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-短編集-


ーあの日見た夕焼け空ー



「はぁあ!!」

街から街への移動の際、外の平地の数少ない下級段階の魔物に遭遇しては、キル、シュール、リリーの三人は連携を取りながら倒していった。

しっかりと販売加工されたダーク・アイの武器で攻撃した魔物から血液は出ないが、刃で切る時の感触はしっかりと手応えがあり、スパっと切れても生物の命を取っている事に変わりはない。

「はぁ…。そろそろ日が暮れそうだし、今日は野宿だなぁ」

まだ少し明るいものの、太陽の位置がどんどん下へ傾きかけていくのを視野で確認し、一言呟くキル。

このまま魔物に殺される訳にもいかず、現に旅人や小さな村にまで悪影響を及ぼしかねないので、出会い頭に可能な限り魔物を排除しなければならない。


「ふむ。この辺りはそれほど魔物も居ませんし、近くのセーフポイントで場所を確保して起きましょうか」


すっと武器である長い旗をミクロバックリングに仕舞い、武器を納めるキルとリリーに野営の準備を進める。

セーフポイントとは各箇所の安全地帯で、ミスティルの陛下が考案した『魔物が一切立ち入る事が出来ない空間』である。

エンジリック兵士が魔物や治安維持の為に活動するように、他の役職である“エンジリック救護班”という主に人の救助や人命救助、街の整備を行っている。

活動内容の視野ではセーフポイントが可能な場所を特定次第、人工的に整備して領域範囲を配置し、バリアントという機械を地面に埋めて固定し、その空間だけセーフポイントという場を作り上げる仕組みである。


数年前から大規模に活動を続けていたので、現在はほぼ森や街の周辺にセーフポイントが設置されていて、多少魔物に対抗出来る一般人でも移動しやすくなった。

「お。見つけたっと…」


目印となる赤いフラグが地面から高く伸びており、遠くからでも直ぐに見つけやすくなっている。


ぽっかりと空いた空間は円を描くように半径10メートルほどだが、三人ならば十分眠るスペースがある。


丁度範囲内に木がそびえ立っていたので、それぞれ荷物を幹に置いていく。

「んじゃ俺は暫く燃えるくらいの薪を集めに行くよ」

そういって、腰のベルトにつけてる双剣に手をかけながら歩を進めると、ちょっと待って下さいとシュールが止める。


「今はまだ会話も言葉もよく分からない状態の彼女も、薪拾いへ一緒に探しに行ってくれますか?」


リリーの方へ目だけ向けながら話す。

キルが夢の中から覚め、リリーもようやく眠ってる状態から覚ましたが言葉も分からず、ほぼ全てを忘れている完全な記憶喪失になっていた。


元々一緒に居たハンナとシャンク、ネリルはある事情でふたてに分かれていて、目的地で再度、合流する形になっている。


「いいけど、俺らが会話してる言葉も内容も殆ど分かってないのなら、薪を拾う事すら難しいんじゃねぇか?」


「試しに見せるんですよ。向かう先ではっきりと記憶喪失なのかを調べますが、重度の喪失でも少しのきっかけを与えるだけでも多少、思い出すかもしれないのでね」

穏やかな表情のシュールに、それもそっかと軽い返事を返せばリリーにクイクイッと手招きして来いと無言で合図を送る。


これくらい簡単なジェスチャーならば、多少頭で理解出来ているようで無表情のままキルの方へ足を進めた。


まるでペットみたいだなとハンナが呟いていたのを思いだしたが、取り敢えずセーフポイントから少し距離が離れた木々の方面へ向かう。

と言っても、シュールやキル側からもお互いに見える距離なので、そう離れてもいない。


セーフポイントの位置は殆どが旅人や兵士の束の間の休息用に場所を考えられているからだろう。

シュールはといえば荷物の監視と軽く夕御飯の為に簡単な料理の準備を始める。
料理といっても水分と栄養摂取の為のスープだけで、他の固形物だとパンくらいだが…。

それでも野外料理は心得ており、少ない材料だけでも美味しい物を作ってくれる。

で、キルとリリーはと言えば共に歩いて薪を拾い集めてるが、キルだけひょいひょいと軽々と薪を両手で集めていってるだけだ。


リリーはその光景をただ後ろから見ているだけである。

(さてと…、持てる分は拾ったし、そろそろ…)

元いた場所へ戻ろうかと考え始めたら、ふと視線を感じ、見ればリリーがボーッと手に持っている薪を見つめていた。

「………………」

特に話すこともせず(というよりも話せないのが今は正しいか)、ただジッと観察するように見ているといった感じだ。

「あー…、んー……。どうかしたか?」

何を言えばいいのか迷った挙げ句、結局普通に聞いてみた。

「………………」

キルの声と口の動きを見ては、かくんと首を傾げて長いピンクの髪が揺れる。

分かっていた事だが、何を言われたのか少し理解出来ていないような印象である。


けれど、自分の足元に落ちていた小枝に気づけば、ちょこんとその場でしゃがむ。

今度はその小枝を膝に両手を置いてまじまじと観察しだした。

「…………?」

なにを興味深く見ているのか全く分からないキルも、そのまま暫く様子を見る。

と、スッと小枝を拾ったかと思えば、立ち上がってキョロキョロと地面を見渡す。

時折キルが持ってる枝や小さな薪を見て、それと似た物を拾い始めた。

(……これはひょっとして…)

