はじける気泡
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甘く苦いタバコの残り香がソファーに染み付いているカラオケ店の一室には、どこからともなく、くぐもった誰かの歌声が聞こえてくる。それは日曜の昼に夢見る地獄によく似ていた。
窓もない平日の真昼間に、音程も時期外れた冬の歌が今の私たちの主題歌である。学校をサボった私たちはフリータイムでもう何時間こうして過ごしたろう。歌うでもなく、話すでもなく私はだらだらと時間を浪費していた。ユウキはずっとハードカバーの小説を読んでいた。
氷の溶けたオレンジジュースをストローですいあげながら考えていた。
なんだかんだ、学校をサボったのは初めてなエセ不良のわたしは本当に不良になった気がして胸が少しざわめいた。U字のソファーの一片に上半身だけ倒してにやけていたらいつのまにか寝てしまったみたいだ。こちらに気づいたユウキは一瞬メロンソーダを赤いストローで吸い上げるのをやめたが、またすぐに飲み出した。赤いストローの内側で上昇する液体は赤黒く見えて血液の循環を思わせる。心臓の血管じゃないなとはおもう。
ユウキのメロンソーダは何杯目だろうか。ドリンクバーなのだから、他の飲み物も飲んでみたり高校生らしくちょっとは他のドリンクと混ぜてみたりでもすればいいのにひたすらにメロンソーダを飲む。覚えているだけで五回はグラスを持って席を立った。
鮮やかな緑。それは野菜とか木の葉の緑じゃなくて、青信号のような電子的で血の通っていない色使い。食品添加物や合成着色料そのものって感じだ。信号の色では安全サインなのになって、私はちょっと笑う。そっと口を開けて私に感情を届ける唇の動きを私はとりあえず信じている。嘘をつくような人間か、見分けられるほど私は人間を知らない。私には信じることしか出来ないのだ。
ユウキはカラオケ店の硬いソファに背中を預けないでお手本と言ってもいいくらいに美しい姿勢をして本を読んでいた。背筋はピンと伸び、足は組まれることなくも両方とも地についている。その手はただ本をめくり、たまに顔を上げてメロンソーダを飲んでいた。昔からずっとそうだった。
私。私って呼び方が似合わないような風貌と素行で学校では浮いている。親が入れたエスカレーター式の私学は窮屈で退屈で緩慢とした空気が漂う。デカダンと張り詰めた苛立ちが混戦して成り立っている、誰しもが抜け出したいと思っているのに努力の仕方を忘れてしまった箱庭。鹿犱学園はそういうところだ。大学まである学園は平均よりちょっと上の偏差値でそれなりの歴史がある。古い金持ちに人気の、人脈づくりと箔付けのための学校。
適当に染めた痛々しいピンクの髪に何回も折ったスカートが人と違うだけで、私もテーブルマナーなんかはしっかり叩き込まれている。未だにファーストフードが苦手なのもそのせいかもしれない。べつにテーブルマナーなんて知らなくたって人間生きていける。ブランド服を着なくたって死にはしないし、紙皿の上に乗せられたステーキだって味の質が著しく落ちるなんてことそうない、少なくとも私の舌の上では。金持ちになって人より色々できるはずなのに、自分からルールを作ってルールを守れない人間をバカにしてるあいつらと一緒になりたくない。義務を持つことが高貴な人間のやることだって社会の先生が言ってたけどそんなものいらない。しがらみの多い高貴な人間であるよりも自由な貧乏人の方がきっと私にはあっているんだろう。
生まれる場所を間違えたんだなという予感はずっとしていた。父が出張でおためごかしに買ってくるブランドものの価値。兄や私が通っている大学の価値。母親を飾りたてる、毎日のように届く大粒のアクセサリーの価値。そんなものはどうだって良かった。土の匂いを嗅いで、ショートブレッドをかじって本を読む。そのぐらいの自由が欲しかった。赤毛のアンになりたかった。だからオレンジに染めたかったのにいつのまにか似合うからとピンクの髪にされてしまった。それを断ることも出来なかった。私は何も選択できなかった。愚かな子供だったから。それをあまりにも許されていたから。
