銀河の果てより、貴方へ。
【海王星の邂逅】
全国大会準優勝。輝かしい結果は周囲からの賛辞と同時に、悔しさを齎した。練習には全力で取り組んだ。自主練習も積極的に行った。誰一人として手を抜いた試合は無かった。それが分かっているからこそ、受け止めるしかなく、歩みを止めていい理由にはならない。次は冬。限られた時間で、各自見えた課題と徹底的に向き合う。常勝は既に次を見ていた。
二学期が始まり、秋風を感じながらも容赦無く照りつける日差しを横目に、牧は部室のドアノブに手を掛けた。
「絶対いますって!」
「うーん、本当かなぁ……」
「えー⁉ じゃあ宇宙人以外に何だって言うんですか!」
中から聞こえてきたのは、清田と神の声だった。何か揉め事かと思ったが、清田の声が通るのは今に始まった事ではない。神の返事も普段と変わらないのなら、特に気にしなくてもいいだろうと判断した。
「何の話だ? 外まで聞こえてるぞ」
「あ、牧さん! き、気を付けます……」
「すみません。信長、ほら行くよ」
「はーい……けどやっぱりいると思うんです!」
「はいはい」
体育館へと向かう二人を見送り、牧も手早く着替え始める。今日の練習メニューには、三人ずつに分かれて行うミニゲームもあった。チームの今の実力と課題とを思い出し、大まかな編成を考える。更に自分に必要な練習も考えてから、部室を後にした。
強豪校の名から連想される以上の練習を終え、各々は帰り支度を始める。体育館の戸締り点検の為、今日は自主練習の時間も取れない日であった。後輩達の挨拶に返事をしながら、武藤、高砂、宮益はロッカーを開く。
「いやー腹減った。どこか寄ってから帰ろうぜ」
「近くのラーメン屋、割引券出てたぞ」
「あ、それ僕も持ってる。餃子付きのセットも対象だったよね」
「チャーハンセットも含まれるらしい」
「じゃあそこにすっかな……あ、牧! 帰りにラーメン屋寄らね?」
「お、いいな。……あ」
監督とのミーティングを終えて、部室へと戻った時に声を掛けられた。時折寄り道をして帰るのは、気分転換にもなるし、確かに腹も減っている。しかしロッカーを開けた瞬間、ノートの予備がもう無くなってしまっていた事を思い出した。
「悪ぃ、今日はパス」
「何だよ珍しい」
「ノートを切らしてたんだ。先週最後の一冊を使っちまって、それからまだ次のを買えてなくてな」
「そっか、自主練してそれからだともう閉まってるよね。駅前の文具店でしょ?」
「あぁ、あの店に置いてあるのが使い勝手が良くて……」
「……駅前? 先月から改装工事で臨時休業じゃなかったか?」
高砂の言葉に、一斉に視線が集まった。その中で最初に動いたのは武藤であり、次に注目の的になったのは、武藤の携帯の画面だった。
「駅前駅前……ホントだ。見ろよ、今週末まで工事してるってよ」
「うーん、凄いタイミング……」
「オレので良いなら使うか? 明日で良ければ持ってくるが……」
「いや、そこまでは大丈夫だ。他の教科の分もまだ残ってはいるから、どうにか来週まで……」
「もたねぇだろ。牧のクラス、明日はノートの消費量で有名な数学が……お、待てよ。店内一部営業中って書いてあるぞ、ほら」
提示された画面へ、再び視線が集まる。外装工事の案内文には、武藤が読み上げた内容も書かれていた。
「工事は外側だけだったか、良かったな」
「あぁ……武藤、助かった」
「次ラーメン屋に行った時に替え玉な」
「覚えておこう」
「言った武藤の方が忘れてそうだけど」
「いーや、絶対覚えててやるからな」
「はははっ。気を付けて行けよ」
「おー。牧もな」
「お疲れ様ー」
部室で三人と別れた牧は、駅前の文具店へと向かった。学校近くのラーメン屋に寄っていたら、営業時間を過ぎてしまう。次の休みを待つよりも、先に手元に置いておきたかった。
目的のノートを購入して、駅を目指している途中。普段見かけない男がそこに立っていた。
「……仙道、か?」
「え? 牧さん?」
「珍しいな、こんな所でどうしたんだ」
「いやぁ、寝過ごしちまって……どこか分かんねぇけど、とりあえず降りてみたんです」
