銀河の果てより、貴方へ。
【地球の告白】
仙道からの連絡が無くなってから一ヶ月が経過した。牧から送ったメッセージにも返信は無く、確認した事だけが分かる状態が続いている。落ち着かぬ日々を過ごす中、明日の部活が休みになった。その瞬間、牧の予定も決まった。
寄せて、返して。返して、寄せて。空のオレンジを反射する波の音を聞く。あの日教えてもらった、気に入っていると言っていた場所に向かう。待ち合わせを希望する連絡は、敢えてしていない。そこに目的の人物がいると、どこかで確信していた。
「よう、釣れたか?」
髪の毛は逆立てていない。それでも、その後ろ姿に話し掛けた。ゆっくりと振り返り、何かを言いかけて。視線を海へ流し、元の姿勢へと戻った。続く言葉は、まだ無い。変わらず釣糸を垂らす隣に座る。肩が触れたが、咎められはしなかった。返して、寄せて。寄せて、返して。一定間隔の音に消されぬよう、続けた。
「最近は冷える日が増えたな。風邪、引いてねぇか?」
「……」
「あぁ、引いてたらこんな所にはいねぇか。練習はどうだ? 順調か?」
「…………」
「なんだよ、秘密か? 当たる時までのお楽しみって事か。なら、尚更負けるわけにはいかねぇな。こっちも連携が、」
「牧さん」
「……どうした?」
遮る仙道の声は、どこか弱々しかった。もう一センチでも離れていたら、聞き逃していたかもしれない。牧は静かに、続きを待った。
「……すんません。連絡、貰ってたのに、返せてなくて」
「気にすんな、見てはいただろ」
「うん……あと、スポーツショップ、呼び出しちまって」
「ははっ、まだ言ってやがる」
「だって、早く部活終わる日だったのに、」
「自分でスポーツショップに集合って言ってただろ。オレはそれを聞いた上で行ったんだが……お前、まさかオレが気を遣って行ったんだと思ってんじゃねぇだろうな?」
「お、思ってねぇすよ、でも、」
「なら良し。他にまだあるのか?」
「……その……オレ、今まで嘘ついてました」
水平線を眺めたままの仙道。釣糸は、動かない。潮風が通り抜けても、空気は変わらなかった。牧は再び、待った。
「宇宙人なんかじゃねぇっす、本当は。アンタと同じ地球人で……なんて、今更言わなくても知ってるとは思うんすけど」
「そりゃあ、お前は地球人だろ」
「……うん」
仙道は、一言だけ返事をする。寄せて、返して。返して。波が止まり。牧が、全てが、続きを待っている気がした。一時の静寂を裂いたのは、仙道だった。
「……なんつーか、上手く言えねぇんすけど……アンタの中での、その他大勢の一部で終わりたくなくて。……だから、この間、駅の近くで会った時。宇宙人がどうとか言ってて、何の話か全然分かんねーって思ったんすけど、つい、乗っかっちまって」
風が吹く。前髪が目に入ったのだろう。左手で掻き上げて、動きを止めた。瞳がオレンジに染まっている。双眼は遠くを見ていた。
「……成程。嘘ついてまでオレの気を引こうとしたが、苦しくなったのか?」
「…………うん。ごめんなさい」
短く溜息をついた。仙道の前髪と視線が、落ちる。遠くの潮騒が、近付いてくる。
「……仕方ねぇなぁ。大目に見てやるか」
「えっ……怒ってねぇの?」
「なんだ、怒ってほしいのか?」
「いや……出来れば……怒られたくは、ねぇっす……」
「今度は正直だな」
軽く笑い飛ばしてやると、やっとこちらを見る気になったようで。恐る恐るこちらに傾いたオレンジの瞳に、自分も同じ色をしてるのかと思ってみる。きっと自分は、穏やかな顔でもしているのだろう。心は不思議と、どこまでも凪いでいた。
「怒るわけねぇよ。だが、後々苦しくなるような嘘はつくな。悩むくらいなら、言わなきゃいいだろ、とは思ったな。……あと、オレからしたら、お前について知るきっかけを貰ったようなモンだ。なかなか楽しかったぞ」
「……きっかけ……」
「おう。それに、可愛くて仕方ねぇんだよ。嘘ついてまで気を引きたがったり、オレについて知りたがったりな。あぁ、それから、コートの中じゃ微塵も引かねぇ所もな」
「かわ、いくはねぇと思うんすけど……」
「そうか?」
「そうっすよ。だって、さ。家とか喫茶店に来てくれた時、カッコ悪ぃところ見せちまったし……」
「そうだ、その喫茶店の話はオレもしようと思ってたんだ。下見ってオレが言った時、反応が変だっただろ」
