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銀河の果てより、貴方へ。

【天王星の困惑】


 放課後。仙道と合流してから何度もワンオンワンをした。他校の選手とのプレーは、互いにとってとても有意義である。自校の練習だけでは得られない経験だ。相手について知れると同時にこちらの事も多少知られてはしまうが、次にコートでチームとして相対する時まで、停滞しているつもりは毛頭ない。それは互いに同じだった。
「っはー……相変わらずつえーっすね」
「お前もなかなかやるな。嫌なディフェンスしやがる」
「えー、ホントっすか? あっさり抜かれた気しかしねーすけど……」
「抜けそうな時に行くしかねぇだろ」
「そうなんすけど、牧さんにはその抜けそうな時も無いんで……」
「簡単に点をやるつもりはねぇよ」
「ちぇー」
 大の字で寝転がる仙道に、牧は声を出して笑った。飲んでいたスポーツドリンクは、いつの間にか空になっていた。首を伝う汗を拭いて、牧は立ち上がる。
「……さて、他に用事が無いなら、そろそろ帰るか?」
「あー……そっ、すね」
 口元を拭ったタオルをそのままにして、仙道は視線を泳がせた。くぐもった声は、どうにもキレが無い。斜め下へと落ちる視線が、微かに引っかかった。
「どうした? どこか寄りたい場所でも、」
「あの、もうちょい時間貰ってもいっすか?」
「あ、あぁ、いいぞ」
「あざっす」
 突然上体を起こしながらそう告げた仙道に、牧は少し面食らった。だが仙道は、特に気にした様子も無く、バッグを持って立ち上がる。そのまま辺りを見渡して、駅を指差した。
「陵南の近くなんすけど、海があるんです」
「海か。いいな、泳ぐのか?」
「え? あーいや、今日は見に行くだけっすけど……」
「分かった。着いていこう」
 牧もバッグを持ったのを確認して、仙道は歩き出した。改札を抜けて、二人は普段立たないホームに立つ。数駅揺られて辿り着いた先、仙道が立ち止まった隣に牧も並んだ。頬を擽る潮風に、穏やかな波音。沈みゆく夕陽は、どこか切なさも入り混じっているように思える。
「好きなんすよ、ここから見える夕陽」
「あぁ、良い景色だな」
「今の時期だと、ちょうどこの時間帯に良く見えるんす」
「ここには、景色を見る為だけに来てるのか?」
 問い掛けに仙道は、牧の方を見ずに答える。
「うーん、釣りしてる時が多いすかね」
「釣り⁉ お前、釣りするのか⁉」
「えっ、しますよ? そんなにびっくりしなくても……」
「そ、そうだな……すまん……」
「……もしかして、牧さんも釣りするんすか?」
「いや、オレはしない」
 キッパリと言い放つ牧に、今度は仙道が面食らったようだった。話題の食い付き方から、てっきり同じ趣味なのかと思ったらしい。
「そ、すか」
「だがサーフィンはしてる」
「サーフィン⁉」
「なんだよ、そんなに驚く事か?」
「いや、なんか……意外で……」
「そうか? よく焼けてるだろ」
 言いながら突き出されるしっかりとした牧の腕に、サーフボードを想像してみろと言えば。仙道もすんなり納得した様子だ。
「へぇー、そうだったんすね。あぁでも、言われてみれば確かに……」
「練習で外を走るくらいじゃ、こんなに焼けねぇよ。海での日焼けだ」
「体幹の秘密もサーフィンだったり?」
「どうだろうな……お前も試してみるか?」
「いやーやめときます、釣り糸垂らしてる方が性に合ってるんで」
「そうかよ」
 波音が静かに響く。夕陽は残り半分程になっていた。海面に滲むオレンジが揺れる。髪を靡かせる潮風に目を細めて、牧が口を開いた。
「仙道」
「はい」
「お前がいた星にも、海はあったのか?」
「……そ、すね……。あ、りました。けど、名前は違いますね」
