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【サゴマキ?】いずれ本になったらいいなと思うもの(仮)

「プレゼン成功、お疲れ様でした! かんぱーい!」
 掛け声の後、グラスがぶつかり合う。喉を通り抜ける苦味と炭酸にも、労われるような感覚を覚えた。大学卒業後に就職した、この会社の雰囲気にももう慣れた。入社直後の研修を終え、今の部署に配属されて三年になる。周囲のフォローから始まった業務は少しずつ幅を広げ、今では案件を幾つか任せられるようにもなっていた。そんな中、高砂のこれまで作成した資料の正確さを買われ、三ヶ月前からとあるプレゼンに参加するよう指示があった。元々は隣の席の先輩・小川が中心となって三人で進められており、高砂も、業務の合間に話だけは少し耳にしていた。相槌に混ぜて資料について思った事を一つ二つと伝えた所、急に目を輝かせて立ち上がり、そのまま上司の元へ向かって高砂をプレゼンに参加させるべく猛アピールを始める。そのままあれよあれよと途中参加が決まり、自らの業務と並行してプレゼン資料の確認をするようになった。プレゼン当日は高砂自身の予定もあり、先方へ共に向かう事はなかったが、成功の連絡が入っていた事に気付いた時にはそっと胸を撫で下ろした。その連絡のなかで打ち上げに誘われ、表立った活躍はしていないのにと返信に悩んでいたが、高砂の退勤時にプレゼン班とばったり会った為、そのまま居酒屋へと一緒に来てしまった。
「……本当に参加して良かったんですか?」
「良いよ! 寧ろ来てよ!」
「そうですよ! 高砂さんが参加してくれなかったらオレ、オレ……!」
「わ、分かったから落ち着け」
 乾杯の音頭を取った後輩・畠田が隣に座り、大袈裟に肩を震わせる。参加の言葉が指しているのがプレゼンなのか打ち上げなのかは判断しかねるが、どちらも似たようなものだろう。確か、彼は入社して一年になるかどうかくらいだった気がする。元気の良さは高校バスケ部時代の後輩を連想させ、配属された頃からどこか懐かしさがあった。その為無意識に気に掛けてしまい、よく懐いてくれている。
「それにしても、高砂さんがプレゼンに参加してくれて本当に助かったよ……僕達だけだったらどうなってたか……」
「あー、俺も……もうちょい会議に出られると思ってたんだけどなぁ……」
「なんか志賀崎の案件バタついてたね」
「そうだったんですか?」
「聞いてくれるか高砂さんよぉ……これは俺の実体験なんだがな……」
「先方の担当者が入院したとかで取ったアポがリスケになったり病室で打ち合わせしたりしてましたよね」
「なんで一息で全部言うんだよお前はよォ」
「体調は回復されたんですか?」
「おー、今はもうスッカリな。寧ろ俺より元気なんじゃねぇの? お、空になった。ビール飲む人ー」
 テーブルに置かれた注文用のタブレットを志賀崎が操作し、新たにビールが運ばれてきた。こういった事は入社して日が浅い者の仕事だと思っていたが、今のように気にしない先輩が多い。自らが後輩だった時には気が引けてしまったが、いざ後輩が入ってきたらこれまでの先輩の考え方が分かる気がした。
「あ、唐揚げ来たよ」
「よっしゃレモン掛けるわ」
「こっちの分は掛けない、で……って言ったのに……」
「速かったっすね……ってテーブルにも掛かってるっすよ!」
「……追加で頼みますか?」
「いいの……コイツ酔っ払うと何にでもレモン掛けるから……うっかりしてた……僕の眼鏡が無事だっただけまだマシかな……」
「レモンを舐めるなよ」
「誰もレモンは舐めてないっすよ」
 三人の掛け合いを聞きながら、高砂は次の注文を送信した。料理の画像を見る限り、レモンは載っていなさそうだ。テーブルを拭ける範囲で拭き取り終えると、注文したうちの厚焼き卵が運ばれてきた。
「わ、高砂さん拭いてくれてたの!? ごめんね全然気付いてなくて!」
「いえ、そんな」
「厚焼き卵にもレモン、いざ」
「いざ、じゃねぇっすよ! そのレモンもう疲れきってるじゃないっすか! レモンの為にも休ませてやってくださいよ!」
