-短編集-
「ん~。今日もいい天気で清々しいねぇ」
ダイヤモンド女学院の理事長室のデスクで、椅子に寄りかかりながら伸びをするハイドの姿があった。
その後ろの大きな窓ガラスのカーテンをシャッと開けては朝の日差しを浴び、片目を閉じて呟く。
「うん。いい散歩日和だ」
うんうんと頷きながら、灰色のタキシード調のデザインに似せたスーツの裾についた埃を手で払い、左目にかけてるシルバーのモノクルの位置を調整し直す。
それから窓を数センチだけ開けては、後ろだけ肩まですいた藍色の髪が風に小さくなびきふぅーっと一呼吸つく。
「相変わらず絵になるわね。理事長」
ふと室内のドアから声が響き、見ればそこには真っ赤で長い髪をポニーテールにして、赤い縁メガネとこれまた赤いスーツとパンプスを着こなしている女性がいた。
爪も両耳のピアスも赤く、唯一違う色が目立つとすれば、瞳が紫色だという事だ。
「やぁ副理事長。今日もご機嫌うるわしゅう」
「その呼び方やめてくれないかい? につかわしくない言葉まで使って…」
「なに。俺だって冗談の一つや二つ言うさ。それともずっと真面目じゃないといけないルールでもあるのかい?」
「その言い方は意地悪いが…、まぁいいでしょう」
やれやれと慣れたように息をついて首をふる女性。年代は若いが、年相応に20代以上30代未満といった所だろうか。
それくらいの年齢だがどこか色っぽさがある。
それに対して七大女学院の理事長を勤めているハイドは、容姿端麗で真っ赤な瞳、常に不適な笑みを浮かべているが、その表情に幾多の女性を虜にしてしまいそうなオーラが放ってあり、背丈も高くほぼパーフェクトに近い。
現にダイヤモンド女学院以外のエメラルドやルビー女学院でもハイドの親衛隊、もといファンクラブまで結成されているとか。
そんな巨大な学院と闇の瞳機関、ダークアイのトップで組織内の最高責任者である彼なのだが、時々学院や機関から姿を見せずに様々な街や外を放浪する癖があり、多少自由な思考を持っている模様。
「それで、なんの用があってここへ来たんだい?」
「ダークアイ本部で現在生産中の各種シリーズ化予定の武器が最終段階に近々移行するので、その許可と現段階の調査結果の確認の報告よ」
なんだその話しかと少し期待外れな言い回しをすれば、回転する椅子の上にそのまま足を浮かせて器用に座る。
「仕方ないでしょう。毎日理事長好みの内容が出てくるわけではないんだから。一体どんな内容を期待していたの」
それまでずっと背を向けて空の雲ひとつない快晴を見上げていたハイドがピクっと反応し、にっと口の端を伸ばして口を開いた。
「そりゃあ勿論…、『息子』の事に決まっているだろう?」
ゆっくりと顔を振り向かせた瞳は、先ほどまでの真っ赤な色の中心に銀色の楕円が見え隠れするように回転している。
日差しの逆光でハイドの姿が影を帯びていたので、もしかしたらそれは錯覚だったのかもしれないが、女性は一瞬だけ、そんな風に見えた。
それと同時に不気味にも思えてしまい、今の一瞬前までのハイドとは違う人物にも思えた。
「今の彼はどこで何をしているかだなんて知るよしもないけれど、チップの起動を停止されていても機関のアトリビュート感知器を持ってすれば、彼が覚醒すれば直ぐに居場所を特定出来る。
俺はそれをいつかいつかと待ってるのだけどね…」
スッとモノクルに手で覆えば、微笑を浮かべたまま視線を落とす。
そう言ったきり、沈黙が起こったのを見計らって女性がボソリと質問をぶつけてみた。
「……貴方は今の世界を、どう見えているの?」
その質問を聞いても特に大きな反応をする事なく、また大きな窓ガラスから見える街の風景に視線を落とす。
「今の俺にはこの世界が存在していない世界に見えるよ……」
ぼんやりと呟くように、モノクルを手で覆ったまま静かに声を発する。表情が変わらないハイドの言葉に頷くだけで、そうですかと女性もそれ以上は聞かなかった。
「では失礼します」
「あぁ」
ガチャリとドアを開けて部屋を後にし、彼女が居なくなったドアが閉まるのを眺めては、ずっと覆っていた手をモノクルからスッと離した。
全く別の人物の事を考えているようで、その視線はドアでもこの一室でもなく、別の誰かを見ているように。
「だから『キミ』の居ない世界は嫌いなんだよ……」
モノクル越しの瞳の色は、完全に銀の瞳へ変化していて、ニコリと笑みを浮かべては一室で静かに呟きが響いた。
ーendー