魔族兄弟
バンドの為に転校を繰り返しているうちに迷い込んだ学校で、俺は兄さんにそっくりな人に出会った。見た目はびっくりするほど似ているのに背中には羽が生えていてまるでヴァンパイアみたいだ。話しかけたら噛み殺されるかと思ったけれど、彼は思ったより優しい人だった。
「じゃあ、あんたの名前も「デーモン」であんたの弟も「デミアン」なんだ?」
「そうだな。他の人もあちらの世界で見たことがある人は沢山いる」
ドッペルゲンガーってやつかな。にわかには信じがたいけど羽が生えているのは間違いないし、飛んでいるところも見た。異世界の兄さんはどうやら戦士のようなものらしい。モンスターを何千匹も倒している、とか何百年も生きているとか面白い話をしてくれる。時々いなくなってどこを探しても見当たらなくなってしまうことがあるしきっと噓なんてついていない。
そんな不思議な出会いをしてから数年がたった。俺は卒業してアマチュアバンドとしてデビューした。まだファンが少ないバンドだけれど兄さんに追い付くにはこんな経験も必要なはずだ。バイト詰めで休むこともできないくらい疲れ果てていた時、また街で彼を見かけた。へとへとな俺と同じくらい疲れた顔をしている彼は慣れない手つきでスマホを弄りながら誰かと連絡を取っている。
「………、久しぶり」
何となく声をかけると大袈裟なくらいびっくりして跳ね上がった。
「あ、ああ………君か………。学校はいいのか?」
「何言ってるんだあんた、もう卒業してるよ」
寝ぼけているのかと思ったけれど異世界には学校が少なくて良く分からないのだと苦笑していた。異世界とここは時間の感覚もちょっと違うらしくて、他意はなかったようだ。
「もう暗いから帰った方がいい。私も元の世界に帰らないと」
「子ども扱いするな!これでも一人暮らしなんだぞ!」
「なら尚更危険だ。さぁ、帰ろう」
異世界の兄さんは微笑んで俺を優しく押す。微笑む顔にはクマがあって、ちらりと見えた首元には赤く滲んだ包帯が見えた。よく見たら体中擦り傷だらけで、包帯もところどころに見える。それはとても痛そうだった。
「あんたの世界とは違ってモンスターは居ないから平気だ!……それより、体、大丈夫か?」
「え、………あ、ああ……これ、か。そんなに深い傷でもないんだ。私は強いから問題ないよ」
問題ないと言って隠した手首は震えている。包帯は赤いし、止血だって終わってないのかもしれない。どれだけ強い戦士だからって放っておくわけにはいかない傷に見えるのに異世界の兄さんは無理に笑顔を作って隠していた。
「絶対痛い、だろ。俺の家、誰も居ないから………。ちょっと休んでいったら?あっちの世界にいったらまた傷が増えるんじゃないのか?」
「デミア………。い、いや大丈夫だ。君に迷惑はかけられない」
「痛々しい姿で無理される方が迷惑。…ここからバスで一駅だから」
困惑する異世界の兄さんを引っ張ってバス停に向かう。重い鈍器を振り回すくらい力のある男が俺を振り払えないはずはないのに異世界の兄さんは逃げなかった。俺が掴んだ腕にもそんなに力が入っているわけではなくて付いてこない訳でもなかった。
「………」
困り顔で沈黙した彼をちらっと見てからバスに乗り込む。逃げられるか、と一瞬不安になったけれど少し間をおいて、乗り込んできた。そのまま俺の隣に座る。
俺が睨みつけていたせいか、彼は一言も話さなかった。いつもは短いバスの乗車時間がやけに長くて、気まずくて、ギターを抱える体勢で顔を隠した。窓の外を見ている異世界の兄さんはどこか儚げで、寂しそうだった。向こうの世界でも俺の家族はバラバラになってしまっているらしいから、仕方がないことなのかもしれないけれど少し心が痛くなる。バスから降りた時にはさっきの微笑みを浮かべた彼に戻っていた。
「すぐ近く、歩いて3分くらい」
「そうか、移動には困らないんだな」
バスがとても便利なものだと兄さんは言うけど俺にはその背中に生えている翼の方がきっと便利だと思う。自由にどこにでも行けるだろうし、待ち時間もない。
「まぁ、遠くに行かないなら結構便利だよ」
初めてかもしれない。人と一緒に帰るのは。仲のいいベルルムは反対方面だし、バンバンもブラッディもピエールも電車帰りで帰り道を一緒に帰ることはない。いつもバイトだらけな俺は友達を家に呼ぶこともなかったから、きっと今日が初めて。
「ここの三階。エレベーターはあっち」
羽を小さく畳んで細い通路を歩く姿はちょっとだけかわいらしく見えた。広いところでは広げていたほうが楽なんだろうけど、こういう場所は邪魔になるのか。じゃあ、寝るときは、どうするんだろう?