「……あー……やっぱりバレました?」
苦笑した口元が歪む。聞くべきでは無かったかもしれないが、この先、必ず確かめられる確証も無く。仙道には悪いが、思い出してもらうしかなかった。
「何か気に障る事を言っちまったんなら、謝らないとって思っててな」
「え、そんな、牧さんが謝る事なんて無いっすよ!」
「けど、嫌だったんじゃないのか? てっきり、誰か他に連れて行きかった奴がいて、その為の下見も兼ねて行ったんだと思ったんだが……」
「……牧さん、違うっす。全っ然違う」
釣糸を巻き取りながら仙道は続ける。何も引っかかっていない釣針が、水面から現れた。手馴れた様子で片付ける様子を横目で見る。先程より、表情は和らいで見えた。
「あの喫茶店には、牧さんと行きたくて」
「……オレと?」
「うん。スポーツショップに行った日、帰ったら家族から電話があったんす。最近はどうなんだって、ただの世間話だったんすけどね。で、その時にじいちゃんから話聞いて……あ、牧さんと行ってみたいなって思ったんす」
「……そう、だったのか……」
「そっす。どうやって誘おうかって思ってたら、ちょうど近くの本屋に行きたいって言ってくれて……今しかねぇかもって、無理矢理寄っちまいました」
どこか申し訳なさそうに言う仙道。それにより、自分があの時握り潰したものは、そうする必要のなかったものだと判明してしまった。散り散りになった欠片を拾い集めるように、牧から自然と言葉が出ていた。
「……悪かったな」
「えぇ? なんでです?」
「その……あの時は、だな。オレも、オレなんかと来て良かったのか? て聞こうとしたんだ。だが……そんな訳ねぇだろって。ただの下見ついでなんだろって思っちまって。……そのまま言ってれば良かったんだな」
「そうっすよ。それで良かったんす。……なーんだ、オレもそのまま言えば良かったんだ」
「お互い様、みたいだな」
「そっすね」
潮の香が通り抜けた。寄せて、返して。返して、寄せて。波の音は、一定に聞こえている。他には何も聞こえない。ここには、二人しかいないようだった。
「牧さん」
「なんだ」
「もう一個、ついでなんですけど」
「言ってみろ」
「牧さんの事が好きです」
反射的に、仙道の方へと顔を向ける。仙道は、こちらを見ていない。牧の様子は気にせず、続けた。
「ただ、それがバスケのプレーヤーとしてとか、人としての尊敬、じゃなくて……恋愛、みてぇな……」
「……れんあい……」
「そっす。最初は、牧さんの中でのその他大勢として、纏められたくはねぇなって思ってただけだったんすけど、じゃあどうして欲しいのかって聞かれると……恋愛関係が、一番近いのかな……って、考えてたら、連絡の返事もどうしたらいいんだーって思って……」
「……オレは男だぞ」
「知ってる。それなのに、楽しいから一緒にいてぇとか、手ぇ繋ぎてぇとか、もっと牧さんを知りてぇとか、その先、とか……思っちまって……」
徐々に小さくなる声を、どうにか拾う。そんな気も知らずに、連絡を送り続けた自らを恥じた。相手を気遣う文言を考えていた筈なのだが、却って苦しめていたとは。
「そうか……お前なりに、随分考えたんだな」
「あはは、そうっすね。普段全然考えないことだったんで、大変でしたよ」
「……オレもな、似たような状態なんだ」
「またまたぁ、オレなんかに気ぃ遣わねぇでくださいよ」
「遣ってねぇよ。まぁ聞け。お前と連絡先を交換して、休みの日に会って、バスケとは関係ねぇ事もして。……日々のやり取りも、楽しかったんだ」
「……へぇ」
「オレの中でも、お前が、どこの位置にいるのか分からなくなってきてな。後輩の一言で括るには、神や清田、あとは、桜木みたいな他校の生徒とはなんか違ぇんだよ……仙道、お前なんなんだ」
「えっ、んっふふ……さぁ、なんなんすかね?」
「ったく。だが、好きか嫌いかだけで考えたら、間違いなくオレも好きだ。恋愛かどうかはまだ分からねぇがな」
「……そりゃどーも」
「お、照れたか?」
「……分かってて聞いてます?」
「分からねぇから聞いたんだ」
「いや! 絶対分かってるでしょ!」
「バレたか」
「ちょっとぉ〜」
