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銀河の果てより、貴方へ。

【水星の迷走】


 夕陽を背にした牧は、陵南高校の校門に立っていた。今日は練習で思うようなプレーが出来なかった。パスを出すのも受けるのもタイミングが合わず、シュートは入らない。挙句手を滑らせ、ドリンクを零した。見かねた武藤や高砂に練習を早く切り上げ休むよう言われるし、その間に宮益が動いていたらしく、監督から直々に帰宅を命ぜられた。こんな時に実感したくはなかったが、良い連携してやがる。こうなったら指示に従う他無く、大人しく鞄を下げて体育館を後にした。駅に着いていつものホームへと向かったが、途中でふと、仙道の顔が過ぎった。理由はさっぱり分からない。
「……会いてぇな」
 口をついて出てからは、あまり覚えていない。ただ気が付いたら、陵南高校に足が向かっていた。顔を見てどうするかも何も考えていなかったが、体育館を探し始める。グラウンドで練習をする野球部やサッカー部の掛け声に、校内から聞こえる吹奏楽部の音。複数の音が一斉に聞こえるが、合奏練習なのだろうか。詳しく分からないままふらふらと歩くと、体育館が見えた。しかし、思ったよりも静かだ。体育館は複数あったりして。ふむ、と顎に手を当てた時。体育館から見知ったジャージを来た学生が出てくる。仙道が着ていたデザインと同じように思えて、目で追ってしまう。学生が視線を上げて、牧を見付けた。目を丸くした彼の胸元には、KOSHINOと書かれている。
「こんにちは」
「はっ、えっ、こん、ちは……」
「今日は、バスケ部の練習は……」
「えっ、と、監督の急用で……中止になったんで、自主練したい人だけやってます。……あの、海南の牧、さんですよね? 仙道なら今日はサボりですよ」
 何も言っていない筈だが、顔にでも出ていたのか。それすらも顔に出ていたらしく、隠しもせずぶすくれる。
「撥ね飛ばしたくせにやっぱり覚えてねーのかよ」
「え、」
「なんでもねぇっす。用事があるなら、仙道だろうなって思っただけで……。僕もこれからアイツを探しに行くんですけど、良かったら代わりに伝えますか?」
「あぁ、いや、それ程の事では……」
 そこまで言い、ピタリと動きを止める。正直に顔が見たくて、とは言いづらかった。それに肝心の仙道へは、連絡も入れずに来てしまった。本人にも知らせておらず、用事があるとも言えず。歯切れの悪い回答のままになる。
「ふーん……あ、国体とかそういった話か。直接がいいなら、案内しますよ。多分いる場所は決まってるんで」
「そうか……なら、お願いしようか。君は……越野くん、だな」
「ぅえっ……あぁー、そうです」
 急に名前を言い当てられた越野は、何故だと言いかけたが自らの胸元を見て納得していた。こうもはっきり書かれていれば、自らの顔を見てピンと来ていなかった様子の牧でも、名前は分かって当然だろう。
「じゃあ……とりあえず、こっちから探してみます」
 辺りを見回し、進行方向を決めた越野に続く。即席の捜索隊による仙道探しが始まり、最初に辿り着いたのは、牧も過去に来た場所だった。
「……いねーな。アイツよく海で釣りしてるんですよ。けど、今日は来てねぇのか……?」
 釣れなくてもまだ近くにいるのでは。そう予想したらしく、浜辺へと下りた。周囲に人気は無く、耳に届く潮騒が心地良い。時が許すなら、このまま仙道をここで待っても良かったが、首を捻って行ったり来たりを繰り返す越野に提案は出来なかった。
「この辺りにはいないみたいだが……」
「ですね……じゃあ次は……あ、もし釣れたんだとしたら、あっちか……? でも……この時間に行くか……? いやアイツなら……」
「……悩むなら、行ってみてもいいんじゃないか?」
「そう、ですね……行ってみます。こっちです」
 越野は言いながら、歩みを進める。しかし、違う。仙道が釣りをする時に好む場所はここでは無い。探すならもう少し奥、夕陽の沈む様子がよく見える場所だ。そこまで見てからにしたかった。
 だが、それを牧が知っているのは不自然ではないか。チームメイトが知らない事ならば、伏せたままにすべきだと判断し、一度海を振り返る。寄せて引く波を見送り、少し先で待つ越野の後を追った。
 世間話をしながら二人は歩く。時折越野は携帯を取り出して、何かに苛立ちポケットへと仕舞っていた。
「はぁ〜全く……」
「どうかしたのか?」
「仙道に連絡してはあるんですが、全っ然見てないんですよ! 今日の練習については昼休みに伝えたんで、それで来なかったんだとしたら言わなきゃ良かった……って、こんな事言われても困りますよね……」
「いや、構わないが……」
「仙道の名前がないと提出出来ないプリントを預かったから、今日の部活で渡そうとしたんです。無くすのも嫌だし……。そしたらアイツ、部活来ないんですよ⁉ 提出は明後日までだから、そうなるとどうしても直接会って書かせないといけなくて……明日も来るか分からないし、次の場所にいればいいんですけど……あ、見えました」
