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銀河の果てより、貴方へ。

【太陽の淵で、貴方と。】


 仙道が牧を待つと伝え、四年が経過した。大学へと進学した現在、仙道は三年生、牧は四年生となる。卒業を控えた牧の待つ駅へと走る電車。その車窓から見える桜並木が、微かな物悲しさを告げていた。
 仙道は、敢えて牧とは異なる大学を選んだ。まだコート上では、好敵手として向き合っていたかった。それだけだったが、決め手としては十分だった。交流試合や地区予選で何度も対峙し、腹の底から燃え上がるような展開を楽しんだ。それでも牧からの返事はまだ無く、急かすつもりも無かった。大切な事だからこそ、じっくり考えてほしかった。
 降車後、改札を抜けて見渡す。人混みから頭一つ分大きい牧は、すぐに見付かった。
「牧さん!」
「おう。混んでたろ」
「運良く座れたし、数駅だったから大丈夫。それより待たせてすんません、今日あんまり時間ねぇんすよね?」
「……ま、電車一本くらいなら見逃してやるか」
「あざっす」
 遅刻癖はあまり直っていない。それを見越して、牧は周辺を散策するのだと言っていた。ついでにいい雰囲気の喫茶店や興味の対象があれば、そこへ仙道が合流するのもいつからかよくある事になった。
「ここに来る途中で喫茶店を見付けたんだが、どうだ? 腹減ってねぇか?」
「……ちょっと空いてるっす」
「決まりだな」
 歩き出した牧を追い、隣に並ぶ。喫茶店は思いの外すぐ近くにあった。
「いらっしゃいませ。現在少し混みあってまして、カウンター席なら……あ、少しお待ちいただければテーブル席もご用意出来ますが……」
「オレはカウンターでも良いすけど……牧さんは、」
「テーブルで」
「かしこまりました。では、お呼びいたしますので少々お待ちくださいませ」
「……どうした?」
「え、あー……いや、なんでもねぇっす」
 迷わずテーブル席を選んだ牧に、驚きを隠せなかった。これまでも混雑しているからといった理由で、カウンター席を選んだ事はある。だというのに、何故だ。気になりはするが、問うてもいいのか悩んでいると、テーブル席に通された。
「失礼いたします。こちらが当店のメニューでございます。お決まりの際は、テーブル奥にあるボタンにてお呼びください」
 一礼して店員は去っていった。メニューと同時に置かれたグラスを手に取り、一口。よく冷えた水が喉を通り抜けていった。一枚ずつページを繰る牧を見て、思い出した。
「あ、そういや。ご卒業おめでとうございます」
「おう、サンキュ。……もう一週先だけどな」
「あはは、当日は行けるか分からないんで」
「お前の用事もあるだろ、来るなよ」
 至極真っ当な返事に、牧らしさを感じる。ずっとこのままでいられればいいのに。そう思う仙道自身も、確かに存在していた。
「……よし、サンドイッチにするか。仙道は?」
「オレは……あ、シフォンケーキにします、この桜の」
「季節限定のか。それも美味そうだな」
「一口食べる?」
「オレの一口はデカいぞ?」
「知ってる」
 牧の声を聞きながら、店員を呼ぶボタンを押した。各々注文をして、また仙道は口を開く。久し振りに会ったのだから、まだまだ話していたかった。
「はー……牧さんも卒業か……」
「お前も来年卒業だろ?」
「単位が足りてればっすけど」
「……本当に大丈夫なのか?」
「いや、大丈夫! 今回レポートの提出間に合ってるんで! って、牧さんってプロチームから声掛かってたっすよね? えーと……コンカラーズでしたっけ? 行くんすか?」
 話をはぐらかしたようなタイミングとなってしまったが、前から聞いていた噂でもあった。牧なら既に決断していそうだ。想像していた返答をもらって、それからちょっと詳しく聞けたりなんて。
「……あぁ、そうだな。そこからも話はもらっている」
「あれ、行かねぇんすか? それかまた他のチーム?」
「……お前は、どうなんだ。スカウトマン達が練習見に来たりしてるんじゃねぇか?」
「え、あー……来てますね、そういや。貰ってた名刺どこやったっけ……」
「おい……」
「一応は纏めてたんすよ、けどそれをどこに置いたかなって……」
