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夷陵にて劉備軍が展開していた陣営は、呉軍の火計によりそのほとんどを潰された。
陣を捨て敗走せざるをえない劉備だったが、なお攻勢を崩さない呉軍に蜀将たちは追われ、その手に落ちていく。
元は呉軍、嫁ぐ孫尚香に付いて蜀へ渡った名無しさんは、状況を知った孫尚香に代わり、劉備の退却を成功させるべく夷陵へ向かい、その退路を切り開いていた。
「ッ……!」
さすがは孫呉、孫権というところか。
ここで劉備を亡き者にしようと、向こうの兵力が惜しまず投入されているのだろう。
劣勢に劣勢を重ねた劉備軍に限界がきていた、そんな時だった。
「劉備殿!」
江州督の任にあった趙雲が、兵を率いて救援に現れる。
「おお、趙雲……!」
疲弊に顔を沈めていた劉備も、彼の姿を目にしたことで少し活気と希望を取り戻したようだった。
「劉備殿、ご無事でよかった。名無しさんも、……」
視線の先、武器を納めて立つ名無しさんにかける言葉を、趙雲は躊躇った。
その間に名無しさんは趙雲に向かって両膝をつき、頭を下げる。
「……このままの無礼をお許しください。右肩をやられて、どうにも力が入らないのです。武器はこちらで掴めますが、……おそらく役に立たないでしょう」
名無しさんが掴めると言ったその左手、左腕も広く火傷を負って、縮もうとする皮膚に細い指が引っ張られているようだった。
「あとはもう、呉軍の追手に体当たりするとか、それくらいしかできません。ですから……趙雲殿、劉備様を頼みます」
「……名無しさん……」
頭では趙雲も理解している。
成すべきは敵から君主を守り、逃がすこと。
そこにどんな犠牲があっても。
そのために留守を命じられていた江州を独断で出てきたのだから。
「……これよりの道は、趙子龍が任された」
素早く組んだ拝礼の形を解くと、趙雲は名無しさんの頭をそっと引き寄せた。
二人の唇は軽く触れた、それだけだった。
「……すまない、名無しさん……」
頬に移された趙雲の手に、名無しさんは指先を添える。
「……時間がありません、お早く」
声の震えは、どうしようもなかった。
「……さて、と」
劉備と趙雲の姿が遠くなって、とうとう見えなくなってから、名無しさんは呟く。
「体当たり、がんばりますか」
さいごまで、この頬と唇には誰も触れないよう、願って。
終
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