催眠術 基礎講座 十万円 (税込み)
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うげぇ、きたな。胡散臭いセミナーにくるようなやつは、目が曇ってるから掃除も手抜きでいいってかよ。マスクして、満遍なくアルコール振りまくこの潔癖な時代に。 しかも都会のど真ん中で。
入る時には気付かなかったが、階段の隅にはいくつか透明な膜、蜘蛛の巣があった。俺は残りの階段を駆け下りる。ドアを開けようかとおもって、やめる。ため息を吐き、背中を壁に預け、真信が階段を折り切るのを待つ。
真信は歩くのがいつも遅い。だから俺はいつも待つことになる。存外俺はそれに苛立つことはなかった。流れている時間の感覚がそもそも違う。デジタルではなくアナログの時計、それもカチコチと音を刻む、小学生の通信教材のオマケで来そうなやつ。
足音が止まったので顔を上げると踊り場で高い背を小さくして立ち尽くす真信がいた。マスクの上半分、犬みたいにくりくりした目が一瞬俺を見て細められた。学校で女子どもにカワイーといわれるその仕草は、その実防御反応だと云う事を俺は知っている。すぐにその顔は力を緩めて、緑色をした階段の縁あたりを見ている。マスクの下で多分唇を噛んでいるんだろう。それも真信の癖だった。
ただ、ここでやさしくするのは俺たちの友情とはなにかちがう気がして、俺は見ないふりを極め込んで黙ってドアを強く押した。パタパタとかける音がしたから振り返りもしなかった。クーラーのガンガンに効いたビルからドアを開けて出ると、輪郭のあいまいな夏のにおいがした。冷えた体がのどの裏までせりあがるような風が吹いて、夏は嫌いだけどその一瞬はプールから水を突き破るときみたいにちょっとすっきりした。ビールが飲みたくなった。
「あっちいな」
マスクの下で独り言のようにつぶやいた。実際そんなに大きい声ではなかった。自分にその言葉が返ってくる前に真信に拾われた。
「……今本当に暑い? 寮の壊れかけ乾燥機で半端に乾いたタオルの中に放り込まれたみたいな気温の中にいる?」
「相変わらず自我がポエムだなお前。いるんじゃねえの、9月なのに暑くて蒸す、夏の気候だよ。ビール飲みたい。何お前、催眠術習得しに行ってそれ?」
親の仕送りでぼろい寮で共同生活する俺たちは貰った給付金でバカなことしようとさっきまで催眠のセミナーに行っていたのだ。真信は頭がいいのに脆すぎる。人を簡単に信じてしまうのは美徳でもなんでもなく、ただバカなだけなのに。ちょっと引いた顔をマスクの下に隠した俺を無視して真信は矢継ぎ早に言葉を投げる。投げつける。
「なあ、俺は存在してるの。お前も存在してる?俺の妄想じゃなくて、ここは脳味噌の中じゃなくて、俺は生きていて、それで……」
そんなことどうでもいいじゃん。ため息が出そうになる。
なんでこいつはいつもそんなどうでもいいことで悩んで、人生を無駄にしてしまうんだろう。ため息をつかなかったのはその体から出た湿度の高い息が俺に跳ね返るのが目に見えていたからだった。 今がすべてなのに。なんでそう、楽しくないことばっかり考えて不幸になろうとするのかなあ。
俺は言葉を出そうとして出しそこねた。真信を罵倒する気はなかった、こいつは本当に真剣に悩んでる。バカだけど、誠実なやつだから。うつむいてマスクの内側で言葉をもごもごとさせている真信を後ろに、俺は前に足を進めながら途中から飽きていた講座の内容を閉じた口の中で思い出そうとしていた。
ああ酒でも飲んで忘れちまえばいいのにな。楽になるための行為なんだから恥ずかしいことなんて何にもないのに。それこそ、大変なことと向き合うのを避けるために催眠術を使えばいいのに。何も解決しないからこいつは悩み続ける。それってやっぱりかわいそうだ。でも引き返すのは嫌だなあ。もう金もないし、なにより内輪の問題は内輪で解決するのが一番いい。経験上、そんなことは知れていた。
そう悶々としていたところ、答えにいきあたったのは5分ほど歩いたときだ。目を覚ますのにちょうどいいくらいの衝撃が生垣に引っかかっているのを見つけた。安全なところで苦しんでる真信にはぴったりのちょっとした痛みだ。
「なあ真信、そこにハサミが生えてるだろ。それ、現実だと思うか」
真信は足を止めて俺が指差した先を見る。緑の柄のハサミが背の低い生垣に刺さっている。同じものが見えてる。苛立ち任せに俺は言い放った。
「抜いてみろよ。だって催眠はお前の願いが大事なんだから。お前マゾじゃないだろ」
うん、と小さく頷いて深呼吸をした真信はゆっくりとハサミに手を伸ばす。だからおまえはダメなんだよ、ばかだなあと俺は見ていた。
修正部分 修正していない部分についての解説
タイトル
ラポールの眩暈→大学生の人生がカンタンにめちゃくちゃになっているチープさを出すべく解題
催眠術 基礎講座 十万円 (税込み) 千字に入る内容で詰め込める範囲が多くないため、内容をある程度タイトルで伝える方がわかりやすいと思った