 目を閉じ普段から使っている鞄の中身や部屋を思い浮かべたが、どこへ置いたか全く思い出せなかった。諦めて目を開けば、目の前にシフォンケーキがいる。牧の前にサンドイッチも置かれており、唸っている間に到着したらしい。
「探しておけよ? お前は必要になるかもしれねぇんだから」
「はーい」
 サンドイッチを口にした牧に倣い、仙道もフォークを手に持つ。添えられたホイップクリームを少し付けるのが美味いとメニューに書かれていたが、その言葉に偽りは無かった。
「うま。これ美味いっすよ」
「良かったじゃねぇか」
「ハイ牧さん、あーん」
「……お前……」
「あはは、すんません。ここのクリームも付けて食べると美味いらしいっす」
「ほう、そうか……」
 新しいフォークを取り、牧はシフォンケーキを一口食べた。自らの一口は大きいと言っていたが、思っていた程ではない。吟味するかのようにじっくりと味わっていた。
「……本当だ、美味いなこれ」
「でしょ? また来たいっすね」
「そうだな……また」
 この後牧には予定があると聞いていた。あまり長時間はいられないが、それでも嬉しかった。牧が卒業してしまえば、より一層会えなくなるだろう。次の約束を取り付けるのに必死だった。
「……で、早速なんすけど、次っていつ空いて……っと、すんません」
「っ、あぁ、大丈夫だ。まだ分からねぇな……また落ち着いたら連絡してもいいか?」
「あ、勿論す。いつもすんません」
「構わんぞ、オレも楽しいからな……お、じゃあ、そろそろ」
 途中、動かした足が当たってしまった。瞬間に牧の眉間に皺が刻まれ、すぐ消える。声を掛けようとしたが、タイミングを失ってしまった。鞄から取り出した財布を手に持ち、牧は立ち上がった。
「わ、もうそんな時間すか」
「まだ余裕はあるが……念の為な」
「了解す。ならオレも」
「時間が取れなくて悪ぃな」
「それでも良いって言ったのはオレなんで。牧さん来月から忙しくなるんでしょ?」
「……あぁ、まぁな」
 会計を済ませて、店の外へ出る。牧は数歩後ろを歩いていた。
「試合見てぇな、行ってもいっすか?」
「ダメだ」
「え」
 振り返りながら投げた問いへの返答は、快いものではなく。幾らか冷えた声は、ここ数年で初めて聞いたかもしれない。足が縫い付けられた錯覚に陥る。衝撃は大きかった。
「……その……いきなりスタメンとか、無理じゃねぇか? 何年かはかかるだろ」
「牧さんならかかんねぇよ」
「なんでだよ」
「なんでも。じゃあ見に行っていい時は連絡貰ってもいいっすか?」
「……あぁ、分かった。じゃあまた」
「はい、また」
 そうして牧は去っていった。きっと牧なら、スタメンに選ばれる日も遠くない。そんな確信があった。こっそり見に行ったら、驚くだろうか。或いは別の表情をするだろうかと考えて、歩いた。
 その翌日以降、牧から返信が届く事は無くなった。


「そういえば仙道さん、今日もスカウトマンが来てましたよね」
「あー……そういえば名刺貰ったなぁ」
 練習を終えた帰り道。後輩からの一言に、さてどこに仕舞ったっけと鞄を探る動作で、ふと思い出した。
「……半年くらいか」
「え? 何がですか?」
「ん? あー……こっちの話」
「ふーん……今日のスカウトマンは確か……コンカラーズだったかな……」
「よく覚えてんなぁ」
「ちょっ……そんな他人事みたいな感想って……」
「はっは、悪ぃ悪ぃ」
「もー……って、明日は久々のオフ日ですねー、何しようかな……あ、オレこっちなので! お疲れ様です!」
「ん、お疲れー」
 緩く手を振り、後輩を見送った。偶然帰宅のタイミングが合った彼の言う通り、明日は練習が無い。ならば何をしようかと考えたが、改札を抜けホームに立っても、特に浮かばなかった。
 牧からの返信が途絶えて既に半年が経過している。仙道が四年生になったばかりの頃は、ただ単に、忙しかったり気分ではなかったりしたのかもしれないと思いはしたが、たったそれだけの理由で返信を怠る人ではないと知っていた為、打ち消した。ならばスカウトされていたバスケットチームのホームページに、選手一覧が掲載されていた筈だとネット検索をしたが、そこに牧の名前は無かった。おかしい。そのチームは、一軍も二軍も、登録のある選手は全て掲載されているのだ。それなのに、どこにも載っていない。結局、仙道と話をしたチームとは違う所に決めたのだろうか。そして牧の名前を入れ、改めて検索をしても、学生時代の情報しか出てこなかった。
