ファンルミ
――消えない光
◆孤独
―――これが私の望んだことなのだろうか。そうだとしたら私は強欲だ。
私は引き出しの奥に仕舞い込んだ装飾過多な指輪を取り出して恐る恐る左手の薬指にはめてみた。この指輪はファントムが押し付けるように私にくれたもので、正直好みではないのだが少しつけてみたかった。やっぱり似合いそうに無い。だからこそ誰にも気づかれないように引き出しの奥に仕舞い込んであるのだ。もしラニアに見つかれば何を言われるか分からない。どう見ても私の趣味ではないし、何を思ったのかリングケースにまで装飾を施してあるから置き場にも困る。明らかに私の服には同調せず浮いた存在の指輪を眺めながら溜息をついた。大嫌いなあいつに押し付けられたものはいつも捨てていたのだがこの指輪はいつまでたっても捨てる気になれないでいる。それどころか自ら指にはめてみるなんて、彼に毒されて気が狂ってしまったのかもしれない。
「あまりにも派手すぎる・・・・・」
やはり金銀豪華なものは私には似合わない。プレゼントを貰うということ自体は悪くないが流石にこれは着けている訳にはいかない。せめてもう少し目立たないものが良かった。
「これでは欲しがっているみたいじゃないか・・・」
もう一度溜息をついてから指輪を外し引き出しの奥に仕舞い込んだ。ファントムの好みには今更どうこう言うつもりは無いがあいつだってこんな派手なものよりもっと似合うものがあるに決まっている。仕方が無いからまた市場にでも行った時には何か見繕ってやろう。
そういえば前にファントムに会ったのはいつだっただろうか。最近はラニアと一緒にいるから遠出していないというのもあるのだろうが彼の姿すら見ていない。神出鬼没なのだが英雄同士で連絡しあうこともあるはずなのだが彼の話も聞く機会がなかった。別に会いたい訳ではないが煩いやつが居ないと少し寂しい気もする。あいつは私を恋人だと言っておきながら私のところに来たりはしないのだ。決して寂しいのではない、ただ文句の一つでも言いにいきたい。たしか今日はマガティアの辺りに居るんだったか・・・。居場所が分かっているなら自分から行くほうが早い。会ったら嫌というほど文句を言ってやろう。そう考えているうちに私はシャイニングロッドを手にとって外に飛び出していた。
◆天の邪鬼
マガティアについた。警備が厳しい。どうやらファントムの予告状に書かれた時刻が迫ってきているようだ。野次馬と警備員で人の海が出来ている。規制の為の警報が鳴り響き、ジェニミスト、アルカドノ両地域で混乱が起こっていた。
ファントムは今頃どこに居るのだろうか。流石にどこに盗みに行くかは分からない。今日は待ち合わせをしたのでもないからどこで落ち合えるかが分からないというのが困る。いや、確かに私が勝手に来たのだが・・・・。こういうときに神出鬼没なやつは困るんだ。途方にくれながら街中を歩いていると輝くカードに囲まれた。少し焦ったがおそらくこれは彼のスキルだろう。
「俺に会いたくなったのか?」
光に包まれたと思えば後ろから彼の声がする。振り向いて声をかけようとしたら口をふさがれた。
「しーっ。追いかけられる前に逃げないとな」
どうやら女性ファンに追いかけられることを懸念しているらしい。私もファントムの周りに居れば巻き添えを食らうことがあるから気持ちは分からなくもない。
「とりあえずクリスタルガーデンに行こう。良いだろう?」
確かに広場には人が多すぎる。目立ちたくは無い。
「頭に響く喧しさより目に煩い船の方がましだな」
ルミナスは溜息をついた。正直に言えばあいつの船には乗りたくない。連れ込まれてしまえば朝まで降ろしてはくれないからだ。だがこの騒がしい町の中に居るよりは随分マシなのかもしれない。
私が答えるとファントムがリターンオブファントムを唱えた。そして優しく手を引かれる。
「気色悪いまねをするな」
スキルに巻き込まれる形でうえに上がるので手を放すことはできないが、腹いせに爪を立ててやった。
「そんなに嫌がるなよ」
嫌がって見せても効果はなかった。ファントムは嫌がるルミナスの腰を抱き寄せる。
「は、離せ変態・・・・!」
「はいはい」
手を離し離れていくファントムを睨み付けて、船内に入る。ファントムはメイドとアルフレッドに出迎えられているようだった。だがルミナスは気にする様子はない。
離れていく私に気がついてファントムが慌てて追いかけてきている。そんな彼には構うことなく私がいつも(勝手に)使っている客室に飛び込んだ。廊下から慌しい足音が聞こえてくる。一瞬鍵をかけてしまおうかとも思ったが間に合わない。ファントムが入ってくる。
「俺に会いたくなったんじゃなかったのか」
「・・・」
私は黙り込んだ。その言い方では納得できない。しかし否定はできなかった。私が会いに行ってしまったのだから。
