-短編集-
今日は快晴の空で気温もカラッとむし暑い猛暑日。
聖なる瞳(ホーリー・アイ)に所属して数ヶ月、闇の瞳(ダーク・アイ)本部へ潜入する目的で機関本部に短期事務員として雇わせてもらったハンナとシャンクの二人。
当然、事務職を任せられるのでやることは簡単なデータ処理や管理と、他雑務をこなす作業だけで機関の外側だけに関係するので、対して深い関係者や機関員にも会う事すらない。
二人の目的は機関の内部情報を出来るだけ集める事なので、どのような行いでどんな人材が居るのか確認し、また内部周辺を少しでも探るのが本来の目的である。
「そんなこんなでようやく身元もバレずに短期事務員として採用されたわけですけれども、ハンナっち」
「うるさいその呼び方やめろシャンク」
小さな事務室で書類のデータ入力をパソコンに打ち込みながら会話する二人。
本部といえども関係者と接点することもなく、ここと関係が浅い業務員から雑務を教わっただけでこの現状である。
深く関わっていないので、指導した人物からは何も情報が得られない事で機密事項が高い事が伺えた。
「いやー、ここまで表側の外っかわの立ち位置だと、これ以上の機関の情報は入手するの難しいんでねーかねぇ~?」
「貴様、よくそんなベラベラと喋ってられるな。もしこの空間に監視カメラ以外に音声機器も設置されてたら俺らは捕まってたんだからな」
「なんだよぅ。最初にその確認が終わったからいいじゃん今喋っちゃって。俺こんな地味な仕事するだけの任務もうヤーよ。そろそろ別の面白い事見つけたいわー」
「そんな簡単に情報収集できるわけがない。この仕事だって短期間だけだ。それまでになんとか機関の連中に関係してる事柄を掴みたい」
「つってもさ。俺らを指導してる人がほぼ一般人じゃこの先どうもなんないっしょ。奥の廊下は立ち入り禁止で監視カメラも念入りに設置されてっし、バレずにあの通路を突き進むのも正直無理難題だよここは」
「だからって手ぶらで帰るわけにもいかないだろ。せっかくここまで入ることが出来たんだ。今はまだ聖なる瞳(ホーリー・アイ)の機関を敵視すらしていない。むしろ興味もないし此方側の事を認識してないだろうよ。
だったらこのタイミングが一番大事な時だと俺は思うね」
そうかなーとハンナの言い分を半信半疑に返せば、シャンクより一足先にデータ入力を終わらせた。
「ちょ、はえーっての」
「頑張りなされよーっと」
少しペースを上げたシャンクをよそに立ち上がって窓を向けば、外に誰か人影が見えた気がした。
「ん…?」
そこへかけ寄って窓から外を覗くと、この機関にはにつかわしくない、小学生くらいの少年が空を見上げていた。
その横顔を確認し、ふと違和感を感じ取った。
(………………………。どこかで見たことがあったか…?)
見覚えがあるような無いような、どこかギリギリのラインでモヤモヤする。
でも考えても思い出せそうもない少年の姿だが、そこで丁度シャンクも入力が終わったので声をかけた。
「おいシャンク。どうせこの後お昼だし、休憩だよな」
「だねー。今日のお弁当はちょっと力作なんすよハンナ様~」
「だったら飯、すぐそこの庭で食うぞ。立ち入り禁止区域だとか言われてないから、もし見つかって注意受けられても知らなかったの一点張りだ」
「およ、外の空気をご所望で?」
「そんなとこだ。丁度いまがチャンスだろうよ」
ん、と外に居る少年を指差せば、ようやくシャンクもその存在に気づき「あら…」と呟いた。
で、そのまま二人分の弁当をシャンクが持ちながらハンナと一緒に外へ出た。
バタンとドアを閉めた音が庭中に響くと、青空を見上げていた少年が逃げることもなく、ましてやハンナ達がどこの誰だか分からず慌てふためく様子も見せずに此方側を向いた。
パッと見たところ、小学1、2年あたりの小さな少年か。
髪は黒髪の短髪だが、少しだけ広がりのあるクセっ毛で独特のあるヘアースタイル。