キル自身も察しがついて、両手に少し集まったのを見計らい、「リリー」と名前を呼んだ。

すると手を動かすのを止めて、キルに顔を向けた。

名前だけは何となくか、自分の事だと分かっているようなので呼べばこちらを見てくれる。

しっかりと注目しているのを確認して、軽く笑み を見せた。


「ありがとう」


その言葉を発したら案の定、先程と同じように首を傾げる。

(やっぱ、分からないよな)

と心の中で想像がついていた反応に対応する。

けれど、キルが笑った表情を見せたからか、リリーもふんわりと柔らかく笑みを見せた。



それがどこかあどけなさがあり、幼くも見えた。

「……無垢な感じだな…………」

思わずそんな発言をすればキョトンと不思議な表情で見上げた。


「あ、いや。なんでもない」


慌てて来た道を戻っていくキル。

どうも言葉を理解していないリリーと一緒に居ても、居心地も悪くなければ安心感がある。

対して会話らしい会話もせず、

ただ一緒に居るだけで何ともない。

それは彼女も同じように、お互い気にかけていないような空気だった。

「集めて来たぞーシュール」

二人で薪を持ったままセーフポイント内に立ち入れば、おやと不思議そうな顔をこちらにむけた。

「彼女も持ってるんですね。何か過程がありました?」

「ん―…、微妙にだけどな」

多少渋く笑みを浮かべたが、そうですかと呟いて薪を組み、キルが近くでパチンと指を鳴らすと、特殊属性である炎が薪に点火し、やがてパチパチとバランスよく炎が揺らぎながら燃えていった。

そこに準備を済ませていたスープの元が入った鍋を設置し、ゆっくりとかき混ぜて出来上がるまで蓋をした。

「そろそろ日が急速に落ちていきますね」

傾いてオレンジ色の光りが空を覆い尽くしていて、その光景に目をやって呟くシュール。


その視線に合わせるように、キルとリリーも同じ方向へ向いて赤い空を眺める。

「ほんと、火みたいに燃えてる空だな」

思った事を口にすれば、シュールがクスクスと面白そうに口に拳を添えた。

「な、なんだよ」

「いや失礼。思い出し笑いをしてしまったものでね」

そう言ってふぅ…と息をつけば、静かに口を開いた。

「私の知り合いに、貴方と同じような言葉の表現をする方が居たんです」

「ん? そうなのか」

「その方は少しだけ彼女と雰囲気が似ていますが、しっかりと会話が出来る方でした」

リリーに目をやって、また夕日を眺めて話を続ける。

「ですが、見る物が初めてなのも多かった方なので、今私たちが見ているような夕日を見て言ったんです。『空が赤く燃えているよう』だと」

懐かしむように話すシュールはどこか優しい表情をしていて、遠くを見据えるように夕焼け空を真っ直ぐ見つめている。

珍しく自分の話しをしたので、多少不思議な気分になったが、そっかと合図ちをうつ。

自分と同じように考えていたその人物が誰なのかとは聞かなかったが、ただ何となく、今は聞いちゃいけないような気がして黙っておいた。

(けど、俺はそれと同時に、赤い涙にも見えるんだよな……)

口には出さずに心の中で呟けば、ふと隣向かいで座っているリリーを見た。

「…………え」

赤い夕日に照らされていた頬に、うっすらと涙のような光りが見えた。

「………………?」

見られているのに気づいてキルに顔を向けるリリーだが、涙なんてなく、いつもと変わらない表情をしている。
 
(……一瞬、泣いてるのかと思った…………)

けれど夕日の光りで錯覚だったのかもしれないと言い聞かせ、また夕日に視線を戻した。

「それぞれ見かたが違いますが、それでも同じ景色や物を見た時に共有出来て、同じ記憶を刻んだ事が共に居た証拠になるんですよね…」

今度は物悲しく聞こえた言葉だったが、シュールのその言葉に共感して、沈んでいく夕日を視野で確認し続けた。

(もし三人で何気なく夕焼けの空を見なければ、こういった会話もしてなかっただろうし、

俺が燃えてるみたいだって言わなかったら、

“同じ記憶が一緒に居た証”だった事にも気づけなかったんだろうな…)


そう思いつつも、横目でリリーを見た。


「今は忘れているだけの記憶だけど、今日見た夕焼け空を、こいつは覚えていてくれてるのかな……」


無意識に口にした言葉だったが、シュールは直ぐに誰に向かっての発言か理解して、またくすりと微笑を浮かべた。


「覚えていますよ。見たもの全て」


「………………そうだな」


シュールの言ってくれた言葉にどこか安心感があり、


静かに落ちていく赤い夕日を見えなくなるまで眺め続けた。



覚えてる。



きっと。




―end―
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