目を輝かせて食べる牧を見て、本心から言ってもらえていると分かる。高砂も口を付け、話している間に完食した。それから牧に材料費を払うと言われたが、請求する程ではないと伝えるも、それでもと食い下がられた為に高砂が折れ、次回外食時には牧の奢りというところで落ち着いた。高砂が食器を洗い終わると、牧はテレビを操作し放送局にチャンネルを合わせていた。
「確かこの局で……お、映った」
「注目してる選手でもいるのか?」
「あぁ、次の試合でマークするようになりそうなんだが……お、高砂ブレンド」
「ただのコーヒー牛乳だろ。それよりもうちょっと詰めてくれ」
「ん、すまん」
ソファのほぼ中心を陣取っていた牧には悪いが、高砂も試合は見たい。高砂は空いた隙間に尻を捩じ込んで、太腿が触れ合う距離に座る。直に伝わる熱を誤魔化そうと、自分用のブラックコーヒーを喉に流し込んだ。
牧の解説付きという豪華な試合が進んでいき、ハーフタイムショーが始まった。試合の合間に起こっていた歓声よりも大きいBGMが流れ、テレビの音量を下げようと高砂はローテーブルに置かれたリモコンに手を伸ばした。その時だった。
「今何時、」
突然振り向いた牧と、唇が触れ合う。時間にしてコンマ数秒にも関わらず、駆け抜けた熱は二人の視線を結ぶには十分で。そして目に宿った熱を、互いに見逃さなかった。引かれ合うように再び唇を合わせ、緩く食むと牧の肩がぴくりと跳ねる。押し返されないのをいい事に、高砂は徐々に牧へと体重を掛けた。次第にソファへ押し倒すような体勢になり、牧の唇を舐めれば口の隙間から声が漏れる。漏れ出た声ごと舐め取り、舌を這わせれば絡め取られ。口から溢れそうになった唾液は、無意識に啜っていた。高砂のシャツが震える手で弱々しく引かれた為に唇を離すと、小さなリップ音が響く。息が上がった牧の口元は、混ざり合った唾液で濡れていた。もう一度と高砂が動いた直後、テレビから鋭い笛の音が聞こえる。
「あ、試合……」
「……これから第三クォーターか……ハーフタイムショーは見れなかったな、悪ぃ」
雑に口元を拭ってから上体を起こす牧に手を貸して、試合を並んで眺める。引き続き解説はしてくれたが、これまでより明らかに口数が減っていた。試合自体は、次に牧の対戦相手となるチームが勝利を収めた。試合のハイライトを見ながら、高砂は先程の事を切り出せずにいると牧が口を開いた。
「その……嫌じゃなったか?」
「そんな訳あるか。オレこそ……がっついてすまん」
主語は無かったが、何を指していたかは一発で分かった。牧との初めてのキスだというのに、みっともない姿を見せてしまった。しかし情けないと落ち込む高砂に対し、牧は安心した様子であり、どこか嬉しそうにも見える。牧も望んでいたと思ってもよいのなら、その姿だけで幾らか高砂も気持ちが楽になった。
「良かった。高砂が嫌じゃねぇならいいんだ。……なぁ、まだこれからも遊びに来ていいか?」
「あぁ、構わね、」
了承と同時に、唇が触れた。軽く微笑んだ牧が立ち上がる。
「サンキュ、じゃあまたな」
明日は朝から練習なんだ、と言い残して牧は赤い耳も隠さずに自分の部屋へと戻っていった。唇の感触が今も離れない高砂にとっても、今日が大きな変化の始まりの日となるのかもしれない。
『今駐車した』
簡潔な内容に対し、待ってる、とだけ返信をする。恐らくこの後は一度牧の部屋に寄り、雑誌を持って来るのだろう。今日は牧がリアルタイムで見たいと言っていた他チームの試合の中継を、高砂の部屋で共に見る約束だ。一通り片付けは終えて、二人でもゆったり座れるソファの前のローテーブルにコップを置いた。
