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-短編集-


曇天の薄暗い天気の中、お昼を過ぎた時間帯に人一人居ない寂れた廃村に差し掛かったキル達8人一行。

いつものように街から街への移動中に、ある出来事が起こった時の話である。



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クロル
「う~ん……」

リリー
「どうしたの? クロル様…」

クロル
「ん―………、なんか、あれだね…」

リリー
「あれ…?」

クロル
「風邪だわー…」
(バタンと一気にその場で力尽きるように倒れた)

リリー
「きゃー(棒)」

エラ
「何事!!??」



ー風邪ひきクロル君ー


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シュール
「39度5分。よくもまぁ…皆に気付かれず動けたものです」

柔らかく呆れた表情を寝込むクロルに向ければ常備していた体温計をミクロバックリングにしまう。

廃村の中でも比較的状態がよさそうな小屋が運よく見つかったのでそこを借りてハンナの葵光(レイチョウ)で破損した機材を壊れた木材ベッドに結合し、一時的だが綺麗な状態に戻したベッドにクロルを寝かせている。

咳は今のところでていないが、高熱のため顔が真っ赤になっていてうんうんと辛そうに唸っている。

サングラスを外してる目にも多少だが涙ぐんでいて本当に苦しそうだ。

キル
「こりゃ数日は安静にしなきゃダメっぽいな」

ハンナ
「馬鹿は風邪ひかねーらしいが、良かったなクロル君。風邪ひいて。馬鹿じゃないらしいぞ」

クロル
「や゛っだぁ゛………」
(寝ながら右手を天井に向けて弱々しくガッツポーズ)

フィリ
「安静にしてください兄さん!?」

ネリル
「にー…。せんせー、風邪薬あとどれくらい残ってたっけ?」

シュール
「期限が切れてしまった分もあって今日1日分だけですね。明日になっても症状が万全に回復してるはずもないですし、素材を採取しなければいけませんね」

キル
「この辺で採れるものなのか?」

シュール
「いくつかは。ですが、一種だけ厄介な場所にあります」

ハンナ
「どこにあるんだ」

シュール
「先ほど村まで通りかかった小川がありましたよね。そこの川下まで辿って歩くと狼種の魔物が群れをなしてる場所があるんです。狼の生態系じょう森ではなく川付近に群れで行動しているのが珍しく、薬草の書物に記載されてるほどだったので入手するのも困難かと」

キル
「うわ、そう言われると警戒するな。俺らがまだ見たことない魔物の一種とかか?」

シュール
「恐らくは。まぁ、今の私たちならば戦闘経験を充分に積んでいますから魔物を狩ることじたい苦戦することもないでしょう」

ただ…と歯切れが悪そうにミクロバックリングから一冊の本を取り出し、パラパラと目的の薬草が載ってるページを開いて写真をキル達全員に見せる。

シュール
「薬草といっても地面の土ではなく“水中”にある薬草ですので、フィリを同行させて向かった方がいいかもしれませんね」

持ってる本のページを素早くめくり、各箇所の採取する薬草ページに付箋を貼ってフィリに手渡す。

フィリ
「なるほど。了解しました」

ネリル
「先生って現役の薬剤師だからすっごく頼りになるね!」

シュール
「私はクロルの状態と症状を見なければなりませんので採取は皆に任せますよ。あと万が一魔物がこの村に入りこんだ時の為に誰か二人は残って欲しいのですが…」

リリー
「私…残ってる」

エラ
「私も残ろう。療養に関しては多少、屋敷に住んでいた時に学んでいるからな」

ハンナ
「決まりだな。っつーわけで、熱があがりすぎて死ぬなよクロル君」

クロル
「ぅー……」

クシャッと寝てるクロルの前髪を軽く握り、手をヒラヒラ振りながら背を向ける。

小屋から外へ出るハンナに続けてキルとネリルもクロルに一声かけて出ていく。

フィリ
「……兄さん、ゆっくり休んでいてくださいね」

そっと布団に手を置いて話しかけるフィリにクロルも薄目の顔を向けて息をあげつつ、やんわりと笑いかけた。





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ハンナ
「さて、あらかたその辺に生えてた薬草は手に入れたが、問題の場所はこの奥にある薬草のみか」