物語の切り取りではなく、ショートショートとして成立しているべきという印象が強かったので今後につながる(それでも人生が続いていく)という感覚の表現を入れられるようにした
授業内でドアの描写は始まりの印象を受けると云われたが、これはドアをくぐる時はワクワクなどの興奮で一種の催眠状態になっていることをあらわしていて、催眠術の講座を受けたのに催眠術にある種失望して冷静に出ていく主人公と、反対に催眠術の中に引き込まれている友人の対比でおかしみを引き出そうとしたところだったので、けずり方が難しくそのままにしてある。
マスクをしていることを強調した 息苦しさと夏と大学生の無計画な快活さを出したかった
極め込むは決め込むより思い切りの良さがあるのでそのままにしてある
名前 トキから真信に変更した 名前に執着していなかったところから、こだわって「真っ直ぐ信じる」という意味合いを汲めそうな名前にした まっすぐに物事を信じてしまうゆえの催眠術に人生をかき混ぜられる落差を表現できると感じたため また男性性を強めるため 真信という名前のわりに精神のもろさが出ているようにした
やさしくすることができない理由として友情という言葉を付け加えた。東京で支え合っていく友達関係をシスターフッドないしは女同士の連帯と対比させたかったが、大学生はたぶんウーマンリブやフェミニズムと遠いところにあるので単に友情にとどめた。
女性っぽさに関係するテキストはけずったが主人公と対比して弱そうな小動物感、精神的幼さは残るようにした。
催眠術は一般的な教養ではないので難しい理論は飛ばして人の偏見に沿うようにした 本当の催眠術を解説するには紙幅が足らないため
様子を表すときに念押しするような主人公の語りはリズムが崩れるし大学生のゆるさが出ないと感じたので削減した。
主人公の感覚で生きている完成と享楽的で世の中どうでもよさそうなのに友人のことを大切にしているダブルスタンダードな自己中心性を出したかった
最後に俺の心情を付けたし、かんたんに自分の云う事を信じてしまう真信に呆れている様子とこんな奴だからそばで支えてやらないと…というあくまで友情の上での父性?兄性?を加えた なんだかんだこいつといると疲れる、とこいつといて楽しいのバランスが半々になるくらい
講座の内容を思いだそうとはしているが割と無責任に相手を傷つける発言をしているところが男同士の関係性っぽいかなと思ったので、言葉に責任を取らない主人公の家父長制で父になるのをあたりまえと感じてる人間の雰囲気をにじませた。
入る時には気付かなかったが、階段の隅にはいくつか透明な膜、蜘蛛の巣があった。俺は残りの階段を駆け下りる。ドアを開けようかとおもって、やめる。ため息を吐き、背中を壁に預け、真信が階段を折り切るのを待つ。
真信は歩くのがいつも遅い。だから俺はいつも待つことになる。存外俺はそれに苛立つことはなかった。流れている時間の感覚がそもそも違う。デジタルではなくアナログの時計、それもカチコチと音を刻む、小学生の通信教材のオマケで来そうなやつ。
足音が止まったので顔を上げると踊り場で高い背を小さくして立ち尽くす真信がいた。マスクの上半分、犬みたいにくりくりした目が一瞬俺を見て細められた。学校で女子どもにカワイーといわれるその仕草は、その実防御反応だと云う事を俺は知っている。すぐにその顔は力を緩めて、緑色をした階段の縁あたりを見ている。マスクの下で多分唇を噛んでいるんだろう。それも真信の癖だった。
ただ、ここでやさしくするのは俺たちの友情とはなにかちがう気がして、俺は見ないふりを極め込んで黙ってドアを強く押した。パタパタとかける音がしたから振り返りもしなかった。クーラーのガンガンに効いたビルからドアを開けて出ると、輪郭のあいまいな夏のにおいがした。冷えた体がのどの裏までせりあがるような風が吹いて、夏は嫌いだけどその一瞬はプールから水を突き破るときみたいにちょっとすっきりした。ビールが飲みたくなった。
「あっちいな」
マスクの下で独り言のようにつぶやいた。実際そんなに大きい声ではなかった。自分にその言葉が返ってくる前に真信に拾われた。
「……今本当に暑い? 寮の壊れかけ乾燥機で半端に乾いたタオルの中に放り込まれたみたいな気温の中にいる?」
「相変わらず自我がポエムだなお前。いるんじゃねえの、9月なのに暑くて蒸す、夏の気候だよ。ビール飲みたい。何お前、催眠術習得しに行ってそれ?」
親の仕送りでぼろい寮で共同生活する俺たちは貰った給付金でバカなことしようとさっきまで催眠のセミナーに行っていたのだ。真信は頭がいいのに脆すぎる。人を簡単に信じてしまうのは美徳でもなんでもなく、ただバカなだけなのに。ちょっと引いた顔をマスクの下に隠した俺を無視して真信は矢継ぎ早に言葉を投げる。投げつける。
「なあ、俺は存在してるの。お前も存在してる?俺の妄想じゃなくて、ここは脳味噌の中じゃなくて、俺は生きていて、それで……」