二人は声を上げて笑った。きっと自分は、こんな風に正面から話して、笑って、互いに探っていきたかったのだろう。そして仙道と、同じ答えに辿り着けたらいい。牧の中でも、やっと形になりつつあった。
「……ねぇ、牧さん」
「なんだ?」
「もしも……もしもね。オレのが本当に恋愛的なものだったらさ……牧さんの答えが決まるまで、待っててもいい? 何年先でも、悩んだ結果違うものだったとしてもいいから」
「……あぁ、分かった。まぁ、今はまだ、ハッキリ決めなくていいんじゃねぇか? オレもお前も。……少しずつ、これから一緒に探せばいいだろ」
「……うん。ありがと」
オレンジが徐々に濃紺に染まる。頬を撫でる風は少し冷たく、隣からも微かに声がした。ふと視線を落とした牧の視界に映ったのは、空のバケツだった。
「……結局釣れなかったな」
「そんな日もありますよ。……いや、そんな日の方が多いかな」
過去の釣果を思い出している仙道の横顔を見る。これまでに見た中で、一番穏やかに感じられた。そのまま、何かを閃いた顔をする。
「そうだ。この後って時間あります?」
「あぁ、家に連絡すれば大丈夫だと思うが……」
「ホント? 良かったらウチ来ません? 監督からプロの試合の映像借りたんすけど、一緒に見てぇなって。あ、家に連れ込む為の口実とかじゃねーっす。ホントに借りてあって、」
「そっちは気にしてねぇよ。お前に簡単にどうこうされるようなヤワな鍛え方はしてねぇ。それより、借りたってのは……本当か?」
「……参考になるかもしれないから見ておけって渡されました……」
「ふはっ、そういう事か。待ってろ、連絡する」
「はーい、じゃあこっちも片付けてます。あともうちょいなんで」
「おう。……しかし寒いな……」
「もうちょっと行った所にコンビニあるんで、何か買いましょ」
「それだけじゃ量が足りねぇだろ」
「そっか……あ、そうだ。安くて美味い定食屋があるって越野から聞いたんで、そこで食べてきます? 唐揚げ定食が特に美味いんだって」
「いいな。行こうぜ」
通り抜ける潮騒に、目を細めた。遠い星から来たと言っていた、仙道との異文化交流が終わる。代わりに地球人二人で、新しく様々なものを知っていけたら。まずは唐揚げの感想の共有から始めようか。
仙道からの連絡が無くなってから一ヶ月が経過した。牧から送ったメッセージにも返信は無く、確認した事だけが分かる状態が続いている。落ち着かぬ日々を過ごす中、明日の部活が休みになった。その瞬間、牧の予定も決まった。
寄せて、返して。返して、寄せて。空のオレンジを反射する波の音を聞く。あの日教えてもらった、気に入っていると言っていた場所に向かう。待ち合わせを希望する連絡は、敢えてしていない。そこに目的の人物がいると、どこかで確信していた。
「よう、釣れたか?」
髪の毛は逆立てていない。それでも、その後ろ姿に話し掛けた。ゆっくりと振り返り、何かを言いかけて。視線を海へ流し、元の姿勢へと戻った。続く言葉は、まだ無い。変わらず釣糸を垂らす隣に座る。肩が触れたが、咎められはしなかった。返して、寄せて。寄せて、返して。一定間隔の音に消されぬよう、続けた。
「最近は冷える日が増えたな。風邪、引いてねぇか?」
「……」
「あぁ、引いてたらこんな所にはいねぇか。練習はどうだ? 順調か?」
「…………」
「なんだよ、秘密か? 当たる時までのお楽しみって事か。なら、尚更負けるわけにはいかねぇな。こっちも連携が、」
「牧さん」
「……どうした?」
遮る仙道の声は、どこか弱々しかった。もう一センチでも離れていたら、聞き逃していたかもしれない。牧は静かに、続きを待った。
「……すんません。連絡、貰ってたのに、返せてなくて」
「気にすんな、見てはいただろ」
「うん……あと、スポーツショップ、呼び出しちまって」
「ははっ、まだ言ってやがる」
「だって、早く部活終わる日だったのに、」
「自分でスポーツショップに集合って言ってただろ。オレはそれを聞いた上で行ったんだが……お前、まさかオレが気を遣って行ったんだと思ってんじゃねぇだろうな?」
「お、思ってねぇすよ、でも、」
「なら良し。他にまだあるのか?」
「……その……オレ、今まで嘘ついてました」
水平線を眺めたままの仙道。釣糸は、動かない。潮風が通り抜けても、空気は変わらなかった。牧は再び、待った。