へらりと笑う仙道からは、危機感や焦燥感は微塵も感じられなかった。
「そ、そうか……。陵南へ帰るなら……次の電車はもう少し待つようになるな」
「そっか、あざっす。お、それ、ノートっすか?」
「あぁ」
「へぇー、さすが海南。真面目っすねぇ」
「そうでもないさ。そりゃあ授業は一応真面目に受けてるが、部活の時は関係ねぇ事も話しているぞ。今日なんか、清田と神は宇宙人がいるかいないかって話をしていてな。昨日の特番でも見たんだろ」
「ははっ、ノブナガ君らしいっすね」
「全くだ」
「んで、牧さんはどうなんすか?」
「どうって……宇宙人がいるかどうか、か?」
「そっす」
「……どうだろうな、見た事ねぇからなぁ」
「まぁそうっすよねぇ……じゃあもし、オレがそうだって言ったらどうしますか?」
意図が掴めず、仙道へと視線を向ける。沈みかけた夕陽も相まって、その表情は上手く読み取れない。
「……どう、とは……」
「オレが宇宙人だとしたら、て事っす。うーん、例えば……どこかの研究所に突き出す、とか? なんだったら、ケンショーキンとか懸かってるかもしんねぇっすよ」
「……だとしても、お前にそんな事しねぇよ」
「じゃあ、確かめてみます?」
「何をだ。……待て、違う、んだよな?」
「さぁ、どうでしょうね。それにさ、オレもここでの生活とか、色々報告しねぇといけないんで……ちょうどいいや、アンタの事を報告しようかなって思ったんす、今」
面白い提案だろうと言わんばかりの仙道。そんな筈はないと思っていた牧の思考は、一瞬ぐらりと揺らいだ。
「……分かった」
「よっしゃ。んじゃあとりあえず連絡先交換してもいいっすか? その方が都合いいでしょ。次の休み、どっか行きましょ」
正直なところ、牧はこの日の事をはっきりと思い出せずにいる。急に目の前に現れ宇宙人だなんだと宣う男の空気に当てられたのかもしれない。しかし、曖昧ながらも頷いた事と登録された仙道の連絡先が、事実であると物語るには十分過ぎた。
翌日、念の為にと鞄に忍ばせていた新しいノートは早速使う事となった。例の数学である。しかし、ノートに触れる度、昨夜の仙道との会話も思い出してしまっている。どうして昨日、よりによって。そんな事を考えても、過ぎてしまった事は仕方ない。そう思うしか無いと分かってはいても、未だ割り切れてはいなかった。
「あ! 牧!」
昼休み終了五分前。呼ばれた声に、渦巻いていたものが霧散する。教室の扉から、武藤が手を振っていた。
「わり、現文の教科書貸してくんね?」
「じゃあ替え玉はナシな?」
「ぐっ……分かったよ」
悔しそうな表情に思わず笑ってしまい、教科書を手渡した。去り際に教室に入ってきた宮益と一言二言話をしてから、武藤も自分の教室へと戻っていく。
「教科書忘れたんだね、武藤」
「あぁ。何か言ってたか?」
「宮を先に見付けていれば、って言ってたよ。誰から借りても一緒だと思うんだけどな」
「オレから借りたから替え玉がナシになったんだ」
「そういう事か、武藤も惜しかったね」
「代わりに、チャーシューくらいは付けてやるか」
眼鏡を指先で一度持ち上げた宮益も、どこか楽しそうに笑う。
「あ、そうそう。さっき職員室で聞いたんだけど、明日体育館使えなくなるって」
「明日? そんな話あったかな……」
「再点検が急に決まったんだってさ。戸締り点検の時に、修理した方がいい箇所が見付かったみたい。だから牧に伝えておいてくれって」
「そうか……分かった。ありがとうな」
「どういたしまして」
「お、予鈴だ」
「じゃあ後で」
着席と同時に、起立の号令がかかる。教師の声と窓からの風に乗り、霧散したものはさらりと流れて行ったような気がした。
その日の部活後、帰路につく牧の携帯が震えた。浮かび上がった【仙道彰】の文字に、指が止まる。画面に触れて内容を確認するだけだ、何を怯える事がある。無意識に言い聞かせて、届いたメッセージを開いた。
『こんばんは。次の休みっていつっすか? そういや聞いてなかったなって』
