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堕ちた世界

運命は残酷だと知ったのは、かなり前のことだ。

血が滲んだ腕を眺めて溜息をついた。魂を売ってから私の体は闇の力に侵されて予期せぬ不調が起こることがある。元々純粋な光を持っていた私が闇に飲まれてしまえばそうなるのも当たり前だ。無理矢理止血して傷跡を偽造魔術で隠した。綺麗な体を装うのは「彼」が居るからだ。心を奪わないまま何年も傀儡の体に捕らえている「恋人だった者」。もう、昔に戻る術は失われた。
「………おはようございます」
感情の消えた顔はあの頃の面影も残っていない。どれだけ似せて作ってもあの頃の彼は戻って来ない。ギル、そう呼ぶしかない。それは愛しかった恋人の名前。
「…、起きてから何をしていた。貴様はとっくに起きていただろう」
魔力紐を引っ張って全てを見ていることを分からせる。もう自由はないのだと心に留めておいてくれないと困る。既にお前は私の傀儡。ただの人形に過ぎない。
「……少し、気分が優れなくて」
「不調か、作り直すなら君の好きなように………」
提案するがギルは弱った顔のまま小さく「いいえ」と断りそのままリビングに歩いていく。メンテナンスは怠っていないはずなのに最近のギルは不調続きだ。何がいけないのか、分からないまま糸を整理する。関節の回りが悪いのではないし、朽ち果てそうなのでもない。全く不便なものだ。「心」が残っているだけでこんなにも扱いにくく、操れない。
「アルバン、朝ごはんは食べましたか?」
「まだだ」
「なら、作ります。いつもの、で…?」
適当にあしらって椅子に座る。温かみもない生活に感情すら消えていった二人はすれ違ってどうしようもない。
「明日は家を空ける。しばらく遠くに居るはずだ。魂は禁龍に預けていく」
「武器を持っていかない、と言うことは戦う場所ではないのですね」
戦わせてくださいと懇願するギルを見るのは飽きている。明日は偵察に行くつもりだ。軽い戦闘くらいなら刻龍で十分戦える。
「久々の休暇でも楽しめばいい」
「………」
ギルの焼いたトーストを齧る。どうも最近は味を感じないので何を作ったって同じなのだ。感じるのは温かさくらいのもの。
「どうか、怪我はしないで」
「貴様に心配されるほど弱くはない」
アルバンはギルを睨みつけて席を立つ。感情を移さない人形の瞳は気分が悪い。もう何でもいい。なんで私は、「彼」を活かしたのか。もう、思い出せない。
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