「相変わらず素直じゃないな」
苦笑するファントムに何も言い返すことはできない。確かに私は素直じゃないだろう。
私が素直になれないのは彼に心を開くのが怖いからだ。すべてをさらけ出してしまえば何もかもが盗まれてしまいそうで、大事に守ってきた何かを奪い去られそうで怖い。素直に彼の気持ちに応えられるならこんなにも悩まずに済んだはずだ。
「必ずしも素直でなければいけないのか」
一時の感情で彼に気持ちを伝えたことは今までに何度かある。酒に酔った時や酷く疲れてしまったときに縋り付くように気持ちを伝えたことならあるのだが、決まってその後には気の迷いだったと言い訳をしてしまう。このままではいけない。
「堅物君はちゃんと素直になれるだろ?」
「何の根拠があるんだ」
ファントムは根拠なんてないと笑う。そのうざいくらいの笑顔があまりにもまぶしく見えた。
「お前のそういうところが苦手なんだ」
ルミナスはファントムから目を逸らし黙り込む。それを見たファントムは声をかけようとしたが何かを思い出したように部屋を出て行った。部屋は静寂に包まれる。
「ファントム・・・?」
ドアが閉まる音にルミナスは振り返った。音の消えた部屋に一人残され喪失感を覚える。
・・・・そうだ。ファントムに会いたくなってマガティア向かった。私だって寂しいと思うことだってある。彼に生まれて初めて愛を囁かれて嫌ではなかった。むしろそれを求めていたかもしれない。
ルミナスは溜息をついた。不快にさせてしまっただろうか。冷静に考えてみれば恋人にそっけなく対応されたら不快だろう。
「どこに行ったんだ・・・・」
不快にさせたなら謝ろう。そう思い、立ち上がって扉の前に立った。その時。
「うわっ」
「ファ、ファントム・・・・!」
開けようとした扉は勝手に開き、勢いよく入ってきたファントムとぶつかった。
「きゅ、急に入るな!ノックくらい・・・!」
私は恥ずかしさのあまり視線を泳がせる。あまりの距離の近さに息も詰まってしまった。
「ははっ、ここに来たことすら嫌がってるように見えたから、さっさと渡すもの渡そうと思って」
「渡すもの・・・・?」
目線を戻せば目の前に小箱を差し出された。何が起きたのかvvさっぱり分からず、ルミナスは首をかしげる。
「前の指輪、嫌がってただろ。あの時気がついた。お前に似合わない指輪なんてあげても意味が無いって」
ファントムは小箱を開いて見せてくれた。中に入っているのは目立った装飾の無い、宝石が一つだけ埋め込まれた指輪。シルバーのリングに小さい蒼い宝石が一つだけ。前に貰った指輪に比べれば確かに控えめだ。
「な、なんだ・・・そんなに指輪ばかり貰っても・・・」
うろたえて後ずさりをし、目を逸らしたが、ファントムは真剣な顔でこちらを見ている。引く気はないらしい。冗談を含まない彼の顔は最高級ドールのように整い眩い美しさを纏っている。
「ルミナス、愛してる。受け取ってくれないか」
前のように無理やり押し付けるような行動はしてこない。ただ、差し出すだけ差し出して私が受け取るのを待っていた。こんな真剣なファントムは久しぶりだ。しばらく考え込んだが、私は顔を赤くしてその箱を取った。
「私を盗んだのはお前じゃないか・・・」
目線を逸らし黙り込む。素直に受け取るとは言えず、ファントムのせいにしてしまう私が情けない。羞恥心からかファントムを直視できずしばらく黙っていると不意に箱を取り上げられた。
「な・・・!くれるんじゃないのか!」
私がファントムのを向くとファントムは指輪を取り出して私の左腕を掴んだ。
「指輪はな、こーやってつけるんだぞ」
左手を強引に掴まれ薬指にはめ込まれる。腕を振り上げ逃げようとするがどうやら力では負けているらしい。
「や、やめろ!何するんだ!」
「だって堅物君は、見られたくないんだ~とか言ってつけないのがオチだろ?」
私の真似なのか、なんなのかは分からなかったがいつもと口調を変えて話すファントムに苛立ちを覚えて言い返す。口論は収まらず口げんかになってしまう。口げんかを始めてしまえば終わらないのがいつもなのだが今回は私の一言で喧嘩は終わることになった。
「何故私だけなんだ!不公平だ!お前もつけろ!」
つけてくれと煩いファントムに私はそう言い放った。
「へぇ~俺がつけたらつけてくれるのか?」
しまった、と思ったときには遅かった。ファントムはニヤニヤと笑っている。言いなおせる雰囲気ではない。
「煩い!つ、つけていれば・・・いい、のか?」
私は諦めて小声で答えた。私はファントムに会いに行くだけで他の仲間に不審がられる。その上で指輪がばれたらなんと言われるだろうか。彼らに何かを言われるのが嫌なのだと訴えてみるがファントムは大丈夫だと言って聞く気がなさそうだ。本当にこういうところは困る。