「ここか?」
立ち止まったところでそうだよと答えて鍵を開けた。
「汚いかもしれないけど、休むには十分だろ?」
電気をつけて中に入る。一人暮らしにはちょうどいいワンルームの部屋には憧れの兄さんのバンドのポスターが所狭しと貼ってあって、キターとアンプを部屋の隅に置いて趣味的な空間を作ってあった。
「本当に私にそっくりだな」
「そうだろ?びっくりしたんだから」
ヴィジュアル系バンドをしているおかげで兄さんは髪を白くしているけれどそれでもそっくりそのまま生き写したかのように似ている。綺麗な瞳も、優しく笑うところも。
「座っていいよ、疲れるだろ」
「そう、だな………。…ぃっ………」
「兄さん!?」
体を曲げた時に痛かったのか顔を顰めた異世界の兄さんに咄嗟に「兄さん」と言ってしまった。すぐに気が付いてごめんと言ったが複雑な気持ちになる。
「……、包帯変えたら?」
「いや、この傷を見たら気分を悪くするだろうから帰ってからにする」
「でも、真っ赤だし」
「………」
観念したのか上着を脱いだ。彼の体は包帯だらけで痛々しい。胴体の傷は止血できているようだったけれど手首と首元は真っ赤になっていた。けがをした時の為に買いためていた包帯を持ってきて、赤く染まった包帯をほどいていく。
「っ………」
「うわ………本当にひどいな。痛そう…」
こんなけがをしていたのに平然と街を歩いていたなんて信じられない。
「相当強い敵がいるんだな」
「………そうだな。軍団長を相手にしたから」
そういえばキネシスという男に会った時に「軍団長」だと因縁を付けられて殴られた覚えがあった。その後違う人だとわかったら説明だけしてどこかに行ったような。異世界の俺は軍団長で悪い奴だとか。軍団長は結構いっぱいいるらしく、彼も何度か敗北しているらしかった。
「あんたでも勝てないのか」
「…軍団長になるにはそれだけの実力が必要だ。彼も相当強かったよ」
「強かった?ってことはやっつけたのか?」
異世界の兄さんはすごいな。そんなボスみたいな敵を倒すなんて。きっと異世界では兄さんはヒーローで皆を助けるいい人なんだろうな。
「……そ、うだな。私が、殺した」
「?なんで倒したのに泣きそうな顔するんだ?」
包帯を巻きなおしてあげた手を見つめながら、今にも泣きそうな顔をしている。軍団長と仲が良かった、とか?それって、まさか。
「デミアン…、やはり私は帰るよ。やらなければならないことは終わっていないから」
「………ねぇ、まさか、倒したのって俺に似てる人、とか…」
「……!何故それを………」
ああやっぱりそうだ。兄さんが正義の味方なら悪の軍団長を倒す。だから俺も………。
「………。そうだ。私の弟は、私が」
「その時の俺、どんな気持ちだったんだろ」
「「終わらせてほしい」そう言っていた。辛い別れではあったけれど、私は間違ってはいないと、思いたい」
やっとわかった。兄さんがなんでここに来たのか。世界の異変を解決に来たらしい兄さんがそれが終わったのにもかかわらずまたここに来た理由が。
「“俺”に会いたかったのか」