 何か事情があって、連絡先を全て消してしまったのかと考えていたある日。福田から、陵南高校元バスケ部員で小規模な同窓会をしようといった話が出た為、出欠を取っているといった連絡が入った。
『予定確認して連絡するわ。それより、一個頼まれてほしいんだけど』
『内容による』
『牧さんに連絡取れたりしねぇ?』
『海南大の? 急だな』
『部屋片付けてたら、牧さんから借りっぱなしになってた雑誌が見付かってさ』
『……内容が内容だから、ジンジンに聞いてやる』
『サンキュ、助かった』
 そこまで送り、大きく息を吐いた。現時点での唯一の頼みの綱である。神すらも連絡が取れないのなら、そろそろ諦めなければならないのかもしれない。しかし、同じ学校、同じ部活動に所属していたにも拘らず、音信不通状態になってしまっているのなら。仮に何かの事件に巻き込まれたとしたら、もっと話題になっているだろう。勿論あってほしくないが、そういった話は耳にしていないし、ネット検索の時点で判明している事だ。何か。何か理由があり、自分だけが連絡が取れない。その読みが正しいのか、確証を得たかった。その数分後だった。
『ジンジンから連絡来た』
『どうだった?』
『普段通り返事はあった。特に変わった事もないって言ってる』
『そっか、分かった。サンキュな』
『陵南の方も早く返事しろ』
『分かった、そのうちな』
 もう一度大きく息を吐き、天井を眺めた。どうやら、自分だけが牧と連絡が取れない状況のようだ。こちらから送った内容で、不快にさせてしまっていたのかと思ったが、見返しても分からなかった。……もうダメなのかもしれない。
 高校二年生の時、夏の予選。仙道の浮かべた最善策は牧に気付かれ、崩された。当然悔しかった。同時に、牧紳一への興味が強く湧いた。どうにかして、話をしたかった。牧を知りたい、牧に自分を知ってもらいたい。どうしたらいい。釣糸を垂らしながら考えていた。そんなある日。降りる予定の駅を寝過ごした。目が覚めた時には、海南生が多く利用していた駅だった。それは記憶違いではなかったらしい。改札を抜けて少し歩くと、あれ程会いたかった人がいた。チャンスだと思った。どうにかして連絡先を聞き出した。……不自然でないといいが。それからは、いつも必死だった。連絡をする度に会いたくなり、会う度にもっと自分を、仙道彰を知ってほしくなった。何を送っても律儀に返してくれる牧は、どこまでも優しいのだと思った。甘えてしまう。会いたくなってしまう。会って話す度、離れたくなくなってしまう。興味があっただけの筈なのに。喫茶店で、牧と行きたかったと最初に言えればよかったのだが、思い留まってしまった。それで牧から、下見ではないかと言われ、ショックだった。即座に違うと否定して、訂正していれば。しかし、仙道自らの感情がただの尊敬ではなく、一人の人間として好いている事が分かったのが、この瞬間だった。咄嗟の言語化にも失敗し、口篭る。そのまま解散となり、後悔はした。だが、思うままに伝えて困らせ、この先二度と会えなくなってしまう方が嫌だった。それから、牧からの連絡にどのように返信をしていたのか、少しずつ分からなくなってきた。履歴は全て残っている為、少し遡れば確認出来るが、そういう訳ではないのだ。今までどういった感覚だったのかが、思い出せない。それから、越野と共に部屋に来た日。一番会いたかったけど、一番会いたくなかった相手が牧だった。弱っている自覚はあった。越野の押したチャイムも、無視してしまおうかと思った。ドアを開けて用事を済ませ、また部屋の中へと戻ろうとしたが、他にも誰かがいる。覗き込み、やってしまったと思うと同時に、とても嬉しかった。会いたかった人が、目の前にいる。反射的に、部屋へと上げた。もう少し片付いていればよかったが、どう足掻いても間に合わない。即座に諦めた。それからは……情けない姿を見せてしまった。牧より抱えているものは少ないから、頼ってはいけない。自分でどうにかしなければならない。そのように勝手に思い込んでいたが、牧からの一喝で目が覚めた。喝だなんて、牧はそんなつもりはなかったと思うが、それでも救われたのだ。有り難かった。その後、抱き締めてもらった事による温もりで、塞ぎ込んでいた心は幾分か楽になった。