「いいじゃないかつけてるくらい。こんなに愛してるんだから応えてくれても良くないか?」
ファントムに抱き寄せられる。耳元で低い声が聞こえて身を強張らせた。どうやら私は耳元で囁かれると弱いらしい。
はじめは本当に嫌だった。今では嫌ではないどころかわざわざ会いに来てしまうのだから私も相当惚れこんでしまっている。
「分かった・・・だが、指輪を隠していても文句を言うなよ」
「はいはい、相変わらず堅物君は恥ずかしがり屋だなー」
仕方ないなとファントムが笑う。その笑顔は淀みなく私に向けられた笑顔。その笑顔を見ていると何故か心が締め付けられる。こんなことは初めてだ。
・・・ああ、そうか。私は今光を見ているのか。私が求めたもの、私が追い求めたもの、それに限りなく近い。温かく真っ直ぐで純粋な「光」。これが「愛」らしい。人間はこうやって光を抱いて生きているんだな。それはとても、とても、やさしい。なぜだかこの温かさは胸にしみる。
「ルミナス!?な、泣くなよ!俺が悪いみたいじゃないか!」
いつの間にか涙が溢れていたらしい。目元に触れてみればその雫がこぼれ落ちた。
「?・・・・ああ、すまない。悲しいんじゃない。どちらかと言うと嬉しいんだ」
確かに彼のことは嫌いだった。本気で争いあったし傷つけあったりもした。それでも今はこの関係で良いと思っている。こんなにも光をくれるのだから。
「そんなに嬉しかったのか。指輪くらいいくらでも・・・」
私は首を横に振ってファントムに抱きついた。昨日の私が見たらなんと言うだろうか。きっと非難されるだろう。それでも私は、今こうしていたい。
「ファントム・・・・・」
「案外大胆なんじゃないか?」
湧き上がる感情のまま抱きついたのは良いが今更になって恥ずかしくなってきてしまった。抱き合った姿勢のまま動けない。
「この状態で動けない私を見ても大胆だと思うか?」
今離れたとしてどんな顔をしていたら良いか分からない上に、これ以上動く勇気もない。心拍数が跳ね上がっていることもきっと彼には筒抜けなのだから。
「俺をその気にさせる分には有効だと思うぞ」
私が抵抗しないと分かるとファントムは私をベッドまで押して行った。そのまま優しく押し倒される。今回ばかりは抵抗する気にはならない。恥ずかしさのあまり腕で顔を隠し横を向く。いつも行為の前には抵抗し暴れているせいだろうが、抵抗しないで居るというのはあまりにも恥ずかしい。
「しおらしい堅物君っていうのもたまには良いかもな」
耳元で聞こえるファントムの声に私は震えた。いつもと違う声色で囁かれるのには弱い。
「今日だけだ・・・」
服の上から撫でられる感覚に耐えようと強くシーツを握りしめる。もどかしくくすぐったい。いつになっても慣れない刺激に逃げ出しそうになるが勿論ファントムが逃がしてくれるはずはなかった。
ファントムが体重をかけてくる。力が上手く入らず押し返すこともできない。今回ばかりは逃げられないと頭では理解しているのだが、体が逃げてしまう。
「っ・・・・」
服の隙間から彼の指が入ってくる。その指の動きはいつものような忙しない動きではなく、優しく撫でるような動きだったことに驚いた。今までで一番優しいかもしれない。
「今日は本当に嫌がらないんだな」
「今日は・・・私のせいだろう」
今回ばかりは私が招いたことだ。ここで逃げたなら私は彼の気持ちを踏みにじってしまうだろう。自らが誘ったというのに逃げるわけにはいかない。
「ここで止めないと最後まで止まらないぞ?」
一瞬決心が揺らぎそうになった。逃げ場があるなら逃げたいと思う。この関係から抜け出せるならばそれでもいい。そう思ってしまう心もあった。それでも私は彼と共に、いたい。
いつになっても慣れない情交から逃げてしまいたいのは私が弱いからだろう。だけど逃げてはいけない。逃げられない。私はもう落ちるところまで落ちてしまっている。あれほど嫌った彼に溺れてしまった。私も、もう心を決めなければ。
「寧ろ、して欲しいと言ったら・・・・笑うか?」
ファントムは驚き目を見開いた。意外だったのだろう。しかしすぐに微笑んで私の頬を撫でた。
「喜んで抱こう。ようやく両思いになれたみたいだしな」
力強く抱きしめられる。この私が愛の意味を知り、愛に溺れ、愛を囁くことがあるとは思ってもみなかった。
「誰かのせいで私も狂ってしまったらしい」
真っ直ぐ伝えることはしなかったが微笑んで見せた。無理やり引きずり落とされたとは思わない。自らここに来たのだ。
「恋狂いか、確かに堅物君には似合わないな」
彼がわざとらしく笑う。その笑みに苦笑いを返してやると頬に手を添えられて引き寄せられる。そのまま二人の唇が交わった。躊躇いもあったが私は全てを委ねるように彼の背に腕を回して瞼を閉じた。静寂の中に熱い吐息だけが漏れる。次第に鼓動が早くなっていく。その鼓動は、二人分。