「……。デミアン………」
震えた声にハッとして見上げた瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。拳をぎゅっと握ったまま黙り込む“兄さん”は今の俺によく似ている。
「分かっている。君は彼じゃない。私の弟ではない………」
「ねぇ、今だけ兄さんって呼んでもいい?」
「っ!デミアっ………」
なんにも変わらないかもしれない。余計に辛くなるかもしれない。俺も、兄さんも。それでも、いま、わがままな気持ちが、止まらない。
「兄さん、今日は俺も疲れたから一緒に寝よう。二人にはこのベッドは狭いけど」
「………、あぁ、君がいいなら」
「デミアンって、呼んでよ」
心に巻く包帯は持ち合わせていない。それでも今はちょっとだけ痛くない。それが異世界の「幻」だとしても、これが夢だとしても。
「デミアン…、君もケガには気を付けないといけない」
指に巻いてある包帯を撫でながら兄さんは微笑んだ。涙で濡れているし、赤くなっているけれどその顔はとてもやさしかった。
「兄さんには言われたくない!」
「はは………、そうかもしれない」
「うわっ…!?」
指を隠して照れ隠しに怒ってみたら兄さんは俺をぎゅっと抱きしめて布団をかぶる。恥ずかしさで赤面しながらどうしたものかと目を逸らしていたら静かに寝息が聞こえる。
「に、いさん?」
何度か目を開きそうになったがそのまま眠ってしまった。睫はかなり濡れていて呼吸も少しだけぎこちない。それでも起きない兄さんはかなり疲れていたのだろう。羽もくったりと下に下がっていて力が抜けているのだとわかる。
「おやすみ、兄さん。好き………」
少しだけ俺の視界も揺れて涙が零れ落ちた。目を閉じると温もりが眠りにいざなってくれた。ああ、どうか、朝が来ませんように。
明日、帰ってしまいませんように。
「じゃあ、あんたの名前も「デーモン」であんたの弟も「デミアン」なんだ?」
「そうだな。他の人もあちらの世界で見たことがある人は沢山いる」
ドッペルゲンガーってやつかな。にわかには信じがたいけど羽が生えているのは間違いないし、飛んでいるところも見た。異世界の兄さんはどうやら戦士のようなものらしい。モンスターを何千匹も倒している、とか何百年も生きているとか面白い話をしてくれる。時々いなくなってどこを探しても見当たらなくなってしまうことがあるしきっと噓なんてついていない。
そんな不思議な出会いをしてから数年がたった。俺は卒業してアマチュアバンドとしてデビューした。まだファンが少ないバンドだけれど兄さんに追い付くにはこんな経験も必要なはずだ。バイト詰めで休むこともできないくらい疲れ果てていた時、また街で彼を見かけた。へとへとな俺と同じくらい疲れた顔をしている彼は慣れない手つきでスマホを弄りながら誰かと連絡を取っている。
「………、久しぶり」
何となく声をかけると大袈裟なくらいびっくりして跳ね上がった。
「あ、ああ………君か………。学校はいいのか?」
「何言ってるんだあんた、もう卒業してるよ」
