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-短編集-


ー……それはたった1日の出来事だった。

パステルの街の宿でいつもみたいにみんなで休息を取り、全員で朝食をとるはずだった。

だが食事の席に何分待ってもリリーの姿だけが現れなかった為、まだ寝てるのではないかと思いハンナと赤い瞳に変わった裏キルでリリーを起こしに向かった。

ノックをしても返事がなく、鍵が空いていたのでドアを開けてみた。

真っ先に視界にうつった光景は…………、

ベッドの目の前でうつ伏せに倒れるリリーの姿だった…………。

―それはきっと恋―

「おい起きろ」

その光景を見ても裏キルは全く動じなく慣れたようにズカズカと室内に入り、倒れてるリリーを腕に抱えてペチペチと頬を軽く叩いた。

軽装備でまだ身仕度もしていないので、キルは羽織の下に着ていた白い無印のワイシャツでハンナも黒の半袖シャツ。

でリリーは膝下丈の白いワンピースを着ている。

「いや、さも当然の如くおはようコールとか手荒いな貴様」

「寝相悪くて落ちただけかもしれねぇだろ…? 血色は悪くねーし…、むしろ良い方……」

会話の途中でフッとリリーが目を開け、座った状態で腕に抱いてるキルに気づいた。

まだ起きたばかりなのか、目はトロンとしていて頬も少し火照ってる。

ジッと無言のままキルをボンヤリ眺めてるので、ハンナがもしかして風邪じゃないか?と呟いた。


「おい、風邪ならそう言え。誰かに移す前に」

「相変わらず冷てー反応だなキル君」

「るっせー…」


ウトウトとしてる目でなんとか意識を保とうとしてる様子だが、自分の体重に負けじとキルの腕をギュッと掴むと、ハァ…と息をはいた。

「なんだ相当辛そうだな?」

起きてるのもやっとな様子のリリーで、ハンナも横からひょいっと二人を覗き込んだ。

「お前…、やっぱ熱あるだ……――」

言い終わらないうちにリリーが顔を上げ、そのまま不意もなくキルの首筋にアムっと甘噛みしてきた。

「ー…ろ…………」

「………ぉ…ぉぉー……」

ハンナもキルもまさかの行動に薄い反応しか出来ず、ソッと首から離すとまた吐息をはき、コテンと額をキルの肩に乗せた。


「…………」


「……………」


妙な沈黙が続いた後、その沈黙を破ったのはハンナだった。


「嫁にする責任取れよキル君」

「なんでだよ」

「二重人格」

「取り憑かれた」

「ほ…、ホレ薬…?」


皆が集まってるテーブルへリリーを連れて戻り、事情を話した後にどうしてこうなったのかと聞いてみたら、シュールとクロル、フィリの順に回答が返ってきた。


「可能性が高いのは明らかにフィリ君のだろ」

ハンナが最もな答えを示した。
机の上にはすでに朝食が全員分の用意されていて、今日の宿屋の献立は【コーンスープ・バタートースト】らしい。

で、当の本人であるリリーはと言えば…、




「いい加減離れろ……」


何故かキルの隣に密着して腕にしがみつき、火照った顔が続いたままボンヤリとしていた。


「こんな場所でイチャつくんじゃねーよ」

「うるせーよハンナ。コイツが離れねーんだよ…」


グイグイと肩を押して離しても、すがり付くように何度もキルの方へ密着する。

もう面倒なので放置してるが、朝食もろくに食べられない。


エラはそんな光景にうーんと汗を流すだけで、なんとも言えない雰囲気で一言呟いた。

「なんだか子供が必死に親へしがみついてるようにも見えるな…」


「まっ、ガキですし~?」


完全に大人ではないリリーをハンナが真顔で返してズズっとスープを飲む。


「でもでも、なんでいきなり姫ちゃんが変わっちゃったのかな? 昨日夜眠るまでは普通でなんともなかったのに」


「夜は…、ネリルと一緒に話してたね…」

クロルが目撃していたのを話せばにっと頷いた。

眠るまで少しだけ雑談していて就寝するまでそう遅くもなかったらしい。

それまではいつも通りのリリーで、今みたいに様子もおかしくなく、キルに自分から歩み寄ってもいなかったとの事。



