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-短編集-


コッコッコッコ…。


館内に掛けられている巨大な振り子時計が音を刻む。


コルティックの街外れに位置する茶色い洋館。

周囲にはまるで館を隔離するように深い森が続いており、外部の者が簡単に入れないように高い塀と屋敷左右と真後ろにも岩で積み上げた外壁で囲まれている。

唯一入れる黒い門も頑丈な南京錠で固定され、ほぼ街とは疎遠に近いと言ってもいい……。

そんな光景の洋館だった。


カツン…カツン……。


この洋館に住んでいるのはとても若い女性で、名は「サラ・ネイン」。

長いロングの銀髪にゆるんだ毛先はピンクの色をしている。

服装は淡い桃色のドレスを身に付け、光を宿らせていない群青の瞳で廊下を軽く見渡す。


この洋館ではある事情で社交の場から離れているので、基本的な日常は雑務をこなす使用人とメイド、侍女が館内で働いている。

マネージメントとして貴族にあたるミリッツ家から執事をこちらへ定期的に足を運ばせているので、館の管理も充分である。

この洋館に住んで日が浅いのだが、ひっそりと身を潜めるように生活するにはこの環境が一番適しているのが今の彼女の現状である。


毎日が何もない状況ではただ生かされてる人形なだけのようなので、この洋館に居ても極力外部の者とは関係を断ち切って生活を強いられているようなものなのだが…、


一度だけミリッツ家からサラの身体に合う薬を作る為に、この洋館内に薬剤師の者を迎え入れ医師からの処方箋を元に調剤した薬を届けた人物が居たのだが、

その日からほぼ毎日、サラの従者に近い存在となった男性がこれから洋館に到着する為、彼女はロビーへと歩んで行くのだった。


ー館内を見てみましょうー


「―……なるほど。そうですか」


ロビーにはミリッツ家の自宅から館のメンテナンスに来ていた執事が居て、その目の前にはシュールの姿が見えた。



真剣だが穏やかな面立ちで執事と朝の会話をしている。薬に関する情報と館内や使用人、サラの状態を軽く交換するのが自然と日課になりつつあった。


今日もいつものようにダイヤ型の白いボタンがついた黄色いシャツに、灰色の長ズボンを着用している。衛生面にも気を使わなければいけないので、作業着にも向いてる服らしく同じデザインを3セット持ってるとのこと。


他にも白や青い服を持っているが、薬剤師として一番作業しやすいこの服装で着ている事が多いらしい。



セミロングほどの金髪を水色のゴムでひとつにまとめていて、前髪を手で少し整える。











……コッコッコッ……


「シュール……」


落ち着いていて鮮明な声がロビー内に響く。


見ればサラが侍女を引き連れて迎え入れに来ていた。

あぁ…、サラお嬢様と名を呼んだ声に対応し、シュールからも彼女の名を呼ぶ。


眼鏡をかけていない水のような瞳でアイコンタクトすれば、やんわりと目を細めて口を開く。

「おはよう御座います」

「……おはよう」

サラに頭を下げて挨拶をして、その後ろで控えていた侍女へも微笑を浮かべる。

「今日もかわりばえないようですね。ずっとこの館に居れば変化もないような気もしますが……」

うーんとロビー全体を見渡しては、音を奏でる振り子時計を見上げて時間を確認する。


それからもう一度サラに目を向けては、ニコりと笑みを見せて白い綿手袋をはめた右手を彼女の前に差し出す。

「…………?」

なんだろうとキョトンとして不思議そうに首を傾げれば、その隣で立っていた執事の男性がクスりと、絹手袋をはめた手の人差し指で口を隠す。

「本日は薬の仕事がお休みで休日にあたるんです。せっかくですのでこの洋館の中を細かく見て回りに行きませんか? サラお嬢様」

失礼します…と一言そえて、両手を重ねていたサラの右手をそっと軽く握りしめれば、優しい笑みを浮かべて提案を持ちかける。

「この館を……見る……」

握られた手を群青の瞳で見下ろしては、静かに彼の言葉を言いかえて呟く。

それからコクンと頷いて、自ら近づいて承諾した。


ありがとう御座いますと礼の言葉を言えば手を離し、執事に一礼して別れ、お付きの侍女とサラでロビーをあとにした。

「サラお嬢様はこの館に住んでまだ日が浅いんですよね。私もこの館の内部を細かく見回っていなかったので、機会あれば一緒に回ろうかと思っていたんです」

「そう…。確かに私自身もまだ見ていない場所があるかもしれない……」

硝子窓から光が差し込む廊下を、三人はゆったりと歩みながら会話する。

主人に使える侍女は基本的に見守るように一定の距離感を保つのだが、時々シュールやサラからも軽く話の内容を持ちかけるので、全く退屈せずに話しを聞けると本人は思ってる。

