青空スカート
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夏の空は底抜けに青くて、先輩のスカートの内側にいるみたいで落ち着かない。
脇を通り抜ける熱風がこの青い布を突き破ってあなたに合わせてくれないかなと願っても叶わない。茹だるような暑さの中、生ぬるくなった紙パックのコーヒー牛乳を口に含む。
胸焼けしそうな甘さだった。まだ夏は終わらない。先輩はもうあのスカートを脱いでしまったと思うけれど、彼女の天邪鬼な露出狂癖はどうかなっているのだろうか。
青空を見るたびに先輩のことを考えるなんて、そんなのよっぽど変態だという気がした。乾いた笑いは音になることもなく夏の暑さの中に溶けていった。
秋が来ればどうしようもない焦燥に苛まれるのも彼女のせいだった。あんなに優しい空の持ち主なのに。彼女は台風の目だったのかもしれないな、夏の暑さのせいでそんなことを考えた。甘ったるいコーヒー牛乳を嚥下するのにも疲れていた。
先輩は最初に出会った時から秘密主義者だった。その割に常にその秘密を持ち歩いて、きっと見せびらかしてやろうという信念のある厄介な人だった。だから先輩の苗字は知っていたけれど名前は高校の間に知ることはなかった。
私たちが出会ったのは放課後の購買、二人とも残り一つになるコーヒー牛乳に手を伸ばしていた。
「あ、どうぞ」
私は思わず譲った。知らない人に角を立てたくないし、購買以外にもコーヒー牛乳が売っている自販機が構内にはある。タイの色が違うから先輩であろうその人は何も言わずコーヒー牛乳をとってレジへ行った。ちょっと感じは悪いけどまあよくあることだ。私はそそくさと購買から抜け出した。スカートのポケットに入れた小銭がチャリチャリと音立てる。
ポケットに手を入れ小銭を指の腹で確かめながら廊下を歩いていたら急に制服を引っ張られた。かつ、とぶつかる小銭同士の音はポケットの中に吸収された。振り返ると先程の先輩が立っている。
「今時間、ある?」
ざわつく構内の中で小さいけどよく通る先輩の声が聞こえた。
ないわけではない、次の時間はテストじゃないし体育でもなかったはず。でも今あなたが手に持っているコーヒー牛乳を買いに行きたいのだ。そう思案して立ち止まっていると答えを言うより先に手を引かれた。
「えっあのなんですか?ねえ」先輩は答えないで私のことを廊下の突き当たりの女子トイレに連れ込んだ。一階の端っこにあるこのトイレは人気がなくて薄暗い。
「私の秘密、見せてあげるね」
そういうと先輩はスカートをたくし上げた。なんだこいつ痴女かよ、と思って目をそらそうとするとそこには青空が広がっていた。青い空が縫い付けてある。それは既製品のプリント生地ではなく青地の布に白と金と銀、ひとはりひとはり、精巧な刺繍が縫ってあった。それはそこらで浮かんでる雲を縫いとめたみたいに綺麗だった。
「君だけに見せてあげる」
先輩は喉元で転がすように言葉を放った。夏のスカートはちょっと透けるから裏地をつける女子もいるけどこんなふうに凝ったものを縫い付けている人は初めて見た。というか普通はこんなところ見せるものではない。
「これはね、秋の空なんだ。涼しくて気持ちがいい秋の朝」
ああ、この先輩はだから私を捕まえたんだな。とんだ災害だ、と思いつつその青空は美しいのは確かだった。涼しい風が吹いているような気さえする。
「私は冬の空も好きですよ。薄青の」
私は何か無闇にどきどきとして話を広げた。
「冬の雲は扱いにくいからダメなの。すぐに手のひらの上で溶けちゃう。強度で言えば秋。食べるのなら冬の雲ほど美味しいものはないわ。どんなアイスクリームより冷たくて甘くて良い。春は桜が咲くから淀みが激しいの」
先輩はつかんでいたスカートの裾を離してそういった。青空はスカートの奥に隠されてしまった。名残惜しいような、ほっとするような気がした。
