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-短編集-


ポツポツと服や髪が全く濡れない程度の小雨の音が、結晶石の森中に降り注ぎ音を奏でていく。

キルとシュール、それからハンナとフィリ、クロルの五人でこの森へやって来たのだが、その目的がミスティル内にあるホーリー・アイ(聖なる瞳)機関に所属しているトレスからのお願いで、この森にある希少な結晶を採取してきて欲しいとお願いを受けたからだ。

あの街へは機関へ挨拶しに寄っただけだったのに、何故か小さなイベントが発生してしまったかの如く、居合わせたトレスから軽く難易度の高い要求を笑顔で投げかけられたのである。

当然、面倒くさがりのキルやハンナが即断ろうとしたのだが、採取してくれた後の報酬内容にハンナが食いついてしまい、リリーとエラはお留守番でこの森までやってきたという状況。

「だって報酬がシューリング3つとミスティルで流行ってる料理レシピ&振る舞うって言われたら、断りたくないじゃん」

そんな個人的な感想を述べるハンナは、樹についていた水晶が崩れ、細かな砂利のようになってる道をザッザと呑気に歩き進む。

結晶石の森であって、この一帯だけ様々な宝石や水晶、石の結晶で出来た珍しい植物と化しており、所々草らしき結晶や花らしい結晶など、キラキラと日の光りに反射して色を変えていく。

