制作放棄まとめ
───初めは、気の迷いだった。余りにも寂しいから、互いに慰めるものが欲しかった。ただ、言葉もなく悲しみをまとった感情を慰めるだけの時間。強く手を握りあって抱き合ったとしても、互いに思う人は違う。全く似ていない人の顔を思い浮かべながら、全てを忘れて、今日もファントムと夜を過ごした。それは官能以外得られない時間。なんの為にこうしているのか、今は思い出せない。
いつからか決まった曜日にクリスタルガーデンに出向くようになっていた。初めは呼ばれた日だけ向かっていたが、暗黙の了解のように誘いは減り、日課のようになっている。殆ど会話もしないまま寝台に沈みこんで互いを貪るだけ。「愛」という字は見当たらなかった。仲間達と集まる日には何事もなかったかのように接してくる。全てを忘れてしまったかのように。私は何を求めて彼に会いに行っているのかその目的すら見失い、最近は無気力になってきている。
「……………」
いつものように寝室に向かい、帯を緩めた。今日も私は乱される。声を抑えて目を閉じながら与えられるだけの時間は、最近こそよかったものの今では苦痛になってきて気が進まない。もう少し美しい人ならばアリアを思い浮かべるのに十分なのだろうがそれが私であると思うと申し訳なくなる。こんな汚れた私では、満足できないだろうに。
「隠月…」
ベッドに横たわったファントムが腕の横をぽんぽんっと叩く。ああ、呼ばれている。拒否したならこの関係をバラされるかもしれないと恐れる私は、嫌だとしてもそこに向かうしか無かった。官能が嫌いなのではないが彼にされるのは酷く虚しく、切ないのだ。彼はアリアを思っているに違いないのだから私を求めるその腕は偽りに過ぎない。分かっていても苦しくなってしまう。その関係を受け入れたのは紛れもなく私なのに私がその関係を断ち切りたくなって、心がもがいている。
「ファントム………、今日は…………」
やめよう、そう言いたかった。しかし見つめられてしまって言い出せない。私が自分で始めたこと。私が逃げるなんて、そんなこと許されるはずがない。
「なんだ?」
「いいや、なんでもない」
苦しさは一層増していき呼吸さえも危うくなった。私はきっと否定されたくないのだ。私は逃げてしまえば私を二度と求めてはくれないだろう。私を必要としてくれる存在が、欲しいだけなのかもしれない。そんな愚かさを呪うしかない。元々手を伸ばしたものが間違っているのだと思いたくない自分と、幸せだと思いたい自分がいて、崩れていく。
「そんな顔して寝るつもりなのか?」
「…、すまない。嫌なら後ろを向いているから」
感情が顔に出てしまっていたらしく、ファントムが不快そうに私を見る。溜息をついたファントムはどう見ても乗り気ではない。ああ、やってしまった。
「仮にも抱き合うんだからそんな顔されるとなぁ…」
「すまない。本当に…。嫌なのではなくて………」
急いで取り繕ったとしても意味がないことくらい分かっている。空気が重い。少し動けばギィとスプリングが音を立てる。ファントムが投げたカードがスイッチを動かして電気を消した。サイドテーブルの橙色の光だけが二人を照らす。電気を消すときはいつも私を抱く時だ。唇を噛んで覚悟を決めようとした時すっと抱きしめられて耳元で囁かれる。
「何かあったのか?」
それはあまりに意外な言葉だった。私は今、心配されたのか?驚きが隠せなくて返答に困った。体だけの関係を続けてきた私を心配してくれているというのか。それが冗談であるのか、本気なのか確かめようにも薄暗い部屋の少しの光で出来た影がファントムの目元を隠していて、表情が見て取れない。しかし口元は笑っておらず、馬鹿にされたわけではなさそうだ。もしこれが彼の優しさだとしたら傷だらけの心に優しさが沁みるようで痛い。
「………、な、何も…」
不意を突かれたせいでまともな回答が出来なかった。こんな心境の時に優しい言葉を聞いたら言い訳すら用意できない。ふわりと髪を撫でられて頬に口付けを落とされた。夢を見ているかのような光景を見ている。これではまるで恋人のようだ。
「何もないなら泣いたりしないだろ?」
「えっ………?」
目元を撫でられて初めて目が潤んでいることに気が付いた。摩擦を感じないほど目元は濡れているのだろう。あまりにも滑らかに滑った指はそのまま頬を撫でた。指先が涙を塗り広げるように肌を滑って、ふわりと包み込まれた。あまりに優しいその動きが私の不安を掻き立てた。
「ファントム…、君は………」
その瞳には何が写っているんだ。私か、それとも君の愛しい人か。これは遊びなのか、いや悪ふざけなのかもしれない。乱れ始めた心は自ら棘を作り出して自分を苦しめていく。何も考えなければいいのに。
「………おやすみ」
サイドテーブルの電気を消してファントムが背を向けて横たわる。普段なら行為が終わった後私が二つ隣の部屋に行って眠る。ファントムが横に眠ることなど初めてだ。こういう時はどうしたらいいのだろうか。肌には確かに温もりが触れているというのにここは寒くて暗くて孤独だ。結局夜に取り残されて息苦しいのは変わらないのか。
心は自分では制御できないこともある。夜の静けさは都合のいい時だけ自分を安らかにするけれど、孤独と混ざり合えば凶器にもなる。そう、今私の心がそうであるように。今日の夜も長いんだ。