「ん・・・ファントム・・・・」
薄らと目を開けば欲情に満ちた瞳がすぐ近くにある。ここまで欲しているというのに彼は急くようなことはしなかった。
「熱いな・・・」
それは己か、それとも私か。いや、どちらもだろうな。もう互いの境目など分からないほどに蕩けあっているのだから。
「ふぁ、ふぁんとむ・・・・もっと・・・」
唇が離れ吐息を感じるたび私は催促していた。求めても求めても満ちることはない。己の欲深さに軽く失望しながら、理性を捨てた。
「んふ・・・ぁ」
火傷しそうなほど熱い舌が私の歯列を抉じ開けて侵入ってくる。舌を絡め吸われ思考はぼやけて消えてしまう。
「んんぅ・・・!」
求めれば求めるほど頭の芯が痺れていく。正常な思考をまわそうと何かを考えるたびに快楽で流されて消えていった。逃げてしまいたいと願う心はどこか遠くに消えて、貪欲に彼を求めるくらいしか今はできない。
「ルミナス・・・・」
ふと唇が離れる。それは呼吸のためではなかったらしい。私はもう一度口付けて欲しくてファントムを覗き込んだ。
「ファントム?」
熱さで霞んだ思考では彼の意図をつかめない。欲にまみれた私は強請るように彼を抱き寄せる。
「足りない」
「は・・・?」
口を開いたファントムは私を抱き締めたまま呟いた。思考が痺れていたために理解が遅れる。そんな私のことなど構いもせず彼の腕は私の体を弄りながら下へと降りていく。
「うぁ・・・・あっ・・!」
突然の感覚に高い声が漏れた。抵抗する気力もなく与えられる快感を拾うだけしか今はできない。
「堅物君はもう随分幸せそうだが、俺も満たされたいんだよ」
力の入っていない足はいとも容易く開かれた。羞恥心がこみ上げるがそれよりも強く思考を支配する感情が私を未知の領域に引き込むようだった。無意識に腰を振る。
「は、早く・・しろっ・・」
「っ・・・・」
理性が無いせいか、心まで溶かされたせいか定かではないが正気ならこんなことは言わないだろう。
「っぁあ!?」
思考は衝撃と共に弾けた。チカチカと視界が歪む。何が起こったのかわからない。視界が鮮明になってくるにつれて状況が分かってきた。余裕のなさそうなファントムの顔。体の奥に感じる熱。どうやら貫かれたらしい。前戯も無しに入れられるのは初めてだ。
「悪い・・・我慢できなかった・・・」
「んんっ・・・あっ・・・つい・・」
理解すれば顔が熱くなる。恥ずかしさと快感と充実感で思考も混乱した。体の中に感じる彼の熱で壊れてしまいそうだ。
「せまっ・・・・」
ファントムが快楽に震える。必死に堪えている。私を気遣っているのだろうか。そんな気遣いは、いらない。
「んぁあ!あっ・・・ふぁ・・んとむ・・・」
加減なんてするなと、自ら腰を揺らした。その刺激だけで私の意識は快楽で薄まっていく。
「お、おい・・・ルミナス!」
慌てて止めようとする彼が見えた。しかし私は、喧嘩ですら手を抜かないお前に加減される筋合いはないと強がってみせた。実際はもう視点が合わない。意識は確実に遠のいている。だから早く、一刻も早く私を・・・・。
「抱け・・・!馬鹿・・・!あっ・・んんぅ」
快楽のせいだろう。涙が頬を伝い落ちた。爪を立てるほど強く彼を抱きしめて懇願する。もう声は抑えられない。揺れる度に高い声を上げて涙を流した。
「っ・・・ルミナス、愛してる」
我慢の限界か、思い切り腰を打ち付けられる。容赦の無い抽挿に一際高い声を上げた。
「ひぁ!ああっ・・・んんっ!」
愛していると応えたかったが強い快感に喘ぐことしかできなかった。激しい水音が立ち、喘ぐ声は抑えられない。あまりに激しい快楽に私は早くも限界が近かった。
「あっ・・・!だめ・・・っだ!もう・・・・・!」
気を失う前に彼と高みを味わいたい。この快楽に流される前に。
「早いな?興奮しすぎじゃないか?」
煩い、と罵りたかった。しかし思うように言葉を発せない。私を見つめる彼の顔もぼやけて見える。
「ああっ、ふぁんと、むっ!ファントム・・!ふぁんとむ!」
ファントム、私はもう限界だ。そう伝えたいのに言葉が出ない。必死にしがみつき彼の名前を呼ぶ。
「っ・・・・ルミナス!」
彼の腕に力が入る。追い上げるように激しく突かれ耐え切れず私は熱を手放した。
「んああぁ!!」
腹の奥で熱を感じる。多分彼のだろう。何度か彼の名前を呼んで、余韻を味わいながら呼吸を整える。それはあまりにも長く、視界は歪み重くなった瞼を閉じた。彼の声が聞こえる。私を呼んでいる。私は君の思いに応えられただろうか。私の思いは伝わっただろうか。
彼のぬくもりを感じながら私の意識は切れた。
◆エピローグ
温かい。体温だろうか?