そして、更に。高砂は関係が変わってから、邪な事も考えるようになっていた。高校時代にも牧には天然と言える一面はあったが、物理的な距離が近付いた為か、高砂の前では気を張っていないと思える瞬間が増えている。足で扉を閉めたりゴミ箱にゴミを投げ入れようとして失敗したり、コーヒーに牛乳を並々と注ぎ過ぎて少し零した日もあった。そういった所が可愛らしく思えてしまい、例えば理由なく抱き締めたとしたら、厚みのある唇へと感情のままにキスをしたとしたら、深い部分に触れて、その先へと進んだとしたら。そう考えるようになってからのある日、夢を見た。誰かと性行為をしている夢だ。相手は背後からの姿しか分からなかったが、栗色の髪と鍛えられた広い背中は、合宿時に何度も見た牧の背に酷似していた。その背が高砂の動きに合わせて撓り、快感に悶える様はあまりに扇情的で。起床後に猛る下半身に気付いた時には頭を抱えた。……ただ、そうは思うが、牧はどこまで許してくれるかすら分からない。今の関係を続けられているだけでも、奇跡のようなものだと思う。しかし、仮に進められたとしても、牧は抱かれてくれるのだろうか。流石に自分を抱くような事があるとは思えないけれども、何かの折に話し合いができたらとは思っている。
そもそも、高校時代は部活と勉強、大学時代はそれらにレポートや就活も加わり、就職後は職場と自宅の往復しかしていなかった高砂は、ナンパだとか合コンだとかとは無縁な生活を送っていた。知識として知ってはいるが、それまでである。寧ろ今となっては、生活環境ががらりと変わった牧の方が詳しいのかもしれない。先に進もうにも、どうしたら。これからについて自分の中で決まる前に聞こえた呼鈴によって、思考が引き戻された。
「おう、おはよう」
「おはよう。上がってくれ」
「邪魔するぞ。相変わらず綺麗にしてるなぁ」
「牧が来るからな。それに、いつかは引っ越すって決まってるし、決まったもの以外はあんまり出さねぇようにしてるんだ」
「……そうか、ずっといられるわけじゃねぇのか」
言葉に滲む切なさは、どうする事もできない。偶然が重なり近くにいられているだけで、何かの拍子にお互いがこのアパートから離れる場合も有り得る。高砂自身も、特等席である牧の隣を手離したくはない。それを牧も同様に考えてくれていたと知れたのは、嬉しかった。
「この部屋を借りていられるのは最大で五年だ。その先の事は、その時になったら決めようかとは思っていて……」
「そうだよな……」
「……そんな顔すんなよ、今日明日に立ち退きって話でもねぇんだから。今日は試合見るんだろ?」
牧がこの部屋に訪れた本来の目的を挙げれば、曇っていた表情も幾らか和らいだ。リビングに上がる前に、牧用のスリッパに履き替えてもらう。高砂自身が部屋中を土足で歩く事になかなか慣れなかった為に導入したスリッパを、牧も履いてくれている。
「試合開始は十一時で合ってるか? あと五分くらいあるが……」
「そのはずだ、ちょっと待ってろ……あ、十三時からだ」
うわちゃ〜と漏らす牧は、本当に開始時刻を勘違いしていた様子だ。まだ試合は始まっていないのだから、そこまで気にしなくてもいいと伝えるべく口を開く直前に、牧の腹の虫が元気に返事をした。
「……あと二時間か。何か腹に入れた方がいいだろ。何でもいいなら適当に用意するが……」
「いいのか!? また食いたかったんだよ、高砂スペシャル」
「……高砂スペシャル……?」