上下とも黒い無地の半袖シャツと半ズボンを身にまといこんな猛暑日でも汗ひとつかいてないのがどこかしら異様な光景に見えた。
そして極めつけに言うと少年の瞳の色は…………
「……………赤い…瞳……………」
ボソっとハンナが思わず呟いた。
少年の両目は真っ赤な色をしていて、この世界でも珍しい瞳の色をしていた。
ハンナが唯一知っている、赤い瞳の人物を脳裏で思い出しながら。
そんな記憶を取り除いていたハンナの様子をつゆしらず、シャンクがお?と興味津々に少年の元へと駆け寄った。
「こんな所に子供が居るなんて気づかんかった~。もしかして迷子?」
「……………………」
近くまで駆け寄って来たシャンクをただ無言で見上げるだけで、特に返事もしない。
「およ? おーい聞こえてるー?」
少年の顔の前で手のひらを振ってみたら、ようやく口を開いて応答した。
「…………聞こえてる…」
「おー。なんだよかった目が見えないのかと思ったよお兄さん」
「おいシャンク。不用意にスキンシップし過ぎるなっての。この庭に監視カメラは無いが、さっきの事務室からはここは丸見えなんだからな。怪しい行動とかはとんなよ」
「怪しい行動って例えばなんだよー」
「いきなり少年をぶん殴るとか」
「いやそれは流石に理不尽やん!?」
「それは冗談としてだ」
冗談だったのかいとシャンクが真顔でこたえれば、今度はハンナから少年を見下ろして質問を投げかけた。
「貴様はこの建物で暮らしてるのか?」
簡単だけれど直球な質問に、暫く間を置いた沈黙だったがうんと頷いた。
どうやら普通に会話が出来るようで、とりあえず日光が暑いので庭のベンチまで行き、影がある場所まで三人は移動した。
「はー、今日は昨日よりあっちぃな~。やっぱクーラー効いてる室内が良くね?」
「え、やだ」
シャンクが襟をパタパタさせて通気性を良くしていると、すぐ隣に座っていた少年が即否定した。
「ほい? なんで?」
「だって暑くないから。逆に寒くなる」
「えぇ~!? この温度で暑くないの君!?」
嘘でしょーと汗だくになりながら驚きを隠せなかったが、確かにハンナやシャンクと違って少年はずっと涼しげだ。
だがずっと見ていて気になっていたが、表情にあまり変化がなく、瞳も仕草も全体的に覇気もない。
どう見ても普通の家庭環境で育った子供には見えない。
そこでようやく、ハンナが少年に名前をたずねてみた。
「…………キル」
「キルって…………」
聞き覚えのある名前にハンナ自身もグッと黙り混んでしまった。
「キルって名前かぁー。なんていうか、凄い名前だなー。うーん」
うーんとなんとコメントしたらいいか迷う反応を見せるシャンクだが、それでも少年の名前を聞いて黙り混んだハンナの様子に首をかしげた。
キルという名前。
忘れもしないこの名前。
自分がハイドと白い空間の一室で話していた時、その中央には透明なカプセル型の棺桶のような物があったのを今でも覚えている。
その中には小さな少年らしき人物が眠っていたが、あの時に見た少年は今よりもっと幼く目を閉じて眠っていた。
だから直ぐには気づかなかった。
そしてあの場でハイドが眠ってる少年に命名し、名付けた。
生まれた意味を知らず、生きる意味を持たない。
この名が最も相応しい名前だと言い残して、
彼は名をつけた。
「キル・フォリス」という名を…。
「……………」
物思いにふけて再会したキルをぼんやりと眺めていたら、今度はシャンクがオーイと声をかけてきた。
「生きてるー?」
「……生きてる」
こうして再会しても複雑な気分は拭いきれず、なんとも言えない感情で支配されたままなので、そっけなくこたえる事しか出来なかった。
そんな元気のないハンナにシャンクも微妙な空気を感じ取ったが、場を和ませようと手に持ってた二人分の弁当を開いて見せた。
「そうそう。俺らちょっとばかしここで働いてて、今お昼の休憩なんよ。せっかくだしキル君も俺が作った弁当つまむ?」
はらりと布でくるんでいたのを外し、パカッと弁当箱の蓋を開けた。
