一章
この世界には大きく分けて三つの種族がある。人間、獣、魔族だ。各種族が別の勢力圏内で活動することが多く昔から生活圏を隔てて生きてきた。その関係性が変わり始めたのは私が幼いころだ。
それは「伝承」が影響している。あまりにも関わらず生きてきた種族間の溝は深く、いつしか恐れるようになっていたのだろう。人は獣と魔族を恐れ、宗教を作り上げた。その過程で魔族は邪悪で害のあるもという認識が広まってしまったのだ。短命でありながら社会性の高い人間は噂や伝承を書に記して生きている。それが事実だと信じてしまえば魔族は敵へと成り上がる。
理不尽だ、そう思うかもしれない。しかし私はその光景を見て育ったのだ。悲しい現実に嘆くほかない。その上嘆かわしいことに噂を訂正することもできないまま数百年の時が過ぎた影響で今は空前の「勇者ブーム」なのだ。
魔族が拠点とする大陸の中央に位置する大国、グランパドス王国は人間には「魔王国」と呼ばれているらしく、そこの長である「魔王」がこの世界の諸悪の根源だというのである。その魔王を倒すため人間の国では国王公認の「勇者」を送り出し魔族の根絶及び魔王の討伐をもくろんでいるというのだ。
そしてグランパドス王国の国王はこの私、エストラム=ノエル=サタナスである。「民に優しい政策を」をモットーに常に誠実に生きてきた先が濡れ絹を被せられた魔王だというのはあまりにも虚しい。今は何とか和解しようと政策を練っている所だ。各地で勇者による無差別な殺虐が行われていて国内の情勢もよろしくない。何度も攻め入る為私が相手をしなければならないような状況になることだってある。その過程で優秀な部下も失い立て直しだけで精一杯…。というのが我が国の現状だ。
そんな中あまりにも変わっていて個性的な勇者が度々私を訪ねてくるようになった。迫りくる勇者にサーベルを構え強く睨みつけたというのに彼が発した言葉は「お小遣い頂戴♡」だったのだ。
彼の名はイグナーツ・ヴォイテク。国公認の勇者で盗賊、アサシンをしているらしい。元々なれなれしい男ではあったのだが最近は度を越している。口を開けば「魔王ちゃん魔王ちゃん」と付きまとわれるわれるくらいだ。そんな彼であっても、私は捨て置くことは出来なかった。
「魔王ちゃんどこ見てるのさ」
短命で非力な人類は私たち魔族にとって理解しがたいモノでありながらそれはとても美しく見える。非力ながらも団結し抗う姿は儚い美しさに憧れ、そして。
「私たちは君たちのように短命ではない。だから毎日汗水たらして生きている必要もない」
窓の外は快晴。肌が焼ける気がしてならない。疲労感も相まって集中力を欠いているようだ。そろそろ寝なければならない。
「なにそれ嫌味?」
笑う口元に光る金属が目にまぶしい。そっとカーテンを閉めて上着を脱いだ。単純に言ってとてつもなく眠い。もう7時だ、眩しすぎて目も開けられない。
「どうだろうな」
太陽の光が生命の源であるというなら生命を逸脱した存在には毒になるということでもある。私はヴァンパイア。日の光はとても苦手だ。浴び続けていたら焼け焦げるわけではないと言っても私には不要なものであると思う。
「あ~眠いのか。今朝だし」
人間であるイグナーツはよくわからないようだ。暗くなれば眠る、それが人間なのだろう。笑顔で笑うイグナーツに一種の憧れの様なものを抱いた。光の溢れるところで見る景色はきっと綺麗なのだろうと。
「朝日が昇れば眠るのが私達だからな」
朝日の匂いが残った純白のシーツに腰掛けた。たまにはここで眠るのも悪くないと思った。
「あ、エスちゃそ寝るの?な、ならさ………俺も一緒に………いいだろ?」
「君にとっては起きる時間だろう?寝たばかりなのに寝ていては怠け者だぞ」
身を寄せてゆっくりともたれかかってくる。それに押されて横になる。また蜜を舐めに来たのか、懲りない男めと心の中で揶揄って見せた。そういう私も性別に拘りはない。昔は女性と婚姻していたが今となっては性別も種族も気にしたことなんてない。しかし今日は眠りたいのだ。
「いいの!添い寝したいの!!魔王ちゃんは確かに体温低くて冷たいけどさ!」
「そうか、まぁいい。お前は温かいからな」