「……しょうがねぇな、今日はこのくらいにしてやるか」
 一度は掲げられたレモンは、そっと唐揚げの皿に着陸した。今回のアルコールの場では小川の眼鏡は守られたようだ。それから程なくして、他にも注文していたものも運ばれてくる。他愛もない話をしつつ食べ進めていくと、ふと思い出したように小川が口を開いた。
「そうだ、時期的にそろそろじゃない?」
「あー、そういえばそうだな」
「何がですか!? まさか……ボーナス!?」
「それはまだ先だね」
「研修であったろ? アメリカ行きだよ。ウチの会社、海外にも支社があるからそっちに呼ばれんだよ」
「僕達の同期が向こうに行ってそろそろ五年になるかな? 帰ってくるとかって聞いた?」
「あぁ、楠? 俺アイツの連絡先知らねーもん。けど、五十嵐さんにも何も連絡が無いなら、向こうにそのまま……残るんじゃねぇ……の……」
 言いながらジョッキを一気に煽り、伸ばされた反対の手はタブレットを探しているようだ。高砂はそっと取り上げ、代わりに水を渡した。その隙にジョッキを回収してテーブルの端に置く。一連の流れを見ていた畠田が自らもと動こうとしたのを、そっと首を振って制した。空いたスペースに突っ伏した志賀崎からは、寝息が聞こえる。
「……うーん、僕がもし上司だったら、高砂さんに打診するかなぁ……」
「あっ! 分かります!」
「……アメリカへの駐在ですか?」
「うん。普段の業務も真面目に取り組んでてくれて、取引先からも好印象って聞くし……それに今みたいな補助的な動きって、なかなかできる人いないなんだよね。職場ではできていても、それ以外の場所だとなかなか……ってね。確か、高校と大学で運動部だったんだよね?」
「はい、バスケ部に」
「そっかそっか。学生時代に身に付いたものって、一生モノな気がしてるんだよね、僕は。ほら、その頃に聴いてた曲って今でも歌えたりするでしょ?」
「そう、ですね……?」
「あはは、ごめんごめん。なんか言ってる事が繋がってなかったね。色々言ったけど気にしないでよ、酔っぱらいの戯言だからさ。それに、高砂さんとはまだまだ日本で一緒に仕事もしたいしね。そうだ、追加で何か頼む? あ、アイスある。僕バニラ味好きなんだよね。二人とも食べれるでしょ? 頼んじゃお、えいっ」
 そこまで買ってもらえているのは有り難い気持ちはあるが、なんだか擽ったいような気持ちもある。無意識で行っていた為に、高く評価されるものだとは思いもしなかった。そして、アメリカ。嘗ての旧友、牧が大学卒業後に向かい、今でも活躍している場所。見送りの場には、いつものメンバーと呼べる顔触れが集った。快く送り出してはいたが、どこか寂しさが滲んでおり、それは自らも例外ではなかった。堪えきれず涙を流す清田には、牧も今生の別れじゃねぇんだからと苦笑していた。
『元気でな』
『あぁ、高砂もな』
 搭乗間際に交わせたのはたった一言で、それ以降の連絡手段はメールのみだったが、何を送ればいいのか悩んでしまい、結局向こうからも届く事はなかった。そうだ、今日のプレゼンの事でも連絡してみようか。先輩にも恵まれ後輩にも慕ってもらえて、こちらは元気にしていると。……だが、それがどうした。向こうでの日々とは、全く違うだろう。牧からしたら、知らない人達の話だ。追加の説明も必要になる。練習や試合、メディア対応等で疲れている時に、そんな連絡を貰っても迷惑だろう。またいつか、何かの機会に。
「お待たせしましたー、抹茶アイス三点でーす」
「えっ、バニラじゃ……?」
「あれ、僕間違えちゃった?」
「……ご注文されてませんか?」
 戸惑う三人を見て、高砂はタブレットを確認する。注文履歴には確かに抹茶アイスが三個となっていた。
「……いえ、合ってるのでそのまま貰います」
「かしこまりましたー、空いたお皿お下げしますね。そろそろラストオーダーになりますがご注文はよろしいですか?」
「あ、大丈夫です」
「かしこまりました、失礼しまーす」
「……わー、抹茶頼んでたんだ……二人共食べれる?」
「大丈夫ですよ」
「オレも食えます!」