「念のため熱も計ってみたが、平熱で頬に赤みがあるだけで血色がいいだけだった。身体に別状はないらしいが……」

そこまでハンナが言うと、ダンっとキルが机を叩きながら立ち上がった。

流石にイライラが達したのか、離れないリリーを少しだけ乱暴に引き離し、ギロっと彼女を一度睨み付けた。


「……こんな状態がいつまでも続くんならたまったもんじゃねぇ…。ろくに飯も食えないなら、とっとと原因を見つけてコイツのワケわかんねー症状を治すぞ…………」


威圧感がヒシヒシと伝わり、全員キルを見上げてそうなるよねと心中で察した。


「まぁキル君、朝飯だけは無理にでも食っとけ。てか牛乳でも一杯おごってやるからまずは原因の要因となった情報を見つけようぜ。

見たところ、姫っちはキル君にしか眼中にないみたいだし、症状がフィリ君の言った惚れ薬とか媚薬っぽいしな。

だとしたら、明らかに第三者の人物が姫っちに関与したんだろう。昨日宿に変なやつが居たとか、街を歩いてる時に誰かに話しかけられてるのを見たやつ居るか?」

うーんと全員が昨日の事を思い返してみると、あ!とエラが何かを目撃したらしく声をあげた。

「原因かどうかは分からないが、昨日皆で市場をまわってる時に男の人と話してるのを見たな」

「に。あたしも見たよ。直ぐ別れてたけど」

「なんだ。会話は聞いてないのか二人して」

ハンナが確認しても二人ともこくんと頷いた。


「それだけじゃわかんねーな」

「そうですね。ただ道を聞いてただけかもしれませんし、あの市場は少し中道も入り組んでますから」


「ッチ。そんな推測よりも、直接本人に聞けばいいじゃねーか」


おい、と隣で座ってるリリーに声をかけるとキルに顔を向ける。


「今の話聞いてただろ。お前、昨日なにか変な事なかったか」


「……………………?」



聞いてもなんの事か分からず、全く記憶にもないらしく一度首をかしげてふるふると顔を左右に振った。


「ほんとか…? まさか隠してねーだろうな…」


ジトっと疑いの眼差しを向けると余計に頬を赤らめたかと思えば、口元を手で隠してチラッと目線を横に反らした。


「………分からないけど…………、キルが好きなのはわかる……」

「いやそうゆう事は聞いてねーよ」

即座にリリーの発言を横に流すと、クロルがボケーっとしながら「積極的だねー…」と呟いた。


「ま、正直これはこれでありな気もするけどな。対して日常に変わらないし」

呑気にスープを飲み干したハンナにお前なぁ…と眉を思いっきり潜める。

「こいつの意思と無関係にこっちに寄られると、こうして俺に支障が出てんだろ。それにもし戦闘になってもコイツの今のボンヤリした状態じゃ参加すら出来ねーんじゃねーか」


「ふむ。それは一理ありますね」

視界も不安定な様子のリリーを見ながらシュールが便乗して会話を繋げた。

「正直キルにだけ好意を向けるのなら私達の知った事ではないですが…」

「んだと眼鏡」

「もし魔物に出くわしても足手まといになるのなら元の状態に戻した方が懸命かもしれませんね」

しれっと嫌みを加える発言に直ぐ反応したが無視し、キルの考えにはシュールも賛成した。


それを聞いて他の皆も一応同意し、今日はやはりリリーを元の状態に戻す事を優先にすると決まった。


で、当の本人であるリリーはまたキルに椅子ごと引いて隣に近より、自分のパンを一欠片ちぎって声をかけてきた。


「キル……」

「は?」

「……あーん」

「………………」

「貴様ら爆発しろや」

流石に言い返す言葉まで消失してしまい、凄まじい鳥肌を立たせたキルにハンナが一言投げつけた。

で、宿屋でなにか原因となるような証拠もなく、ひとまず外へ外出して情報を聞き出してみることにした。

市場へ行くと人通りが多く、場所によっては混雑して列を作ってる場所もあるので少人数で別れながら情報収集を開始した。

案の定、キルはリリーがずっと隣に引っ付くので、必然的に二人で市場をまわるのだが、こうも積極的に自ら腕を回して歩かれると回りの視線も否が応でも気になってしまう……。




