-短編集-
―水属性と奉気管接触。
これより同期に入ります。
ぁぁ…、またこの夢…
―5……11…34……50……
ぅ…ぅぅ…っ…身が焼けるように熱い…
やめろ…やめろったら……
―86……93………
僕の意志と違う…っ
強くなんかなりたくない…っ
どうして平凡に生きる事を許してくれないんだ…!
僕は…、ただ……、
―99……
普通に生きたいだけなのに……―
「ぁあぁぁぁ!!!!」
目が覚めた視界の先は、古びた宿の天井。
つい数時間前まで標的の奴らを監視しろと機関から命を下され、敵が泊まる向かいの宿屋で寝泊まりしていた。
最近、妙に疲れが出やすくなっていて、
夜間の監視はあの虫野郎に任せている。
「全く仕方のない。どれ、優秀な私がエディン君の分もサポートしんぜよう」
「うるさいから早く部屋出てくれない?」
「うるさくないわぁぁ〜!!」
五月蝿い。
そんな事があって僕はいまひとりで部屋のベッドで休んでいたのだけど…、
「そろそろ…寿命が近いのか……」
ポツリと出た声は、自分でも聞こえるかどうかの声量で思ったより弱々しい声だった。
闇の瞳…通称『ダーク・アイ』機関で兵器として生まれた僕は、名を「エディン」と名付けられた。
小さい頃…、多分…3つもならない程幼い頃に、僕は強制的に闇の属性を扱える体にするべく、「フィリ」の水属性と同調し無理やり遺伝子組換えが行われた。
魔力も属性も持たなかった幼い子供に与えられたのは精神的苦痛と吐き気をもよおす程の激痛。物理的な痛みが体中に強く響き、遺伝子操作をされたおかげで元の容姿とうって変わり、灰色の目と髪の色を除けばフィリと瓜二つの顔に変化した。
また、無理な細胞分裂も肉体に過度な刺激を与えた為に、細胞が老化する事なく停止し皮膚の再生が出来なくなってる。
短命だと聞いてはいたが、ターゲットとなるキル達と会って2年の月日が流れた。
19歳になった僕の推定寿命はこのまま細胞停止した状態であれば、体内の機能が停止するのは20前後だろう。
そう告げられたのは興味もなさそうな機関の研究員からで、それでも僕はどうでもいいようにふるまってそいつ等から聞いた時から短い生涯を覚悟した。
だけど、いざこうして体に異常をきたしてると嫌でも死から抗いたくなる。
どうして、普通に生きる事を許されなかったんだろうと…。
「…………ハァ…」
疲れが取れない重い身体を動かし、
気分を和らげようと外に出た。
なんとなく、夜風にあたりたかった。
ずっと狭い部屋に居ると気が滅入ってしまう…。
近くのベンチに座り、向かいに見える噴水を薄暗い街灯越しにぼんやりと眺めた。
「………………」
この街の噴水は色とりどりの花が咲き乱れ、噴水にも枝垂れ桜のように色んな花が囲うように植えられてる。
その小さな花弁(はなびら)が水面に沢山浮かんでるのをジッと眺めてたら、水しぶきでキラキラと輝いてるようにも見えた。
ぁぁ…、ボーっとする…。
けど暗い部屋で寝てるよりは
幾分かマシだ。
…なんだか…ここでなら安心して…眠りに…―
…………………―
……………―………………――
……………………―…………………………――――
……………どのくらい寝ていただろう…。
何故か横になった頭部が心地良い…。
枕なんか無かったはずなのに…。
………………………?
………………………………………横に………?