お嬢様として生きるにはあまりにも馬鹿げた魂が宿った私は逃げ出すために形から入ることにした。
平和をうたう校訓の下、薄い唇はあきらかな蔑視を滲ませる。
母親は私の髪を寝ている間にばらばらに切り刻み、ピンク色の髪はすぐに褪せて汚い色になっていた。惨めででも抵抗のしがいもないからわたしは黙っていた。そのまま授業を受け続けた。不良って何をするんだろう。私は父親のラベンダーの香りがするタバコをひとつ盗んで制服の胸ポケットに、スカートには100円ライターを突っ込んでみた。屋上は解放されていないから進入禁止の札がかかった誰も来ない埃っぽいごわごわしたガラス越しの生易しい光の下でタバコに火をつけてみた。ライターは思いのほか火が指に近くて怖かった。これから肺を炒めつけようと言うのに?死に近づこうとするのに?わたしはそんな自分の中の矛盾にまた気づいて気分が悪くなった。最初はむせたが、試すうちにニコチンが回って気持ちよくなってきた。静かに吸って吐く。ラベンダーの匂いが少し私をトリップさせる。どこか遠く、こんなコンクリートのジャングルじゃなくて、ラベンダーが香るのは庭先だろうか?公園だろうか。曖昧な夢が頭の中に写った。
私はそうして不良ごっこをした。学校では誰もなにもいわなかった。生徒の自主性を重んじる、聞こえはいいが放任主義と事なかれ主義の集まりだ。成金には派手好きも多いし染髪とピアスを開けたりくらいの人はいたが意外とまじめにみんな生きていた。
義務だったから。ここが社交場だから。親のために学校に通ってる生徒がほとんどで、生ぬるく固定された関係性から抜け出せない。見ようともしない。でも一度殻を壊されると新鮮な空気に触れようとしたくなるものだ。どこか遠く、愛のある場所へ。
ある朝下駄箱で幼なじみのユウキは声をかけてきて「不良になったって、君、喜んでるんだろう。君はよっぽど優等生だね」といってきた。
それは例えば理科の実験でシダ植物の葉の裏を見たときのような、泥水におろしたての靴を浸けて楽しむ子供のような。どこまでも子供じみた自己矛盾を突きつけてきた。
指摘されて私は黙り込んだ。図星だった。
私の心を踏みにじって優越感に浸っているんだろう、そう思って上目に見るとその顔にあったのは思いがけずあたたかい瞳だった。手を引かれて私たちは校門から逆流して街へ出た。そして今ここにいる。不良になるってどういうことだろう。私が私であるためには私は私を殺し続けなきゃいけないんじゃないのかな。
暇を持て余してタバコに火をつけた。タバコを吸っていれば話をしなくても許されるから。喫煙自体はそんなに好きではなかった。数ある不良としての仕草のひとつで楽しみではなかった。タバコとライターをとりだすと
「不良が吸うには、上品すぎるタバコだね」とそう笑った。
私は無視して火をつける。
「良い香り」
ラベンダーはどこに咲くのだろう。ぼんやりとまた考える。ボーッとしていた。火がついた先から灰になっていくのを眺めていた。私の命が朽ちていく。ゆっくりゆっくり寿命が燃えてゆく。遠回りな自殺。
「きっと地獄だね」
わたしは呟いた。ユウキは顔を上げて、私の次の言葉を待っている。
「ラベンダーが咲くところ、地獄だったらいいなぁ」
「ラベンダーはどっちかって言うと天国じゃないの」
「だからだよ、こんなにおだやかな花、地獄の道を舗装するのに最高に悪趣味じゃない?」
ゆっくり、ゆっくり死んでいく。私は灰皿にタバコを投げ出した。同じだ、私もお前も。
生きてることを確認したい時は目を瞑る。まぶたの奥に光を感じることが出来れば生きていると感じられる。自分を傷つけなくても生きていくことは出来るのに。どうして傷を自分でつけるのだろう。部屋の電話が鳴って私たちの不良時間は終わった。「ユウキ、かえろ」