「あーくそ。何度言えばわかる。あまり俺に引っ付くなっつってんだろ」

「……でも、何故だか落ち着けないの……」

イラっとしてパッと振り払うものの、途端に不安で一杯になるらしく、離れて歩いてもまた少し時間が経つと手を繋いだりしてくる。


「なにがそんなに不安なんだよ?」

「…………………………」


ピタリと彼女が立ち止まればキルも合わせて足を止めてお互い向き合う。


「…………私でも…、わからないの……」


リリーの様子を見てると、自分の両手をぎゅっと前で握りしめ、朝よりも心なしか頬が更に火照ってるように見えた。


「なぜだかわからないけれど…、あなたに触れていないと、胸が押し潰されそうで……落ち着く事が出来ないの……」


「……落ち着けないって…………」


リリーの発言が妙に引っかかり眉を潜めたが、やはり彼女はまた直ぐにこちらに近寄ってくると、キルの手を右手で握ってきた。

あまり力も入ってなく、体温も今朝より温かくなっていて上がってる気がする。


もしかすると、このままの状態が続けば本当に熱が出て風邪をひくんじゃないかと思うくらいに、体温の差が現れていた。


「おい……」

「………………?」


「お前…、本当に昨日の事は覚えていないのか」

「……………………」

手を繋がれたまま聞いてみても、ふるふると俯きながら顔を振るだけで、リリー本人が嘘をついてるようにも見えなかった。


いったい全体、なぜ朝になって急に人が変わったように彼女の様子が変化してしまったのか。




「…………ハァ…」


不可解すぎて思わず溜め息をつくと、今度はキルからも握ってきたリリーの手をギュッと握りしめた。

その変化に気付いたリリーがキルを見上げると、赤い瞳で真っ直ぐ此方を見つめて口を開いた。


「……状況悪化したくねーし、暫く手を繋いだままでいるからなんか見覚えがあったり思い出したら直ぐ言えよ…………」


グッと此方がわに引くと、リリーも一瞬よろけたが前を歩くキルに続いて歩を進めた。


「………………うん…」

後ろ姿を見上げて彼の背中を確認すれば、コクンと素直に頷いて返事を返した。


青い目をしていた時のキルとは違って少し手荒く乱暴な部分があり、言動もクールだが荒くなっている彼。


それでも時々こうして誰かに合わせたり、相手を遠回しに気遣ったりするので、いつも隣で見ていた彼女からすると赤い瞳になった時のキルを見ても……、





「……やっぱり…変わらなくて優しい………」


「………………?」


ぼそりと独り言を呟いたが、キルは声の小ささで聞き取れず一旦リリーを確認したが特に追求もせず前を歩き続けた。


彼女の手が離れないようにしっかりと握りしめて……。

「ったく。ヒントが少な過ぎてこれじゃ今日中に嬢ちゃんは元に戻らないんじゃねーかぁ?」

人通りが少なく中道に怪しい場所がないか探していたネリル・シュール・ハンナの三人はまだ一つも情報を掴めずに歩いていた。

もしかすると薬品か物を売ってるお店で買った物がリリーをおかしくさせたんじゃないかと思い、リリーの所持物や部屋を調べてもなにも出なかった。少し気になったのは窓が空いていた事だが、それ以外何も見つからず情報収集の為にこういった暗がりの場所にも寄ってみたといった所だ。


「にー。こんなに人が居ないとこあたし一人じゃ嫌だけど、先生とハンナひ……、さんが一緒だと心強いね!」

「だろ。もっと称えてもいいんだぜネリル」

「こういう場所は時々ヤンチャな人達の溜まり場だったりしますからね。あまり私達から離れないように」

「? ヤンチャって?」

「ヤンキーの出入りが激しいという事です」

ニコッと爽やかな表情なのに言ってる事は物騒なので、笑顔に威圧感を感じる。


「んー、あそこの店なんか怪しくないか?」

そう指差すハンナの前方には見るからに古びた小さい木造の小屋で、裏通りに合うたたずまいではあるものの、どこからどうみても危険な匂いがプンプン漂っている。


入るの?と流石に抵抗がありおどおどするネリルだがあたぼうよとどこぞのヤンキー台詞で返事し、迷う事なく小屋のドアを押した。

カランカランとドアの上に設置されたドアベルが音を奏でると、あらん?と奥のカウンターから声が聞こえてきた。


「あらやだぁ~。ここはお子さまが入るような場所じゃないわよぉん?」


喋り方もだが、声からして色っぽくねっとりとしている。

木造で出来たカウンターに女性店員らしき人物が頬をついて座っており、格好は魔女のような紫色のとんがり帽子と胸元が見える過激な服を身にまとってるようだった。

容姿も整ってる方ではあるが、少し厚塗りの化粧で顎にホクロも一ヵ所ついてる。


「すげー絵にかいたような姉ちゃんだな。それにガキじゃねーし」


見れば内装も様々な魔法道具を取り扱ってるらしく、天井にぶら下がってる奇妙な硝子細工の物やインテリアに近い独特な形の揺り椅子、ショーケースには花瓶に生けてる花や草の植物から怪しい光を放ってる物も数多く並んでいた。