寝ぼけているのかと思ったけれど異世界には学校が少なくて良く分からないのだと苦笑していた。異世界とここは時間の感覚もちょっと違うらしくて、他意はなかったようだ。
「もう暗いから帰った方がいい。私も元の世界に帰らないと」
「子ども扱いするな!これでも一人暮らしなんだぞ!」
「なら尚更危険だ。さぁ、帰ろう」
異世界の兄さんは微笑んで俺を優しく押す。微笑む顔にはクマがあって、ちらりと見えた首元には赤く滲んだ包帯が見えた。よく見たら体中擦り傷だらけで、包帯もところどころに見える。それはとても痛そうだった。
「あんたの世界とは違ってモンスターは居ないから平気だ!……それより、体、大丈夫か?」
「え、………あ、ああ……これ、か。そんなに深い傷でもないんだ。私は強いから問題ないよ」
問題ないと言って隠した手首は震えている。包帯は赤いし、止血だって終わってないのかもしれない。どれだけ強い戦士だからって放っておくわけにはいかない傷に見えるのに異世界の兄さんは無理に笑顔を作って隠していた。
「絶対痛い、だろ。俺の家、誰も居ないから………。ちょっと休んでいったら?あっちの世界にいったらまた傷が増えるんじゃないのか?」
「デミア………。い、いや大丈夫だ。君に迷惑はかけられない」
「痛々しい姿で無理される方が迷惑。…ここからバスで一駅だから」
困惑する異世界の兄さんを引っ張ってバス停に向かう。重い鈍器を振り回すくらい力のある男が俺を振り払えないはずはないのに異世界の兄さんは逃げなかった。俺が掴んだ腕にもそんなに力が入っているわけではなくて付いてこない訳でもなかった。
「………」
困り顔で沈黙した彼をちらっと見てからバスに乗り込む。逃げられるか、と一瞬不安になったけれど少し間をおいて、乗り込んできた。そのまま俺の隣に座る。
俺が睨みつけていたせいか、彼は一言も話さなかった。いつもは短いバスの乗車時間がやけに長くて、気まずくて、ギターを抱える体勢で顔を隠した。窓の外を見ている異世界の兄さんはどこか儚げで、寂しそうだった。向こうの世界でも俺の家族はバラバラになってしまっているらしいから、仕方がないことなのかもしれないけれど少し心が痛くなる。バスから降りた時にはさっきの微笑みを浮かべた彼に戻っていた。
「すぐ近く、歩いて3分くらい」
「そうか、移動には困らないんだな」
バスがとても便利なものだと兄さんは言うけど俺にはその背中に生えている翼の方がきっと便利だと思う。自由にどこにでも行けるだろうし、待ち時間もない。
「まぁ、遠くに行かないなら結構便利だよ」
初めてかもしれない。人と一緒に帰るのは。仲のいいベルルムは反対方面だし、バンバンもブラッディもピエールも電車帰りで帰り道を一緒に帰ることはない。いつもバイトだらけな俺は友達を家に呼ぶこともなかったから、きっと今日が初めて。
「ここの三階。エレベーターはあっち」
羽を小さく畳んで細い通路を歩く姿はちょっとだけかわいらしく見えた。広いところでは広げていたほうが楽なんだろうけど、こういう場所は邪魔になるのか。じゃあ、寝るときは、どうするんだろう?