先輩は私の横を通り抜けて先にトイレから出て行った。私は動けずに、昼の終わりを告げるチャイムを聴いていた。階段を駆け上がる気にはなれずノロノロと階段を登っていると始業のチャイムがなったので慌てて教室に入った。相変わらず喉が渇いていた。窓際の自分の席に座って空を見上げる。なんだか落ち着かずその時間の抜き打ちテストでは散々な点数を取ってしまった。
次の日図書室に行くと、その先輩がいた。隣には男子生徒が座っている。仲睦まじそうに一冊の文庫本を分け合って眺めている。いや、一人は読んではページをめくり、もう一人は捲られたページの方を見ていた。
私は適当な文庫本を手に取ってソファの背もたれを一枚挟んで座った。彼女の話を聴いてみたかった。
「読書感想文なんて子供っぽいことするよなー」
「基礎は大事だ」
「うーんそうかな、あれは基礎じゃないだろ」
「みたことをそのまま書けばいいのに」
「板垣の読んでる本はいつもむずかしいよな、字が重なり合ってる」
「そうかな、私には君がやっている野球の方がよっぽど難しい。大体ここに書いてあることはもう終わったことだから」
「終わったこと?」
「ここに、感動なんてないと言うこと」
適当にめくっていたページを捲る手が止まる。
「感動しないのか?」
「しないわけじゃない。ただ嘘に思えるだけ」
「ふーん。あ、飴あった食べる?」
「図書室は飲食禁止」
「やべ部活のミーティングだ。じゃあな、おすすめの本、俺の机の上置いといてよ」
「うん頑張って」
この人は孤独な子供だったんだ。あれはこどもの振りかざす、お菓子の箱に詰め込んだ宝ものだったんだ。あれは蝉の抜け殻で、綺麗な包装紙で、なんの変哲もない小石だったのだ。
きっとあの男の人には教えていないだろう。そう思うと少し嬉しい。彼女の内側に広がるあの空の清々しさは私しか知らないのだ。
ページをまたゆっくりとめくり出す音がして、私もそれを追いかけるように手を動かした。しばらくして彼女が、読み終わった本を棚に戻し、一冊本を持って図書室を出て行った。
私はかける言葉も持たないのに彼女のことを追いかけて、踊り場で前に進めなくなった。
彼女が人の行き交う昼休みの階段の真ん中で立ち止まって振り返ったからだ。気だるい太陽光が天窓から階段に降り注ぎ彼女の姿を白くくらませる。
彼女は口元に一本立てた人差し指を持っていき、子供に言い聞かせる静かにというポーズをとった。
私は急に恥ずかしくなって太陽から目を背けるように、目をそらした。
なんだよ、スカートの内側に空を飼ってる癖に大人ぶって。
相変わらず窓辺の席で空を眺めていた。風を吸い込んだカーテンが額の前を掠める。
カーテンてプライバシーだよな。私は自分の足を覆うスカートに目を落として急に恥ずかしい気になって足を閉じた。
それからも学校で先輩と学校ですれ違うことはあったが声をかけることはできなかった。一体どんな言葉をかければいいのだろう。
何か言いたいことはあるような、もやもやとしたフラストレーションは自分の中にあったがうまく言語化はできず、それだけの理由もないから結局彼女を引き止められなかった。
彼女のスカートの内側で体育をして、勉強をして、家に帰った。私は夕暮れの方が好きですよ。そんなことを言ったところで意味もないのに。
いつの間に冬が来て、でも相変わらずきっと彼女のスカートの内側は秋のままなんだろう。けれどもすれ違った時はセーターを着ていた。適温にはならないんだ、と少し面白かった。
春がきたから先輩は卒業して行った。
焼きついた空だけが私の前にある。そして今も。
「あーまじで夏って嫌だな、わたしは冬が好き」
赤信号で立ち止まったからスマホを開いてTwitterを久しぶりに見た。見知った空がそこにあった。
それは刺繍を載せたアカウントで、4枚の四季の空を刺繍で表現したものを写していた。そんなことってあるのかよ。
ああでも子供っぽい彼女には秘密という言葉は似合わない。あれはおままごとの延長だったんんだ。
半分見る専のアカウントから「素敵ですね」と一言送った。心なしか心が晴れやかになった。夏はまだ長い。私は夏至を待つ。白い月の横に一番星を見つけた。