「あなたじゃなくてそっちの子供よぉ~ん。どう見たってお子さまじゃなぁい」

カウンターまで入ったハンナの後ろで着いてきてたネリルをちょんっと指差せば、黄緑のウェーブがかったロングヘアーをバサッと流してうふっと笑みを浮かべた。


「に…、確かに大人とは言えないかも…」

目の前で大きな胸を見せつけられたら急に自信を無くしてとっさに出た言葉がこれだった。

言った後に空しくなったネリルだが、店員の彼女はうふふと可笑しそうに笑うだけだった。


「それでぇ~、なんのご用かしらぁん? 冷やかしなら他所をあたって欲しいけど~?」


自分の長い爪をいじりながら適当に並べる態度にうえーっと苦い表情を見せるハンナだが、直球で聞いても問題なさそうだったので試しに一つ聞いてみた。

「ここで惚れ薬は取り扱っているか?」


「惚れ薬ぃ~? ………ぁ~。媚薬の事ねぇん」

一瞬そんな物あったかしらと考えた彼女だが、直ぐに思い出したらしくあったわよぉ~んとクルクル回る椅子で遊びだした。


「客を前に自由奔放だな。『あった』って事は今は無いのか」

「えぇそうよぉ。昨日丁度最後に残ってた媚薬が売れちゃってねぇ~ん。それを求めてるのなら暫くこっちで出せないから無理よん」


「ちなみに聞くが、ここ以外で媚薬が売られてる所はあるのか?」

「この町ではここだけよぉ~ん? 媚薬って調合が難しいうえに材料費もバカにならない値段の物ばっかだしぃ~。
調達するにも殆どが採取出来ない代物ばかりだもの。他の町だとミスティルくらいじゃないかしらぁん」

んーと人差し指を顎に付けて宙を見上げる。


「成る程…。ならこの店の商品って可能性が一番近いな」

ぼそりと呟いた発言にこてんと首をかしげて何の事?と問いただされた。

「いや、こっちの話だ」

「に、もしその媚薬のせいで姫ちゃんがおかしくなってるなら、治す方法もあるかな!」

ピョンピョンと低い身長を高く見せようと無意識に跳ねるネリルだが、軽く答えを言ってるので女性店員が成る程ねぇ~んと察しがついた。


「確かに媚薬って一時的な物だし、そのお薬を虜にさせたい異性に飲ませたって無限に続かないわよぉん。せいぜい三日が限度だし、解毒薬を使わなくたって時が経つのを待てばいいんじゃなぁい?」