そこには、自然体の文章が並んでいた。そうだ、警戒する必要など何も無いのだ。ただ仙道は、自分の予定を確認する為にメッセージを送った。それだけの事に気付くまで数分かかるのは想定外だったが、努めて普段通りを心掛け、返信する。
『こんばんは。実は明日、体育館の点検をする事が決まってな。休みになった』
『明日すか?』
『あぁ、急だよな』
『明日なら、こっちも休みなんです。良かったら、放課後どこか行きませんか?』
霧散したものが再び渦を巻き始める。普段通りとはいえ、一体、どんな顔をして会えばいいんだ。いっそ牧に宇宙人である事を告げた真意について、直接聞いてしまえたらと思うが、正面から聞き出せるとは思えない。しかし読んでしまった以上、返事をしない訳にはいかない。それに、放課後から会うのなら、行ける場所は限られているだろう。最初は互いの共通している事から始めた方がいいと踏んだ。
『分かった。ちょうどこっちとそっちの駅の中間辺りに公園があるんだ。コートもあるし、ワンオンやろうぜ』
『やった、ありがとうございます。楽しみです』
飾り気の無い文章が、純粋な喜びを伝えてくる。画面の向こうでいつものあの表情をしている仙道がいると思うと、勝手に釣られて口角が上がっていた。未だ渦は巻いたままだが、まずは会ってから考えようと決めた。
────オレが宇宙人だったら、どうしますか?
就寝前、ふと思い出した声が渦から聞こえてくる。そうだとしたら、どうしたらいいのだろうか。宇宙人襲来のニュースが報道されたとしたら、研究者達が黙っていない。それにテレビのどの局でも同じ話題ばかりの筈だ。だから仙道は違う。……本当に? 突如現れて、記憶移植とか、人体実験とか、色々な技術を駆使して地球人を観察し、日常に溶け込み、いつかは侵略を……したらどうなる? 人類皆あの髪型に……?
「……オレは何を考えているんだ」
ぼんやりと浮かべた景色は、現実離れしすぎていて笑えてくる。早く寝てしまった方が良いと判断し、ベッドに潜り込み目を閉じた。
全国大会準優勝。輝かしい結果は周囲からの賛辞と同時に、悔しさを齎した。練習には全力で取り組んだ。自主練習も積極的に行った。誰一人として手を抜いた試合は無かった。それが分かっているからこそ、受け止めるしかなく、歩みを止めていい理由にはならない。次は冬。限られた時間で、各自見えた課題と徹底的に向き合う。常勝は既に次を見ていた。
二学期が始まり、秋風を感じながらも容赦無く照りつける日差しを横目に、牧は部室のドアノブに手を掛けた。
「絶対いますって!」
「うーん、本当かなぁ……」
「えー⁉ じゃあ宇宙人以外に何だって言うんですか!」
中から聞こえてきたのは、清田と神の声だった。何か揉め事かと思ったが、清田の声が通るのは今に始まった事ではない。神の返事も普段と変わらないのなら、特に気にしなくてもいいだろうと判断した。
「何の話だ? 外まで聞こえてるぞ」
「あ、牧さん! き、気を付けます……」
「すみません。信長、ほら行くよ」
「はーい……けどやっぱりいると思うんです!」
「はいはい」
体育館へと向かう二人を見送り、牧も手早く着替え始める。今日の練習メニューには、三人ずつに分かれて行うミニゲームもあった。チームの今の実力と課題とを思い出し、大まかな編成を考える。更に自分に必要な練習も考えてから、部室を後にした。
強豪校の名から連想される以上の練習を終え、各々は帰り支度を始める。体育館の戸締り点検の為、今日は自主練習の時間も取れない日であった。後輩達の挨拶に返事をしながら、武藤、高砂、宮益はロッカーを開く。
「いやー腹減った。どこか寄ってから帰ろうぜ」
「近くのラーメン屋、割引券出てたぞ」
「あ、それ僕も持ってる。餃子付きのセットも対象だったよね」
「チャーハンセットも含まれるらしい」
「じゃあそこにすっかな……あ、牧! 帰りにラーメン屋寄らね?」
「お、いいな。……あ」
監督とのミーティングを終えて、部室へと戻った時に声を掛けられた。時折寄り道をして帰るのは、気分転換にもなるし、確かに腹も減っている。しかしロッカーを開けた瞬間、ノートの予備がもう無くなってしまっていた事を思い出した。
