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ファン隠月

愛していると手を握られたのは嫌ではなかった。私の死ぬ理由がなくなったのだから。不器用な私は愛の返し方も知らないがそれでもファントムが傍に居てくれるというのは嬉しかった。
彼の飛行船「クリスタルガーデン」の彼の私室で彼の体温を感じている。豪華なベッドの上で寝息を立て始めたファントムを眺める。愛しい寝顔だが、私は不安で仕方がなかった。ここ最近はゆっくり眠れたことがない。彼が眠ると必ず私は………………。
「うっ…………」
まただ。ひどい吐き気がする。今日も彼の腕から逃げ出して、洗面台に向かう。吐き気は恐怖心からだった。彼が眠ると途端に沸き起こる感情、それは酷く混沌としている。次目を覚ました時に忘れられていたら、そう思うと胸が締め付けられるように苦しくなる。息が詰まり呼吸ができない。一言『恐怖』と言ってもこの感情は言葉に出来なかった。怖いと辛いと悲しいとそれから拒絶。もっとあるだろう。一気に込み上げて感情が追いつかず吐き出しもしないのに強烈な吐き気へと変わる。
「かはっ………!」
堪えきれずに吐き出した。しかし吐き出したとは言えない。何一つこぼれ落ちない。強いて言うなら苦しさから閉じられない口から滴る唾液くらいである。いっその事、何かを吐き出してしまいたいが私の胸を苦しめる「何か」は恐らく私の体の中にはない。何度も何度も吐き出せない嘔吐を繰り返して呼吸は乱れ切ってしまっている。洗面器に両手をついて鏡を見た。あまりにもひどい顔をしている。昨日より酷い。たっていることすら出来ずその場に崩れ落ちた。なんて情けない姿だろうか。こんな私を見たらファントムが失望しないだろう?どこも綺麗じゃない。こんな私を盗んで行っても価値なんてどこにもなさそうだ。
「っはは…………」
自嘲気味に笑う。立ち上がる力も出ないことが滑稽に見えてきた。私はどうしたらいい。目を閉じれば恐怖に攫われるというのに現状を見ればこの有様で。
涙が溢れてきて、視界が歪む。瞬きと共に雫がこぼれ落ちて床を濡らす。不意に足音が聞こえた。こんな夜中に誰だろうか。
「隠月…………!?」
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