ハッとしてふわふわしていた意識がようやく現実世界に戻り、目を開けた。
「に…、起きた?」
視界の先は宿屋の天井ではなく、
僕らの標的であり、敵である団体のうちのひとり、「ネリル」の顔があった。
「…っな…、な…っ〜!!」
バッと飛び起きればお互いの額がぶつかり、一瞬火花が散ったかと思うほど痛みが走った。
「ぁうっ…〜!?」
「いっ…つ…〜!?」
赤くなった額を手で擦りつつ、さっきまで横になってたであろう箇所を見ればネリルも最初に座った僕と同じようにベンチに座っており、頭部を置いていた場所を推測するとその子の膝だった。
ぁぁ…、俗に言う膝枕されてたのか…僕は。
「……っ…なんでアンタがここに居るの…」
敵意も感じられないし、殺す命も下されていないのでそのまま隣のベンチに座ったまま問いかけた。
相手も額を両手で擦りつつ涙目で僕に視線を送るとこう返してきた。
「き…きみが泣いてたから…」
「………は?」
「ぇと…、夜中に目が覚めちゃって…、眠れそうになかったからここのベンチで夜風に当たろうかなって来たの。宿屋のすぐ真ん前だし、いざという時にはクールにテレパシーで助けを呼べるから危険も承知で来たんだけど…」
チラッとまた心配そうな顔で、それと同時に気まずそうに僕に目線を向けると、
「眠りながら泣いてるきみを見かけちゃったから…、少しでも寝心地よくなるようにあたしの膝を貸してたの…」
聞いてもない過程までベラベラと喋れば気恥ずかしそうに自らの髪先をくるくる指で巻く。
自分から勝手にやっておいてそんな反応するのやめてほしいんだけど。
「はぁ…、なんでそんな説明口調なのか分からないけど、君が来た理由は分かった。けど余計なお世話だ。そもそも僕らは敵同士なんだから自分から近寄るなんて馬鹿じゃないの?」
正論をぶつければ案の定、グサグサと言葉の槍が突き刺さったらしく、苦しそうに「ぁうぁう…っ」と声をもらした。
いちいち大袈裟なリアクションだな…。
「うぅ〜…、王子とおんなじ顔で言われると凄くダメージあるよぅ〜」
僕と瓜二つな顔のフィリを話題に出された途端、ムッとしてしまった。
「は? だから何? 僕はフィリなんかじゃないよ。見た目が似てるからって同じなわけないでしょ。僕は僕なんだからほっといてよ」
イラついてきたから直ぐにその場から立ち去ろうとしたら、あっと相手も立ち上がり慌てて僕の着てるフードをガシッと掴んだ。
「ぐぎっ…!?」
案の定、ガクンと後ろに頭が揺れ、二人してドサリと座り込んでしまう。
「ぃ…たたた…っ。…君ねぇ…〜!」
「ごめんね…!? あたしの言った言葉で気分を悪くさせちゃって…。エディン君はエディン君なのに…」
うるっと涙を目に溜めながらフードから手を離す。
「でもあたしにはさっき眠ってた時の君が、前よりもどこか苦しそうに見えて、誰かが傍に居なきゃいけないようにも見えたの…」
…なにその言い訳。
「僕の心に付け込んで味方に取り入れようとしても無駄だよ。アンタだってわかるでしょ。機関の目的と僕らの行動が」
「それでも嫌なの!」
「………なに…っ」
「あたし…なんとなくだけど君が好きであたし達の敵になってるように思えないの。むしろ無理矢理命令されて…敵対してるようにしか…」
「……違う」
「ちがくないよ…。この前だってキル兄と戦ってる時、息苦しそうにして戦いたくないような表情してたもん」
「そんな顔…してない…っ」
やめろ…。
「キル兄もみんな分かってたよ? エディン君が本気を出して攻撃してなかったって…。きっと無意識に加減してたんだよ。殺さないように…」
「加減なんかしてないったら!」
それ以上言うな…っ
「だってあの時の君は…、」
やめろったら…!
「泣いて…っ…―」
「違うって言ってるだろ!!!!」
「………っ…!?」
ガシッと彼女に向き直り、力強く肩を掴んでおしころしていた感情を一気に爆発させた。
「僕は機関なんかどうでもいいし、あんたらが死んだって構わないんだ! なのに嫌そうに見えるだって? 笑わせるね…。いいか、僕はその気になれば直ぐにアンタをこの場で殺せるんだ」
持ってた懐ナイフを取り出し、彼女の首筋に刃先を突きつける。冷たい刃(は)の感触に一瞬で体が強張り、さっきまで威勢のいい態度から一変して青白い表情を見せた。
「勝手な憶測で僕に意見するな…っ! 機関から命令が無ければとっくにアンタ達を殺してるんだから…!…僕の…、なにを分かるって言うんだよ…っ」
ふつふつとわき上がる怒りに身を任せて言いたい事をはき出せば、ガタガタと震え血の気が失せた彼女を見てふと我に返り、チッと舌打ちしてナイフをしまう。
「……わかったらもう僕なんかにかまわ…―」
そう静かに言いかけた途端、突然彼女から突拍子もなくギュッと抱きついてきた。