「宇宙人なんかじゃねぇっす、本当は。アンタと同じ地球人で……なんて、今更言わなくても知ってるとは思うんすけど」
「そりゃあ、お前は地球人だろ」
「……うん」
仙道は、一言だけ返事をする。寄せて、返して。返して。波が止まり。牧が、全てが、続きを待っている気がした。一時の静寂を裂いたのは、仙道だった。
「……なんつーか、上手く言えねぇんすけど……アンタの中での、その他大勢の一部で終わりたくなくて。……だから、この間、駅の近くで会った時。宇宙人がどうとか言ってて、何の話か全然分かんねーって思ったんすけど、つい、乗っかっちまって」
風が吹く。前髪が目に入ったのだろう。左手で掻き上げて、動きを止めた。瞳がオレンジに染まっている。双眼は遠くを見ていた。
「……成程。嘘ついてまでオレの気を引こうとしたが、苦しくなったのか?」
「…………うん。ごめんなさい」
短く溜息をついた。仙道の前髪と視線が、落ちる。遠くの潮騒が、近付いてくる。
「……仕方ねぇなぁ。大目に見てやるか」
「えっ……怒ってねぇの?」
「なんだ、怒ってほしいのか?」
「いや……出来れば……怒られたくは、ねぇっす……」
「今度は正直だな」
軽く笑い飛ばしてやると、やっとこちらを見る気になったようで。恐る恐るこちらに傾いたオレンジの瞳に、自分も同じ色をしてるのかと思ってみる。きっと自分は、穏やかな顔でもしているのだろう。心は不思議と、どこまでも凪いでいた。
「怒るわけねぇよ。だが、後々苦しくなるような嘘はつくな。悩むくらいなら、言わなきゃいいだろ、とは思ったな。……あと、オレからしたら、お前について知るきっかけを貰ったようなモンだ。なかなか楽しかったぞ」
「……きっかけ……」
「おう。それに、可愛くて仕方ねぇんだよ。嘘ついてまで気を引きたがったり、オレについて知りたがったりな。あぁ、それから、コートの中じゃ微塵も引かねぇ所もな」
「かわ、いくはねぇと思うんすけど……」
「そうか?」
「そうっすよ。だって、さ。家とか喫茶店に来てくれた時、カッコ悪ぃところ見せちまったし……」
「そうだ、その喫茶店の話はオレもしようと思ってたんだ。下見ってオレが言った時、反応が変だっただろ」
「……あー……やっぱりバレました?」
苦笑した口元が歪む。聞くべきでは無かったかもしれないが、この先、必ず確かめられる確証も無く。仙道には悪いが、思い出してもらうしかなかった。
「何か気に障る事を言っちまったんなら、謝らないとって思っててな」
「え、そんな、牧さんが謝る事なんて無いっすよ!」
「けど、嫌だったんじゃないのか? てっきり、誰か他に連れて行きかった奴がいて、その為の下見も兼ねて行ったんだと思ったんだが……」
「……牧さん、違うっす。全っ然違う」
釣糸を巻き取りながら仙道は続ける。何も引っかかっていない釣針が、水面から現れた。手馴れた様子で片付ける様子を横目で見る。先程より、表情は和らいで見えた。
「あの喫茶店には、牧さんと行きたくて」
「……オレと?」
「うん。スポーツショップに行った日、帰ったら家族から電話があったんす。最近はどうなんだって、ただの世間話だったんすけどね。で、その時にじいちゃんから話聞いて……あ、牧さんと行ってみたいなって思ったんす」
「……そう、だったのか……」
「そっす。どうやって誘おうかって思ってたら、ちょうど近くの本屋に行きたいって言ってくれて……今しかねぇかもって、無理矢理寄っちまいました」
どこか申し訳なさそうに言う仙道。それにより、自分があの時握り潰したものは、そうする必要のなかったものだと判明してしまった。散り散りになった欠片を拾い集めるように、牧から自然と言葉が出ていた。
「……悪かったな」
「えぇ? なんでです?」
「その……あの時は、だな。オレも、オレなんかと来て良かったのか? て聞こうとしたんだ。だが……そんな訳ねぇだろって。ただの下見ついでなんだろって思っちまって。……そのまま言ってれば良かったんだな」
「そうっすよ。それで良かったんす。……なーんだ、オレもそのまま言えば良かったんだ」
「お互い様、みたいだな」
「そっすね」
潮の香が通り抜けた。寄せて、返して。返して、寄せて。波の音は、一定に聞こえている。他には何も聞こえない。ここには、二人しかいないようだった。
「牧さん」
「なんだ」