ユウキはこくりと頭を動かしてから思い出したように、「あ」といって、さっとソファからバッグを掴んでいた私を制した。鈍くくすんだ鉄製のドアノブにかけていた右手をとりあえず離してそのままドアに背中を預けた。取ってつけたような脱出用の曇硝子の窓はクーラーの温度をそのまま受け取っていて思わず震えそうなほど冷たい。そうか、今は夏だった。色々な感覚が私に蘇ってくる。それは不快な感覚だった。
苛立ち紛れに背中を預けたまま、右手の人差し指をコツコツとぶつける。昔からのクセだった。3ヶ月でやめたピアノは勝手なリズムを生み出すくせだけ残して終わった。あと母親の涙。ユウキはテーブルにおいてあった氷の溶けたメロンソーダをストローで吸い上げる。ユウキは自分が責められている訳では無いと知っているので悠長に喉を潤す。良く体が冷えないな、とだんだん冷静になっていく頭は思う。ずっと座って本を呼んでいただけ。まぁ無理ならいうか。勝手に割り切りをつけた頃には、メロンソーダは無くなっていたし私の爪の先は硝子から少し浮いた位置で手のひらに食い込んでいた。
大して言葉も交わさない。交わさなくたって分かり合える、なんて関係じゃない、そもそも私たちに理解することなんて大して存在はしないのだ。
ユウキは目を上げて私に合図する。私も頷いて返した。今度こそドアノブをまわして、アタシは私になるのだった。グラグラと耳に触ってくるポップチューンの有線にちょっとした目眩を感じつつも私たちは歩みを進める。弱者も弱者なりに歩みを進めなくてはならない。
明日からも私たちは地獄を生きていく。覚悟の代わりに地獄の花束を明日も肺に入れる。カラオケボックスを出た時にはもうネオンサインが眩しかった。ピンクや黄色の電球がつまらない秩序を保って並んでいる。夜空はいつも白んでいるから、星なんてそうそう見えない。一番星さえも霞んでしまう光がこんなにも近くにあるのに、心を惹かれないのはなぜだろう。こんなにもつまらなく上滑りした夜に下手な歌を歌って帰った。
窓もない平日の真昼間に、音程も時期外れた冬の歌が今の私たちの主題歌である。学校をサボった私たちはフリータイムでもう何時間こうして過ごしたろう。歌うでもなく、話すでもなく私はだらだらと時間を浪費していた。ユウキはずっとハードカバーの小説を読んでいた。
氷の溶けたオレンジジュースをストローですいあげながら考えていた。
なんだかんだ、学校をサボったのは初めてなエセ不良のわたしは本当に不良になった気がして胸が少しざわめいた。U字のソファーの一片に上半身だけ倒してにやけていたらいつのまにか寝てしまったみたいだ。こちらに気づいたユウキは一瞬メロンソーダを赤いストローで吸い上げるのをやめたが、またすぐに飲み出した。赤いストローの内側で上昇する液体は赤黒く見えて血液の循環を思わせる。心臓の血管じゃないなとはおもう。
ユウキのメロンソーダは何杯目だろうか。ドリンクバーなのだから、他の飲み物も飲んでみたり高校生らしくちょっとは他のドリンクと混ぜてみたりでもすればいいのにひたすらにメロンソーダを飲む。覚えているだけで五回はグラスを持って席を立った。
鮮やかな緑。それは野菜とか木の葉の緑じゃなくて、青信号のような電子的で血の通っていない色使い。食品添加物や合成着色料そのものって感じだ。信号の色では安全サインなのになって、私はちょっと笑う。そっと口を開けて私に感情を届ける唇の動きを私はとりあえず信じている。嘘をつくような人間か、見分けられるほど私は人間を知らない。私には信じることしか出来ないのだ。
ユウキはカラオケ店の硬いソファに背中を預けないでお手本と言ってもいいくらいに美しい姿勢をして本を読んでいた。背筋はピンと伸び、足は組まれることなくも両方とも地についている。その手はただ本をめくり、たまに顔を上げてメロンソーダを飲んでいた。昔からずっとそうだった。
