「お姉さん、それで話ってなんですか?」
ミルクティの渦が出来そうになっていたティーカップを見て、私はようやく 現実に戻り目の前の彼女と向き合う覚悟をした。 「相変わらず優しく微笑んで、ショコラウサギのお姉さんはわたしと目が合うの を待っていたようだ。わたしは先ほどの子供っぽい浮ついた仕草が急にいたたま れなくなって肩を竦めた。
いつだって彼女の前では緊張してしまって、うまく目を見て喋れない。揺らが ない煌めきが、女性としての圧倒的な彼女の努力が底抜けにあたりを照らすのだ。 「わたしはその光の虜ではあるが、彼女の光を浴びるたびにとても胸が苦しくな る。救われると同時に「かなわなさ」をどこか実感させられてしまうからだった。
私が彼女の前でこんな仕草をしてしまうのはいつものことで、わたしは少しでも落ち着いて話そうとするためにこのようなルーティンを踏むようになっていた。 死久しぶりにあったお姉さんに成長したところを見せようと思っていたのに失敗だ。弁解しようとして口を開いたところで、ショコラウサギのお姉さんが先に話 し始めた。 「オレちゃんも忙しいのにごめんね、実は今日はね、渡したいものがあって」 「そう言って青色の手カバンから装飾の美しい手紙を一通、取り出してテーブル の上に置いた。
ガスランプの暖かな灯りが箔押しで刻まれたその文字Weddingがわたしの目に焼き付ける。 「けっ、こん?」 「うん。わたしね、結婚するの。デザイナーの仕事もしばらくはやめようと思って」 ・目に焼きついたその文字が、耳から入るその言葉が確実にわたしの中の彼女を傷つけるのに、どうしてそんなに笑顔なの? わたしは声を出そうとして失敗し った。 は 涙があふれた。はらはらと、こぼれたそれはショコラウサギのお姉さんの掌に似た色をしたミルクティの中に入って、跳ねた。
彼女の前でどうしていつまでも子供のままなのだろう。くやしくてくやしくて、 精一杯大人のふりをして嘘をつく。 「お、おめでとう、お姉さん」
少々困惑したような彼女の顔に穏やかな綻びが生まれた。泣くほど喜んでくれ るなんて、オレちゃんは本当にいい子ね、ミルクティ色の掌が私の目元を軽く拭 った。
私たちは溶け合うことなく、確かに決別したのだった。私の中で翳っていく彼 女の炎と反対に、現実の彼女は社会の喜びに身を焼いていく。
泣き止んだ後、どちらともなく席を立ち店の外でショコラウサギのお姉さんに ハグをした。ふわりと懐かしいミルクの香りの中に桜の香りがした。 ・体を軽く離したとき覗いた琥珀色の瞳はどこまでも生き生きと赤みがかった深
さを見せていた。孤独を知らない、誰かと生きていく強さだ。瞳の奥に生活感に う 溢れた家庭の夢を思い浮かべて、苦しくなる。 ま体を引っ張られてもう一度ショコラウサギのお姉さんと抱き合った。耳元で諭すように彼女は「結婚式には来てね」
と言った。祝福が、彼女が捨てたものを愛していた私に認めさせたいのだろう ことがもう私にはわかっていた。彼女のことを、愛していたから。声を震わさな いように「はい」と呟いて体をとん、と押して彼女から逃げ出した。
一月後の結婚式、白い服を着て結婚式に行った。お姉さんは泣きそうな顔をしながら私の胸元に青いバラを刺した。