何といってもイグナーツに敵意は無い。無論ここまでやってくる中で魔族を殺虐していることに違いはないのだろうが。ただそれも前の話。今では裏道を抜けてここまでやってくるようだ。その目的は魔王暗殺ではなくどうやら私自身…と金らしい。元は脅威だと思っていたこともあり金を差し出して引いてもらっていたが最近は体で代金を払わせてから帰らせることもある。ソレにイグナーツは虜になっているようだ。求めるように腰を寄せてくるイグナーツを軽くあしらって目を閉じた。
「魔王ちゃんは再婚しないの………?」
「………なんだ、急に」
うとうととし始めたころ小さい声で聞こえる。魔王もまた聞こえるかどうかわからない小さい声で答える。
「………するかしないかで言えば………分からない。それだけ素敵な人がいればな………。すぐには………ないだろうな………」
眠いながら言葉を紡いだ。要件だけを伝えるように。
「そっか………うん、そうだよね………。お休みエスちゃん…」
ああ、お休みDrahá osoba。次はいい話でもしてやろう。
雨が降り続く音を聞きながら薄暗い部屋の中で報告書に目を通していた。
『北門護衛隊長 報告書№1129
下記の通り新人歓迎会を行いましたので、ご報告申し上げます。
1.名称 北門護衛隊第二班新人歓迎会
2.日程 4522年6月22日
3.場所 グランパドス王国北連合会議場
・…
・……
・………
以上です。
読み終わりましたでしょうか?エストラム様。よろしければ火に焼いてください』
『慈愛の天使』からの報告書のようだ。彼の報告書にはいつも最後に「よろしければ火に焼いてください」と書かれている。これは燃やせと言うのではなく炙ると勇者襲撃の被害報告書になるという意味なのである。
『剣を握った青年、赤い杖の少女、青い短刀の青年により三名が負傷。一名が拉致。一名が行方不明。幸い負傷者の傷は浅く命に別状はありません。また勇者と思われる人間三名のうち剣術を得意とする青年を捕虜として捕らえました。また状況に変化がありましたら報告いたします。お体に気を付けて
egrḗgoroi』
北はまだましだと思っていたが日に日に被害が出てきているようだ。しかし優秀な彼のことだ王宮を離れてからも腕は鈍っていないだろう。そこまで心配いらないか。心配事があるとするなら『捕虜』に私情を持ち込んでいないか………だけだな。
「そうだろうな。何の用だ?」
「分かってるくせに~賄賂くだしゃい!」
隠す必要もないと言わんばかりに大きな声で言うのだ。小遣いなのか賄賂なのか………議論は起こりそうではあるが、それはそれで構わん。
「わかった。これをやるから帰ってくれ」
「うひょ~たすかる~」
勇者は舞い上がってぴょんぴょんと跳ねている。まるで子供の様だ。いや、まだ若いからなのだろうか?
「早く帰れ、これから忙しいのだ。君にいてもらっては困る」
そう言い放つとはいはいとすぐに出ていく。私物は置いたままでその金品と腕に縛られた短剣だけを持って。
いつもこれくらい早く帰ってくれるといいのだがな………と思いながら見送った。すると閉まった扉がまた開く。
「また帰らせたんですか?魔王様………。そろそろ帰らせる前に拷問の一つや二つ………」
セバスティアーノは目くじらを立てている。そういうことをしない私に不満があるのだろう。
「ああ、帰らせた。次は人間の国で作れる薬を山のように買って来いと言っておいた」
「つまり交易の代行ということで?」
今は悪魔撲滅運動が各地で起こっているため人間の里には近づけない。その為に利用しているともいうかもしれない。
「だとしても彼はチャラチャラしてるしやめておいたら?」
信用ならないのか。セバスティアーノは心配性だな。
「もし裏切ったら私自身で責任を取る、セバスティアーノは気にするな
立ち上がって部屋を後にする魔王を見送った後奥の乱れたベッドを見てセバスティアーノは悟ったがそれに気が付いたことで余計に止められない。
あの人間がお気に入りか………。
「利害の一致………にしては魔王様…楽しんでらっしゃいますねぇ………」
禁断の恋?笑わせないでくれ、それで傷つくのは貴方でしょう?エストラム………。賄賂なのかお小遣いなのか………。さてはて。