全員で小川を下り周囲の岩壁と木でおおわれた場所にたどり着くと、大きくぽっかりとあいた入り口の岩穴に出た。日が当たらず薄暗い場所でネリルが少し不気味だねと呟く。

フィリ
「この岩穴…相当大きく広がってるということはもともとの自然物を人工的に加工した後でしょうか」

ネリル
「ここまでの道のりも獣道じゃなくてちゃんと人が歩きやすいようになってたもんね」

ハンナ
「ま、いいんじゃね。通りやすくなってたぶん余計に体力削られなかったし。見た感じ中は暗いな…。おい黒ウニ」

キル
「誰が黒ウニ…っ…、なんだよ」

ハンナ
「貴様の火の粉を天井へ向けて撒き散らしてくれ。俺がその火の粉に葵光(レイチョウ)を連結させて火の光を増幅させる」

キル
「わかった」

岩穴の入り口に立ち、手の平に野球ボールサイズの火の玉を形成させる。グッと握りしめて内装の天井へ投げ飛ばすと岩壁に当たり花火のように砕け散った。

その瞬間を見計らってハンナが手を振るい紫色に光る葵光を煙のように天井いっぱいに飛ばして火の粉ごとおおう。

その煙の中で火の粉がフワッと停止すると、煙が包みこみいくつもの白い証明が完成した。

明るくなった岩の中には既に藍色の毛並みをした狼種の魔物が数十と群れをなしており、こちらを警戒している。
だが直ぐに襲ってくる気配がなく、キル達もそれぞれ武器を手に持っていてもグルグルと唸り声をあげて威嚇を続けるだけだ。

センター前にひとまわり大きな体格の魔物が立っており、群れのリーダーが様子を見ているようだ。

奥の方を見れば意図的に作られたであろう穴に川水がたまってる。

フィリ
「シュールさんから借りた本の詳細を読みとくと、この薬草が生えてる場所は上流からの川水がこの岩穴の奥まで溜まった水底にあるらしいです。でもこの岩といい、あの水溜まり…、もしかすると……―」

ハンナ
「おっとフィリ、戦闘態勢に入れ。奴らが来るぞ」

手の平を素早く足元へ横に流し、紫に光る青いスケートボードを出現させてブワッと浮いた状態で乗る。

続けてネリルがすぐ詠唱できるようにピンクマイクを前でギュッと握りしめ、キルも双剣をシュッと縦に振るい赤い炎をまとわせる。

フィリも黄色いブーメランに水で膜を作り、援護も出来るように地面一帯に防御壁が作れるように水色に光る属性を張り巡らせる。

キル
「来るぞ!!」

中央の魔物が大きく遠吠えすると、今まで威嚇し続けていた周囲の魔物が一斉にこちらへ襲ってきた。

キル
「ふっ!はぁぁ!!」

上体を屈めながら前へ走り込み、まず敵の一体目に剣をひと振りして切り払う。すぐ周囲を囲うように来た他の魔物に対しては身体全体を回転させて双剣の炎を螺旋状に切り裂いた。

大気に漂う奉力で形成された魔物達はそのまま光の粒子となって消えていく。

ネリル
「“スノーダウン”!!」

応戦するネリルも後方から詠唱を唱え、雪の属性を活かした技で一体ずつ確実に魔物を消し倒していく。

フィリ
「はっ! …っ! えい!」

ブーメランに水の膜を平らに伸ばし、奉力を固体化させて鋭い刃にして遠距離攻撃をする。

合間で詠唱しているネリルの周囲に先ほど地面に属性を張り巡らせた箇所から水柱のように透明の水壁(すいへき)を形成させ援護する。

ハンナ
「おーおー。みんな強いねぇー」

キル
「うおっと」
(口から飛びかかってきた魔物の牙を刃で防ぎズザッと後方へ滑りつつハンナの真横で止める)