「を。なんだ貴様そんな成りして意外と良心的に対応するな」

「ちょっとぉ~、意外とはなによ意外とわぁ~ん。あたしはこれでもこの店の店主なのよぉ~ん? 失礼しちゃうわぁ~プンプン」


腕を胸の下できゅっと組んで頬を膨らますが、やはり胸の大きさを強調してるようにも見えてネリルからの視点だと破壊力がより一層増して見えた。

と同時にまた自分の身体に自信を無くしてしまった。


「まぁ、出来れば今の嬢ちゃんを元の状態に直ぐ戻したい感はあるな。明日にはここを発たないといけないし」

「って事は解毒薬が欲しいって事ねぇん?」

「そうゆう事だ」


ん~そうねぇ~んとまたクルクルと椅子を回転させて何やら考え事を始めた。


「あるにはあるんだけどぉ~、ちょーっと値段もはるからお高いわよぉ~?」

「いくらだ」

「20万ギル~」

「無理だわー」

「ちょっ、諦めちゃうの早いよハンナさん!?」


即決したハンナを即座に考え直そうと訴えたが、流石に20万ギルは高すぎると渋い顔を向けた。

「そうよねぇ~ん。こんな感じにもしもの為の解毒薬だってこのお値段だもの。ちなみに媚薬はこの値段の3倍はするから買う人が珍しいくらいだわぁん」


「っかぁー。よくもそんな欲望のままに買える奴がいるもんだな」

「あらぁ~、ロマンがあっていいじゃなぁ~い。好きな異性を虜にさせる事なんてそう簡単じゃないもの」

「ん…? そういやその媚薬ってのは使用方法があるよな。飲ませた本人にそのまま惚れるようになってんのか?」


今朝、キルを見たリリーが既に夢中になってたのを思い出して念のため聞いてみると、「ただ飲ませたって効果が必ず自分に発揮しないわよぉ」と頬杖をついて教えてくれた。


「大事なのは視覚。飲んだあと最初に見た異性をとらえたら媚薬の効果が現れるわぁん。だって魔力が込められているんですものぉ~」


うふふ~と面白そうに笑いかける。

「なーんか達の悪い物だな。媚薬ってもんは」

「まぁねぇ~ん。でも昨日買ってくれたお客のおかげでガッポリ稼がせて貰ったから悪くないわよん」


「あぁー…。だからんな機嫌良さげなのか…」

態度を見てようやく納得した。

と、外で何をしていたのかようやくシュールが店内に入って来ると、目の前の彼女がいきなりガタッと椅子から立ち上がりジッとシュールを凝視した。


「やー丁度道を聞かれてまして私も詳しくなかったので地図を確認してたので遅れました。なにか収穫はありましたか?」

「今あったわぁ~ん♪」


直ぐカウンターからバタバタと出てきたかと思えばシュールの目の前に立ち、組んだ両手を自分の頬に当てて頬を染めた。

心なしか、先程よりも目がキラキラしている。


「あたし「ミネルヴァ」って名前なんだけどぉ~、貴方とっても綺麗な顔してるわねぇ~ん。ここの店主なんだけど宜しくねぇ~ん」

「そうですか。綺麗かはともかく宜しくお願いします」

相手の衝動的な変化に全く動じずいつも通り笑顔のまま軽く返した。

「さすが眼鏡。マジで通常運転だな」

「にぃー…、早かったー……」


ネリルは唖然としていてハンナはどこぞの女学院お嬢様を思い出していて呆れた顔になってた。


で、先程の媚薬の事を軽く説明すれば、成る程…とシュールも眼鏡をカチャリと指で位置を直し現状を理解した。

「では、昨日ここで媚薬を購入した人物が最も怪しいわけですね? ですが、仮にその人が原因だとしてもリリーさんと接点があるのか怪しいところですが…」

「に、そえばエラ姫ちゃんも見てたけど、昨日市場の方で男の人と話してた人。もしかしたらその人だったのかな?」

「あーそういやそんな事いってたな。直ぐ別れたらしいけど」

「考えられるとしたらその人物くらいでしょうね。話を聞いて一つ気になることがあるのですが、質問よろしいですかミネルヴァ嬢」


「もぉ~、嬢だなんて若い呼び方しなくったっていいのよぉ~。あたしの事はミニーって愛称で呼んでくれちゃってもいいわぁん」

くねくねと腰を動かす彼女にハンナが思わず態度の違いが凄まじいなとぼやいた。

それでもシュールは動じず愛称の事はスルーして質問を投げかけた。



「媚薬の効力を相手にかける使用方法はどうすればいいのでしょうか」


「やり方は一つとは限らないわねぇん。小瓶に少量の液体が入ってるんだけどぉ、そのまま飲ませた方が魔力も正確にかかるわぁん」


「他のやり方ですと?」


「食べ物に混ぜるって手もあるわよぉん。でもその方法じゃ効力が大分薄れるわねぇん。直接液を本人にかけることも可能よぉん」

「ということは霧吹きタイプでも多少はかかるという事ですか」


「まぁねぇん。でもそれじゃぁ一瞬にして切れる筈だから、あなた達のお仲間さんが今も効果が続いてるってなら霧吹きじゃなくて直接媚薬をかけられたか、食べ物で摂取したかじゃないかしらぁん?」

「もしくは飲まされたか…、ですね」


ふむ…と少し深刻そうな表情に変わり、口元に指をそえて暫く考え込んだ。


「異性を眼中にした時に効果が現れるとすれば、昨日の事と今朝の事を考えると就寝に入る時か朝方に媚薬がリリー嬢を循環したのでしょう。

今もまだ効果が持続してるのなら、どのようにして媚薬にかかったのか謎ですね…」


「あら…、そういえば昨日購入したお客さんが…………―」


ミネルヴァがあることを思い出して口を開いたが、バタン!と慌ただしく店の扉が開かれ、見ればフィリが息をあげながら両手を入り口の壁にかけて立ち止まっていた。


「皆さんこちらにいらしたんですね!」

「王子! どうしてここが!?」

「奉術で探し当てたんです。それよりも大変です! 早く街の広場へ来て下さい!」

「そんな切羽詰まって、一体どうしたんだ」

「たった今街のエンジリック兵士から避難命令が出て、大型な蝶の魔物が一匹キルさん達に襲いかかってるんです!」


「!」

「住人の方から最優先に兵士が避難させてますが、先程知らせを受けたので今から向かうところです。シュールさん達とも距離が離れていなかったのが幸いでした」

「あらぁん。ならあたしも行くわよぉん」

「んだ、貴様はこの店に残った方がいいし危険だぞ」

「このお店毎日営業してないし、値段が高い物が多いから客もそうそう来なくて暇なのよねぇん。それにあたしもこう見えて魔力で応戦出来るくらい自信はあるわよぉん?」

「に、そなの?」

「では皆さん外に出て待ってて下さい。兄さんにここからテレポートしてもらいます!」


全員が店の外に出たのを確認し、待機して準備していたクロルがテレポートを発動させて一瞬で広場まで移動した。


それをミネルヴァが凄いわねぇんと感心していたが、現場ではもう既に魔物とリリーを背にしてキルが対立していた。

周辺でも兵士が数名居るが、麻痺にかかってる者と毒にかかってる者がいて座り込んでる人が大半だった。



その状況で彼は両手からチリチリと揺らめく青い炎を出していて、ジッと蝶型の魔物を赤い目で睨み付けている。

「キルさん!」

「キル兄、応戦するよ~!」

「……! お前ら……っ」


バタバタと此方へ駆け寄るネリル達に気づいたとたん、ハッとして目を見開き声を張り上げた。



「アイツの出す粉に気を付けろ!!」


その発言と同時に青く光る巨大な蝶が、バサリと羽根を広げたかと思えばブンッと勢いよくこちらがわに風を送り、キラキラと青白く輝く粉を噴射した。


「わわっ、こっち来るよ!?」


「私に任せろ!!」

バッとエラが皆の先頭に立ち、両手を緑色に光らせて力強く蝶に向かって突風を振り放った。



ゴオォオォォォオオ!!!!