酷い倦怠感の中私は微睡んでいた。うっすらと音が聞こえる。もう一度眠りに誘われそうになったが柔らかく撫でられて目を開いた。
「・・・・?」
寝ぼけすぎて視点が合わない。白いシーツと隣に居る・・・・。
「起きたか。もう昼だぞ」
ファントムの声でびくりとはね起きる。うっすらと思い出す昨晩の情事。後悔と羞恥心で死にたくなってきた。
「・・・・永遠に眠っていたい気分だ」
「馬鹿いうな。やっとスタートラインだろ」
確かにそうだ。好きだとは何度も言われたが昨日のあれがプロポーズだろう。それにプロポーズを受けたのは私だから。
「・・・・。ならせめてもう少しこうしていてくれ」
今は起き上がりたくない。それに素面でメイド達に顔を合わせられる自信もなかった。
ファントムの体温で私の体温が上書きされていく。これが私の望んだことなのだろうか。そうだとしたら私は強欲だ。今はそれでもいい。歪でも傷物でも私が望んで手に入れたもの。これからは少しだけ、素直でいてもいいか・・・。
しかし私の思考とは裏腹にゆるく腰を撫で回される。
「昨日は気を失ったしもう一回するか」
「ば、馬鹿じゃないのか!もうたくさんだ!」
・・・・・・素直にはならない方が良いかもしれない。
◆孤独
―――これが私の望んだことなのだろうか。そうだとしたら私は強欲だ。
私は引き出しの奥に仕舞い込んだ装飾過多な指輪を取り出して恐る恐る左手の薬指にはめてみた。この指輪はファントムが押し付けるように私にくれたもので、正直好みではないのだが少しつけてみたかった。やっぱり似合いそうに無い。だからこそ誰にも気づかれないように引き出しの奥に仕舞い込んであるのだ。もしラニアに見つかれば何を言われるか分からない。どう見ても私の趣味ではないし、何を思ったのかリングケースにまで装飾を施してあるから置き場にも困る。明らかに私の服には同調せず浮いた存在の指輪を眺めながら溜息をついた。大嫌いなあいつに押し付けられたものはいつも捨てていたのだがこの指輪はいつまでたっても捨てる気になれないでいる。それどころか自ら指にはめてみるなんて、彼に毒されて気が狂ってしまったのかもしれない。
「あまりにも派手すぎる・・・・・」
やはり金銀豪華なものは私には似合わない。プレゼントを貰うということ自体は悪くないが流石にこれは着けている訳にはいかない。せめてもう少し目立たないものが良かった。
「これでは欲しがっているみたいじゃないか・・・」
もう一度溜息をついてから指輪を外し引き出しの奥に仕舞い込んだ。ファントムの好みには今更どうこう言うつもりは無いがあいつだってこんな派手なものよりもっと似合うものがあるに決まっている。仕方が無いからまた市場にでも行った時には何か見繕ってやろう。
そういえば前にファントムに会ったのはいつだっただろうか。最近はラニアと一緒にいるから遠出していないというのもあるのだろうが彼の姿すら見ていない。神出鬼没なのだが英雄同士で連絡しあうこともあるはずなのだが彼の話も聞く機会がなかった。別に会いたい訳ではないが煩いやつが居ないと少し寂しい気もする。あいつは私を恋人だと言っておきながら私のところに来たりはしないのだ。決して寂しいのではない、ただ文句の一つでも言いにいきたい。たしか今日はマガティアの辺りに居るんだったか・・・。居場所が分かっているなら自分から行くほうが早い。会ったら嫌というほど文句を言ってやろう。そう考えているうちに私はシャイニングロッドを手にとって外に飛び出していた。
◆天の邪鬼
マガティアについた。警備が厳しい。どうやらファントムの予告状に書かれた時刻が迫ってきているようだ。野次馬と警備員で人の海が出来ている。規制の為の警報が鳴り響き、ジェニミスト、アルカドノ両地域で混乱が起こっていた。
ファントムは今頃どこに居るのだろうか。流石にどこに盗みに行くかは分からない。今日は待ち合わせをしたのでもないからどこで落ち合えるかが分からないというのが困る。いや、確かに私が勝手に来たのだが・・・・。こういうときに神出鬼没なやつは困るんだ。途方にくれながら街中を歩いていると輝くカードに囲まれた。少し焦ったがおそらくこれは彼のスキルだろう。
「俺に会いたくなったのか?」
光に包まれたと思えば後ろから彼の声がする。振り向いて声をかけようとしたら口をふさがれた。
「しーっ。追いかけられる前に逃げないとな」
どうやら女性ファンに追いかけられることを懸念しているらしい。私もファントムの周りに居れば巻き添えを食らうことがあるから気持ちは分からなくもない。
「とりあえずクリスタルガーデンに行こう。良いだろう?」
確かに広場には人が多すぎる。目立ちたくは無い。
「頭に響く喧しさより目に煩い船の方がましだな」
ルミナスは溜息をついた。正直に言えばあいつの船には乗りたくない。連れ込まれてしまえば朝まで降ろしてはくれないからだ。だがこの騒がしい町の中に居るよりは随分マシなのかもしれない。
私が答えるとファントムがリターンオブファントムを唱えた。そして優しく手を引かれる。
「気色悪いまねをするな」
スキルに巻き込まれる形でうえに上がるので手を放すことはできないが、腹いせに爪を立ててやった。
「そんなに嫌がるなよ」
嫌がって見せても効果はなかった。ファントムは嫌がるルミナスの腰を抱き寄せる。
「は、離せ変態・・・・!」
「はいはい」
