第4章

ーール!

ーーシル!


誰かがカシルを呼んでいる。


「カシル!」
今度ははっきりとカシルの耳に聞こえた。

「…ん」
カシルはゆっくり目を開いていく。

「カシルっ!」
エリレオやナータなど、十数人の兵士達の顔が見えた。


「お前が戻ってこないから心配になってな。どうした?一体何があったのだ?」
エリレオがカシルに質問した。


カシルはこれまでの経緯を説明した。


「何!?アシェドが!?」
エリレオが声を荒げた。

「アイツ…一体何を企んでいるんだ?」
「まさか!相手の軍に着いていたのか?」
「だとしたら、やっかいな奴が敵になったな」
ナータや他の兵士達もアシェドに対して不信感を持つ。


「皆さんすみません。僕が油断してしまったから…」
カシルは、自分を騙したアシェドを責めるのではなく、アシェドに気を許してしまった自分を責めた。

「何を言うのだ。お前は悪くない。まったく…お人好しすぎるぞカシルは」
エリレオは苦笑する。

「確かにな」
エリレオの隣にいたナータも頷いて納得している。


「早くラスレン隊長と合流しなければ…!」
カシルは歩きだそうとするが、足元がふらついた。

「無理をするな、ケガをしてるだろう」
エリレオがカシルを支える。

「水の力よ…」
カシルは残り少ない魔力で自分自身を回復しはじめる。
魔力が足りず、傷を完全に癒すことはできなかったが動けるぐらいにまでは回復した。

「よしみんな!ラスレン隊長の所へ行くぞ!」
ナータが兵達を仕切る。

カシル達が足を進めようとすると…


「ここにいたか」
唐突に男の声がした。

「誰だっ!」
ナータが大声を出して辺りを見回す。

兵士達も武器を構える。

「ここだ」
正面の壁の影から、一人の男が現われた。

(…!?)
カシルは、この男から重苦しい空気を感じ、今まで戦っていた相手とは強さが格段に違うのではないかと思った。

「フフフフフ…」
濃い紫の服を着た怪しげな男。
顔は布で覆われているため、目だけしか見えず年令や容姿はわからない。

その男は、鎌のような大きな斧を持っていた。

「あの斧…!アシェドの斧と似ているでありますよ!」
エリレオは紫服の男の斧を見ていた。
アシェドの斧よりも1回りほど大きい大斧だった。

「敵かっ!」
前にいた兵士達は戦闘態勢になった。

「お前達に用はない」
紫服の男は、持っていた斧に力を込めて両手で大きく斜めに振った。

「うわぁーっ!」
カシルの周りにいた兵士達は斧の圧力だけで吹っ飛ばされて倒れた。

「…っ!?」
(たった一撃であんな威力が…!?)
カシルに冷や汗が流れる。

「私の狙いはお前だ」
紫服の男が、強い視線でカシルに人差し指を突き付けた。

「…!?」
(どうして僕を…!?僕はこの人を全く知らないのに…)
カシルは、男の刺すような威圧感に飲み込まれそうになる。

「させるかっ!」
ナータが紫服の男に向かって剣で攻撃しようと走る。

「無謀だな」
紫服の男は、再び両手で大きく斧を振った。

「うわぁーっ!」
ナータは吹っ飛ばされ、地面に体を打ち付けてしまった。


「さあ行くぞ!」
紫服の男が斧を構えてカシルに突撃してきた。

「危ないカシル!」
エリレオがカシルを庇うようにして剣を構えた。

「消えろ」
紫服の男が斧を振る。
強い打撃がエリレオを襲い、剣で受け止めきれず後ろにバランスをくずしてしまう。

「ぐあっ!」
いきなりエリレオは紫服の男に思い切り蹴り飛ばされた。

「邪魔な奴め」
紫服の男は吐き捨てるように言う。

「やめろっ!」
耐えられなくなったカシルが叫んだ。

紫服の男がカシルを見る。

「僕が相手になるから他の人には手を出すな!」
カシルが紫服の男を真っすぐに見た。

「見かけによらず度胸はあるようだな」
紫服の男がやや嫌味っぽく口にする。

「カシル…っ!だめだ…!」
エリレオはカシルを助けたいが、痛みが邪魔をして立ち上がれなかった。


紫服の男が斧を縦に構えると、周りから濃い黒い霧のようなものが出て広きた。

「!?」
(毒か…っ!?いや…何ともないな…?)
カシルは不思議に思った。

黒い霧はあっという間に紫服の男とカシルの周りを包んでいった。

(何かの魔法か…?異常はなさそうだけれど…)
カシルは黒い霧に警戒しつつ武器を構えた。

「なんだあの霧は!?カシルっ!」
濃い霧に包まれているカシルと紫服の男の姿は、エリレオからは何も見えなくなっていた。


「覚悟!」
紫服の男は斧を振り、カシルに襲い掛かってきた。

「くっ!?」
カシルは紫服の男を斧を辛うじて受け止めるが、この一撃だけでも倒れてしまいそうだった。

それに加え、回復しきれなかった身体の傷も残っており、魔力も底を突いてしまっていた。

「ほう、私の一撃を受け止めるとはな。…だが、そこまでだ!」
紫服の男がそう言い終えると、突然その姿が消えた。

「っ!?」
カシルが背後の気配に気付くのと同時に、後ろにいた紫服の男は、素早く斧を振った。

カシルの視界に斧の刄が迫る。

それは、あまりにも速すぎた…

カシルの視界が赤く染まった…
 
 
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