「悪ぃ、今日はパス」
「何だよ珍しい」
「ノートを切らしてたんだ。先週最後の一冊を使っちまって、それからまだ次のを買えてなくてな」
「そっか、自主練してそれからだともう閉まってるよね。駅前の文具店でしょ?」
「あぁ、あの店に置いてあるのが使い勝手が良くて……」
「……駅前? 先月から改装工事で臨時休業じゃなかったか?」
高砂の言葉に、一斉に視線が集まった。その中で最初に動いたのは武藤であり、次に注目の的になったのは、武藤の携帯の画面だった。
「駅前駅前……ホントだ。見ろよ、今週末まで工事してるってよ」
「うーん、凄いタイミング……」
「オレので良いなら使うか? 明日で良ければ持ってくるが……」
「いや、そこまでは大丈夫だ。他の教科の分もまだ残ってはいるから、どうにか来週まで……」
「もたねぇだろ。牧のクラス、明日はノートの消費量で有名な数学が……お、待てよ。店内一部営業中って書いてあるぞ、ほら」
提示された画面へ、再び視線が集まる。外装工事の案内文には、武藤が読み上げた内容も書かれていた。
「工事は外側だけだったか、良かったな」
「あぁ……武藤、助かった」
「次ラーメン屋に行った時に替え玉な」
「覚えておこう」
「言った武藤の方が忘れてそうだけど」
「いーや、絶対覚えててやるからな」
「はははっ。気を付けて行けよ」
「おー。牧もな」
「お疲れ様ー」
部室で三人と別れた牧は、駅前の文具店へと向かった。学校近くのラーメン屋に寄っていたら、営業時間を過ぎてしまう。次の休みを待つよりも、先に手元に置いておきたかった。
目的のノートを購入して、駅を目指している途中。普段見かけない男がそこに立っていた。
「……仙道、か?」
「え? 牧さん?」
「珍しいな、こんな所でどうしたんだ」
「いやぁ、寝過ごしちまって……どこか分かんねぇけど、とりあえず降りてみたんです」
へらりと笑う仙道からは、危機感や焦燥感は微塵も感じられなかった。
「そ、そうか……。陵南へ帰るなら……次の電車はもう少し待つようになるな」
「そっか、あざっす。お、それ、ノートっすか?」
「あぁ」
「へぇー、さすが海南。真面目っすねぇ」
「そうでもないさ。そりゃあ授業は一応真面目に受けてるが、部活の時は関係ねぇ事も話しているぞ。今日なんか、清田と神は宇宙人がいるかいないかって話をしていてな。昨日の特番でも見たんだろ」
「ははっ、ノブナガ君らしいっすね」
「全くだ」
「んで、牧さんはどうなんすか?」
「どうって……宇宙人がいるかどうか、か?」
「そっす」
「……どうだろうな、見た事ねぇからなぁ」
「まぁそうっすよねぇ……じゃあもし、オレがそうだって言ったらどうしますか?」
意図が掴めず、仙道へと視線を向ける。沈みかけた夕陽も相まって、その表情は上手く読み取れない。
「……どう、とは……」
「オレが宇宙人だとしたら、て事っす。うーん、例えば……どこかの研究所に突き出す、とか? なんだったら、ケンショーキンとか懸かってるかもしんねぇっすよ」
「……だとしても、お前にそんな事しねぇよ」
「じゃあ、確かめてみます?」
「何をだ。……待て、違う、んだよな?」
「さぁ、どうでしょうね。それにさ、オレもここでの生活とか、色々報告しねぇといけないんで……ちょうどいいや、アンタの事を報告しようかなって思ったんす、今」
面白い提案だろうと言わんばかりの仙道。そんな筈はないと思っていた牧の思考は、一瞬ぐらりと揺らいだ。
「……分かった」
「よっしゃ。んじゃあとりあえず連絡先交換してもいいっすか? その方が都合いいでしょ。次の休み、どっか行きましょ」
正直なところ、牧はこの日の事をはっきりと思い出せずにいる。急に目の前に現れ宇宙人だなんだと宣う男の空気に当てられたのかもしれない。しかし、曖昧ながらも頷いた事と登録された仙道の連絡先が、事実であると物語るには十分過ぎた。
