逆人魚姫
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あなたはただそこでみていてね。そういう代わりにあなたの遺影を砂浜に置いてきた。ぎりぎり、波が届かないところ。もう二度と混じり合えないと、あなたが死んだ時そう思った。あなたを土に埋めたから、私は海で死のうと思う。もう二度と会えない人にどこかで会えるなんて夢は潰してしまいたいから。それに私たちは無宗教だから、天国も地獄も共有できないから。
ざぶ、ざぶと足を進めていく。足首が引き込まれていく。海水は冷たくて、だってそうか、今はもう二月だし。あなたが死んだのは春だった。クラゲがたくさん砂浜に打ち上げられた異常気象の春だった。足首にどこからか迷い込んだ海藻が絡んだ。引き止めるように足にまとわりつくそれを無視して足を進めると、海藻は押し出される波に飲み込まれてどこかへ流れていった。
死装束というには少し華美だけど、葬列に参列するわけでもないんだから、一番お気に入りのワンピースを着ていた。水を吸って重くなった布が張り付く感覚。私に触れているもの。皮膚という暖かな膜が私と世界の稜線であるように、皮膚に張り付く布、空気、私に「感覚」を与えるもの全てが私を縁取って、生きていることを知らしめた。
ああこんなにも生きているんだということを体感させられている。これから死んでいくんだ。ぶくぶくと酸素をはき出して肺の中を水でいっぱいにする。自分の内側に海水を飼い殺す。一緒に死のう、その時手を取るのはあなたじゃなくてこんなふうに私を産み落とした世界にするから、白百合の咲くその下であなたはゆっくり眠っていてね。
踏みしめる度に足の指からすり抜けていくか海の底を規定する砂。こんなにも曖昧で脆いものの集合体で世界ってできているんだ。それは妙な実感だった。小さな積み重ねでできているんだ。
私たちは何の罪も重ねていないのにどこからも拒絶されてしまったね。生きるのが苦しくて、だから結婚という手段で私たちを「再定義」しなおせば社会の方から私たちを真っ当にしてくれるんじゃないかってそんなふうに思っていた。実態はあのざまだけど。
思わず吹き出した。本当に笑えてしまう。そんなわけないのにね。社会が私たちを認めてくれるわけなかった。だって私たちって「最高」に都合が悪い存在だったから。
子供は産まないし、納税だってまともにしてないし、老人に席は譲らないし。そもそも認められたかったっけ。でも、祝福されたかった気はする。まあでも全部もういらないんだ。だってあなたは死んだし、私も死ぬんだから。なかったことにはできない、けれどもう打ち止めにして「これから」を描くことは逃れられる。
私はまた足を進める。腰のあたりまでだったのが急に背中の半分まで沈んだ。胸の辺りが予期せぬ冷たさにじんと痛む。水面の色は澱んで暗くて先が見えない。あと何歩進めば死に足が届くんだろう。死に対して取り立てて恐怖はなかったがやはり幸せで舗装されているわけではなかった。
でも辛くは少しもなかった。体が警告を叫び出しても脳に前に進めと命令すればいうことを聞いた。何だそんなもんなんじゃん。よくできたシステムだ。都合の悪い存在はこうやって勝手に死ねるようになってるんだ。
私を必要としてくれるのはねぼすけなあなたと読みかけの本だった。でもあなたはもう死んでしまったし、読みかけの本はしおりを挟んだまま古書店に売りに出してしまった。もうない。必要も、ない。
波が胸の辺りに打ち寄せる。体を砂浜に押し出されるようだった。私は逆らうようにまた一歩足を進めた。今度はあご先まで海水に浸かった。それからは目を瞑って進み、太陽ではなくす海水が瞼を撫でるところまで進んで行った。それはほんの十数歩先だった。口から酸素がぶくぶくと上がる音がする。
これが私が生きていた証。魚がいない程度の海底で沈んで、それからきっと膨らんで誰かに発見されてしまう。できれば魚に跡形もなく食べられてみたかったけど、きっと叶わない。でも夢みる権利ぐらいあるよね。私は最後にそう笑って海水を飲み込んだ。