「もう一個、ついでなんですけど」
「言ってみろ」
「牧さんの事が好きです」
反射的に、仙道の方へと顔を向ける。仙道は、こちらを見ていない。牧の様子は気にせず、続けた。
「ただ、それがバスケのプレーヤーとしてとか、人としての尊敬、じゃなくて……恋愛、みてぇな……」
「……れんあい……」
「そっす。最初は、牧さんの中でのその他大勢として、纏められたくはねぇなって思ってただけだったんすけど、じゃあどうして欲しいのかって聞かれると……恋愛関係が、一番近いのかな……って、考えてたら、連絡の返事もどうしたらいいんだーって思って……」
「……オレは男だぞ」
「知ってる。それなのに、楽しいから一緒にいてぇとか、手ぇ繋ぎてぇとか、もっと牧さんを知りてぇとか、その先、とか……思っちまって……」
徐々に小さくなる声を、どうにか拾う。そんな気も知らずに、連絡を送り続けた自らを恥じた。相手を気遣う文言を考えていた筈なのだが、却って苦しめていたとは。
「そうか……お前なりに、随分考えたんだな」
「あはは、そうっすね。普段全然考えないことだったんで、大変でしたよ」
「……オレもな、似たような状態なんだ」
「またまたぁ、オレなんかに気ぃ遣わねぇでくださいよ」
「遣ってねぇよ。まぁ聞け。お前と連絡先を交換して、休みの日に会って、バスケとは関係ねぇ事もして。……日々のやり取りも、楽しかったんだ」
「……へぇ」
「オレの中でも、お前が、どこの位置にいるのか分からなくなってきてな。後輩の一言で括るには、神や清田、あとは、桜木みたいな他校の生徒とはなんか違ぇんだよ……仙道、お前なんなんだ」
「えっ、んっふふ……さぁ、なんなんすかね?」
「ったく。だが、好きか嫌いかだけで考えたら、間違いなくオレも好きだ。恋愛かどうかはまだ分からねぇがな」
「……そりゃどーも」
「お、照れたか?」
「……分かってて聞いてます?」
「分からねぇから聞いたんだ」
「いや! 絶対分かってるでしょ!」
「バレたか」
「ちょっとぉ〜」
二人は声を上げて笑った。きっと自分は、こんな風に正面から話して、笑って、互いに探っていきたかったのだろう。そして仙道と、同じ答えに辿り着けたらいい。牧の中でも、やっと形になりつつあった。
「……ねぇ、牧さん」
「なんだ?」
「もしも……もしもね。オレのが本当に恋愛的なものだったらさ……牧さんの答えが決まるまで、待っててもいい? 何年先でも、悩んだ結果違うものだったとしてもいいから」
「……あぁ、分かった。まぁ、今はまだ、ハッキリ決めなくていいんじゃねぇか? オレもお前も。……少しずつ、これから一緒に探せばいいだろ」
「……うん。ありがと」
オレンジが徐々に濃紺に染まる。頬を撫でる風は少し冷たく、隣からも微かに声がした。ふと視線を落とした牧の視界に映ったのは、空のバケツだった。
「……結局釣れなかったな」
「そんな日もありますよ。……いや、そんな日の方が多いかな」
過去の釣果を思い出している仙道の横顔を見る。これまでに見た中で、一番穏やかに感じられた。そのまま、何かを閃いた顔をする。
「そうだ。この後って時間あります?」
「あぁ、家に連絡すれば大丈夫だと思うが……」
「ホント? 良かったらウチ来ません? 監督からプロの試合の映像借りたんすけど、一緒に見てぇなって。あ、家に連れ込む為の口実とかじゃねーっす。ホントに借りてあって、」
「そっちは気にしてねぇよ。お前に簡単にどうこうされるようなヤワな鍛え方はしてねぇ。それより、借りたってのは……本当か?」
「……参考になるかもしれないから見ておけって渡されました……」
「ふはっ、そういう事か。待ってろ、連絡する」
「はーい、じゃあこっちも片付けてます。あともうちょいなんで」
「おう。……しかし寒いな……」
「もうちょっと行った所にコンビニあるんで、何か買いましょ」
「それだけじゃ量が足りねぇだろ」
「そっか……あ、そうだ。安くて美味い定食屋があるって越野から聞いたんで、そこで食べてきます? 唐揚げ定食が特に美味いんだって」
「いいな。行こうぜ」
通り抜ける潮騒に、目を細めた。遠い星から来たと言っていた、仙道との異文化交流が終わる。代わりに地球人二人で、新しく様々なものを知っていけたら。まずは唐揚げの感想の共有から始めようか。