「ここか?」
立ち止まったところでそうだよと答えて鍵を開けた。
「汚いかもしれないけど、休むには十分だろ?」
電気をつけて中に入る。一人暮らしにはちょうどいいワンルームの部屋には憧れの兄さんのバンドのポスターが所狭しと貼ってあって、キターとアンプを部屋の隅に置いて趣味的な空間を作ってあった。
「本当に私にそっくりだな」
「そうだろ?びっくりしたんだから」
ヴィジュアル系バンドをしているおかげで兄さんは髪を白くしているけれどそれでもそっくりそのまま生き写したかのように似ている。綺麗な瞳も、優しく笑うところも。
「座っていいよ、疲れるだろ」
「そう、だな………。…ぃっ………」
「兄さん!?」
体を曲げた時に痛かったのか顔を顰めた異世界の兄さんに咄嗟に「兄さん」と言ってしまった。すぐに気が付いてごめんと言ったが複雑な気持ちになる。
「……、包帯変えたら?」
「いや、この傷を見たら気分を悪くするだろうから帰ってからにする」
「でも、真っ赤だし」
「………」
観念したのか上着を脱いだ。彼の体は包帯だらけで痛々しい。胴体の傷は止血できているようだったけれど手首と首元は真っ赤になっていた。けがをした時の為に買いためていた包帯を持ってきて、赤く染まった包帯をほどいていく。
「っ………」
「うわ………本当にひどいな。痛そう…」
こんなけがをしていたのに平然と街を歩いていたなんて信じられない。
「相当強い敵がいるんだな」
「………そうだな。軍団長を相手にしたから」
そういえばキネシスという男に会った時に「軍団長」だと因縁を付けられて殴られた覚えがあった。その後違う人だとわかったら説明だけしてどこかに行ったような。異世界の俺は軍団長で悪い奴だとか。軍団長は結構いっぱいいるらしく、彼も何度か敗北しているらしかった。
「あんたでも勝てないのか」
「…軍団長になるにはそれだけの実力が必要だ。彼も相当強かったよ」
「強かった?ってことはやっつけたのか?」
異世界の兄さんはすごいな。そんなボスみたいな敵を倒すなんて。きっと異世界では兄さんはヒーローで皆を助けるいい人なんだろうな。
「……そ、うだな。私が、殺した」
「?なんで倒したのに泣きそうな顔するんだ?」
包帯を巻きなおしてあげた手を見つめながら、今にも泣きそうな顔をしている。軍団長と仲が良かった、とか?それって、まさか。
「デミアン…、やはり私は帰るよ。やらなければならないことは終わっていないから」
「………ねぇ、まさか、倒したのって俺に似てる人、とか…」
「……!何故それを………」
ああやっぱりそうだ。兄さんが正義の味方なら悪の軍団長を倒す。だから俺も………。
「………。そうだ。私の弟は、私が」
「その時の俺、どんな気持ちだったんだろ」
「「終わらせてほしい」そう言っていた。辛い別れではあったけれど、私は間違ってはいないと、思いたい」
やっとわかった。兄さんがなんでここに来たのか。世界の異変を解決に来たらしい兄さんがそれが終わったのにもかかわらずまたここに来た理由が。
「“俺”に会いたかったのか」
「……。デミアン………」
震えた声にハッとして見上げた瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。拳をぎゅっと握ったまま黙り込む“兄さん”は今の俺によく似ている。
「分かっている。君は彼じゃない。私の弟ではない………」
「ねぇ、今だけ兄さんって呼んでもいい?」
「っ!デミアっ………」
なんにも変わらないかもしれない。余計に辛くなるかもしれない。俺も、兄さんも。それでも、いま、わがままな気持ちが、止まらない。
「兄さん、今日は俺も疲れたから一緒に寝よう。二人にはこのベッドは狭いけど」
「………、あぁ、君がいいなら」
「デミアンって、呼んでよ」
心に巻く包帯は持ち合わせていない。それでも今はちょっとだけ痛くない。それが異世界の「幻」だとしても、これが夢だとしても。
「デミアン…、君もケガには気を付けないといけない」
指に巻いてある包帯を撫でながら兄さんは微笑んだ。涙で濡れているし、赤くなっているけれどその顔はとてもやさしかった。
「兄さんには言われたくない!」
「はは………、そうかもしれない」
「うわっ…!?」
指を隠して照れ隠しに怒ってみたら兄さんは俺をぎゅっと抱きしめて布団をかぶる。恥ずかしさで赤面しながらどうしたものかと目を逸らしていたら静かに寝息が聞こえる。
「に、いさん?」
何度か目を開きそうになったがそのまま眠ってしまった。睫はかなり濡れていて呼吸も少しだけぎこちない。それでも起きない兄さんはかなり疲れていたのだろう。羽もくったりと下に下がっていて力が抜けているのだとわかる。
「おやすみ、兄さん。好き………」
少しだけ俺の視界も揺れて涙が零れ落ちた。目を閉じると温もりが眠りにいざなってくれた。ああ、どうか、朝が来ませんように。
明日、帰ってしまいませんように。