キル
「観戦してないでお前も戦えよ!?」

ハンナ
「へいへい。よっと!」

面倒くさそうに手をひらりと横に振り、スケボーに乗った状態で天井上までブワッと宙返りに飛ぶと上体を屈めながら両手を横に広げ、周囲に紫色の葵光(レイチョウ)で複数の槍に形状変化させる。

ハンナ
「おらよ!!」

力強く手を前へ振るうと地面に居る狼の群れへ向けて槍が勢いよく落下し残っていた魔物全てに突き刺さった。

ガッと音をたてて刺さる槍がキルの目の前とフィリの真横に刺さりお互いうわっと驚きの声をあげた。

キル
「あっぶねーなおい!?」

ハンナ
「なんだ当たってないんだから別にいいだろ」

スイーっとゆっくりと下降しつつ地面に降り立つ直前に乗っていたスケートボードを消す。キルも驚きながらも双剣を腰の後ろに固定された鞘にしまい、フィリもあはは…と苦笑を浮かべながらブーメランを腰のベルト横にしまう。

ネリル
「にぃー。これでようやく敵さんみんな居なくなったね。援護ありがと王子ー♪」

マイクをミクロバックリングにしまいつつぴょんぴょん飛び跳ねてお礼を言う。

フィリ
「いえ、皆さんの戦力があってこそです。こちらこそありがとうございました」

軽く皆に会釈し、奥の川溜まりまで向かった。

見れば透明な水面から水底が見え、本の写真通りの薬草が生えてるのが目視できる。

フィリ
「やっぱり……、思った通りだ」

ネリル
「に?」

フィリ
「この不自然に出来た大きな岩穴もこれまでの道中に狼種の獣道が見あたらなかった点を思い返すと、ここは“薬草の為に作られた環境地”ですね」

キル
「なんでこの溜まりを見て分かったんだ?」

フィリ
「この川溜まり場の穴も360度、綺麗に空いてるからです。おそらくドリルかなにかの機械を使って人があけたのでしょう。この場所自体、鍾乳洞の水滴で窪みが出来るような構造でもないですし、この岩穴全体があまりにも綺麗すぎますから」

ネリル
「なるほどー」

ハンナ
「この穴のスペース、人一人入れるもんじゃねーな。フィリ君、底にある薬草取れそうか?」

フィリ
「水をコントロールすれば…、やってみますね」

水面に人差し指を浸からせ自身の属性と溜まり水をリンクさせる。

すると水底に栽培されたであろう薬草のみ水圧の制御で根ごと引き抜かれ、水上まで浮き上がりしおれないよう緩く掴んで入手する。

ポタポタと水滴が流れ落ちる薬草は青い葉で形成されていた。

キル
「よし! あとはこれをシュールに渡して調合すればいいな」

ハンナ
「早いとこ戻ろうぜ。クロル君が心配だろ、フィリ君」

フィリ
「はい! 皆さんありがとうございました」



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シュール
「お疲れ様です皆さん。道中、怪我はありませんでしたか?」

ハンナ
「余裕」

シュール
「分かりやすい回答ですね。私はしばらく採取してくれた薬草で調合してきますので、クロルの容態を見ていてください」

キル
「ん? まだ風邪薬残ってるけどもう作るのか」

シュール
「市販の風邪薬よりもこの薬の方が効き目がいいのでね。本人もだいぶ辛そうですし、早めに服用させた方がいいでしょう?」

フィリに目配せすればシュールの言動に察してコクンと静かに頷いた。
彼の意図にキルもなんとなく気づき、静かに息をはいた。

キル
「俺らは晩飯の用意するからクロルの方、お願いなフィリ」

フィリ
「はい。任せてください」


全員寝室をあとにして残ったフィリは寝ているクロルのベッド前に設置された椅子に座った。

最初よりも表情は和らいでいるものの息は荒く、まだ頬も赤らめた状態で苦しそうにしている。

シンと静まりかえった室内で、フィリはただ静かに寝ているクロルの布団はしに手を置いて見据える。

フィリ
(…………どうして、倒れるまで気づけなかったんだろう…)