 越野の視線の先には、料亭が見える。店の外観と仙道がなかなか結びつかないが、越野は構わず進む。ちょうどその時、引き戸が開いた。中から見知った男が出てくる。越野の呼び掛けに気付いた。
「魚住さん!」
「……越野か? どうしたんだ、まだ部活の時間だろう」
「それなんですけど……」
「……ん? そこにいるのは……牧か?」
「よう魚住、久し振りだな。ここは……」
「オレの実家だ。今はまだ板前の修行中でな……いつか店に立てるようになったら呼んでやる、いつでも来いよ。勿論、越野もな」
「やった! 絶対ですからね!」
「予約も受けてるから、必要があったら連絡してみてくれ」
「ほう、それは楽しみだな」
「……それで、お前達はどういう組み合わせだ……?」
「あっ、そうなんですよ」
 牧と越野を交互に見た魚住は、一番に疑問に思うだろう事を口にした。ここに至るまでの経緯は、越野が簡単に説明してくれた。途中、仙道への小言が混ざっていた気がするが、聞こえなかった事にする。
「……そうだったのか。悪いが仙道はウチに来ていないな。オレも今は、休憩で偶然外に出ただけだ」
「実は匿ってたり……」
「してないが……仙道に連絡はしたのか?」
「部活に来なかったので、その時に送ってはいるんですけど……あー、やっぱりまだ見てないですね」
「もしかして……充電が切れてるんじゃないか?」
「うわ、有り得る……こうなったらもう直接家に行ってみます」
「あぁ、その方が早そうだな。……全く、オレが部活に出たいくらいだ」
 魚住から仙道への小言が始まろうとした時、店内から魚住を呼ぶ声がした。休憩が終わるタイミングだったようで、一つ伸びをしてから二人に向き合った。
「オレは戻るが、もし店に仙道が来たら連絡する」
「ありがとうございます!」
「牧も……何だか悪いな」
「気にするな、オレも用事があるんだ。じゃあまたな、頑張れよ」
「あぁ、また」
 魚住に見送られ、二人は再び歩く。次の目的地・仙道の自宅が最後となる事が、なんとなく分かった。そこにいなかったら、もう越野もお手上げだと言っていた。
「仙道は監督にスカウトされて東京から来たから、下宿してるんです」
「そうだったのか」
「ここの角の……あった、ここですね。よーし、出てこいっ」
 越野と共に辿り着いたとある部屋。越野は呼び鈴を躊躇いなく押した。中から微かに物音がする。なかなか出てこない仙道に痺れを切らし、もう一度押そうとしていたが、牧が止めた。その五秒後、扉が開いた。
「……はい」
「オイこらサボり魔。ここに名前書け」
「名前……ペンあったかな」
「いいよオレの使えよ、ほら」
「サンキュ」
「ったく、しょうがねぇなぁ。それから、お前携帯充電してないだろ」
「あー……そうだっけ」
「そうだっけ、じゃねぇよ! 連絡止まるだろうが! あーもう、お前がそんなんじゃ、次期キャプテンは任せらんねーよ」
 次期キャプテンは任せられない。その言葉に、牧は思わず反応する。何だ、何の話をしている? 次期キャプテンは、てっきり仙道に決定したのだと思っていたが。扉の向こう側に入ってしまった牧は、話に割り込めずにいた。二人の会話は続く。
「てか、お前探すのに魚住さんの店も行ったけど、やっぱり言ってたぜ? オレの方が部活に出たいって」
「……うん」
「うん、じゃねーよ! ……あ、今日は福田の方がシュート一本多く決めたけど、明日はオレが勝つからな! 絶対だからな! 覚えとけよ!」
「……うん」
「なんだよ、調子狂うなぁ……いつもみたいにしてろよお前は。心配だからプリントはオレから明日監督に出しとくわ。じゃあな、本気で体調悪いなら、早く寝ろよ」
「……うん、また」
 用事を終えた越野は、扉を閉める前に一度、牧に会釈し立ち去った。片手を軽く上げて返す牧は扉の影に隠れたままになっており、越野の視線の先を追った仙道は、そこで漸く気が付いた。
「ま、牧さん? 何でここに……」
 驚く仙道の顔を見てしまったら、会いたくなったから来たとはすぐに言えなかった。どこか疲れているような、悩んでいるような。普段とどこか違う印象を抱いた。仙道の家に向かっている事を前もって連絡していたなら、特に見ていなかったとしても話を繋げられたかもしれないが、今更思ってもどうにもならない。さてどうしようかと考え始めた時だった。
「えっと……とりあえず、上がります? 部屋、汚ぇすけど」
「……あぁ、悪ぃな。その、大した用事じゃねぇんだ」
「いや、全然いいすけど……」
 今度は仙道の後を追い、通された部屋の適当な場所に座る。飲み物を取りに行こうとしていたが、そこまで長居をするつもりはないと言って止めさせた。一人分を空けて仙道が座る。二人きりの部屋には、静寂が広がった。
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