氷龍の巣

俺の死後、魂に課せられた使命の為に神の体を得て2年。使命の為に奔走しつつも親族には見つからないように動いていた。俺の死後もずっと思い続けてくれているグレンが居ることは知っている。だからこそこの体では行けないのだと言い聞かせて。
使命が終わった今、消滅までもう時間はない。明日には消えているだろう。行くなら、今しかない。


2人で住んだ家にまだ住んでいるらしい。俺は息を飲んだ。このチャイムを鳴らすのが怖い。グレンになんて言えばいい?ありがとう?ごめん?さようなら?このまま消えるよりあった方が良いのには間違いないのに。歯を食いしばって覚悟を決める。軽く触れると魔法陣が光り、チャイムが鳴った。
「はい、どちら様かな」
グレンの声がする。少し年老いただろうか。一度死に、そのあと転生して、また死んだのだから迷惑しかかけていないな。
ドアが空いた。グレンだ。愛しい恋人が目を丸くして俺を見ている。
「グレン……………」
ありがとうと言いたい。愛してくれてありがとうと。ごめんと言いたい。先立ってしまって。さようならと言いたい。もう魂も昇華するのだから。
なのに、声が出なかった。
「レオ……………!!」
グレンが泣き出す。そのまま俺を抱きしめてキスをした。流れ込んでくる魔力が懐かしくて暖かくて愛しくて苦しくて優しくて、涙が溢れて止まらない。こんなにも愛されていたんだと自覚する度涙が零れ落ちる。いつだってこの愛の中で生きていた。辛く苦しい時もずっと居てくれたこいつの温もりが染み込んで消えない。
「レオ……生きていたのか……?」
掠れた声で囁かれた。俺は声も出せずに首を横に振る。転生したのではないとかろうじて伝えるとグレンは寂しそうに眉を下げた。
「この使命が……………ぉわったらっ………もう、もう………」
泣きすぎて声が上擦った。元々神ではない俺の魂にはこれ以上耐えていく力は無い。昇華、すなわち俺は存在全てが、消える。
「……、最期に、逢いに来てくれたんじゃな」
グレンが泣きながら笑う。そのままキツく抱きしめられるが、その腕は俺の体を抉るかのようにすり抜けた。もう時間が無い。消えかかっている。
「ありがとう…………あいしっ………愛して………ぐ…れ、て」
泣きながら、詰まりながら必死に言葉を紡いだ。
「ごめんな………また、先に………逝って…」
グレンは涙を湛えながらまっすぐ俺を見ている。
「ごめん…………ありがと…………さよなら、…お前にあえて………ほんどうによがっ………よかった………っ」
今までにこんなにも泣き顔を見せたことは無い。それでもよかった。気持ちというのはこんなにも痛い。
「ああ、我もだよ………愛している、レオ」
彼の腕はするりとすり抜けて虚空を掠めた。もう本当に時間がない。最期に贈り物がしたい。残り少ない魔力で氷を作ろう。でも間に合わないかもしれない。
レオニードの身体が乖離して光になって消えていく。とても美しく、とても静かに。
「愛している………グレン」
「我もだ、好きじゃよ」
2人に時間なんて必要なかった。愛は時間も超えていく。
レオニードが目を閉じる。もう身体がない。最期に笑って、消えた。



残せただろうか。

その氷は



お前の




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