「どんな名前だ?」
「んー……言語が違うんで、ちょっと発音は出来ねぇすけど……」
「そうか……そこでは何が釣れるんだ?」
「何……うーん……なんて名前だっけな……けど、結構でっけーのが釣れるんすよ」
「食えるのか?」
「あー……も、の、に、よります」
「旨いのか?」
「そーれは捌くまで分かんねぇっす。見ただけじゃ、身が詰まってるかも分かんねぇんで……釣ったら一旦持ち帰ります」
「持った重さでも分かんねぇのか?」
「骨が太いのもいるんすよ」
「そういうもんか……」
「そっす。って、牧さん急にどうしたんすか?」
「何がだ?」
「いや……いっぱい聞いてくるから……?」
「疑問系かよ」
 喉の奥で笑う牧は、仙道の顔に困惑が浮かんでいるのを確認して、今度は耐えきれずに失笑する。視線をゆっくりと合わせて、正面からその顔を見た。
「一昨日、か? 仙道と文具屋の近くで会った時、オレの事を故郷だかに報告するとかなんとかって言っただろ?」
「……あー、言ったっすね」
「ならオレにも、お前について知る権利はあるだろうと思ってな」
「そ、それで色々聞いてきたんすか……?」
「あぁ」
 牧は迷い無く返事をした。ついでに、聞きたい事はまだあると言いたげな表情もしておく。夕陽は残り三分の一程になっていた。
「えーっと……じゃあ、帰りながら聞きます。そろそろ冷えてくるんで……」
「駅に着くまで、だな……なら遠慮無く」
「おっかねー。手加減してくださいよ」
「珍しく弱気じゃねぇか」
「アンタが強気すぎるんすよ」
「ならまずは……」
「牧さん? 話聞いてます?」
 仙道の星について興味津々といった様子で質問を繰り出す牧と、一つ一つに回答していく仙道。住んでいる場所は、家は、部屋は、食事はと尋ねていく。
「あとは……バスケはあるのか?」
「バスケ、すか?」
「あぁ。最近地球に来てから覚えたとしたら、上達が早過ぎる。元々やってたのか?」
「そっすねぇ……似たようなのならありました。ルールはだいたい同じなんすけど、地域によって違う部分もあって」
「そうなのか?」
「例えばっすけど、何だったっけな……チームの人数が九人だったり、ボールが三個だったり……そうだ、入る点数が違うゴールが何箇所かにあったりもします。低いゴールだと一点、リングが傾いたゴールだと三点、みたいな」
「それは……凄いな」
「オレがいた所だと……点数が倍でしたね」
「倍?」
「倍っす。普通のシュートで四点、ここで言うスリーだと六点。バンバン点が入るから、すげー盛り上がってたっすね。っと、今日はここまでっすよ」
「む、そうか……仕方ないな」
 仙道の制止が入った事により、駅に到着したと分かる。最後に尋ねたバスケについては、もう少し聞いていたかった。それにそのルールでワンオンワンやミニゲームをしても、面白いのではないかと思っている。勿論実際のゴールの位置等変更出来ない部分もある為、かなり限られてしまうだろうが。
「色々聞けて楽しかったぞ」
「そりゃ良かったっす。じゃあまた、連絡しますね」
「あぁ、気を付けて帰れよ」
 見送る仙道へ手を振り、改札を抜けた牧はホームで電車を待つ間、ふと考えていた。仙道の話は、どこまでが本当なんだ。妙にリアリティがあった。そういったルールもありそうだと思った。実際にやっていたかのように言っていた。小さな点と点が線で繋がろうとしているが、その線は途中で折れ曲がって絡まり、次の点にまで辿り着かずにいる。もしかすると、もしかするのだろうか。


「十分休憩ー! 次はミニゲームとシュート練に分かれて行う。組み分け表を見ておけよ」
『はい!』
 翌日の放課後、練習の合間にホイッスルの音が聞こえ、各々タオルや水筒を手にする。例えばミニゲームでの点数を倍にしてみたらどうだろうか、仙道の話にあったように。ふと、そんな事を考えつつ、表の確認のついでに近くにいた高砂と神に話し掛けた。