それは「伝承」が影響している。あまりにも関わらず生きてきた種族間の溝は深く、いつしか恐れるようになっていたのだろう。人は獣と魔族を恐れ、宗教を作り上げた。その過程で魔族は邪悪で害のあるもという認識が広まってしまったのだ。短命でありながら社会性の高い人間は噂や伝承を書に記して生きている。それが事実だと信じてしまえば魔族は敵へと成り上がる。
理不尽だ、そう思うかもしれない。しかし私はその光景を見て育ったのだ。悲しい現実に嘆くほかない。その上嘆かわしいことに噂を訂正することもできないまま数百年の時が過ぎた影響で今は空前の「勇者ブーム」なのだ。
魔族が拠点とする大陸の中央に位置する大国、グランパドス王国は人間には「魔王国」と呼ばれているらしく、そこの長である「魔王」がこの世界の諸悪の根源だというのである。その魔王を倒すため人間の国では国王公認の「勇者」を送り出し魔族の根絶及び魔王の討伐をもくろんでいるというのだ。
そしてグランパドス王国の国王はこの私、エストラム=ノエル=サタナスである。「民に優しい政策を」をモットーに常に誠実に生きてきた先が濡れ絹を被せられた魔王だというのはあまりにも虚しい。今は何とか和解しようと政策を練っている所だ。各地で勇者による無差別な殺虐が行われていて国内の情勢もよろしくない。何度も攻め入る為私が相手をしなければならないような状況になることだってある。その過程で優秀な部下も失い立て直しだけで精一杯…。というのが我が国の現状だ。
そんな中あまりにも変わっていて個性的な勇者が度々私を訪ねてくるようになった。迫りくる勇者にサーベルを構え強く睨みつけたというのに彼が発した言葉は「お小遣い頂戴♡」だったのだ。
彼の名はイグナーツ・ヴォイテク。国公認の勇者で盗賊、アサシンをしているらしい。元々なれなれしい男ではあったのだが最近は度を越している。口を開けば「魔王ちゃん魔王ちゃん」と付きまとわれるわれるくらいだ。そんな彼であっても、私は捨て置くことは出来なかった。
「魔王ちゃんどこ見てるのさ」
短命で非力な人類は私たち魔族にとって理解しがたいモノでありながらそれはとても美しく見える。非力ながらも団結し抗う姿は儚い美しさに憧れ、そして。
「私たちは君たちのように短命ではない。だから毎日汗水たらして生きている必要もない」
窓の外は快晴。肌が焼ける気がしてならない。疲労感も相まって集中力を欠いているようだ。そろそろ寝なければならない。
「なにそれ嫌味?」
笑う口元に光る金属が目にまぶしい。そっとカーテンを閉めて上着を脱いだ。単純に言ってとてつもなく眠い。もう7時だ、眩しすぎて目も開けられない。
「どうだろうな」
太陽の光が生命の源であるというなら生命を逸脱した存在には毒になるということでもある。私はヴァンパイア。日の光はとても苦手だ。浴び続けていたら焼け焦げるわけではないと言っても私には不要なものであると思う。
「あ~眠いのか。今朝だし」
人間であるイグナーツはよくわからないようだ。暗くなれば眠る、それが人間なのだろう。笑顔で笑うイグナーツに一種の憧れの様なものを抱いた。光の溢れるところで見る景色はきっと綺麗なのだろうと。
「朝日が昇れば眠るのが私達だからな」
朝日の匂いが残った純白のシーツに腰掛けた。たまにはここで眠るのも悪くないと思った。
「あ、エスちゃそ寝るの?な、ならさ………俺も一緒に………いいだろ?」
「君にとっては起きる時間だろう?寝たばかりなのに寝ていては怠け者だぞ」
身を寄せてゆっくりともたれかかってくる。それに押されて横になる。また蜜を舐めに来たのか、懲りない男めと心の中で揶揄って見せた。そういう私も性別に拘りはない。昔は女性と婚姻していたが今となっては性別も種族も気にしたことなんてない。しかし今日は眠りたいのだ。
「いいの!添い寝したいの!!魔王ちゃんは確かに体温低くて冷たいけどさ!」
「そうか、まぁいい。お前は温かいからな」