私。私って呼び方が似合わないような風貌と素行で学校では浮いている。親が入れたエスカレーター式の私学は窮屈で退屈で緩慢とした空気が漂う。デカダンと張り詰めた苛立ちが混戦して成り立っている、誰しもが抜け出したいと思っているのに努力の仕方を忘れてしまった箱庭。鹿犱学園はそういうところだ。大学まである学園は平均よりちょっと上の偏差値でそれなりの歴史がある。古い金持ちに人気の、人脈づくりと箔付けのための学校。
適当に染めた痛々しいピンクの髪に何回も折ったスカートが人と違うだけで、私もテーブルマナーなんかはしっかり叩き込まれている。未だにファーストフードが苦手なのもそのせいかもしれない。べつにテーブルマナーなんて知らなくたって人間生きていける。ブランド服を着なくたって死にはしないし、紙皿の上に乗せられたステーキだって味の質が著しく落ちるなんてことそうない、少なくとも私の舌の上では。金持ちになって人より色々できるはずなのに、自分からルールを作ってルールを守れない人間をバカにしてるあいつらと一緒になりたくない。義務を持つことが高貴な人間のやることだって社会の先生が言ってたけどそんなものいらない。しがらみの多い高貴な人間であるよりも自由な貧乏人の方がきっと私にはあっているんだろう。
生まれる場所を間違えたんだなという予感はずっとしていた。父が出張でおためごかしに買ってくるブランドものの価値。兄や私が通っている大学の価値。母親を飾りたてる、毎日のように届く大粒のアクセサリーの価値。そんなものはどうだって良かった。土の匂いを嗅いで、ショートブレッドをかじって本を読む。そのぐらいの自由が欲しかった。赤毛のアンになりたかった。だからオレンジに染めたかったのにいつのまにか似合うからとピンクの髪にされてしまった。それを断ることも出来なかった。私は何も選択できなかった。愚かな子供だったから。それをあまりにも許されていたから。
お嬢様として生きるにはあまりにも馬鹿げた魂が宿った私は逃げ出すために形から入ることにした。
平和をうたう校訓の下、薄い唇はあきらかな蔑視を滲ませる。
母親は私の髪を寝ている間にばらばらに切り刻み、ピンク色の髪はすぐに褪せて汚い色になっていた。惨めででも抵抗のしがいもないからわたしは黙っていた。そのまま授業を受け続けた。不良って何をするんだろう。私は父親のラベンダーの香りがするタバコをひとつ盗んで制服の胸ポケットに、スカートには100円ライターを突っ込んでみた。屋上は解放されていないから進入禁止の札がかかった誰も来ない埃っぽいごわごわしたガラス越しの生易しい光の下でタバコに火をつけてみた。ライターは思いのほか火が指に近くて怖かった。これから肺を炒めつけようと言うのに?死に近づこうとするのに?わたしはそんな自分の中の矛盾にまた気づいて気分が悪くなった。最初はむせたが、試すうちにニコチンが回って気持ちよくなってきた。静かに吸って吐く。ラベンダーの匂いが少し私をトリップさせる。どこか遠く、こんなコンクリートのジャングルじゃなくて、ラベンダーが香るのは庭先だろうか?公園だろうか。曖昧な夢が頭の中に写った。
私はそうして不良ごっこをした。学校では誰もなにもいわなかった。生徒の自主性を重んじる、聞こえはいいが放任主義と事なかれ主義の集まりだ。成金には派手好きも多いし染髪とピアスを開けたりくらいの人はいたが意外とまじめにみんな生きていた。
義務だったから。ここが社交場だから。親のために学校に通ってる生徒がほとんどで、生ぬるく固定された関係性から抜け出せない。見ようともしない。でも一度殻を壊されると新鮮な空気に触れようとしたくなるものだ。どこか遠く、愛のある場所へ。
ある朝下駄箱で幼なじみのユウキは声をかけてきて「不良になったって、君、喜んでるんだろう。君はよっぽど優等生だね」といってきた。