息が苦しい。
私と世界の境界が限りなくゼロになるまで私は海水を飲み込み続ける。さよならが最後に泡にもならずに海の中に溶けていき、私はずっと右手に持っていた包丁で自分の喉をついた。
ざぶ、ざぶと足を進めていく。足首が引き込まれていく。海水は冷たくて、だってそうか、今はもう二月だし。あなたが死んだのは春だった。クラゲがたくさん砂浜に打ち上げられた異常気象の春だった。足首にどこからか迷い込んだ海藻が絡んだ。引き止めるように足にまとわりつくそれを無視して足を進めると、海藻は押し出される波に飲み込まれてどこかへ流れていった。
死装束というには少し華美だけど、葬列に参列するわけでもないんだから、一番お気に入りのワンピースを着ていた。水を吸って重くなった布が張り付く感覚。私に触れているもの。皮膚という暖かな膜が私と世界の稜線であるように、皮膚に張り付く布、空気、私に「感覚」を与えるもの全てが私を縁取って、生きていることを知らしめた。
ああこんなにも生きているんだということを体感させられている。これから死んでいくんだ。ぶくぶくと酸素をはき出して肺の中を水でいっぱいにする。自分の内側に海水を飼い殺す。一緒に死のう、その時手を取るのはあなたじゃなくてこんなふうに私を産み落とした世界にするから、白百合の咲くその下であなたはゆっくり眠っていてね。
踏みしめる度に足の指からすり抜けていくか海の底を規定する砂。こんなにも曖昧で脆いものの集合体で世界ってできているんだ。それは妙な実感だった。小さな積み重ねでできているんだ。
私たちは何の罪も重ねていないのにどこからも拒絶されてしまったね。生きるのが苦しくて、だから結婚という手段で私たちを「再定義」しなおせば社会の方から私たちを真っ当にしてくれるんじゃないかってそんなふうに思っていた。実態はあのざまだけど。
思わず吹き出した。本当に笑えてしまう。そんなわけないのにね。社会が私たちを認めてくれるわけなかった。だって私たちって「最高」に都合が悪い存在だったから。
子供は産まないし、納税だってまともにしてないし、老人に席は譲らないし。そもそも認められたかったっけ。でも、祝福されたかった気はする。まあでも全部もういらないんだ。だってあなたは死んだし、私も死ぬんだから。なかったことにはできない、けれどもう打ち止めにして「これから」を描くことは逃れられる。
私はまた足を進める。腰のあたりまでだったのが急に背中の半分まで沈んだ。胸の辺りが予期せぬ冷たさにじんと痛む。水面の色は澱んで暗くて先が見えない。あと何歩進めば死に足が届くんだろう。死に対して取り立てて恐怖はなかったがやはり幸せで舗装されているわけではなかった。
でも辛くは少しもなかった。体が警告を叫び出しても脳に前に進めと命令すればいうことを聞いた。何だそんなもんなんじゃん。よくできたシステムだ。都合の悪い存在はこうやって勝手に死ねるようになってるんだ。
私を必要としてくれるのはねぼすけなあなたと読みかけの本だった。でもあなたはもう死んでしまったし、読みかけの本はしおりを挟んだまま古書店に売りに出してしまった。もうない。必要も、ない。
波が胸の辺りに打ち寄せる。体を砂浜に押し出されるようだった。私は逆らうようにまた一歩足を進めた。今度はあご先まで海水に浸かった。それからは目を瞑って進み、太陽ではなくす海水が瞼を撫でるところまで進んで行った。それはほんの十数歩先だった。口から酸素がぶくぶくと上がる音がする。
これが私が生きていた証。魚がいない程度の海底で沈んで、それからきっと膨らんで誰かに発見されてしまう。できれば魚に跡形もなく食べられてみたかったけど、きっと叶わない。でも夢みる権利ぐらいあるよね。私は最後にそう笑って海水を飲み込んだ。
息が苦しい。
私と世界の境界が限りなくゼロになるまで私は海水を飲み込み続ける。さよならが最後に泡にもならずに海の中に溶けていき、私はずっと右手に持っていた包丁で自分の喉をついた。
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