「神、高砂」
「ん? 牧か」
「お疲れ様です、どうしました?」
「その……宇宙人って、本当にいると思うか……?」
 三人の周りに沈黙が訪れる。至極真面目に牧から問い掛けられた二人の神妙な面持ちは、初めて見るものだった。
「……何か変な物でも食ったか?」
「食ってねぇよ」
「信長から何か聞いたんですか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「呼びました⁉」
「うーん、呼んだかな。ほら、ミニゲームのチーム。オレと当たるね」
「うっ……! 今日こそ止めてみせますよ……!」
「そう来ないとね」
「やってやりますよ!」
 休憩中も元気な清田を連れて、神はビブスを取りに行った。敢えて席を外してくれたのだろう。一度こちらへ会釈して、清田の相手へと戻る。すぐ近くの高砂からの視線は痛いままだ。
「……で、何かあったのか? あまりそういった事は話題にしないだろ」
「特には何も無いが……無い、よな?」
「オレに聞くな。リアルな夢でも見たんじゃねぇか?」
「夢……夢か……」
「……牧、本当にどうしたんだ」
「なんでもねぇよ……多分……」
「……今日は早く寝ろよ」
 休憩終了のホイッスルを合図に、高砂はシュート練習のグループに合流する。牧がミニゲームのグループへと向かうと、神がビブスを手渡してきた。反対側のコートから清田の声が駆け抜けてくる。
「あぁーっ! 牧さんもそっちなんですか⁉」
「ビブスです」
「おう、サンキュ。どうした清田、不満か?」
「いやっ、そういうんじゃ……!」
「よし、なら全力でかかって来い。いいな?」
「……はいっ!」
 制限時間は五分のミニゲーム。チームの組み合わせも試合毎、休憩毎に変わるようで、今のチームが交代になったら清田と同じに、更にその次は清田と神が相手チームになる。手強いが、こちらも負けてやる気は微塵も無い。手短に幾つか策を話し合った後、開始のホイッスルが聞こえた。

 その日の練習後、個人練習に移る直前の事だ。
「高砂」
「宮か。……練習中の話、聞こえたのか?」
「少しね。牧って寝不足なの?」
 コートの端にいた高砂に近付いてきた宮益も、先程の牧の様子が気掛かりだったようだ。ミニゲーム中にもほんの一瞬、違和感を覚える場面があった。気の所為と言われてしまえばそれまでだし、なんでもないと言われたら追及する権利も無くなってしまうが。
「……宮は、宇宙人はいると思うか?」
「宇宙人? うーん、どうだろう……けど、いるって思ってた方が、夢はあるんじゃないかな?」
「夢か……」
「ロマンでもある」
「ロマンか……」
 復唱する高砂に、宮益は思い出した事があった。
「そういえば、宇宙人については分からないけど……夢についての本は図書室で見た気がするな」
「夢について、か?」
「あ、でも夢占いみたいな話だったかもしれない……必要なら見てみようか?」
「……いや、牧が必要とするなら自分で借りるだろ」
「それもそうか。じゃあ聞かれたら答えるくらいにしようかな」
「あぁ、オレもそうする」
「ヘーイ終わったか? 二対二やらね?」
「武藤か」
「武藤だ」
「武藤さんだぞー」
「先輩達この後残りますか⁉」
「清田がシュート練だったオレ達とやりたいんだと」
「僕は良いよ」
「オレもだ」
「ッシャア! あざっす!」
 武藤と清田の登場により、密かな会議はお開きとなった。離れた場所で、神とシュート練習に取り組む牧に聞こえていないといいが。高砂はそう思いながら、ドリブルを始めた。
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