それは例えば理科の実験でシダ植物の葉の裏を見たときのような、泥水におろしたての靴を浸けて楽しむ子供のような。どこまでも子供じみた自己矛盾を突きつけてきた。
指摘されて私は黙り込んだ。図星だった。
私の心を踏みにじって優越感に浸っているんだろう、そう思って上目に見るとその顔にあったのは思いがけずあたたかい瞳だった。手を引かれて私たちは校門から逆流して街へ出た。そして今ここにいる。不良になるってどういうことだろう。私が私であるためには私は私を殺し続けなきゃいけないんじゃないのかな。
暇を持て余してタバコに火をつけた。タバコを吸っていれば話をしなくても許されるから。喫煙自体はそんなに好きではなかった。数ある不良としての仕草のひとつで楽しみではなかった。タバコとライターをとりだすと
「不良が吸うには、上品すぎるタバコだね」とそう笑った。
私は無視して火をつける。
「良い香り」
ラベンダーはどこに咲くのだろう。ぼんやりとまた考える。ボーッとしていた。火がついた先から灰になっていくのを眺めていた。私の命が朽ちていく。ゆっくりゆっくり寿命が燃えてゆく。遠回りな自殺。
「きっと地獄だね」
わたしは呟いた。ユウキは顔を上げて、私の次の言葉を待っている。
「ラベンダーが咲くところ、地獄だったらいいなぁ」
「ラベンダーはどっちかって言うと天国じゃないの」
「だからだよ、こんなにおだやかな花、地獄の道を舗装するのに最高に悪趣味じゃない?」
ゆっくり、ゆっくり死んでいく。私は灰皿にタバコを投げ出した。同じだ、私もお前も。
生きてることを確認したい時は目を瞑る。まぶたの奥に光を感じることが出来れば生きていると感じられる。自分を傷つけなくても生きていくことは出来るのに。どうして傷を自分でつけるのだろう。部屋の電話が鳴って私たちの不良時間は終わった。「ユウキ、かえろ」
ユウキはこくりと頭を動かしてから思い出したように、「あ」といって、さっとソファからバッグを掴んでいた私を制した。鈍くくすんだ鉄製のドアノブにかけていた右手をとりあえず離してそのままドアに背中を預けた。取ってつけたような脱出用の曇硝子の窓はクーラーの温度をそのまま受け取っていて思わず震えそうなほど冷たい。そうか、今は夏だった。色々な感覚が私に蘇ってくる。それは不快な感覚だった。
苛立ち紛れに背中を預けたまま、右手の人差し指をコツコツとぶつける。昔からのクセだった。3ヶ月でやめたピアノは勝手なリズムを生み出すくせだけ残して終わった。あと母親の涙。ユウキはテーブルにおいてあった氷の溶けたメロンソーダをストローで吸い上げる。ユウキは自分が責められている訳では無いと知っているので悠長に喉を潤す。良く体が冷えないな、とだんだん冷静になっていく頭は思う。ずっと座って本を呼んでいただけ。まぁ無理ならいうか。勝手に割り切りをつけた頃には、メロンソーダは無くなっていたし私の爪の先は硝子から少し浮いた位置で手のひらに食い込んでいた。
大して言葉も交わさない。交わさなくたって分かり合える、なんて関係じゃない、そもそも私たちに理解することなんて大して存在はしないのだ。
ユウキは目を上げて私に合図する。私も頷いて返した。今度こそドアノブをまわして、アタシは私になるのだった。グラグラと耳に触ってくるポップチューンの有線にちょっとした目眩を感じつつも私たちは歩みを進める。弱者も弱者なりに歩みを進めなくてはならない。
明日からも私たちは地獄を生きていく。覚悟の代わりに地獄の花束を明日も肺に入れる。カラオケボックスを出た時にはもうネオンサインが眩しかった。ピンクや黄色の電球がつまらない秩序を保って並んでいる。夜空はいつも白んでいるから、星なんてそうそう見えない。一番星さえも霞んでしまう光がこんなにも近くにあるのに、心を惹かれないのはなぜだろう。こんなにもつまらなく上滑りした夜に下手な歌を歌って帰った。
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