今でも覚えているし、支えになっている。牧はとても温かかった。同時に、これ以上隠し通せる気がしなかった。いつかどこかで、伝えてしまうのだろう。それが怖かった。まだ手放したくない。まだいたい。もっと近くにいてほしい。もっと傍で、もっと、ずっと。そこまで思い至り、我に返った。牧への恋心は肥大化が止まらず、抑え切れなくなりつつあった。返信を打つ指は、動かなくなっていた。何かの拍子に、伝えてしまいそうで。どうしようもなかった。一人になりたくて、釣竿を持って海に来た。細波を眺め、この心までも溶かせてしまえたらと、思っていた。結局それは叶わず、魚を釣り上げるより先に牧が現れた。何が起きたか分からなかった。何故ここが、と思ったが、すぐに思い出した。自分が好きな場所だと、牧に伝えていたのだった。もう、どうにでもなってしまえと思っていた。嫌われても、軽蔑されても。今のように中途半端にしておくよりはマシだと思った。だが、その後も良好な関係を続けられているのが不思議である。きっと牧の事だ、今後自分と会えなくなる時にはしっかり話をしてくれる筈だ。だからそれまではと、ずるずると甘えてしまっていた。それが半年前から、急に連絡がつかなくなった。自分だけ。これが、たったこれだけが。牧からの答えなのだろうか。
「……あ、やべ」
 ずっと考え込んでしまっていた。聞こえてきた電車内のアナウンスは、降車駅を四つ過ぎていた。明日が休みで良かった。一旦次の駅で降車し、次の時刻を確認していたら、終電には少し余裕がある事が分かる。改札も抜けてしまったし、近くの線路沿いを歩いてみるのも良いだろう。この場所に、何か面白いものがあったらまた来てもいい。そのくらいの気持ちでいた時、前方からこちらへと歩く人影を見付けた。その姿に、見覚えがあった。
「……牧さん?」
 ぴたりと動きを止めたが、更に俯き早足で過ぎ去ろうとする。その腕を掴んだ。
「待って、やっぱり牧さん、すよね?」
「……人違いです」
「その声、聞き覚えがあるっす」
「……何故お前がここにいる」
 地面を見たまま、仙道へと問い掛ける。こんな状況でも、牧と話が出来て嬉しかった。
「練習終わって、帰りの電車に乗ってたら、降り損ねちまって」
「……ふ、なんだよそれ。四年前と殆ど同じだぞ」
「四年前……?」
「忘れちまったのか? 遠い星から来た、宇宙人の仙道」
「……あ」
 覚えていてくれたのか。四年前、寝過ごした事がきっかけで牧と会った事を。その時と現状が、ほぼ似ていた。牧は漸く顔を上げ、仙道と目が合った。少し疲れているような印象がある。溜息を一つ落とし、口を開いた。
「悪かったな、今まで」
「……えっと、どれっすか?」
 心当たりがあるといえばあるが、ないといえばない。返事を待っているのは仙道の勝手だし、それ以外に牧から謝罪を受けるような事はなかった筈だ。
「時々もらっていた、連絡への返事だ。ずっと……どう送ったらいいか、分からなくなっちまってて」
「あぁ、いいんすよ。オレも似たような時あったし。……けど、もしかして、オレ何かしちまいました?」
「何もしてないぞ。ただ、オレが……」
 口を噤み、牧は再び俯く。急かすのも遮るのも、どちらも違う気がしてしまって。仙道は静かに待った。
「……お前が気に入っていたのは、バスケをしているオレだったんじゃねぇかって思ったら、つい、な……」
「え……牧さん今ってバスケやってねぇの?」
「あぁ」
「……どうしてか、聞いてもいい?」
「いいぞ。お前は電車で帰るんだろ? 送ってやる。駅に向かいながらでもいいか?」
「うん」
 渋られるかと思ったが、あっさりと了承してもらえた。牧のことだ、半年分の負い目があったのだろう。気にしなくてもいいのに。それも本心だったが、牧の口から何があったのかを聞きたい思いもあった。
 牧の話は、大学生になってから、試合での怪我が増えてしまい、手術やリハビリを受ける機会が増えた。その後も自己流の対策はしていたが、ある日、怪我によるものか、思うように動けていない事に気付く。何が原因か考え、都度改善しようとしたが追い付かず、周りからどんどん遅れを取ってしまっていた。それでもとスカウトマンは声を掛けてくれたが、こんな状態でプロの世界には入りたくないという思いから、全て辞退した。そうして今は、当時酷く落ち込んでいた牧を見兼ねた監督からアドバイスを貰い、スポーツ選手のリハビリトレーナーを目指している。といった内容だった。