そんなことどうでもいいじゃん。ため息が出そうになる。
なんでこいつはいつもそんなどうでもいいことで悩んで、人生を無駄にしてしまうんだろう。ため息をつかなかったのはその体から出た湿度の高い息が俺に跳ね返るのが目に見えていたからだった。 今がすべてなのに。なんでそう、楽しくないことばっかり考えて不幸になろうとするのかなあ。
俺は言葉を出そうとして出しそこねた。真信を罵倒する気はなかった、こいつは本当に真剣に悩んでる。バカだけど、誠実なやつだから。うつむいてマスクの内側で言葉をもごもごとさせている真信を後ろに、俺は前に足を進めながら途中から飽きていた講座の内容を閉じた口の中で思い出そうとしていた。
ああ酒でも飲んで忘れちまえばいいのにな。楽になるための行為なんだから恥ずかしいことなんて何にもないのに。それこそ、大変なことと向き合うのを避けるために催眠術を使えばいいのに。何も解決しないからこいつは悩み続ける。それってやっぱりかわいそうだ。でも引き返すのは嫌だなあ。もう金もないし、なにより内輪の問題は内輪で解決するのが一番いい。経験上、そんなことは知れていた。
そう悶々としていたところ、答えにいきあたったのは5分ほど歩いたときだ。目を覚ますのにちょうどいいくらいの衝撃が生垣に引っかかっているのを見つけた。安全なところで苦しんでる真信にはぴったりのちょっとした痛みだ。
「なあ真信、そこにハサミが生えてるだろ。それ、現実だと思うか」
真信は足を止めて俺が指差した先を見る。緑の柄のハサミが背の低い生垣に刺さっている。同じものが見えてる。苛立ち任せに俺は言い放った。
「抜いてみろよ。だって催眠はお前の願いが大事なんだから。お前マゾじゃないだろ」
うん、と小さく頷いて深呼吸をした真信はゆっくりとハサミに手を伸ばす。だからおまえはダメなんだよ、ばかだなあと俺は見ていた。
修正部分 修正していない部分についての解説
タイトル
ラポールの眩暈→大学生の人生がカンタンにめちゃくちゃになっているチープさを出すべく解題
催眠術 基礎講座 十万円 (税込み) 千字に入る内容で詰め込める範囲が多くないため、内容をある程度タイトルで伝える方がわかりやすいと思った
物語の切り取りではなく、ショートショートとして成立しているべきという印象が強かったので今後につながる(それでも人生が続いていく)という感覚の表現を入れられるようにした
授業内でドアの描写は始まりの印象を受けると云われたが、これはドアをくぐる時はワクワクなどの興奮で一種の催眠状態になっていることをあらわしていて、催眠術の講座を受けたのに催眠術にある種失望して冷静に出ていく主人公と、反対に催眠術の中に引き込まれている友人の対比でおかしみを引き出そうとしたところだったので、けずり方が難しくそのままにしてある。
マスクをしていることを強調した 息苦しさと夏と大学生の無計画な快活さを出したかった
極め込むは決め込むより思い切りの良さがあるのでそのままにしてある
名前 トキから真信に変更した 名前に執着していなかったところから、こだわって「真っ直ぐ信じる」という意味合いを汲めそうな名前にした まっすぐに物事を信じてしまうゆえの催眠術に人生をかき混ぜられる落差を表現できると感じたため また男性性を強めるため 真信という名前のわりに精神のもろさが出ているようにした
やさしくすることができない理由として友情という言葉を付け加えた。東京で支え合っていく友達関係をシスターフッドないしは女同士の連帯と対比させたかったが、大学生はたぶんウーマンリブやフェミニズムと遠いところにあるので単に友情にとどめた。
女性っぽさに関係するテキストはけずったが主人公と対比して弱そうな小動物感、精神的幼さは残るようにした。
催眠術は一般的な教養ではないので難しい理論は飛ばして人の偏見に沿うようにした 本当の催眠術を解説するには紙幅が足らないため
様子を表すときに念押しするような主人公の語りはリズムが崩れるし大学生のゆるさが出ないと感じたので削減した。
主人公の感覚で生きている完成と享楽的で世の中どうでもよさそうなのに友人のことを大切にしているダブルスタンダードな自己中心性を出したかった
最後に俺の心情を付けたし、かんたんに自分の云う事を信じてしまう真信に呆れている様子とこんな奴だからそばで支えてやらないと…というあくまで友情の上での父性?兄性?を加えた なんだかんだこいつといると疲れる、とこいつといて楽しいのバランスが半々になるくらい
講座の内容を思いだそうとはしているが割と無責任に相手を傷つける発言をしているところが男同士の関係性っぽいかなと思ったので、言葉に責任を取らない主人公の家父長制で父になるのをあたりまえと感じてる人間の雰囲気をにじませた。
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