高砂と牧

 とある週末、業務を終えた高砂はコンビニへと吸い込まれる。時期的な忙しさもあり、今日も昨日も一昨日も終業は定時を三時間程オーバーしていた。学生時代に付けた体力もそろそろ底を尽きそうになっており、明日が休みでなかったらと考えると、少しゾッとする。このまま帰宅しても良かったが、喉の乾きを感じてしまい、冒頭に至る。特に拘りは無く、ミネラルウォーターを手に取りレジに並んだ。
「ありゃとーざいしたー」
 気の抜けた店員の声を背に歩くと、雑誌が並ぶラックが目に入る。ふと見た一冊、嘗ての戦友が表紙を飾っている事に気付く。思わず手に取り、再びレジへと向かった。

 玄関を通り鞄を置き、夕飯をどうするのかを考えるよりも先に雑誌を開いた。目的のページに辿り着くと、大きく独占インタビューの文字が飛び込んでくる。そこには共にコートに立っていた、牧の写真が掲載されていた。表紙と同じユニフォームを纏っているが、雰囲気はあの頃と何ら変わりない。暫く連絡も取っていない事もあり、懐かしさすら感じられた。インタビュアーとの対談形式でのインタビューは、とても読みやすく編集されていたからか、購入したミネラルウォーターの存在すら忘れて読み始める。今のチームについて、学生時代の思い出、印象に残った試合に各ポジション毎に注目している選手……それらの回答が、牧の声で聞こえてくる気がした。あっという間に一ページ目を読み終え、次へと繰った瞬間、指が止まった。
 ──アイツ程クレバーなCセンター、他にいませんよ。
 飛び込んできたのは、見出しとも取れる位置に置かれた高校生の頃の自らのポジション名を含んだ一文だった。もうプロの世界にいる牧だ。きっと、テレビで見るような選手を挙げるに違いない。もしくは海の向こうの選手だろうか。記事を読みながら、数名が浮かんでは消えていく。
「……ん?」
 気の所為だろうか。読み進めた先に、高砂の文字が見えた気がした。数行前からもう一度読み返したが、気の所為ではなかった。高校時代を共にしていた、高砂。アイツ程クレバーな、と牧の声が響く。他のポジションにも、見知った名前があった。けれどまさか、その中に挙げられるとは。全く予想していなかった。更に話は続いていたらしく、インタビュアーに話題を切り替えられなければまだ話していたに違いない。自分以外にも挙げていた選手一人一人について、牧なら丁寧に話をしそうだ。身振り手振りを交えながら話す姿を想像したが、嬉しさ半分照れ臭さ半分といったところだろう。とはいえ、一体この記事を読んだ何人の人間が、高砂一馬に辿り着けるというのか。羞恥心を勝手に抱いていた事に気付き、一人苦笑した。本当に、どこまでも影響力のある男だ。いつも一歩先を歩いていた筈の背中は、いつの間にか届かない場所を走っていた。遠くなってしまったその背に、頑張れよと小さく呟いた。
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