手を離し離れていくファントムを睨み付けて、船内に入る。ファントムはメイドとアルフレッドに出迎えられているようだった。だがルミナスは気にする様子はない。
離れていく私に気がついてファントムが慌てて追いかけてきている。そんな彼には構うことなく私がいつも(勝手に)使っている客室に飛び込んだ。廊下から慌しい足音が聞こえてくる。一瞬鍵をかけてしまおうかとも思ったが間に合わない。ファントムが入ってくる。
「俺に会いたくなったんじゃなかったのか」
「・・・」
私は黙り込んだ。その言い方では納得できない。しかし否定はできなかった。私が会いに行ってしまったのだから。
「相変わらず素直じゃないな」
苦笑するファントムに何も言い返すことはできない。確かに私は素直じゃないだろう。
私が素直になれないのは彼に心を開くのが怖いからだ。すべてをさらけ出してしまえば何もかもが盗まれてしまいそうで、大事に守ってきた何かを奪い去られそうで怖い。素直に彼の気持ちに応えられるならこんなにも悩まずに済んだはずだ。
「必ずしも素直でなければいけないのか」
一時の感情で彼に気持ちを伝えたことは今までに何度かある。酒に酔った時や酷く疲れてしまったときに縋り付くように気持ちを伝えたことならあるのだが、決まってその後には気の迷いだったと言い訳をしてしまう。このままではいけない。
「堅物君はちゃんと素直になれるだろ?」
「何の根拠があるんだ」
ファントムは根拠なんてないと笑う。そのうざいくらいの笑顔があまりにもまぶしく見えた。
「お前のそういうところが苦手なんだ」
ルミナスはファントムから目を逸らし黙り込む。それを見たファントムは声をかけようとしたが何かを思い出したように部屋を出て行った。部屋は静寂に包まれる。
「ファントム・・・?」
ドアが閉まる音にルミナスは振り返った。音の消えた部屋に一人残され喪失感を覚える。
・・・・そうだ。ファントムに会いたくなってマガティア向かった。私だって寂しいと思うことだってある。彼に生まれて初めて愛を囁かれて嫌ではなかった。むしろそれを求めていたかもしれない。
ルミナスは溜息をついた。不快にさせてしまっただろうか。冷静に考えてみれば恋人にそっけなく対応されたら不快だろう。
「どこに行ったんだ・・・・」
不快にさせたなら謝ろう。そう思い、立ち上がって扉の前に立った。その時。
「うわっ」
「ファ、ファントム・・・・!」
開けようとした扉は勝手に開き、勢いよく入ってきたファントムとぶつかった。
「きゅ、急に入るな!ノックくらい・・・!」
私は恥ずかしさのあまり視線を泳がせる。あまりの距離の近さに息も詰まってしまった。
「ははっ、ここに来たことすら嫌がってるように見えたから、さっさと渡すもの渡そうと思って」
「渡すもの・・・・?」
目線を戻せば目の前に小箱を差し出された。何が起きたのかvvさっぱり分からず、ルミナスは首をかしげる。
「前の指輪、嫌がってただろ。あの時気がついた。お前に似合わない指輪なんてあげても意味が無いって」
ファントムは小箱を開いて見せてくれた。中に入っているのは目立った装飾の無い、宝石が一つだけ埋め込まれた指輪。シルバーのリングに小さい蒼い宝石が一つだけ。前に貰った指輪に比べれば確かに控えめだ。
「な、なんだ・・・そんなに指輪ばかり貰っても・・・」
うろたえて後ずさりをし、目を逸らしたが、ファントムは真剣な顔でこちらを見ている。引く気はないらしい。冗談を含まない彼の顔は最高級ドールのように整い眩い美しさを纏っている。
「ルミナス、愛してる。受け取ってくれないか」
前のように無理やり押し付けるような行動はしてこない。ただ、差し出すだけ差し出して私が受け取るのを待っていた。こんな真剣なファントムは久しぶりだ。しばらく考え込んだが、私は顔を赤くしてその箱を取った。
「私を盗んだのはお前じゃないか・・・」
目線を逸らし黙り込む。素直に受け取るとは言えず、ファントムのせいにしてしまう私が情けない。羞恥心からかファントムを直視できずしばらく黙っていると不意に箱を取り上げられた。
「な・・・!くれるんじゃないのか!」
私がファントムのを向くとファントムは指輪を取り出して私の左腕を掴んだ。
「指輪はな、こーやってつけるんだぞ」
左手を強引に掴まれ薬指にはめ込まれる。腕を振り上げ逃げようとするがどうやら力では負けているらしい。
「や、やめろ!何するんだ!」
「だって堅物君は、見られたくないんだ~とか言ってつけないのがオチだろ?」
私の真似なのか、なんなのかは分からなかったがいつもと口調を変えて話すファントムに苛立ちを覚えて言い返す。口論は収まらず口げんかになってしまう。口げんかを始めてしまえば終わらないのがいつもなのだが今回は私の一言で喧嘩は終わることになった。
「何故私だけなんだ!不公平だ!お前もつけろ!」
つけてくれと煩いファントムに私はそう言い放った。
「へぇ~俺がつけたらつけてくれるのか?」
しまった、と思ったときには遅かった。ファントムはニヤニヤと笑っている。言いなおせる雰囲気ではない。
「煩い!つ、つけていれば・・・いい、のか?」
私は諦めて小声で答えた。私はファントムに会いに行くだけで他の仲間に不審がられる。その上で指輪がばれたらなんと言われるだろうか。彼らに何かを言われるのが嫌なのだと訴えてみるがファントムは大丈夫だと言って聞く気がなさそうだ。本当にこういうところは困る。