心当たりがまるでないメニューをリクエストされ、返答に大変困った。当然材料すらも見当が付かず、牧に質問を重ねる。その結果辿り着いた答えは、高砂がアメリカに来た初日、牧と共にした夕食で出した炒め物だった。味付も覚えていない為に前回と同じものは提供できないと伝え(それでも構わないからと言われてしまった)、今の高砂の舌が求める味に仕上げる。皿に盛り付け牧に渡し、高砂もテーブルに付いた。
「いただきます」
「口に合うといいが……どうだ?」
「むっ、これも美味いぞ!」
目を輝かせて食べる牧を見て、本心から言ってもらえていると分かる。高砂も口を付け、話している間に完食した。それから牧に材料費を払うと言われたが、請求する程ではないと伝えるも、それでもと食い下がられた為に高砂が折れ、次回外食時には牧の奢りというところで落ち着いた。高砂が食器を洗い終わると、牧はテレビを操作し放送局にチャンネルを合わせていた。
「確かこの局で……お、映った」
「注目してる選手でもいるのか?」
「あぁ、次の試合でマークするようになりそうなんだが……お、高砂ブレンド」
「ただのコーヒー牛乳だろ。それよりもうちょっと詰めてくれ」
「ん、すまん」
ソファのほぼ中心を陣取っていた牧には悪いが、高砂も試合は見たい。高砂は空いた隙間に尻を捩じ込んで、太腿が触れ合う距離に座る。直に伝わる熱を誤魔化そうと、自分用のブラックコーヒーを喉に流し込んだ。
牧の解説付きという豪華な試合が進んでいき、ハーフタイムショーが始まった。試合の合間に起こっていた歓声よりも大きいBGMが流れ、テレビの音量を下げようと高砂はローテーブルに置かれたリモコンに手を伸ばした。その時だった。
「今何時、」
突然振り向いた牧と、唇が触れ合う。時間にしてコンマ数秒にも関わらず、駆け抜けた熱は二人の視線を結ぶには十分で。そして目に宿った熱を、互いに見逃さなかった。引かれ合うように再び唇を合わせ、緩く食むと牧の肩がぴくりと跳ねる。押し返されないのをいい事に、高砂は徐々に牧へと体重を掛けた。次第にソファへ押し倒すような体勢になり、牧の唇を舐めれば口の隙間から声が漏れる。漏れ出た声ごと舐め取り、舌を這わせれば絡め取られ。口から溢れそうになった唾液は、無意識に啜っていた。高砂のシャツが震える手で弱々しく引かれた為に唇を離すと、小さなリップ音が響く。息が上がった牧の口元は、混ざり合った唾液で濡れていた。もう一度と高砂が動いた直後、テレビから鋭い笛の音が聞こえる。
「あ、試合……」
「……これから第三クォーターか……ハーフタイムショーは見れなかったな、悪ぃ」
雑に口元を拭ってから上体を起こす牧に手を貸して、試合を並んで眺める。引き続き解説はしてくれたが、これまでより明らかに口数が減っていた。試合自体は、次に牧の対戦相手となるチームが勝利を収めた。試合のハイライトを見ながら、高砂は先程の事を切り出せずにいると牧が口を開いた。
「その……嫌じゃなったか?」
「そんな訳あるか。オレこそ……がっついてすまん」
主語は無かったが、何を指していたかは一発で分かった。牧との初めてのキスだというのに、みっともない姿を見せてしまった。しかし情けないと落ち込む高砂に対し、牧は安心した様子であり、どこか嬉しそうにも見える。牧も望んでいたと思ってもよいのなら、その姿だけで幾らか高砂も気持ちが楽になった。
「良かった。高砂が嫌じゃねぇならいいんだ。……なぁ、まだこれからも遊びに来ていいか?」
「あぁ、構わね、」
了承と同時に、唇が触れた。軽く微笑んだ牧が立ち上がる。
「サンキュ、じゃあまたな」
明日は朝から練習なんだ、と言い残して牧は赤い耳も隠さずに自分の部屋へと戻っていった。唇の感触が今も離れない高砂にとっても、今日が大きな変化の始まりの日となるのかもしれない。