「―………っ…!?」
なんとかその場で座りこんだまま支えると、すすり泣きながら「ぎゅぅぅ…〜っ」と声に出して強めにハグしてくる。
「な…っ、…なに…!」
「辛い時はたくさん泣いていいんだよぅ…っ」
そう言われて気づいた。
僕が涙を流していた事に…。
「……は…いつ…、…から……」
「ツライよね…? 悲しいよね…。自分がしたい事をするのは凄く嫌だよね…? 泣きたくなるくらい我慢したなら、あたし達に理由を言っていいんだよ…。みんな君のこと心配してるから…、事情を話せばきっと分かってくれるよ…!」
……そんな…こと…。
「…そんなわけ…ない…だろ…」
「うぅん…っ! 力になるよ!」
ジッと正面から僕の目を真っ直ぐ見て返す彼女も同じように涙を流していた。
「…僕は…寿命が短いんだ…、どうせもう手遅れにきまってる…」
「あたし達の仲間に闇の属性を弱体させる研究をしてる博士がいるの。もしかしたらその人なら君の短命を戻せる手がかりを見つけてくれるかもしれないから…!…だから…!」
「…………………」
そうか…。妙に僕を心配する素振りを見せると思ったら…、情報が筒抜けだったのか…。
「……いつから…、僕の短命を知ったの」
「へ…? ぇ…ぇっと…、わりとつい最近…かな?」
落ち着いてジッと見る僕の様子に戸惑いつつも、コテンと首を横に傾げる。
長いツインテールの髪が後ろの噴水の水しぶきと街灯の光でキラキラと反射し、今までなんとも思ってなかったものが妙に綺麗に、一瞬だけ見えた。
「…………………」
ぁーぁ……。
………なんでよりにもよってこんな子に…。
フッ…とそのまま力を抜くよう彼女に寄りかかり、肩に顎を乗せる。
「わ…っ……とっと…っ」
その拍子に少しだけよろけるが、しっかりと今度は僕がしてるように両手で肩を掴んで支えると、よしよしと頭を撫でてきた。
「…いいの? そんな事して…」
「に? なんか撫でやすい位置だなーって思って…、えへへ〜…」
さっきまで言い合ってたとは思えないくらいの雰囲気で、天然って自覚がないとこうも無防備になるのかと思いつつ…、安心感があって暫くそのまま撫でてもらった。
ぁぁ…、こんなふうに甘えた事…、
一度もなかったな…。
「……ネリル…」
「に…?」
「アンタの言う王子、これから僕にさせても構わないよね」
「へ…?」
キョトンと首を傾げる彼女の頬に、そっと優しめなキスを施(ほどこ)した。
「…………………に…」
「言っておくけど、思わせぶりな態度をとった君が悪いんだからね? 今度は口にするから覚悟しててよ」
そう告げて唇に親指で撫でると、急激に顔を真っ赤にして目を見開き、震々(ぶるぶる)と震えだした。
あ、それも可愛い…。
「なにその反応…、今したくなるんだけど…」
「だ、だ、だめぇぇぇ〜!!!!」
グイッと両手で突き放すように離れ、顔を真っ赤にしながらツインテールの髪をギュッと握りしめて頬にくっつける。
「あ、ぁ…、ぁあっあたしにはちゃんと王子っていう好きな人が居て…〜!」
「だからその王子になるんだよ」
「ちっ、違うの!! 王子はフィリ…おうじでぇ…〜」
「でも片想いなんでしょ」
「ぁぅ〜…、それはそう…ですけども…」
グサリとまた言葉の槍を受けつつもギュッと握りしめるツインテールの髪をブンブン左右に揺らす。
「なら覚悟してよ。僕はアイツみたいに手加減出来ないからね」
髪を握りしめてる両方の手首を掴んで無理矢理近づき、彼女が離れようとする前にすかさず前髪にもキスを施した。
「に…っ、…にぃ……〜っ!?」
ぷしゅぅ〜…っと頭から煙を吹き出し、とうとうその場で目を回して倒れこんでしまった。
ぁー…、やっぱりこの手のは耐性ないんだ。
別にいいけどね。口説きやすいから。
そのまま寝ている彼女に口づけをしようかと思ってたら、標的が泊まってる宿屋の一室の窓から氷柱(つらら)がこちらに飛んできた。
キィイーンッ
バリアをはって氷柱を弾き、直ぐにフードで顔を隠してその場から立ち去った。
あの氷柱は恐らく、クロルだな。
一応テレパシーを送ったのは評価するよ。
それにしても…、
「口の方はお預けか…」
僕の寿命に希望がもてたと同時に、
大切な存在もまた出来てしまったのに内心驚きつつも、心境の変化はあった。
なにより、生きたい理由が増えたのに喜びを感じる。
「これから二重スパイか…。いいけどね」
街の屋根を伝い確実に逃げ切れる鐘の塔まで着くと、遥か遠くで仲間に介抱されるネリルの姿を捉える。
僕は絶対に逃さないからね。
闇の属性で空間転移し、
僕はその場から姿を消した。
-end-
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