けれども、どうしてサラが外部の者であるシュールという薬剤師を、暇がある際に館へ顔を出して欲しいと促したのか。

それだけは今でも分からないままだった。


「そういえば、こちらの館へ定期的に来館している彼(執事)ですが、ミリッツ家の旦那様が近々夜会に出席するそうで、また騎士団の団体客を屋敷に招くと仰られてました」

「ということは…、侍従の者が代わりに此方へ出向くのかしら……?」


「察しがいいですね。給仕(きゅうじ)の管理もよりいっそう忙しくなるとの事ですので、また彼本人からもお嬢様へ話すかと思いますが、とりあえず私の口からも伝えておくと話しておりましたので」

「わかりました…。覚えておきます」


理解したのを確認して廊下からサロンの間に出た。


休息場でもあるこの場所は時々お茶会をたしなむ場合が殆どで、19時くらいにこのスペースを使用している。

「おや。見てください」


と何かに気づいたのか、シュールが指差す方向に目を向けると、だれでも寛げる深紅なソファーの近くに設置されてる柱型の台があり、白い花が咲いてる植物が花瓶にいけられて置かれている。

「……白い花…」


「もっと近くで見てみましょうか」

目線近くまで寄って、小さな白い花がいくつも広がるように咲き誇っていて、日光が当たる位置に面してるのでとても綺麗に成長しているのが分かる。

「私は職業柄、薬草といった植物に関する知識を頭にいれなければいけないのですが、それとは別で日常的に物を観賞するのも好きなんです」


そう言って、白い花にそっと撫でるように触れる。


「この花は比較的管理が楽な植物だけれど、観賞するにあたる意味は貴方にとってどんなものなの…?」

そう聞かれれば、うーんと花を眺めながらサラに応える。

「心が癒される意味が強いですね。私の場合は」


花を撫でていた手を離せば、今度はサラも近寄って白い花びらを撫でる。

「どのお屋敷や宮殿でも、民間人の住む御自宅だとしてもどこかしら植物や花が咲いていれば、それだけでも見映えは変わるでしょう?」


サロン内のサイドにも同じように設置されている花瓶を見渡し、ニコリとサラに微笑みかける。

「花は人と同じくそこにあるだけでも生を感じられて良いと思います。この館も外観は茶色く閉鎖的ではあるのに、よく明るく見えるように工夫されてるなと」

「………なるほど…」

シュールの言う通り、よく見れば館内の少し暖色に統一された間取りのあちこちに、アクセントのように明るい色の花や観葉植物が置かれているのに気づいた。


「……こんなに小さな気付きも、貴方は見つけてくれる……」


「おや。そうですか?」

コクンと頷いては、今度はサラからシュールの手を取り見上げる。


「私が…、今の私が“前の自分よりも分からなくなってしまった”事を貴方は沢山見つけてくれる…。

そんな気がしていたから私は貴方をあの時…、指名したの…」


「…………!」


この言葉を聞いてようやく、様子を見ていた侍女がシュールを気に入った理由を理解した。

来館した際は自分も立ち会っていたのに、何故サラが全く顔を合わせていなかったのに彼を指名したのか、本当に突然の事だったので驚いていた。


けれど、今のサラの言葉が理由であれば、彼女の目に見えない部分を見抜く力が自分たち使用人よりも並外れた洞察力を持っているのだと悟った。