目が覚めると私はいつもの別室に居た。夢だったのだろうかとぼんやりと思いながらサイドテーブルに目を向けると箔押しの豪華なメッセージカードが置いてある。『出ていくときはアルフレッドに一言かけてから』それ以上の文字は書いていない。かなり慌てた走り書きのように見えるから今日はファントムに用事があったんだろう。悪いことをしてしまったかもしれない。
いつからか決まった曜日にクリスタルガーデンに出向くようになっていた。初めは呼ばれた日だけ向かっていたが、暗黙の了解のように誘いは減り、日課のようになっている。殆ど会話もしないまま寝台に沈みこんで互いを貪るだけ。「愛」という字は見当たらなかった。仲間達と集まる日には何事もなかったかのように接してくる。全てを忘れてしまったかのように。私は何を求めて彼に会いに行っているのかその目的すら見失い、最近は無気力になってきている。
「……………」
いつものように寝室に向かい、帯を緩めた。今日も私は乱される。声を抑えて目を閉じながら与えられるだけの時間は、最近こそよかったものの今では苦痛になってきて気が進まない。もう少し美しい人ならばアリアを思い浮かべるのに十分なのだろうがそれが私であると思うと申し訳なくなる。こんな汚れた私では、満足できないだろうに。
「隠月…」
ベッドに横たわったファントムが腕の横をぽんぽんっと叩く。ああ、呼ばれている。拒否したならこの関係をバラされるかもしれないと恐れる私は、嫌だとしてもそこに向かうしか無かった。官能が嫌いなのではないが彼にされるのは酷く虚しく、切ないのだ。彼はアリアを思っているに違いないのだから私を求めるその腕は偽りに過ぎない。分かっていても苦しくなってしまう。その関係を受け入れたのは紛れもなく私なのに私がその関係を断ち切りたくなって、心がもがいている。
「ファントム………、今日は…………」
やめよう、そう言いたかった。しかし見つめられてしまって言い出せない。私が自分で始めたこと。私が逃げるなんて、そんなこと許されるはずがない。
「なんだ?」
「いいや、なんでもない」
苦しさは一層増していき呼吸さえも危うくなった。私はきっと否定されたくないのだ。私は逃げてしまえば私を二度と求めてはくれないだろう。私を必要としてくれる存在が、欲しいだけなのかもしれない。そんな愚かさを呪うしかない。元々手を伸ばしたものが間違っているのだと思いたくない自分と、幸せだと思いたい自分がいて、崩れていく。
「そんな顔して寝るつもりなのか?」
「…、すまない。嫌なら後ろを向いているから」
感情が顔に出てしまっていたらしく、ファントムが不快そうに私を見る。溜息をついたファントムはどう見ても乗り気ではない。ああ、やってしまった。
「仮にも抱き合うんだからそんな顔されるとなぁ…」
「すまない。本当に…。嫌なのではなくて………」
急いで取り繕ったとしても意味がないことくらい分かっている。空気が重い。少し動けばギィとスプリングが音を立てる。ファントムが投げたカードがスイッチを動かして電気を消した。サイドテーブルの橙色の光だけが二人を照らす。電気を消すときはいつも私を抱く時だ。唇を噛んで覚悟を決めようとした時すっと抱きしめられて耳元で囁かれる。
「何かあったのか?」
それはあまりに意外な言葉だった。私は今、心配されたのか?驚きが隠せなくて返答に困った。体だけの関係を続けてきた私を心配してくれているというのか。それが冗談であるのか、本気なのか確かめようにも薄暗い部屋の少しの光で出来た影がファントムの目元を隠していて、表情が見て取れない。しかし口元は笑っておらず、馬鹿にされたわけではなさそうだ。もしこれが彼の優しさだとしたら傷だらけの心に優しさが沁みるようで痛い。
「………、な、何も…」
不意を突かれたせいでまともな回答が出来なかった。こんな心境の時に優しい言葉を聞いたら言い訳すら用意できない。ふわりと髪を撫でられて頬に口付けを落とされた。夢を見ているかのような光景を見ている。これではまるで恋人のようだ。
「何もないなら泣いたりしないだろ?」
「えっ………?」
目元を撫でられて初めて目が潤んでいることに気が付いた。摩擦を感じないほど目元は濡れているのだろう。あまりにも滑らかに滑った指はそのまま頬を撫でた。指先が涙を塗り広げるように肌を滑って、ふわりと包み込まれた。あまりに優しいその動きが私の不安を掻き立てた。
「ファントム…、君は………」
その瞳には何が写っているんだ。私か、それとも君の愛しい人か。これは遊びなのか、いや悪ふざけなのかもしれない。乱れ始めた心は自ら棘を作り出して自分を苦しめていく。何も考えなければいいのに。
「………おやすみ」
サイドテーブルの電気を消してファントムが背を向けて横たわる。普段なら行為が終わった後私が二つ隣の部屋に行って眠る。ファントムが横に眠ることなど初めてだ。こういう時はどうしたらいいのだろうか。肌には確かに温もりが触れているというのにここは寒くて暗くて孤独だ。結局夜に取り残されて息苦しいのは変わらないのか。
心は自分では制御できないこともある。夜の静けさは都合のいい時だけ自分を安らかにするけれど、孤独と混ざり合えば凶器にもなる。そう、今私の心がそうであるように。今日の夜も長いんだ。
目が覚めると私はいつもの別室に居た。夢だったのだろうかとぼんやりと思いながらサイドテーブルに目を向けると箔押しの豪華なメッセージカードが置いてある。『出ていくときはアルフレッドに一言かけてから』それ以上の文字は書いていない。かなり慌てた走り書きのように見えるから今日はファントムに用事があったんだろう。悪いことをしてしまったかもしれない。