そのまま粉は消え去ったが、目の前の蝶は優美に羽根を羽ばたかせている。

見れば通常の魔物と違い、羽根や身体に青いラインがひいて光輝いてるのが分かった。



「あれはウィルス…、ダークアイの連中がここらで解き放ったのか…」


ハンナがそう呟きながら紫色に光る青いスケートボードを出し、宙に浮かせて乗った。


「あの粉を浴びると他の連中みたく身体が動かなくなるんだよ……」


キルがぼそりと説明し、全員直ぐに武器を構えてそれぞれの色を光放ち、特殊属性を解放させる。


と、蝶がまた自らの羽根でかまいたちや突風を此方へ放ち、直ぐ様エラとハンナがその攻撃を防ぎ、ネリルが雪の属性で詠唱を唱えて攻撃を当てた。



「あらぁん、ウィルスって前に他の街とかで出たっていうヤバい奴ぅ? アトリビュート(特殊属性)でしか処理出来ないっていうあれよねぇん」


人差し指を顎にくっつけて呑気に思い出すミネルヴァに、クロルがコクンと頷きながら黒と白の銃を二等構える。



「うん……、だから離れた方がいいよ…危ないから…」


「あなた達みんなアトリビュートを扱えるのぉん? 凄いわねぇん」

これまた感心してたのだが、ふとキルの数歩離れた場所で苦しそうに膝をついてるリリーに気づいた。

「あそこに居る子が媚薬にかかった子? 微かにあたしの魔力が目視できるわねぇん…」

「あ、はいそうです!」

即座にフィリが返事すると、ボク…と呼び掛けた。


「安全の為にあたしと一緒にあの子の所へ向かってくれないかしらぁん? 効が弱りきってるけど、まだ時間の問題だしアタシがあの子にかかった媚薬の魔力を中和して消すわぁん」

