なんとなくオールキャラ

 体育館を背にして、陽光に目を細める。人の波間を縫って、自らの第二ボタンやネクタイの行方だとか、隣のクラスの異性の連絡先がどうとか、様々な話し声が聞こえてくる。牧も通い慣れた通学路は、残すところ本日の帰路のみで。明日からはブレザーに袖を通す事も無くなる。桜が舞う中、これまでの日常であったこの場所の空気をゆっくりと鼻から吸い込み、細く長く口から吐いた。
「ようやく辿り着いた」
「分かってはいたけど、全校生徒が集まると人数が凄いね」
「よー牧」
「おう、クラスの方はもういいのか?」
「いや、戻るのはこれからだ」
「見ろよ、昇降口。学年も混ざっちまってるし、全然戻れやしねぇよ」
 呼ばれて振り返れば、高砂と宮益、武藤がいた。毎日と言っていい程会っていたこの顔触れにも、少しの間会わなくなる。思い出話をする彼等を見てからもう一度、ゆっくりと空気を吸い込み、鼻の奥がツンとした瞬間。体育館の扉の開閉、ドリブルの感触、バッシュの音、思い描いた放物線を描き、ボールがネットを通り抜けるあの感覚。手に入れたもの、届かなかったもの。これからも持ち続けられるもの、ここへ置いていかなければならないもの。これまで抱えていた全てが、激流のように押し寄せ、巻き上げた荒波は静かに頬を伝い、呼気を押し出すはずの喉からは微かな嗚咽が漏れた。
「先輩方ー! ご卒業おめでとうございます!」
「信長、走ると危ないって!」
 同時に、こちらに向かってくる声がする。あぁ、止めなければ。こんな姿を見せる訳には。そんな思いとは裏腹に、涙はただ静かに流れていく。
「お、清田と神じゃねぇか」
「クラスの方はもう終わったのか?」
「はいっ!」
「いいえ、まだこれからなんです。信長を届けてからオレもクラスに戻ります」
「大変だなー新部長も」
「清田、神の悩みの種にならないようにな」
「うっ……! す、すみません神さん……」
 牧を背にするように、武藤と高砂が立つ。その隙に拭わねばとポケットに手を突っ込んだが、ハンカチは教室に置いたカバンの中だった。そんな中、視界の端に白色が映る。
「はい、ハンカチ。よかったら使って」
「……あぁ……悪ぃ……っ。洗って返すから、このまま借りていいか?」
「勿論。僕は気にしないけど、牧は気にするだろうからね。次に会うのは大学の入学式だから、その時でいいよ」
「……サンキュ。それにしても、強いな、お前達は」
「そりゃあ、君と一緒にコートに立っていたからね」
 眼鏡を指で押し上げ、じゃあ後でと残した宮益も、高砂達に合流する。引退して、卒業して。皆と同じ学び舎で過ごすことは無くなった。進むべき道の先陣を切り、自らの行動で示してきた自覚はある。故に、慕ってくれる彼等の前では、震える背を見せたくはなかった。鼻を啜り、今度こそ細く長く息を吐き、双眼は母校を捉えた。
「三年間、お世話になりました」
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