前の……、成人する前の彼女に使っていた頃と大分変わったけれど、やはり薄々感じていた強い洞察力は、この館に来ても変わりはなかった。

むしろ嬉しかった。

彼女は本当に、自分が仕えていたサラお嬢様だという事が分かったから。

「……………」

口には出さなかったけれど、心の中でシュールに対して「ありがとう…」とお礼を告げた。

場所は変わって物置部屋である倉庫へ。

この部屋にはこの館で以前使用されていた家具が大半で、それ以外の物といえばミリッツ家から運ばれた調度品も置かれていた。

こちらもメイド使用人がしっかりと管理されているので、保存状態が行き届いている。

「お嬢様、そういえばネイン家にあったごく一部の物もこちらの部屋に保管していたのですが、見てみますか?」

侍女の方が控えめに話しかけてサラの顔色を伺う。

自分がかつて住んでいたネイン家の話題に怪訝するかと思ったが、表情になんら変化がなく、いつものように無表情だった。

迷いもなく見せて欲しいと返してきたので、少しホッとして中を誘導し、二人を案内する。

「数はとても少ないですけど、ほら、この水色の布地、覚えていますか?」

小さなアンティーク調の箱を選んで、パカっと開くと中には傷つかないように紫色のクッションシーツがあり、その上には水色の分厚い布が綺麗に折り畳まれていた。

「……この布…」

なにか思い当たるようで、まじまじと見たあとスルりと手に取る。


「…確か10才の誕生日に買ってもらった……プレゼント…」

その呟きに覚えていてくれてたのですねと微笑みかける。


シュールもじっとその布を見ては、上質な素材を使用されてます?と見た目で直ぐに見抜いた。


「私とメイド、兵士の方を連れて城下町へサラお嬢様の誕生日プレゼントを選びに向かったのです。

そこでアクセサリーを売っているお店でウールやコットンなどの素材を使用した布も取り扱っていたので、その時にサラお嬢様が選んだ品物なのです」

「そうなんですか」

「この布は…、その時期によく髪飾りとして使用していたので、私やメイドにとっても思い出深い品物でございます………」

幼少の頃にプレゼントされた品が今、ここにあって本人の手に渡った。
それをしみじみと懐かしむように話す侍女の話しを黙って聞くサラ。


「……………」

それから指先にかけられた水色の布をただ眺めるように見ては、フッと目線を落として言葉を紡げる。


「まるで…、帰りを待っていてくれたみたいね………」

ボソリと口から溢せば、シュールに顔を向ける。


「シュール…。私の古い品だけれど、貴方にこれを貰って欲しいの…」


「………え…」


手のひらに垂れ下がるように持つ水色の布をシュールの目の前に突き出した。


「ですが…、この品はお嬢様にとってとても大事な物では…」


「大事な物だから、貴方に譲りたいの…」

まだお礼をしていなかったから…と一言そえ、シュールの手を取ってそっと彼の手のひらに布を置くように重ねる。


「私の体に合わせた薬の調剤と、殆ど毎日この館へ足を運んでくれているお礼…。だからこの品を貴方に贈りたい。

……今の私にはこれしか贈れないけれど……」

最後の言葉は心なしか声がおさえられ視線を落とす。

その理由とサラの小さな感情が少しだけ伝わり、シュールからサラの手を取って布を受け取り、手を離しては自分の髪をまとめているゴムの上に、受け取った水色の布でリボン結びに付けた。