「え、可能なんですか!?」

「出来るわよぉん。あたしこれでも魔力に長けたプロよぉん? あの子もアトリビュート、持ってるんでしょう?」

「はい! では行きましょう!」

直ぐにリリーの元へ二人は向かい、その間ほかの全員でウィルスを相手に属性を当てていく。



魔物も突然変異からウィルスに変化してる為、かなり体力も高く羽根は厚く硬い。六人でも完全に消滅させるにも多少時間がかかりそうだった。

「媚薬の副作用が現れているわねぇん……。体温も上がってるけど直ぐに消すわよぉん」

リリーに両手をそえて中和を開始した。

と、蝶のウィルスが急に上空高く浮上したかと思えば、瞬時に青いラインから赤いラインに光輝き、カッと目が眩むほどの眩しい閃光を放った。


ミネルヴァ達以外の全員がその光を間近で浴びてしまい、その場で皆ガクッと膝をついて力が失ってしまった。

ダークアイがウィルスの魔物を数体だけ強化した際、一時的に特殊な光を放って相手の脳に刺激を与え、神経を麻痺させるものだ。



「まずい…っ、フラッシュです……。ドラッグラボされたウィルスでしたか……」


「皆さん!!」


直ぐさまフィリが皆の前に向かい、追撃してくるウィルスの巨大なトルネードを水の特殊属性で膜を張ってバリアする。

なん層も繋げて最大限に範囲を広げて強力に回転するトルネードを防ぐが、限界値まで突破されたウィルスが放った渾身の一撃を防ぐにはフィリ一人では数分も持ちそうにない。


「ぐ……っう……!………………せめて…、リリーさんの光であれば…っ」

ウィルスの最も弱点となる光の属性はリリーにしか扱えない。


ミネルヴァがやっと媚薬の効果を消したのだが、副作用の影響か彼女は額に手を当てて俯いたままピクリとも動かない。

「…………………フィ…リ…」

思うように体が動かないキルは目の前でバリアの層が剥がれていくフィリを見上げる。


彼も相当苦しそうで、なんとか両手に力を込めて粘っている。

だがどう見てもあと数秒もすればバリアも壊され、それまでに全員の神経も正常に戻らない事も明白だった。



光の属性……。



リリーが…………、



属性を扱えれば…………ーーーー



ーカツン…………



覚悟を決めて目を閉じていたキルの前に、聞き覚えのあるヒールの靴音にハッとして見開いた。


見ればいつの間にかリリーがキルに背中を向けて立っており、目の前のウィルスに集中しているフィリは気づいていない様子だった。

「……………………」

そっと流れるように右手をひらり、横に振る。

フィリの属性に同調させ、水の力を複合して白銀に輝くバリアの膜を広場いっぱいに広げた。


え……とようやくフィリも存在に気付き、特殊属性の使用者がリリーに移り変わったのを確認して前に向けていた両手を下ろした。


「リリーさん……」


光の属性は全ての属性の中でも一番強い魔力と奉力を誇っている。

完璧に扱えてるという事は、リリーが正常に戻ったという事だろう。


白銀に光輝く巨大なバリアを前に、静かに時間が止まったような感覚を全員が息をのんで彼女に注目していた。

固唾をのんで見上げていたキルに、リリーは足元を動かして振り返る。

膝をついてる彼に彼女も腰をかがめて両膝を地面につき、ゆっくりと両手で相手の頬を覆うとそっと目を閉じて額を合わせた。

「ごめんね…。

……力になれなくて…――――」


小さな声。

彼だけに聞こえる声量でそう言うと、スッと離れたかと思えば先程よりも強く右手を振り、バリアを止めてるトルネード中央に固めていきながらウィルスに勢いよく押し出した。



強い光の属性がトルネードの回転を更に高速化させ、そのままウィルスに真正面から衝突した。


ゴオォオォォォオオオオオオ!!!!―――――


渾身の一撃だったものが更に強く反動を受け跳ね返ってきた事でさすがに耐える事が出来ず、強い光と共に巨大蝶だったウィルスは消滅し、その衝撃で一瞬強い突風が全員に吹きつけられた。

暫くすると直ぐに風は止み、先程の光景が嘘のようにウィルスの姿もなく、静寂に包まれた。



「……リリー……」



「……………」


時間も経過してようやく手や足の感覚を取り戻しかけ、背を向けているリリーの名を呼ぶ。


「…………――――――」


ドサッ


フッと力が一気に失うようにその場で倒れ、全員が驚いて彼女へ駆け寄る。

「リリー!!」

一番早く駆けつけたキルがリリーを腕に抱いて呼び掛けても起きる事はなく、目を閉じたまま眠っていた。

「どうやら光の力を使い過ぎたようですね…。僅かに寝息も聞こえるので、一晩寝かせたらまた起きるでしょう…」

「………そうか……」

シュールの言葉にホッと胸を撫で下ろす。

「ありがとうございます…、リリー嬢……」

「にぃ~…、ほんとにありがとう姫ちゃん……!」

全員が眠ってるリリーにお礼を言い、キルも小さな声で「ありがとな……」と赤い瞳で囁いた。

「あらぁん。あたしにもお礼は無しなのぉん?」

「あ、すみません! ……えーっと…お名前は…」

ハッとこちらに近づいてきたミネルヴァにまだ名前を知らずにいたフィリがおずおずと聞くと、ミネルヴァよぉ~んとブイサインを送った。

「ミネルヴァさん、リリーさんを治してくれてありがとうございました。あなたが来てくれてなかったらきっと大きな怪我や街に被害を受けていたかもしれません」

「いいのよん。あたしもこの街に貢献出来た感じだから。それよりもあっちに媚薬を買った人が居るんだけどぉ~」

え、と全員がミネルヴァが見てる方向に目を移すと、少し遠く離れた所にダーク・アイ機関メンバーの一人であるスピアが腕を組んで立っていた。

その人物を見た途端、エラがバッと立ち上がり頬に汗を伝わらせた。


「まさか…、貴方だったんですね……。

…………。

……スピア……さん…」


全員がスッと武器を構えたが、無表情な彼は何も言わずに黒い闇の光に包まれた。

「くっ」

一瞬の瞬きの間に彼は姿を消していて、エラは悔しそうに歯をくいしばって警戒を解いた。

それからクロルにテレポートでミネルヴァを店まで送り、全員を宿泊している宿まで移って眠ってるリリーをベッドに寝かせ、ようやく落ち着く事が出来た。

「リリーにかけられた媚薬の原因はスピアで間違いないだろうな」


談話室にキルとリリー以外集まっていて、ハンナが腕を組んで壁にもたれかけた。


「ヤツなら変幻自在に誰かに成り代わる事が可能だし、一般人の野郎にだって変われる」

「ミネルヴァさんが顔を覚えていたって事は、変幻せずにそこで買いに行ってたという事でしょうか」

不安そうにフィリが口にすると、でしょうねとシュールが肯定して窓から外を眺めた。



「あの片は針を武器にするメンバーです。きっとリリー嬢は媚薬液をつけた針で朝方窓の外から投げつけられて刺されたのでしょう。ベッドから倒れていたのと、窓が既に開かれていたのがなによりも証拠ですし」