脇を通り抜ける熱風がこの青い布を突き破ってあなたに合わせてくれないかなと願っても叶わない。茹だるような暑さの中、生ぬるくなった紙パックのコーヒー牛乳を口に含む。
胸焼けしそうな甘さだった。まだ夏は終わらない。先輩はもうあのスカートを脱いでしまったと思うけれど、彼女の天邪鬼な露出狂癖はどうかなっているのだろうか。
青空を見るたびに先輩のことを考えるなんて、そんなのよっぽど変態だという気がした。乾いた笑いは音になることもなく夏の暑さの中に溶けていった。
秋が来ればどうしようもない焦燥に苛まれるのも彼女のせいだった。あんなに優しい空の持ち主なのに。彼女は台風の目だったのかもしれないな、夏の暑さのせいでそんなことを考えた。甘ったるいコーヒー牛乳を嚥下するのにも疲れていた。
先輩は最初に出会った時から秘密主義者だった。その割に常にその秘密を持ち歩いて、きっと見せびらかしてやろうという信念のある厄介な人だった。だから先輩の苗字は知っていたけれど名前は高校の間に知ることはなかった。
私たちが出会ったのは放課後の購買、二人とも残り一つになるコーヒー牛乳に手を伸ばしていた。
「あ、どうぞ」
私は思わず譲った。知らない人に角を立てたくないし、購買以外にもコーヒー牛乳が売っている自販機が構内にはある。タイの色が違うから先輩であろうその人は何も言わずコーヒー牛乳をとってレジへ行った。ちょっと感じは悪いけどまあよくあることだ。私はそそくさと購買から抜け出した。スカートのポケットに入れた小銭がチャリチャリと音立てる。
ポケットに手を入れ小銭を指の腹で確かめながら廊下を歩いていたら急に制服を引っ張られた。かつ、とぶつかる小銭同士の音はポケットの中に吸収された。振り返ると先程の先輩が立っている。
「今時間、ある?」
ざわつく構内の中で小さいけどよく通る先輩の声が聞こえた。
ないわけではない、次の時間はテストじゃないし体育でもなかったはず。でも今あなたが手に持っているコーヒー牛乳を買いに行きたいのだ。そう思案して立ち止まっていると答えを言うより先に手を引かれた。
「えっあのなんですか?ねえ」先輩は答えないで私のことを廊下の突き当たりの女子トイレに連れ込んだ。一階の端っこにあるこのトイレは人気がなくて薄暗い。
「私の秘密、見せてあげるね」
そういうと先輩はスカートをたくし上げた。なんだこいつ痴女かよ、と思って目をそらそうとするとそこには青空が広がっていた。青い空が縫い付けてある。それは既製品のプリント生地ではなく青地の布に白と金と銀、ひとはりひとはり、精巧な刺繍が縫ってあった。それはそこらで浮かんでる雲を縫いとめたみたいに綺麗だった。
「君だけに見せてあげる」
先輩は喉元で転がすように言葉を放った。夏のスカートはちょっと透けるから裏地をつける女子もいるけどこんなふうに凝ったものを縫い付けている人は初めて見た。というか普通はこんなところ見せるものではない。
「これはね、秋の空なんだ。涼しくて気持ちがいい秋の朝」
ああ、この先輩はだから私を捕まえたんだな。とんだ災害だ、と思いつつその青空は美しいのは確かだった。涼しい風が吹いているような気さえする。
「私は冬の空も好きですよ。薄青の」
私は何か無闇にどきどきとして話を広げた。
「冬の雲は扱いにくいからダメなの。すぐに手のひらの上で溶けちゃう。強度で言えば秋。食べるのなら冬の雲ほど美味しいものはないわ。どんなアイスクリームより冷たくて甘くて良い。春は桜が咲くから淀みが激しいの」
先輩はつかんでいたスカートの裾を離してそういった。青空はスカートの奥に隠されてしまった。名残惜しいような、ほっとするような気がした。
先輩は私の横を通り抜けて先にトイレから出て行った。私は動けずに、昼の終わりを告げるチャイムを聴いていた。階段を駆け上がる気にはなれずノロノロと階段を登っていると始業のチャイムがなったので慌てて教室に入った。相変わらず喉が渇いていた。窓際の自分の席に座って空を見上げる。なんだか落ち着かずその時間の抜き打ちテストでは散々な点数を取ってしまった。