「そりゃあシューリングとか貴重だし、食い物も気にはなるけどよ。どっちかってーと色んな種類のワインが飲めるのに食いついただろハンナ」

キルが目を細めて言えば、その通りだとしれっとしながら即答した。

隣を歩いていたシュールも会話に参加し、結晶化している森を見渡しつつ口を開く。

「私は報酬の方も多少ありがたい内容だとは思っていましたが、何より、この森に立ち入り出来るのが嬉しいですね」

そういえば…と少し後ろからクロルと歩いていたフィリが空を仰ぎなにかを思い出す仕草を見せる。


「この森って一帯全てが貴重な石や結晶で出来てるので、許可の無い方は立ち入り禁止区域になってるんでしたね」

それを隣で聞いていたクロルもあー…とぼんやり声を発する。

「特別区域に指定されてるから、エンジリック兵士も入り口で番をしていたんだ…」

「まぁ、元々陛下やホーリー・アイとも面識が深い方でもありましたし。

何より機関を仕切ってるハンナさんが私たちと動向していれば、立ち入り許可用のカード提示すらせずに済みますしね。

顔が広ければとても楽な方ですよ私たちは」

真面目な話しをするシュールだが、森自体を観察対象にしているらしく、あちらこちらと目を周囲に向けながら歩みを続けている。

表情が穏やかなところを見ると、この地に立ち入れたのが多少嬉しかった様子。

「………ん?」

パラパラと降っていた雨が急に大粒の雨へと変化していき、キルが上を見上げると、徐々に激しい雨へと変わっていく。


「うわ。すげー降りだしてきたっ」

「ふむ。そこの大きな木で雨宿りしますか。ハンナさん、なにかその辺の石などを葵光で屋根を作ってくれませんか?」

「容易いことよ」

即断即決で直ぐさま結晶石と化していた枝や石を適当に拾い集め、両手から紫色の発光を放つと、巨大な木の枝や結晶に挟むように、大きな一枚の葉っぱへ変化させた。

全員その下へ向かい、暫くの間降りしきる雨を凌ぐ。

袖や髪が多少濡れたが、ずぶ濡れにならない程度だったのでハンナが頭に巻いていた赤い布を取り外してギュッと絞って水をきった。

「あーあ。少しばかり濡れちゃったな~。俺の髪少し癖があるから、湿気でよけいに跳ねそうだ」

その隣では濡れた髪の水をきるように、クロルが頭を左右にぶるぶるとふる。

で案の定、ハンナにも水がかかってしまってる。

「真横でやんじゃねーよ犬か貴様は」

パシンと頭を叩き、気持ちいいくらいに音を響かせた。

「ごめんって……」


「あの、僕ミクロバックリングにタオルを入れてあったのでどうぞ」


フィリが全員にタオルを配り、そんなしっかりしている弟に流石だなーとハンナが関心する。
 

「はぁー。あんまり濡れると髪も顔にくっついたり、服も体にひっつくから嫌なんだよなぁ」

「おやキル。それならいっそお風呂に入ってる感覚で濡れまくればいいじゃないですか。きっと嫌な気持ちも通り越して清々しくなりますよ」

「どういう思考回路してんだお前は」

思ってもない言動に真顔で言い返せば、ふぅ…と雨空を見上げて息をはいた。

「雨、いつやむかな」

「気象情報では小雨程度と予想されてましたが、遠くに雲が見えない限り、いずれ止むでしょうね」

「…そっか」

ポツポツと屋根から落ちる滴とザアザアと降り続ける雨。

この森へ向かう途中は曇天だったのが、今はもう真上の空は雨雲へと変化している。


多少太陽の光りがぼんやりと照らされているものの、外の景色は少しだけ暗くなっている。

そんな雨をただ黙って仰ぎ見ていたキルとシュールだったのだが、ふと、シュールからキルに話しかけてきた。


「こうして雨を見ていると、なんだか色んな感情を表現しているように感じるんですよね…」

「ん?」

シュールを見れば、空を見上げたままの横顔が視界にうつる。

「寂しい雨、心を洗う雨、嬉しい雨、嫌な雨、悲しい雨…、それから…………」

ぼんやりと遠くを見つめる視線の先で、何かを思い出しながらゆっくりと言葉を紡いでいく。


「綺麗な雨。

人の感情や見かたによっては雨の捉え方が全く違いますからね。

作物の為に雨を願っていたり、気分を落ち着かせたい時に聞きたい音、沈んだ気持ちに降ってしまった雨も、全部同じ雨でも人の気持ちに大きく違いがある」

私はそんな多くの感情を持たせる雨が、不思議と好きなんですよねと呟いた。

「………………」

キルも雨空を見上げては、あー…と声をもらし、頬を指でかく。


「そうゆう考え方もあるんだな。俺はお前みたいな考え、多分聞くまで思いつきもしなかったと思う」

ぼそりと返せば、またシュールへ顔を向ける。

「なんかさ。お前から気づかされる事が沢山あるなって、今気づいたよ」


「おや。良い意味でですか?」

まあなと素直に頷き、少しの笑みを浮かべれば自分の手のひらへ目をやる。


「お前と会った日だってこんな感じに暗い雨の日だったし、あの時に俺は会わずにいたらきっと…、今の俺らは居なかったかもしれないしな…」

ぐっと握りしめては、少し離れた場所で雑談を交わしているハンナ達を眺める。


そんなキルの話しにようやく空から視線を反らし、彼へ目をやって口を開いた。


「今となっては私達全員が必ずどこかで繋がりがあるのに必然を感じますが、私も貴方に会わなければ…、今の私がここには居なかったような気がします」


それは恐らく、悪い意味でと静かに付け足す。


「きっと…、皆さんが会わずして別の日に出会っていたら、今のように安定していなかったかもしれませんね。

だから少なからず、様々な出会い方を脳裏に焼き付かせた雨を私は、嫌いとは思えないんですよ…」



間をおいて、そっと投げかけるようにある質問をキルに向けてきた。



「貴方は…、雨がお嫌いですか?」


「………………」



その質問の仕方に、ははっと軽く吹き出すように笑ってしまった。



「ったく。…今の会話で嫌いだなんて言うわけないだろ。ほんと、シュールらしい聞き方だな」


「それはなによりです。聞いて安心しました」

「………………」


微笑を浮かべたまま視線を濡れた地面へ落とすシュールに、なんとなく何に安心したのか察した。


きっとこんな雨の日に、シュールとはじめて会った日の出来事を俺がどう捉えていたかを心の片隅で気にしていたのかもしれない。


だって…、こいつに会った俺は………-



「……なら逆に俺から質問」

「どうぞ?」

なんの迷いもなく耳を傾けるシュールに、質問をぶつけた。


「その安心は、良い意味で安心したか?」

そうですねぇ…と空を仰ぎ見て考える素振りをみせては、

「もしかしたら良い意味かもしれませんよ?」

と濁す言い方で返された。

けど笑みを浮かべているあたり、嘘ではないんだと伝わった。

「はいはい。お前らしい答えだな」

「それは嫌な意味ですね?」

「どうかな」

暫く待てば雨もあがり、また結晶探しを再開した。

結晶が見つかるまでの間に騒がしい出来事も起こったが、それはまた別の機会で。

印象に残ったといえば、

雨上がりに見れた虹が、空で綺麗に浮かび上がっていた事だった。

俺らの属性を思い出させるみたいに。


ーendー
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