「いいじゃないかつけてるくらい。こんなに愛してるんだから応えてくれても良くないか?」
ファントムに抱き寄せられる。耳元で低い声が聞こえて身を強張らせた。どうやら私は耳元で囁かれると弱いらしい。
はじめは本当に嫌だった。今では嫌ではないどころかわざわざ会いに来てしまうのだから私も相当惚れこんでしまっている。
「分かった・・・だが、指輪を隠していても文句を言うなよ」
「はいはい、相変わらず堅物君は恥ずかしがり屋だなー」
仕方ないなとファントムが笑う。その笑顔は淀みなく私に向けられた笑顔。その笑顔を見ていると何故か心が締め付けられる。こんなことは初めてだ。
・・・ああ、そうか。私は今光を見ているのか。私が求めたもの、私が追い求めたもの、それに限りなく近い。温かく真っ直ぐで純粋な「光」。これが「愛」らしい。人間はこうやって光を抱いて生きているんだな。それはとても、とても、やさしい。なぜだかこの温かさは胸にしみる。
「ルミナス!?な、泣くなよ!俺が悪いみたいじゃないか!」
いつの間にか涙が溢れていたらしい。目元に触れてみればその雫がこぼれ落ちた。
「?・・・・ああ、すまない。悲しいんじゃない。どちらかと言うと嬉しいんだ」
確かに彼のことは嫌いだった。本気で争いあったし傷つけあったりもした。それでも今はこの関係で良いと思っている。こんなにも光をくれるのだから。
「そんなに嬉しかったのか。指輪くらいいくらでも・・・」
私は首を横に振ってファントムに抱きついた。昨日の私が見たらなんと言うだろうか。きっと非難されるだろう。それでも私は、今こうしていたい。
「ファントム・・・・・」
「案外大胆なんじゃないか?」
湧き上がる感情のまま抱きついたのは良いが今更になって恥ずかしくなってきてしまった。抱き合った姿勢のまま動けない。
「この状態で動けない私を見ても大胆だと思うか?」
今離れたとしてどんな顔をしていたら良いか分からない上に、これ以上動く勇気もない。心拍数が跳ね上がっていることもきっと彼には筒抜けなのだから。
「俺をその気にさせる分には有効だと思うぞ」
私が抵抗しないと分かるとファントムは私をベッドまで押して行った。そのまま優しく押し倒される。今回ばかりは抵抗する気にはならない。恥ずかしさのあまり腕で顔を隠し横を向く。いつも行為の前には抵抗し暴れているせいだろうが、抵抗しないで居るというのはあまりにも恥ずかしい。
「しおらしい堅物君っていうのもたまには良いかもな」
耳元で聞こえるファントムの声に私は震えた。いつもと違う声色で囁かれるのには弱い。
「今日だけだ・・・」
服の上から撫でられる感覚に耐えようと強くシーツを握りしめる。もどかしくくすぐったい。いつになっても慣れない刺激に逃げ出しそうになるが勿論ファントムが逃がしてくれるはずはなかった。
ファントムが体重をかけてくる。力が上手く入らず押し返すこともできない。今回ばかりは逃げられないと頭では理解しているのだが、体が逃げてしまう。
「っ・・・・」
服の隙間から彼の指が入ってくる。その指の動きはいつものような忙しない動きではなく、優しく撫でるような動きだったことに驚いた。今までで一番優しいかもしれない。
「今日は本当に嫌がらないんだな」
「今日は・・・私のせいだろう」
今回ばかりは私が招いたことだ。ここで逃げたなら私は彼の気持ちを踏みにじってしまうだろう。自らが誘ったというのに逃げるわけにはいかない。
「ここで止めないと最後まで止まらないぞ?」
一瞬決心が揺らぎそうになった。逃げ場があるなら逃げたいと思う。この関係から抜け出せるならばそれでもいい。そう思ってしまう心もあった。それでも私は彼と共に、いたい。
いつになっても慣れない情交から逃げてしまいたいのは私が弱いからだろう。だけど逃げてはいけない。逃げられない。私はもう落ちるところまで落ちてしまっている。あれほど嫌った彼に溺れてしまった。私も、もう心を決めなければ。
「寧ろ、して欲しいと言ったら・・・・笑うか?」
ファントムは驚き目を見開いた。意外だったのだろう。しかしすぐに微笑んで私の頬を撫でた。
「喜んで抱こう。ようやく両思いになれたみたいだしな」
力強く抱きしめられる。この私が愛の意味を知り、愛に溺れ、愛を囁くことがあるとは思ってもみなかった。
「誰かのせいで私も狂ってしまったらしい」
真っ直ぐ伝えることはしなかったが微笑んで見せた。無理やり引きずり落とされたとは思わない。自らここに来たのだ。
「恋狂いか、確かに堅物君には似合わないな」
彼がわざとらしく笑う。その笑みに苦笑いを返してやると頬に手を添えられて引き寄せられる。そのまま二人の唇が交わった。躊躇いもあったが私は全てを委ねるように彼の背に腕を回して瞼を閉じた。静寂の中に熱い吐息だけが漏れる。次第に鼓動が早くなっていく。その鼓動は、二人分。
「ん・・・ファントム・・・・」
薄らと目を開けば欲情に満ちた瞳がすぐ近くにある。ここまで欲しているというのに彼は急くようなことはしなかった。
「熱いな・・・」
それは己か、それとも私か。いや、どちらもだろうな。もう互いの境目など分からないほどに蕩けあっているのだから。
「ふぁ、ふぁんとむ・・・・もっと・・・」
唇が離れ吐息を感じるたび私は催促していた。求めても求めても満ちることはない。己の欲深さに軽く失望しながら、理性を捨てた。