「よかった、じゃあ僕のは丁度いいしコイツに食べさせよっと。酔い覚ましにアイス食べる?」
「食う」
 突っ伏していた志賀崎が起き上がり、そのままアイスを食べ始めた。先程までの寝息は何だったのかと思うくらい、スプーンをしっかりと握っている。
「お前抹茶食えねぇのに頼んだのかよ」
「バニラと間違えちゃってさ、びっくりしたよ」
「俺はお前のその反応にびっくりだよ。いい加減食えるようになれよなー、後輩達は平気みたいだぞ。で、何の話?」
「うん? アメリカへの異動にね、高砂さんとかいいんじゃないかって勝手に言ってただけだよ」
「そうか、頑張れ」
「ちょっと、まだそんな話全然出てないのに?」
「高砂さんなら大丈夫だろ。……あぁ、ラストオーダーだってよ、追加するか?」
「僕はいいや」
「オレもっす!」
「オレもです。……あの、今日はありがとうございました」
「おー、気にすんなよ。助けてもらったのはこっちだしな」
「あっ、ここは僕達が持つから! 二人は気にしないでね!」
「……達?」
 驚いた反応をしていた志賀崎が、その手は伝票をしっかりと握っていた。最初からそのつもりだったらしい。本当に尊敬できる先輩達だ。もし自らが主催となり、今夜のように後輩を労う日がきたら、同じようにできたらと思った。
 居酒屋を出て解散した後、ふと喉の渇きを感じた。自宅に辿り着けば飲み物はいくつかあるが……と見渡した先にコンビニを見つけた。そのまま店内へと吸い込まれ、目に付いたミネラルウォーターを手に取りレジに並んだ。
「ありゃとーざいしたー」
 気の抜けた店員の声を背に歩くと、雑誌が並ぶラックが目に入る。ふと見た一冊、嘗ての戦友が表紙を飾っている事に気付く。思わず手に取り、再びレジへと向かった。
 玄関を通り鞄を置き、ミネラルウォーターの封を開けるよりも先に雑誌を開いた。目的のページに辿り着くと、大きく独占インタビューの文字が飛び込んでくる。そこには共にコートに立っていた、牧の写真が掲載されていた。表紙と同じユニフォームを纏っているが、雰囲気はあの頃と何ら変わりない。暫く連絡も取っていない事もあり、懐かしさすら感じられた。インタビュアーとの対談形式でのインタビューは、とても読みやすく編集されていたからか、購入したミネラルウォーターの存在すら忘れて読み始める。今のチームについて、学生時代の思い出、印象に残った試合に各ポジション毎に注目している選手……それらの回答が、牧の声で聞こえてくる気がした。あっという間に一ページ目を読み終え、次へと繰った瞬間、指が止まった。
 ──アイツ程クレバーなセンター、他にいませんよ。
 飛び込んできたのは、見出しとも取れる位置に置かれた高校生の頃の自らのポジション名を含んだ一文だった。もうプロの世界にいる牧だ。きっと、テレビで見るような選手を挙げるに違いない。もしくは海の向こうの選手だろうか。記事を読みながら、数名が浮かんでは消えていく。
「……ん?」
 気の所為だろうか。読み進めた先に、高砂の文字が見えた気がした。数行前からもう一度読み返したが、気の所為ではなかった。高校時代を共にしていた、高砂。アイツ程クレバーな、と牧の声が響く。他のポジションにも、見知った名前があった。けれどまさか、その中に挙げられるとは。全く予想していなかった。更に話は続いていたらしく、インタビュアーに話題を切り替えられなければまだ話していたに違いない。自分以外にも挙げていた選手一人一人について、牧なら丁寧に話をしそうだ。身振り手振りを交えながら話す姿を想像したが、嬉しさ半分照れ臭さ半分といったところだろう。とはいえ、一体この記事を読んだ何人の人間が、高砂一馬に辿り着けるというのか。羞恥心を勝手に抱いていた事に気付き、一人苦笑した。本当に、どこまでも影響力のある男だ。いつも一歩先を歩いていた筈の背中は、いつの間にか届かない場所を走っていた。遠くなってしまったその背に、頑張れよと小さく呟いた。
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