どちらも普通の弁当に入れるメニューである程度の具材を散りばめられていたが、ハンナの弁当には何故かクマのおにぎりが入っていた。
「……クマ」
「おいなんで俺のは普通のおにぎりじゃない。しかも無駄にクオリティーたけーんだが」
「いやなんかね。トレス君がクマのおにぎり食べたいって突拍子もなく言ってきてさ。余ったからこっちに入れてみたんです」
「あまり物かよ」
厚み隠さず教えたシャンクに目を細めて冷静にツッコミをいれるハンナ。
そんなやり取りをただジッと無表情で見ていたキルが、もう一度クマのおにぎりに目を移した。
それからジッと見ている。
「お、もしかしてこのクマたん食べたい?」
シャンクが聞けば、見上げてコクンと頷いた。
キルの素直な反応にハンナが面倒くさそうに手をひらひらさせて、はいはいと了承した。
「あーいいよ食っても。おにぎりくらいどうって事ねーし、この男からその分食うから」
「ちょっ、さりげなく俺のおにぎり盗ってんですけどハンナ様?」
「じゃあ…、いただきます」
クマのおにぎりを両手で掴み、パクっと耳の方から食べた。
中にも具が入ってて、シャケが入っていた。
「あ、なんでシャケの具かって言うと、クマが川で魚を取ってる様を思い出したからなんだよ」
「別に聞いてないけど…」
勝手に教えてきたシャンクに素っ気なく返せば、そのままおにぎりを食べ続けた。
「そういや、なぜ貴様はここに居たんだ」
また気になる事をハンナからキルに投げかけてみると、その質問の内容を聞いた途端、押し黙ってしまった。
「あ、なんか聞いちゃいけなかった?」
シャンクが直ぐたずねると、ふるふると首を振って、やっと声を出した。
「…………もっと外の世界を…、見てみたかったから」
「外の世界って…、貴様はここで軟禁されてるのか」
「なん…きん?」
「あー、閉じ込められてるかって事だ」
「……そうでもないけど」
でも…と大人しめだが意味深い言葉を残した。
「“1日経つといつも世界が少し変わるから、今日はどれくらい変わったのか見に来てた…”」
「………ん?」
ハンナもシャンクも二人して頭の上にハテナマークを浮かべ、一緒に首を傾げた。
「なんだそりゃ」
「毎日高さが変わるんだよ。1日寝て、朝目が覚めたらその時にはもう高くなってる」
「それは……、貴様の身長がか?」
半信半疑で聞いたらコクンと頷いた。
「ってーと、どれくらい変わるの?」
「たぶん、1センチくらい」
「ウソだ~」
「ほんとだよ」
「えー、いやいやそんなわけ…。
……………。
……え、まじなの?」
冗談だと思って聞いてたシャンクだが、表情が変わらず真剣にこたえるキルが嘘をついてるように見えなくなり、真偽が分からなくなってしまった。
「あ、でも最近は段々伸びる高さが小さくなったよ。一番最初に伸びた時は5くらいだったから、そろそろ伸びなくなるかも。なんか…伸びる高さはバラバラだから」
「…………」
淡々と喋るキルに、ハンナもシャンクどちらもただ黙るしかなかった。
なんというか、成長スピードがどう考えてもおかしい。
いくら育ち盛りな子供といえども、1日で極端に伸びるワケがない。
「……キル…と言ったな」
「うん」
「その一番最初の時はどれくらい前の事なんだ」
「えーっと…」
両手を出して数えだし、んーと言ってこう応えた。
「じゅーごくらい前」
「その時の身長は分かるか」
「わからない」
「………。……そうか」
肝心な出だしが分からないままかと思いきや、また直ぐに思い出したらしくあ、と声を出した。
「たまに検査する時に、大人の人が「三年で小学生」って言ってた」
「………!!」
その発言を聞いた途端、目を見開いて二人共キルに向けた。
「いやいや、それどう聞いたっておかしいって!? 三年で小学生? 普通じゃ三才っしょ」
「そうなると今は小学生二年あたり…………か…。しかも三年前……」
ボソリと呟くハンナは何故か冷静で取り乱すこともなかった。
「そうなると、貴様は幼稚園や小学校っつー場所にも行った事もないだろ」