何といってもイグナーツに敵意は無い。無論ここまでやってくる中で魔族を殺虐していることに違いはないのだろうが。ただそれも前の話。今では裏道を抜けてここまでやってくるようだ。その目的は魔王暗殺ではなくどうやら私自身…と金らしい。元は脅威だと思っていたこともあり金を差し出して引いてもらっていたが最近は体で代金を払わせてから帰らせることもある。ソレにイグナーツは虜になっているようだ。求めるように腰を寄せてくるイグナーツを軽くあしらって目を閉じた。
「魔王ちゃんは再婚しないの………?」
「………なんだ、急に」
うとうととし始めたころ小さい声で聞こえる。魔王もまた聞こえるかどうかわからない小さい声で答える。
「………するかしないかで言えば………分からない。それだけ素敵な人がいればな………。すぐには………ないだろうな………」
眠いながら言葉を紡いだ。要件だけを伝えるように。
「そっか………うん、そうだよね………。お休みエスちゃん…」
ああ、お休みDrahá osoba。次はいい話でもしてやろう。
雨が降り続く音を聞きながら薄暗い部屋の中で報告書に目を通していた。
『北門護衛隊長 報告書№1129
下記の通り新人歓迎会を行いましたので、ご報告申し上げます。
1.名称 北門護衛隊第二班新人歓迎会
2.日程 4522年6月22日
3.場所 グランパドス王国北連合会議場
・…
・……
・………
以上です。
読み終わりましたでしょうか?エストラム様。よろしければ火に焼いてください』
『慈愛の天使』からの報告書のようだ。彼の報告書にはいつも最後に「よろしければ火に焼いてください」と書かれている。これは燃やせと言うのではなく炙ると勇者襲撃の被害報告書になるという意味なのである。
『剣を握った青年、赤い杖の少女、青い短刀の青年により三名が負傷。一名が拉致。一名が行方不明。幸い負傷者の傷は浅く命に別状はありません。また勇者と思われる人間三名のうち剣術を得意とする青年を捕虜として捕らえました。また状況に変化がありましたら報告いたします。お体に気を付けて
egrḗgoroi』
北はまだましだと思っていたが日に日に被害が出てきているようだ。しかし優秀な彼のことだ王宮を離れてからも腕は鈍っていないだろう。そこまで心配いらないか。心配事があるとするなら『捕虜』に私情を持ち込んでいないか………だけだな。
「そうだろうな。何の用だ?」
「分かってるくせに~賄賂くだしゃい!」
隠す必要もないと言わんばかりに大きな声で言うのだ。小遣いなのか賄賂なのか………議論は起こりそうではあるが、それはそれで構わん。
「わかった。これをやるから帰ってくれ」
「うひょ~たすかる~」
勇者は舞い上がってぴょんぴょんと跳ねている。まるで子供の様だ。いや、まだ若いからなのだろうか?
「早く帰れ、これから忙しいのだ。君にいてもらっては困る」
そう言い放つとはいはいとすぐに出ていく。私物は置いたままでその金品と腕に縛られた短剣だけを持って。
いつもこれくらい早く帰ってくれるといいのだがな………と思いながら見送った。すると閉まった扉がまた開く。
「また帰らせたんですか?魔王様………。そろそろ帰らせる前に拷問の一つや二つ………」
セバスティアーノは目くじらを立てている。そういうことをしない私に不満があるのだろう。
「ああ、帰らせた。次は人間の国で作れる薬を山のように買って来いと言っておいた」
「つまり交易の代行ということで?」
今は悪魔撲滅運動が各地で起こっているため人間の里には近づけない。その為に利用しているともいうかもしれない。
「だとしても彼はチャラチャラしてるしやめておいたら?」
信用ならないのか。セバスティアーノは心配性だな。
「もし裏切ったら私自身で責任を取る、セバスティアーノは気にするな
立ち上がって部屋を後にする魔王を見送った後奥の乱れたベッドを見てセバスティアーノは悟ったがそれに気が付いたことで余計に止められない。
あの人間がお気に入りか………。
「利害の一致………にしては魔王様…楽しんでらっしゃいますねぇ………」
禁断の恋?笑わせないでくれ、それで傷つくのは貴方でしょう?エストラム………。賄賂なのかお小遣いなのか………。さてはて。
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