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-短編集-


ー頬を伝う涙ー


永遠を願う時には…

あなたへ心のままに…ー


だめ………

やめて…………

あの人に手を出さないで…っ

誰も傷つけないで…っ

私のせいで、みんながいなくなったら………

もう、“何も信じきれなくなる”から………っ!


「…………っ…ー!」

仰向けに眠っていたキルがハッとして目を開け、ガバッと起き上がり前を見る。

視界にうつったのは宿の床と自分が被っていたかぶり物だけだが、まだ夜中なのか、

外は暗く星が見える。








「………今の声って…、リリー…?」





部屋を見渡すが、シュールとクロル、フィリが別々のベッドに眠って、女性は別の部屋となっているので他の人はいない。


「………………」








……夢の中の声だったのか…?



けど、あの声………。






ぎゅっとかぶり物の布を握り締め、声を思い出し視線を落とす。






「…凄く………悲しそうだった………」





ボソッと寂しそうに呟き、窓から外を見る。


暗い空。


無限に散らばる星。


仄かに輝き少しだけかけた月。






「………?」


ふいに視野で何かが動いているのに気づき、外を見ると、

誰かが歩いてるのが目に入り込んだ。



「…………あいつ…」


歩いていたのはリリーで、暗い外をゆっくりと移動している。


「こんな夜遅くにどこ行くんだ…?」


少し考え、追い掛けたら悪いかと思ったが、やはり女性一人で外を出歩くのは危ないと感じ、ベッドからおりてみんなを起こさないようにそっと部屋を出た。



特にリリーは危なっかしい。

まだ正確に一般知識を覚えていなく、会話だって途切れ途切れで意味を理解していない言葉も多い。

もしもこれで不審者に出会ったとすれば、どう対応していいか分からず確実に危ない状況に陥るだろう。


「…………顔だちも整ってるし、狙われやすいんだよな…。前にさらわれそうになってたし…」





小走りで宿を出て、リリーが歩いていた方向へ向かう。すると、メルティの街の中央広場を歩いている後ろ姿が見え、更に足を早めて近づく。



「リリー…!」


あまり大きな声を出さず、本人だけに聞こえるように呼びかける。とはいっても、周囲には人っこ一人いないので、意味はないけど…。


声と名前を呼ばれて反応したのか、ピタリと立ち止まり振り向く。





「………………」







………?




暗くてよく見えないが、
気のせいか…?


振り向く間際、泣いてるような目をしていたように見えた。


けどよく見ると涙はなく、不思議そうに首を傾げた。

「夜中にどうしたんだ?」

「……………」







何も答えず、キルをジッと見る。


「一人だと危ないぜ? 散歩か」

「……………」


「……もしかして、俺邪魔だったりして…」








そこでようやく首を横に振り、口を開いた。



「邪魔なんかじゃない…。ただ……」

「ただ?」



「………嫌な夢を見たから…」


「あ………、それで…外に…」


こくんと頷く。







「そっか…」

理由は分かったけど、それから互いに何も言わず、何を話せばいいのか分からなくなり沈黙が続く。


「………………」

リリーが顔を伏せるのを見て、とっさに口を開いた。



「一人になりたい時もあるよな。けど…、もう夜中だし、出歩くのは危ないから宿まで送るよ…」

来た道を戻るため、振り向こうとすると、ぎゅっと服の袖を何かが弱く掴まれ、なにかと思い振り向く。





「…………行かないで……」


弱く、か細い声が響き、リリーがギュッと裾を握り締めていた。





「……いか…ないで…っ」



「…………リリー…」




名前を呼んだ途端、目の前からぎゅっと抱き締めてきて、声を振るわせて涙を流す。


「………………」



何も言えず、一瞬どうすればいいか迷ったが…、ジッとしていると、途切れ途切れに声をだしてきた。

「……みんなが……見えなくなってく…。

………闇にのまれていく夢を見たの…」


服を握っている手に力を込め、内容を話しだす。





「………どうして……、どうしてみんな…いなくなっちゃうんだろう……っ」


「………………」


「…自分は…何も出来ない……。何かを…助けようとすれば力にのみこまれてしまう……っ」



「………………」


「……自分は………、私は……誰も傷つけたくないのに…ー」




………………。


…何も…言うことが出来ない。


……どう声をかけていいのかも思い浮かばない…。




傷つけてしまいそうだから…。





…俺が何か言っても、自分にもリリーに対しても、傷つけてしまいそうだから……。



















「…………ごめん…」


ボソッと小さく声にだし、やっと言葉が出たのに、あやまる事しか言えなかった。








分かってる……。






分かってるよ………。








俺が存在してしまった事と、お前が同じ境遇で生まれた事……










俺は……


…お前がどうして泣いてるのかも




どうして夢を見たのか分かるよ…。







……俺も今、お前と同じように夢を見たから………。










お前の声が聞こえたから……









「……………ごめん……」



もう一度言って繰り返す。





「…何も……言えなくてごめん……」



「…………キ…ル…」









なんで俺たち…





こうなったんだろうな……。










自分の存在を、否定してしまう…。……誰かに頼りたくても頼れない。








こいつも同じ気持ちを抱えてるんだ……。







俺と同じように……、誰かに頼れないんだ…。

「……………」


ぐっと俺の服を握りしめ、そっとこちらへ見上げれば少し驚いた表情に変わった。


「…………………………」


そっと手を伸ばし、俺の頬へ優しく触れる。

それと同時に何か水のような感触も感じられた。






「……………キル…」


無意識に泣いていたらしく、涙をふくように頬を撫でては、名前を呼びかけた。


「……………ごめんね…。

…………貴方が一番辛いはずなのに……」




その言葉と仕草が頭の中へ響いて、思わず頬にそえられた彼女の手に自分の手を重ねる。


さっきまでの悲しい気持ちがやわらいで、安心する。







細い指先で小さくて華奢な手は、少しでも離してしまえば直ぐに脆く、

儚く崩れてしまいそうで…、





今は……、




今だけは……――








彼女にもたれるように少し強く抱きしめ、肩に顔を埋める。





「………………っ」


相手は声を小さくあげただけで、一瞬強張った体を直ぐに力を抜く。




互いに悲しい涙を抑えられなくて、泣いてしまった。






背負ってる事が多すぎて、意志疎通を否定していたのが、今日の今この場で否定出来なくなったんだ。




でも、自分の中で一つの思いが出来た。



まだ目に涙を残したまま、リリーに向き直り真っ直ぐ彼女の瞳を見つめる。

その目にも涙の跡が見え、俺と同じように、なにかをずっと奥で抱えていたんだろうと思った。




「………信じてる」


「………………」




「俺はお前の事を信じてる。

いつか一緒に見た海の見える森の夢…、

きっとあれは嘘の出会いじゃないはずだ…」


目を閉じ、そっと彼女の額に自分の額を合わせ、静かに伝えたい事を伝えていく。



相手も拒否することなく、耳を傾けてくれた。





「今みたいに悲しくなったら俺からも言う。お前も…、泣きたくなったり辛くなったりしたら、自分一人で抱えないで頼ってくれ…。










……俺はお前の事…、信じてるから…」











じっとしていた彼女も目を閉じ、返事の代わりに俺の両手を握りしめる。





これからも、今でも、悲しい涙を流すことが沢山あるかもしれない。




それでも…、







この日に流した涙は、


決して無駄じゃなかったと思う。
















ようやく互いに向き合えた




同じ涙だったから…―




































―頬を伝う涙―end

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