アルアーク

 何もないただの平日の夕方。平凡で何も変わったことがない。そんな只の日常の今日どうしても、どうしても祝いたくなった。何もないけれど。


◆何もない記念日


 制服を脱ぎ捨てて床に放り投げた。ただいまも言わない。ちらりとカレンダーを見た。予定も何もない真っ白なマスが今日だ。今日もギリギリついていく僕と余裕そうに模範生徒に選ばれるアルベール。ここまで格差があるのに横に居られる。分かっていてもいつかはどこか遠くに離れて行って手の届かないところに行ってしまいそうで時々夢に見るんだ。君に突き放される夢を。だから今日は特別祝ってみないか。
「アルベール!」
 少し遅く部屋に入ってきたアルベールにクラッカーを鳴らした。
「うわ!」
 突然の大きな音に驚いてアルベールが後ずさりした。
「はは!大成功だ!」
 クラッカーから飛び出た紙吹雪がアルベールの髪に引っかかった。きょとんとしている彼の顔が面白くてアークはくすくすと笑った。
「アーク、なんだ?今日はパーティーだったか?」
「いいや、何もないけど」
 しいて言うなら何にもないけど記念日。人生で君に会えたこと、こうして何にもない日を君と居られること、今日も君と笑いあえることを何にもない今日、君と祝いたい。
「びっくりさせないでくれよ」
 体に引っ付いた紙吹雪を手で払ったアルベールが苦笑いする。
「ごめんごめん」
 言葉とは裏腹に僕は楽しかった。君が忘れても僕だけが覚えていればいい。今日という平日に君と紙切れまみれになって笑ったこと。こうやって思い出が一つ一つ増えていけばいい。それだけで幸せだから。
「食らえ!アーク!」
 アルベールが残りのクラッカーを取り出しパンっと音を鳴らした。
「うわっ‼」
 驚いて目を閉じた。すぐに反撃されたことに悔しくなってもう一つクラッカーを鳴らす。
「クラッカーはまだあるぞ、アーク!」
「くっそ~!驚かせる予定だったのに‼」
 パンッパンっといくつか鳴らしたあと面白くなって顔を見合わせて笑った。
「あははは!何がしたいのか忘れたじゃないか!アルベール!」
「なんだそれ、お前がやり始めたんだろ」
 カラフルな紙が床に散らばっている。おかしくておかしくて、楽しくてどうでもよくなった。床に落ちた色紙をすくいあげてばら撒く。ひらひらと舞う紙が綺麗で見とれていたら不意にキスをされた。
「よくわからないけど、おめでとう」
「ありがとう。何にもないけど、おめでとう!」
 笑いあって、輝いた日々が、紙きれのようにふわふわと暗闇に、消えた。

 そう言いあった日は一体いつだったのだろうか。現実に引き戻されてハッとする。誰もいない部屋。椅子の上で小さなアクセサリーを握りながら、眠っていたらしい。そうだ、冒険の為にアクセサリーを装飾していたんだ。少しでも力が上がるように。これ以上くじけないように。何もない記念日、か。じゃあ今日も記念にしよう。君はどこにもいないけど。君のことを思い出した記念日。いつかまた、君と笑えるように―――。
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