「別にバスケが、スポーツが嫌いになった訳じゃねぇんだ。選手でなくても、関わる事は出来る。資格も取らねぇといけないし、忙しいが充実してるな」
「そっか……今はもう痛くねぇんすか?」
「おう、すっかりな。だが、膝の怪我が多かったからか、やっぱり試合の時みてぇな踏み込みは……もう体が強ばっちまってな」
「そうなんすね……じゃあサーフィンも?」
「あぁ、今はしてねぇ。単純に時間が取れねぇだけだから、また落ち着いたら始めたいとは思ってるぞ」
 きっと悩みに悩んで、納得して出した答えなのだろう。清々しさも感じられる返答に安心した。しかし、まだ気になる事はあった。仙道は足を止める。
「仙道? どうかしたのか?」
「ねぇ牧さん」
「なんだ」
「四年くらい前の話って、まだ生きてるよね? オレは今も変わらず、牧さんが好きです」
 振り向いた牧は、驚いているように見えた。この反応は、確実に覚えている。そうして、目線が下がった。
「さっきも言ったが……お前は、バスケをやってたオレが好きだったんだろ? もうあの頃とは違う。無理すんなよ、撤回してもいいんだぞ?」
「違うよ、オレは牧さんがいいの。確かにオレ達は、バスケしてたから接点があったけど……それが無くなったからって、全部無しにはしたくねぇっす」
「だがお前は、プロの選手になるんじゃねぇのか? そうしたら、きっといい人が、」
「牧さん以外に興味ねーすよ。てか、牧さんだってそうでしょ? それを理由に断られるのかなって思ってたんすけど……違うの?」
「オレは、」
 牧の言葉は、走り抜けた電車に掻き消された。揃って見送り、顔を見合わせ、笑った。
「行っちまったな、電車」
「今の最終っすよね? あーやっちゃった」
「……仙道、ウチ来るか? ここの始発で帰るなら、確か……」
「へ? あ、明日オレ休みっす」
「そうなのか。実は、オレもなんだ。今はこの近くで一人暮らしをしていてな。良かったら泊まってけよ」
 牧の申し出に、弾みで頷いていた。そんな仙道に、進行方向を示して。それから言葉を零した。
「オレもな、お前と同じだったんだ」
「……オレと?」
「おう。大学生になって、お前と予定を合わせるのが難しくなってきた時に、やっと気付いてな。……オレも、仙道が好きだ」
「じゃあ、」
「だが、お前にとって、いつかいい人が現れるんじゃねぇかって思うと……伝えていいのか悩んじまって」
「そんな、オレの事なんて気にしなくていいのに……」
 仙道の本音に、首を微かに横に振る牧。爪先を映していた瞳が、仙道を捉えた。
「仮にお前と結ばれたとして、その後で、いい人が見付かったから終わりにしたいと言われた時。諸手を挙げて送り出してやれる自信がなかったんだ」
「牧さん……」
「で、そうこうしている間に、オレはバスケも諦めて。いよいよお前に合わせる顔がなくなったって訳だ」
「いやいや、訳だ、じゃねーすよ。でも……牧さんってやっぱり優しいっすね」
「どこがだ」
「そこまでしっかり考えてくれてたんでしょ? オレすっげー嬉しいっす」
 頬が緩んでいるのが分かる。直そうと試みたが、暫くは元に戻らなさそうだ。けれど、それでも構わなかった。
「おい、折角の男前が台無しだぞ」
「んっふふ、牧さんってオレの顔そんな風に思ってたんだ」
「……悪ぃかよ」
「全然? ……ね、もう周りも暗いし手ぇ繋いでいい?」
「おう、いいぞ」
「へへっ、やった」
 太陽の淵に佇む貴方を、一人にはさせない。長かった旅路の果ての先を、今度は二人で歩いていけたらと思った。

 ◆◇◆◇

「仙道、ちょっといいか?」
「うっす」
「肩、気にしてただろ。テーピングしてやる」
「あざっす。……やっぱり牧さんにやってもらうと良いっすね、気合い入るっす」
「そうかよ。なら、その勢いで勝ってこい」
『アキラー! シンイチー! 時間だぞー!』
『了解、すぐ行く!』
「……そろそろっすか。今日も一番近いところで見ててね」
「おう、見ててやる。……行ってこい」
「行ってきます」
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