「んふ・・・ぁ」
火傷しそうなほど熱い舌が私の歯列を抉じ開けて侵入ってくる。舌を絡め吸われ思考はぼやけて消えてしまう。
「んんぅ・・・!」
求めれば求めるほど頭の芯が痺れていく。正常な思考をまわそうと何かを考えるたびに快楽で流されて消えていった。逃げてしまいたいと願う心はどこか遠くに消えて、貪欲に彼を求めるくらいしか今はできない。
「ルミナス・・・・」
ふと唇が離れる。それは呼吸のためではなかったらしい。私はもう一度口付けて欲しくてファントムを覗き込んだ。
「ファントム?」
熱さで霞んだ思考では彼の意図をつかめない。欲にまみれた私は強請るように彼を抱き寄せる。
「足りない」
「は・・・?」
口を開いたファントムは私を抱き締めたまま呟いた。思考が痺れていたために理解が遅れる。そんな私のことなど構いもせず彼の腕は私の体を弄りながら下へと降りていく。
「うぁ・・・・あっ・・!」
突然の感覚に高い声が漏れた。抵抗する気力もなく与えられる快感を拾うだけしか今はできない。
「堅物君はもう随分幸せそうだが、俺も満たされたいんだよ」
力の入っていない足はいとも容易く開かれた。羞恥心がこみ上げるがそれよりも強く思考を支配する感情が私を未知の領域に引き込むようだった。無意識に腰を振る。
「は、早く・・しろっ・・」
「っ・・・・」
理性が無いせいか、心まで溶かされたせいか定かではないが正気ならこんなことは言わないだろう。
「っぁあ!?」
思考は衝撃と共に弾けた。チカチカと視界が歪む。何が起こったのかわからない。視界が鮮明になってくるにつれて状況が分かってきた。余裕のなさそうなファントムの顔。体の奥に感じる熱。どうやら貫かれたらしい。前戯も無しに入れられるのは初めてだ。
「悪い・・・我慢できなかった・・・」
「んんっ・・・あっ・・・つい・・」
理解すれば顔が熱くなる。恥ずかしさと快感と充実感で思考も混乱した。体の中に感じる彼の熱で壊れてしまいそうだ。
「せまっ・・・・」
ファントムが快楽に震える。必死に堪えている。私を気遣っているのだろうか。そんな気遣いは、いらない。
「んぁあ!あっ・・・ふぁ・・んとむ・・・」
加減なんてするなと、自ら腰を揺らした。その刺激だけで私の意識は快楽で薄まっていく。
「お、おい・・・ルミナス!」
慌てて止めようとする彼が見えた。しかし私は、喧嘩ですら手を抜かないお前に加減される筋合いはないと強がってみせた。実際はもう視点が合わない。意識は確実に遠のいている。だから早く、一刻も早く私を・・・・。
「抱け・・・!馬鹿・・・!あっ・・んんぅ」
快楽のせいだろう。涙が頬を伝い落ちた。爪を立てるほど強く彼を抱きしめて懇願する。もう声は抑えられない。揺れる度に高い声を上げて涙を流した。
「っ・・・ルミナス、愛してる」
我慢の限界か、思い切り腰を打ち付けられる。容赦の無い抽挿に一際高い声を上げた。
「ひぁ!ああっ・・・んんっ!」
愛していると応えたかったが強い快感に喘ぐことしかできなかった。激しい水音が立ち、喘ぐ声は抑えられない。あまりに激しい快楽に私は早くも限界が近かった。
「あっ・・・!だめ・・・っだ!もう・・・・・!」
気を失う前に彼と高みを味わいたい。この快楽に流される前に。
「早いな?興奮しすぎじゃないか?」
煩い、と罵りたかった。しかし思うように言葉を発せない。私を見つめる彼の顔もぼやけて見える。
「ああっ、ふぁんと、むっ!ファントム・・!ふぁんとむ!」
ファントム、私はもう限界だ。そう伝えたいのに言葉が出ない。必死にしがみつき彼の名前を呼ぶ。
「っ・・・・ルミナス!」
彼の腕に力が入る。追い上げるように激しく突かれ耐え切れず私は熱を手放した。
「んああぁ!!」
腹の奥で熱を感じる。多分彼のだろう。何度か彼の名前を呼んで、余韻を味わいながら呼吸を整える。それはあまりにも長く、視界は歪み重くなった瞼を閉じた。彼の声が聞こえる。私を呼んでいる。私は君の思いに応えられただろうか。私の思いは伝わっただろうか。
彼のぬくもりを感じながら私の意識は切れた。
◆エピローグ
温かい。体温だろうか?
酷い倦怠感の中私は微睡んでいた。うっすらと音が聞こえる。もう一度眠りに誘われそうになったが柔らかく撫でられて目を開いた。
「・・・・?」
寝ぼけすぎて視点が合わない。白いシーツと隣に居る・・・・。
「起きたか。もう昼だぞ」
ファントムの声でびくりとはね起きる。うっすらと思い出す昨晩の情事。後悔と羞恥心で死にたくなってきた。
「・・・・永遠に眠っていたい気分だ」
「馬鹿いうな。やっとスタートラインだろ」
確かにそうだ。好きだとは何度も言われたが昨日のあれがプロポーズだろう。それにプロポーズを受けたのは私だから。
「・・・・。ならせめてもう少しこうしていてくれ」
今は起き上がりたくない。それに素面でメイド達に顔を合わせられる自信もなかった。
ファントムの体温で私の体温が上書きされていく。これが私の望んだことなのだろうか。そうだとしたら私は強欲だ。今はそれでもいい。歪でも傷物でも私が望んで手に入れたもの。これからは少しだけ、素直でいてもいいか・・・。
しかし私の思考とは裏腹にゆるく腰を撫で回される。
「昨日は気を失ったしもう一回するか」
「ば、馬鹿じゃないのか!もうたくさんだ!」
・・・・・・素直にはならない方が良いかもしれない。