「ありがとう御座います。大切に使わせていただきますね」

ふわりと柔らかく微笑すれば、サラもその顔を見上げては僅かに口のはしを伸ばした。

笑いかけたとは言い難い表情だったが、侍女もシュールもそれが精一杯だったサラの笑みだと認識しておいた。

それからは昼食を軽くはさんでまた他の館内を細かく見て回り、いつの間にか時刻は17時をまわっていた。

日が落ちて明るかった空がオレンジ色に染まりかけてきた。


「おや。いつの間にかもうこんな時間なんですね。時が経つのは早いものです」

館の外の中央に設置された太めの白い柱で一旦歩んでいた歩を止め、その柱につけられてる大きな時計から時刻を確認し一息ついた。

「今日は一緒に館内を見て回ってくれてありがとう」

「こちらこそ楽しかったです。お嬢様から大切な品まで貰ったので、重宝しなければいけませんね」

そう言って、まとめた髪に結びつけた水色のリボンを軽く触れて手をおろす。

「………………………」


シュールの仕草を確認して、ふいに遠くで日が沈む空に視線を移す。

それにつられるように、侍女とシュールもサラが見る風景に目をうつした。

長い間水色だった青空だったのに、今では数分の間でどんどんオレンジと赤が入り混じっていく。


その情景をただ眺めるように見つめていたサラがふと、独り言のように呟いた。

「…空が…、赤く燃えているように見える……」

それを耳で聞き取ったシュールが無意識にサラへ顔を向け、彼女の横顔をジッと見つめる。

光の色が朱色に変わっていたので、明るく長い銀髪も赤く染まっている。

そんな彼女の横顔はとても整っていて、正面から見ても綺麗なのに横のシルエットが更に整いを際立たせていた。

「…赤い夕日は………何度見てもここの内側が寂しく感じる…」


今の私でも…と一言繋げては自身の左胸、心臓部分をキュッと握るように服を掴む。


「……………」


なんの言葉も見つからないまま、その様子を眺めた後にシュールはもう一度、沈む夕焼け空を見つめる。

赤い色……。

彼女に関する事は、今の現状まではミリッツ家からも知らされていないが、

ネイン家が滅ぼされたという情報は城下町やコルティックの街までミスティルが治めているセイレージュ帝国(国家)のほぼ全域に知りわたっていて、残酷な光景であったのは確かだったと聞かされていた。


そのネイン家で別荘や実家帰りで居なかった使用人やメイド以外、行方不明だったのが「サラ・ネイン」という貴族の娘だけであり、何故この館で身を隠すように生存しているのかもまだ分からないままだった。



ミリッツ家からもサラの生存している理由をミスティルの皇帝陛下に公言さず、館に居る使用人や執事にも頑なに口外しないのを考えると、情報を知らない外部者であるシュールでも何か危険だと悟った。


だからこの館へ顔を見せても、サラの過去や内部の関係者からもネイン家についての情報を聞かないように心がけている。


それはきっと……、



「……生死に関わると分かっているからでしょうね………」


思わず小さく呟いた発言。

けれど侍女もその隣にいたサラの耳にも聞き取れない声量だったので、何を呟いたのか分からずシュールに視線を送る。


「………サラお嬢様」


そのままさっきの発言を流すようにサラの名を呼ぶ。

「お嬢様とまだ会って間もないですが…、

感情が分からなくとも、

表情に表せられなくても、

貴方の事を慕っている方が大勢いるという事を少しだけ理解出来ました」



はじめは鍵がかかった鳥籠のように軟禁されていたのかと思っていた。

けれど何度か足を運ぶうちに館の中の様子とサラに対する使用人やメイドの対応、元々ネイン家に仕えていた者が大半ではあったが、それでも彼女と歩んできた出来事を覚えていて、

サラが生存しているのが分からない状況でも、思い出深い品物もしっかりとこの館の物置部屋へ大切に保管されていた。


この館に住まわせている時点で、ミリッツ家との信頼度も十分高かったのもうかがえる。

ここで身を隠した生活をする理由が分からなくても、ミリッツ家の当主と話した時、彼女をもう一人の大事な娘だと言ってくれていた。

サラ自身、会話の中で何度か昔の自分と比較的に比べる言葉を使っていたが、今の彼女の状態でも、ここの方々は皆“サラ”として大事にしてくれている。

これだけ分かれば、この洋館での暮らしも鳥籠の中ではないなと気付いた。

「これから言うのはただの独り言です」

事前にそう伝えてから、次の言葉を繋げた。

「私は…、心で感じていますから…」


「……………!」


その言葉を聞いたサラは一瞬だけ微かにだが目を見開き、閉じていた口をほんの小さく開けた。


やはり完全には失っていない感情。


シュールの言葉が彼女にとってとても強く心に響いた発言だったらしい。

にこりと優しい笑みを浮かべ、ここの皆さんもきっと…と付け加えた。

「…………………」

また表情がいつものように無表情へ切り替わり、暫くシュールの水色の瞳を見つめてはフッと瞼を閉じ、自らの左胸に右手をそえた。

「…ありがとう……」

お礼を伝えた後、また瞼を開けて彼の目を見る。

「………………」


無言で笑みをサラに向けながら返事のかわりに小首を傾けた。


彼女がとても優しい人だって事も、彼は知ったから。


館へ戻る際にサラはもう一度、沈んでいく夕日を眺めるように振り返った。


いつも変化のない毎日がまた、

夕暮れ時に小さな出来事と大きな変化が生まれた。


そんな一日だったと彼女は気付く事が出来たのだった。


(私も…、心で感じるから………)



ーendー
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