「知ってはいるけど行った事ない。ずっとここに居て、たまに大人たちと外を歩くだけ」
「………………」
ジッとキルを見つめ、フッと視線を落とした。
「………そうか」
落胆する気持ちや分からない気分がぐるぐると入り交じって、黙々と弁当を食べ進めた。
キルが言ってる事は、本当なのか。
ただの嘘じゃないかと思ってしまったりする。
けど、それが嘘じゃないのは自分が一番分かってる。
あのケースに入っていたのを見たのは、いまから三年前で幼稚園児にも満たないくらいの幼さだったから。
「…こんな偶然…、あるわけねーな…」
思わず呟いた発言。
それをただ聞いていたキルだったが、後から口を開いて一言呟いた。
「あるわけねーな」
「を?」
隣でパクパクとおにぎりを食べるキルを見る。
その様が面白かったのか、アッハッハとシャンクが笑い声をあげた。
「この人の言う言葉、あんま真似しない方がいいぜ~キル君? 汚いし乱暴なのばっかだから」
「んだとコラァ」
真っ先にベシンとシャンクの頭を叩くと、アダッと悲鳴を上げた。
「んだとこらぁ」
また直ぐハンナの言葉を真似て、流石に「おい」と冷静に発言した。
「なんで真似するんだ」
「少しカッコよく聞こえるし、言いやすいから」
「はぁ?」
「アッハハハー! お手本がハンナの言動じゃ、キル君もこの人みたくなっちゃうぞー」
「悪いかオラ」
またパシンと頭を叩くと、ハッとして腕にはめていた時計を確認した。
そろそろ休憩が終わり、事務室に業務員の人が来る頃だ。
どう考えてもキルと会ってる所は見られてはいけないと思い、二人は早めに室内へ戻る事にした。
「もう戻るんだ…」
「おぉ。仕事の続きがあるからな」
「………そっか…」
「………………」
「……明日から俺…、また長い間検査するって言われてるから、ここには行けない…」
「………そ」
ドアノブに手をかけながら、どこか寂しそうなキルを見下ろしてポンと頭に手を置いた。
「今いうことはまだ貴様には難しいだろうが…、今の俺らじゃ貴様をここから連れだせたとしても、この機関に直ぐ潰されちまうくらいに戦力を持ってない」
「………ぇ…」
頭に手を置かれたままハンナを見上げる。
…………。
俺とアイツの遺伝子がコイツに刻まれているのを、どんなに消したい過去でも今は消えない。
過去を変える事は可能なのか分からないし、タイムパラドックスが起こる予兆としても考えられるから。
けど事実上、俺はコイツの親になるのなら、どうにかして救えるものなら救いたい気持ちが強い。
きっとコイツは実験体のように、これからずっと兵器になるまで監視されて育つ。
今直ぐにでも助けたくても、この大きな組織に刃向かう術がない。
だったらコイツやアイツの考えも救う手だてを探して見つけてみようじゃねーか。
たとえ何年経ったとしても、
それまでどうか、生きてて欲しい……。
「…………いつか…」
「………」
「……いつか、また会おうぜ。
…貴様が俺らを忘れても」
「…………………」
スッと手を引いて離し、キルの赤い目を見つめる。
どう見たって普通の人間なのに、ここの連中はアイツの…………、ハイドが言った通りに人を殺戮する兵器にするつもりだろう。
この環境で生まれ育った事を悔やむ時がコイツにくるのか分からないが、
だとしても、コイツには自ら命を絶つ事がないように願うしかない。
それを止める事が出来るのなら、俺は…―。
「……………………」
バタンとドアを閉めても、アイツはこの部屋に入ろうとはしなかった。
行動範囲は決まってるのか、それともここに入れない理由でもあるのか俺らには分からない。
そうしてまた、作業を再開した。
「………………」
一人ぼっちになったキルは後ろを振り返り、庭の片隅に転がっていたボールをそっと拾い上げた。
「………………」
一瞬だけ腕から青い炎がゆらりと揺れて現れたが直ぐに消え、もう一度ハンナ達が戻った部屋のドアを眺めた。
「………また…いつか…」
ーendー