第1章

セディルは天の声の誘導のおかげで、誰にも捕まることなく町外れの森の中まで逃げてくることができた。

『ここなら大丈夫だろう』
天の声がそう言ったあと、光が次第に消え始めていく。

セディルはその声が誰なのか気になっているため上を見上げていた。

何者かが上からゆっくり下りてくるのが見える。

しかも、その人物の背中には翼が生えていた。
「!?」
セディルは思わず目を見開いた。

光が消え、下りてくる姿がはっきり見えるようになった。

水色の長髪で海のような青色の瞳をした男。
白い服に身を包み、神秘的な雰囲気を感じさせる。
白い翼を広げて浮遊しながら下降していた。

「も、もしかして天上人!?」
セディルは下りてくる不思議な人物を見てそう思った。


天上界には天上人が住んでいるという話は聞いたことがある。

しかし、地上には姿を現わさないため伝説上の存在となっていたのだ。


夢でも見ているのではないか。

セディルの視線は目の前に降り立つ人物に釘づけだった。

「初めまして、私は天上界からきた者だ」
男は穏やかな声で挨拶した。

「本物?本物の天上人なんですか!?」
驚きを隠せないセディル。
「ああ、本物だよ」
男は翼をはばたかせ空中で少し浮いてみせた。

「すごい!昔、母様から聞いた話は本当だったんだ!」
セディルは子供のように喜んだ。

「私の名はフェルシウス。あなたは?」
フェルシウスはセディルに名を尋ねた。
「ぼくは、セレディン…っ!…」
うっかり本名を名乗ってしまったセディルは慌てて口籠もった。

「やはりあなたがカトレリア一族のセレディンなんだね」
「!?…どうしてぼくのことを知っているんですか?」
フェルシウスの口から思わぬ言葉が出てきたのでセディルは驚いた。

「光の一族のことはもちろん、あなたのことも天上界に伝えられていたんだよ」
フェルシウスはカトレリア一族やセレディンのことを知っているようだ。

更に話は続いた。

光の一族と天上界には関わりがあった。

生まれたばかりのセレディンが、闇の力を持ってしまっているという知らせが天上界にも届いていた。


「先程私が町の上空にいてあなたを見かけた時、もしかして200年前に姿を消してしまった人物ではないかと思ったんだ」
フェルシウスの言う姿を消した人物というのはセディルのことを指しているのだろう。

フェルシウスは外見は20代前半ぐらいにしか見えないが実年令は三百歳くらいだ。

天上人は人間よりもずっと寿命が長く何百年も生きている。

「なぜあなたは時を越えて“ここ”に来てしまったんだ?」
フェルシウスは疑問に思っていたことを質問した。

「確かに、ぼくは本来ならこの時代に存在する者ではありません。ですが、なぜこうなってしまったのか、ぼくにはわからないのです」
セディル自身も理解不能だった。


セディルはこの時代にきた経緯を説明した。


「あの願いの塔か…だが、時間移動をしてしまった理由については私にもわからないよ」
ありえない出来事なので、フェルシウスも不思議に思っている。

「あなたは、ぼくが200年前から来たということを信じて下さるんですか?」
セディルは確認するように聞いてみた。

「もちろんだよ。あなたは光の一族の言い伝え通りの人だ。それに、そのペンダントは天上界にある特殊な宝石に、光の魔力を吹き込んで作られたものなんだ」
フェルシウスはセディルの首にかけてあるペンダントに注目した。

「この石が、天上界の。光の魔力…」
セディルはペンダントを見つめた。

「まだその石に魔力が吹き込まれていなかった時に、私がルゼリアに渡したんだ」
「ルゼリア!それは母様の名前です!母様を知っているんですか?」
フェルシウスの口から母の名前が出てきたのでセディルは聞き返した。

「ああ、少ししか会ったことはないが、綺麗で優しい方だったよ」
フェルシウスはセディルに伝えた。


この石は亡くなった母がくれた形見だ。

‐この石は私が作ったお守りです。闇からあなたを護って下さいますようにと祈りを込めました‐

母の思いが詰まった大切な石。

肌身離さずいつも身につけていた。


「母様…」
セディルは石を優しく握り締めた。

「少し、その石を私に見せてくれるかい?」
フェルシウスが頼んだ。

セディルはペンダントを首から外し紐を持ったまま石をフェルシウスに見せた。
フェルシウスは石に手をかざし魔力を注ぎ込む。

一瞬、石が強い光を放った。

「この石に力を与えたんだよ。近距離ではない限り先程の人に闇の力を気付かれることはないだろう」
フェルシウスは石の力を強化させたのだ。

「ありがとうこざいます。フェルシウスさん」
セディルは嬉しそうな顔で礼を言った。

「…どうやらもうすぐ時間のようだ」
フェルシウスが言い出した。
「時間?」
「ああ、私は地上界にいる時間が限られていてね。短い時間にしか姿を現わすことができないんだよ」
フェルシウスが苦笑いする。

「せっかく会えたのにもうお別れなんですね」
セディルは残念そうな顔になる。

「さて、そろそろ戻るか」
翼を広げたフェルシウスの体がふわりと浮かび上がり始める。
「フェルシウスさん。本当にありがとうございました」
セディルはフェルシウスに感謝の気持ちを込めて礼を言った。

ゆっくりと上昇していくフェルシウス。

「あなたにはまた会える。またいつかきっと」

フェルシウスは優しく微笑んだ。


この人が言うなら会えるような気がした…

また会いたい…


フェルシウスは、翼をはばたかせて夜空の彼方へと飛び去っていった。


そして気付いた…


いつのまにか、星や月が顔を出している。

あの暗い夜空はもうどこかへ消えていたのだ。

星の明かりと月の光が差し込んでいた。



「今夜はここで野宿した方がよさそうだな。あのおじさんぼくを探しているから、町にいたら見つかってしまうかもしれないしな」
セディルはレハラルドの名前などすっかり頭から抜けていた。
…というよりも、名前が耳に入る余裕などなかったのだろう。

「念のため結界を貼っておくか」
セディルは手のひらにのるぐらいの大きさの石を取り出した。
石に魔力を注ぐと石が淡く光る。
その光る石を近くの適当な木の下に置いた。


「ハァ~疲れた~」
木に寄り掛かり座り込んだ。


いろいろなことが一度にたくさん起こりすぎて、頭の中がまだ整理しきれない。

野宿だったせいもあり、その夜はなかなか寝付けなかった。


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