ようやく落ち着いた場で思考が戻ってきたが、苦しそうに呼吸してるクロルを見ているといつものプラス思考からマイナス思考へ向かってしまう。

フィリ
(少しの変化があったかもしれないのに…見逃してここまで容態が悪化して…、僕…、僕は……―)

不意に涙がツーと頬を伝い、ハッとして気づいた時には溢れでて、ギュッと目を閉じて俯く。

フィリ
「………………っ」

ポタリと涙の滴が手の甲に落ち、暫くすすり泣きしていると、フィリ…と小さく名前を呼ぶ声が耳に届いた。

顔をあげればいつの間にか起きていたクロルと目が合い、いつもの無表情に少しだけ不安な顔色を向けていた。

フィリ
「兄さん……」

クロル
「ごめんね…、俺も戦闘の疲労だと思い込んでて……、風邪だと思ってなくて………」

フィリ
「いえ…、僕がもう少し早く気づいていれば…っ」

クロル
「フィリ…」

そっと強張ったフィリの手にヒヤリとした手をそえて口を開く。

クロル
「誰だって見逃すことはあるよ…。万能な人は居ない…、俺たちは………、機械じゃ……ないもの……」

フィリ
「…………はい」

クロル
「……………………。俺……嬉しいんだ……」

フィリ
「………………」

クロル
「今まで闇の瞳(ダーク・アイ)の機関にスパイとして所属していた頃と比べれば……、充実していて……自由で……、フィリも……前よりも笑ってくれて…………、……………………」

フィリ
「……………………」

クロル
「…う~ん……。なんだか…こんな事言い始めると…キリがないけど……、やっと……フィリと兄弟らしくゆっくり話せたなって………」

フィリ
「……………兄…さん…」

クロル
「…ぁ…はは……。熱があがってると…俺って普段より饒舌になるんだね…。いま……、…発見したよ……」

フィリ
「…ぅ……、うぅ…っ」

ガバッと布団に顔をふせ、ようやく小さく振り絞ったか細い声が喉から発せられた。

フィリ
「……ありがとう……、…兄さん……」

しばらくすすり泣くフィリの頭に手を置いて優しく撫でる。

その部屋のドア向かい側でお粥を持って来ていたキルが空気を察して立ち止まっていたが、視線を落としボソリと呟いた。

キル
「……機械じゃない……か……」




―……兄弟って、いい存在だな………………―









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クロル
「ということで…、みんなのおかげで無事、治りました~…」

すっかり元気を取り戻したクロルにわーっとネリルをはじめとした謎の拍手が響いた。

リリー
「治りが早くて良かった……」

クロル
「うん…。ごめんね心配かけちゃって…。シュールの薬のおかげだよ…ありがとう」

シュール
「いえいえ」

エラ
「それじゃぁ身支度も整った事だ。行こうかみんな」

クロル
「ぁ…、ちょっと待って……」

小屋のドア入り口前でしゃがみ、手を地面の土に置く。
青く光りそっと離せば氷で出来たダリアの花を一輪その場で生成した。

フィリ
「ダリアの花…、花言葉で『ありがとう』という意味ですね」

クロル
「うん…。皆にもこの小屋にもお世話になったし…、ほんの小さなお礼だけど形だけでも残しておきたくて…」

ハンナ
「はーっ! なかなか粋な事するじゃねーかクロル君。素直に嬉しいぞこの野郎」

ガバッとクロルの肩に腕を回し、軽く頭を拳でグリグリする。

クロル
「ぁー……、懐かしい感覚だけどもう少し優しく………」

ネリル
「にー、いつもの風景になったね!」

キル
「それを言うなら光景な」

ネリル
「あぅ…」

フィリ
「あはは。出発しましょうか、皆さん」




全員フィリに同意して数日間滞在していた廃村をあとにした。





ー風邪ひきクロル君ーend

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