次の日図書室に行くと、その先輩がいた。隣には男子生徒が座っている。仲睦まじそうに一冊の文庫本を分け合って眺めている。いや、一人は読んではページをめくり、もう一人は捲られたページの方を見ていた。
私は適当な文庫本を手に取ってソファの背もたれを一枚挟んで座った。彼女の話を聴いてみたかった。
「読書感想文なんて子供っぽいことするよなー」
「基礎は大事だ」
「うーんそうかな、あれは基礎じゃないだろ」
「みたことをそのまま書けばいいのに」
「板垣の読んでる本はいつもむずかしいよな、字が重なり合ってる」
「そうかな、私には君がやっている野球の方がよっぽど難しい。大体ここに書いてあることはもう終わったことだから」
「終わったこと?」
「ここに、感動なんてないと言うこと」
適当にめくっていたページを捲る手が止まる。
「感動しないのか?」
「しないわけじゃない。ただ嘘に思えるだけ」
「ふーん。あ、飴あった食べる?」
「図書室は飲食禁止」
「やべ部活のミーティングだ。じゃあな、おすすめの本、俺の机の上置いといてよ」
「うん頑張って」
この人は孤独な子供だったんだ。あれはこどもの振りかざす、お菓子の箱に詰め込んだ宝ものだったんだ。あれは蝉の抜け殻で、綺麗な包装紙で、なんの変哲もない小石だったのだ。
きっとあの男の人には教えていないだろう。そう思うと少し嬉しい。彼女の内側に広がるあの空の清々しさは私しか知らないのだ。
ページをまたゆっくりとめくり出す音がして、私もそれを追いかけるように手を動かした。しばらくして彼女が、読み終わった本を棚に戻し、一冊本を持って図書室を出て行った。
私はかける言葉も持たないのに彼女のことを追いかけて、踊り場で前に進めなくなった。
彼女が人の行き交う昼休みの階段の真ん中で立ち止まって振り返ったからだ。気だるい太陽光が天窓から階段に降り注ぎ彼女の姿を白くくらませる。
彼女は口元に一本立てた人差し指を持っていき、子供に言い聞かせる静かにというポーズをとった。
私は急に恥ずかしくなって太陽から目を背けるように、目をそらした。
なんだよ、スカートの内側に空を飼ってる癖に大人ぶって。
相変わらず窓辺の席で空を眺めていた。風を吸い込んだカーテンが額の前を掠める。
カーテンてプライバシーだよな。私は自分の足を覆うスカートに目を落として急に恥ずかしい気になって足を閉じた。
それからも学校で先輩と学校ですれ違うことはあったが声をかけることはできなかった。一体どんな言葉をかければいいのだろう。
何か言いたいことはあるような、もやもやとしたフラストレーションは自分の中にあったがうまく言語化はできず、それだけの理由もないから結局彼女を引き止められなかった。
彼女のスカートの内側で体育をして、勉強をして、家に帰った。私は夕暮れの方が好きですよ。そんなことを言ったところで意味もないのに。
いつの間に冬が来て、でも相変わらずきっと彼女のスカートの内側は秋のままなんだろう。けれどもすれ違った時はセーターを着ていた。適温にはならないんだ、と少し面白かった。
春がきたから先輩は卒業して行った。
焼きついた空だけが私の前にある。そして今も。
「あーまじで夏って嫌だな、わたしは冬が好き」
赤信号で立ち止まったからスマホを開いてTwitterを久しぶりに見た。見知った空がそこにあった。
それは刺繍を載せたアカウントで、4枚の四季の空を刺繍で表現したものを写していた。そんなことってあるのかよ。
ああでも子供っぽい彼女には秘密という言葉は似合わない。あれはおままごとの延長だったんんだ。
半分見る専のアカウントから「素敵ですね」と一言送った。心なしか心が晴れやかになった。夏はまだ長い。私は夏至を待つ。白い月の横に一番星を見つけた。
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