翌日、念の為にと鞄に忍ばせていた新しいノートは早速使う事となった。例の数学である。しかし、ノートに触れる度、昨夜の仙道との会話も思い出してしまっている。どうして昨日、よりによって。そんな事を考えても、過ぎてしまった事は仕方ない。そう思うしか無いと分かってはいても、未だ割り切れてはいなかった。
「あ! 牧!」
昼休み終了五分前。呼ばれた声に、渦巻いていたものが霧散する。教室の扉から、武藤が手を振っていた。
「わり、現文の教科書貸してくんね?」
「じゃあ替え玉はナシな?」
「ぐっ……分かったよ」
悔しそうな表情に思わず笑ってしまい、教科書を手渡した。去り際に教室に入ってきた宮益と一言二言話をしてから、武藤も自分の教室へと戻っていく。
「教科書忘れたんだね、武藤」
「あぁ。何か言ってたか?」
「宮を先に見付けていれば、って言ってたよ。誰から借りても一緒だと思うんだけどな」
「オレから借りたから替え玉がナシになったんだ」
「そういう事か、武藤も惜しかったね」
「代わりに、チャーシューくらいは付けてやるか」
眼鏡を指先で一度持ち上げた宮益も、どこか楽しそうに笑う。
「あ、そうそう。さっき職員室で聞いたんだけど、明日体育館使えなくなるって」
「明日? そんな話あったかな……」
「再点検が急に決まったんだってさ。戸締り点検の時に、修理した方がいい箇所が見付かったみたい。だから牧に伝えておいてくれって」
「そうか……分かった。ありがとうな」
「どういたしまして」
「お、予鈴だ」
「じゃあ後で」
着席と同時に、起立の号令がかかる。教師の声と窓からの風に乗り、霧散したものはさらりと流れて行ったような気がした。
その日の部活後、帰路につく牧の携帯が震えた。浮かび上がった【仙道彰】の文字に、指が止まる。画面に触れて内容を確認するだけだ、何を怯える事がある。無意識に言い聞かせて、届いたメッセージを開いた。
『こんばんは。次の休みっていつっすか? そういや聞いてなかったなって』
そこには、自然体の文章が並んでいた。そうだ、警戒する必要など何も無いのだ。ただ仙道は、自分の予定を確認する為にメッセージを送った。それだけの事に気付くまで数分かかるのは想定外だったが、努めて普段通りを心掛け、返信する。
『こんばんは。実は明日、体育館の点検をする事が決まってな。休みになった』
『明日すか?』
『あぁ、急だよな』
『明日なら、こっちも休みなんです。良かったら、放課後どこか行きませんか?』
霧散したものが再び渦を巻き始める。普段通りとはいえ、一体、どんな顔をして会えばいいんだ。いっそ牧に宇宙人である事を告げた真意について、直接聞いてしまえたらと思うが、正面から聞き出せるとは思えない。しかし読んでしまった以上、返事をしない訳にはいかない。それに、放課後から会うのなら、行ける場所は限られているだろう。最初は互いの共通している事から始めた方がいいと踏んだ。
『分かった。ちょうどこっちとそっちの駅の中間辺りに公園があるんだ。コートもあるし、ワンオンやろうぜ』
『やった、ありがとうございます。楽しみです』
飾り気の無い文章が、純粋な喜びを伝えてくる。画面の向こうでいつものあの表情をしている仙道がいると思うと、勝手に釣られて口角が上がっていた。未だ渦は巻いたままだが、まずは会ってから考えようと決めた。
────オレが宇宙人だったら、どうしますか?
就寝前、ふと思い出した声が渦から聞こえてくる。そうだとしたら、どうしたらいいのだろうか。宇宙人襲来のニュースが報道されたとしたら、研究者達が黙っていない。それにテレビのどの局でも同じ話題ばかりの筈だ。だから仙道は違う。……本当に? 突如現れて、記憶移植とか、人体実験とか、色々な技術を駆使して地球人を観察し、日常に溶け込み、いつかは侵略を……したらどうなる? 人類皆あの髪型に……?
「……オレは何を考えているんだ」
ぼんやりと浮かべた景色は、現実離れしすぎていて笑えてくる。早く寝てしまった方が良いと判断し、ベッドに潜り込み目を閉じた。
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