「でも、私たちが見た市場の男性は関係なかったのか?」


エラがネリルを一度見てからシュールに質問すると、それもスピアでしょうと推測する。


「一般男性に成り代わり、この街の宿がどこか聞いたんだと思います。ここは一ヶ所しかないですからね」


だとしたら媚薬を購入してまで使った目的も彼なら納得出来ますねとハンナに向けて言いはなった。



「アイツは闇の属性で針に武器変化して使うから戦力としては他の機関よりあまり上じゃない。むしろ物理的にこっちに近寄らないだろ。だから驚異である嬢ちゃんに媚薬をもったんじゃねーの。属性なら証拠も残んねーし」


「でもでも、…言いたくはないけど媚薬より毒針を仕掛けた方がいいんじゃないかなって思うんだけど……」


「貴様も知ってんだろ。嬢ちゃんに毒も麻痺させる事も異常状態が起きない体だってこと。

キルと同じように、嬢ちゃんも傷が直ぐ再生して癒えるんだ。

だから一時的だが媚薬で嬢ちゃんにかけたんだ。光の属性は俺らの奉術と違って魔力と相性が悪い。不安定になったのを確認して様子を見ていたのかもな。

ドラッグラボしたウィルスで直ぐに仕向けさせる為に…」


そこまで結論づけると、ハンナは二階のリリーが寝てる部屋を見るように天井を見上げた。

――――――――――――――――




………………………。




………………。








白いベッドで今も眠ったままのリリーを、キルが椅子に座ったまま様子を見ていた。


……………………。



「…………………………」








〈―――ごめんね………。

…………力になれなくて…―――――〉









……………………………。












あれから………、



あの言葉がずっと頭から離れない。






そっと置かれたリリーの手に自分の手を重ねる。



こいつはいつも、どんな時でも他人に頼らず自分でなんとかしようとする。





強い光の属性を持っていなくても、


俺にも頼ろうとせずに。






「………………………」




重ねた手を彼女の頬に移動させ、寝顔を見つめながら指先で一度撫でる。








「……………なんでそんなに…………

……強いんだろうな…………」





ボソリと無意識に呟いた。




俺は別に…


こいつに頼られたっていいと思ってるのに……。






「…………リリー」



そっと彼女の名前を呼んだ。



返事もなにも返さなくてもいいから、ただ名前を言いたかった。





「―――………………なに……?」


「…………………」


いつから起きていたのか、そっと目を開けて俺の手を握る。

まだ体温が暖かい感じだったが、昼間よりはマシになってる。





「……………起きてたのか……」


上半身だけを起こし、コクンと頷くと手を離した。




「あの後……、どうなった……?」


「問題なかった……。街の奴らも兵士もみんな無事で、負傷者もあまりいない。お前が光でウィルスを消滅してくれたからな………」


「…………………そう……」


よかった…とつけ加えて自分自身のそえてる両手をぼんやりと眺めはじめた。


………………………。



「………私…、媚薬にかかった時の事、部分的にだけど覚えてるの………」


「…………………」


「効力にかかった時や……、貴方にしたことも……少しだけ………」


でもね……とゆっくりとこちらに顔を向けて、聞き取りやすいようにまた口を開いた。




「私が貴方にした事は……、嫌じゃなかったの…」


「……………………」



真正面から俺の目を直視する。


目をそらさずに、こいつはいつも真っ直ぐ見る。


こっちがそらしたくなる程に…。







「……………そ」


ただ素っ気なく返してしまって、一度視線を落として伝えたかった事を思い出した。


「……助けてくれてありがとう……………」


「………うぅん…。私こそ…、それまで力になれなかったから…」



「………充分だよ」



ジッと自分の左手を見つめれば、ふいにリリーからまた手をそえて触れた。






「…もし困った時があったら……貴方に頼ってもいい……? キル…」



「…………………………」



首をかしげ、少しだけ不安げな顔を向けてる。


こっちが望んでいた事でもあったから、その顔がなんだか不思議で変な感じがした。




「………………………。

好きにしろ………」



否定もなくそう返せば、リリーはホッと胸を撫で下ろした。


「ありがとう………」


「ほら……、まだ寝ておけよ…。明日には街から出るからな」


「…………うん」




もう一度仰向けで横になり、ふかふかな枕に頭を乗せた。



「………………手を繋いだ時には……嫌じゃなかったから……」


小さく囁きかけるように教えたら、ただふわりと笑みを見せて眠りに落ちた。



ほんと…慌ただしい1日だったな………。









――――――――――――――――

ー後日ー



「に~。ミネルヴァさんがこの街の守護魔導師に昇進したんだね!」


「エンジリック兵士も目撃してたから、色気と自分を棚にあげて街の長に報告したんだろ」


「ちゃっかりしてますね~」


宿の見出し情報を全員が確認していて、キルとリリーからはなんのこっちゃと互いの頭上では「???」を浮かべていた。






ーendー

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