ハレルヤ
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烏桓族の討伐へ向かう道中、曹操の軍師である郭嘉が、長引く雨に体調を崩した。
同じ行軍についていた名無しさんが郭嘉を訪ねると、彼は変わらず書簡を広げた机に向かっていた。
「休まないと、治るものも治りませんよ」
その声に反応して顔をこちらに向けた郭嘉だが、何かが、いつも違う。
失礼します、と名無しさんが伸ばした手は郭嘉の額へ、それから首の後ろへ移って、静かな数秒が流れる。
「……平熱が異様に高い、ということではありませんよね」
手を離し、名無しさんは机の書簡をくるくると丸めて端に寄せた。
「何もせず過ごすには、なんだか時間が惜しくてね」
笑みを浮かべての返事に、名無しさんは小さな溜息を一つこぼした。
「……郭嘉殿の才は、曹操様をはじめ、皆が認めるところです。だからこそ、もっと自分の体を大事にしていただかないと」
曹操が河北を平定するためには、烏桓族と、後に控える袁一族までを討たねばならない。
そのための攻略を郭嘉は任されていて、言い換えれば郭嘉に何かあっては、曹操は河北を手中にできなくなってしまう。
「正直に報告してきましょうか。郭嘉殿は高熱にも関わらず仕事の処理に無茶をしている、と。曹操様も心配されているでしょうから、きっとすぐに厳しい監視役を置いていただけますよ」
今度は名無しさんが、口元だけを郭嘉に笑ってみせる。
「名無しさんは本当に人の扱い方が上手いね。……わかった、熱が下がるまで、おとなしく寝るとしようか」
肩をすくめて降参の意を示した郭嘉は、手を机のふちにかけると、片手を名無しさんの方へ差し出した。
「よければ、手を貸してもらえるかな?立つのにふらついてしまわないように、ね」
「それだけご自分の状態をわかっていながら、あなたは……」
続けようとした言葉を飲み込んで、名無しさんは郭嘉の肩下に入るようにして体を支える。
寝床で横になった郭嘉は、そのまましばらく眠った。
ぼんやりと目を開けた郭嘉は、周囲が薄暗くなっていることを確かめる。
「気分はいかかですか?」
声がした方へ少し顔を動かすと、布を手にした名無しさんがそこに座っていた。
「……ああ、うん、熱もだいぶ下がった感じがするね。こんな日が暮れる時間まで、よく休ませてもらったよ、ありがとう」
「それはよかったです。ところであの、……今は日暮れではなく、もうすぐ夜が明けるところです。よく眠ってらしたので声をおかけしなかったのですが……」
それを聞いて、大きく伸びをしていた郭嘉の動きが一瞬止まる。
「……そうか、そんなに長く……。名無しさん、もしかしてずっとここにいてくれたのかな?」
問いには小さな頷きだけが返ってきた。
体を起こした郭嘉は名無しさんの手に触れ、顔を覗き込む。
目が、少し赤くなっているようにみえる。
「……できるだけ、こまめに汗を拭いた方が、治りが早くなるかもと、思ったので……」
顔も、少し赤くなった気がする。
気づいているだろうか。
「……うん、名無しさんのおかげで、とても体が楽になったよ。……ついでに一つ、聞きたいのだけれど」
その手を、離さずに。
「報告、と言っていた気がしてね。名無しさんが私の看病をしてくれたのは、曹操殿に命じられたから……かな?」
その目を、逸らさずに。
一瞬だけ口を開けて、閉じて、唇を噛む。
それから手にした布を握り込んで、名無しさんは再び口を開けた。
「……曹操様には、郭嘉殿の体調をみてくるよう確かに言われましたし、その為の時間もいただきました。ですが……」
手を離さずに、目を逸らさずに。
「……たとえ命じられていなくとも、私から曹操様に願い出て、ここにいたでしょう。ですからこれは全て、私の……」
ゆっくりと言葉を選んで話す名無しさんを遮るように、郭嘉がふっと肩を落とす。
「郭嘉殿⁉︎まだお休みになっていた方が……!」
「いや、違うんだ。……失礼、少し、嬉しくて……嬉し過ぎて、力が抜けてしまったようだ」
はは、と郭嘉は笑った。
「本当に、名無しさんには色々とお礼をしなくてはいけないね」
体の調子を戻してから、と念を押したあと、郭嘉は名無しさんにも休むように言って、入り口まで送り出した。
顔を上げて空を仰ぐ。
雨は降らなさそうだ。
終
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