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-短編集-


ー続く時間ー


自分の悲しみと他人の苦しみが互いに交差して、

どうしようもない位に酷い結末になったとしても、

今もアナタを…ー




ー……知る事を…



…知ってしまう事を私は…


誰よりも恐れていた。




私がこの先の結末を、


果てしない未来が私にも、みんなにも訪れる事が怖かった…


凄く怖かった。

誰よりも怖かった。



変わる事を信じても、

結局、





変わらないまま……






永遠と続く…

同じ時間……………。




ここに居ても、どうしようもなくツラい。


私は……






私ではなくなったもの……ー

「知ってるかい?」


一室の白い空間、壁も、天井も、床も、照明など何処にもない。
全てが真っ白な色に染まっている、狭くもなく広くもないこの部屋の中央で、ハイドが声を響かせる。


彼の目線の先には、すぐ前に置かれた透明なガラス製で覆われたカプセルを見下ろすように見つめている。

「この子は俺のコピーであり、君の生き写しでもあるんだよ。生まれ方が俺や君、他人と違っても、この子は紛れもなく人間として完璧に生まれた」

スッとその場でしゃがみ、微笑してカプセルを撫でる。中で目を閉じて眠っている少年を見つめながら、後ろに距離をおいて立っている一人の女性は、ただその様子を眺めるだけで彼の言葉を聞く。

だが、彼の背中を見つめるその瞳は光がなく、何も感じていないような表情をしている。


「“今はまだ不完全かもしれない”が、今のように年齢と細胞発達の異常な速さのまま加速していけば、俺の属性と君の特殊な属性を上手く操れるようになるかもしれないだろう」


「……………………」


真っ黒なワンピースを着た銀髪のセミロングの髪をした女性、執事服に似た灰色の服装を身にまとった藍色の髪をした男性。

何も言わず、カプセルに手を置いたまま話し続けるハイドに、ただ聞くだけの女性。

話そうともしない彼女に、なお話しを続ける。


「そうだ…。この子の名前はまだ決めてなかったね。“完全な人間”が完成したんだ。名前を決めなくてはいけない」


「………………」




……名前?


「俺に『ハイド』という名前があるように、君に『ハンナ』という名前があるように、決めようじゃないか」


……………。


…名前なんて……、そんなの必要ない…。


「君はあの人形と違って役にたってくれた。感謝するくらいにね」


こんな………



こんな子供が、ガキが、望んでもいない私と彼の遺伝子で“つくられた”、タダの人形に…。




「なにがいいだろう。この子に合う生き方と、この先の未来に合った名称を刻みたい」









名前なんて……、






必要ない…………ー。

「俺ではこうゆう場合、どんな名前をつけていいか分からない。センスが普通の人と多少違ってるからか…」


ふいに顔だけ後ろに向けて、女性に視線を向ける。

「………………」

だが、ハイドの背中を見つめたままで、目を見ない。


「君はどんな名前がいいと思う?」

「……………」


こんな奴に……、


こんな……、こんなのに…、


「名前なんて…、意味がない……」


女性が視線を動かさないまま応える。

「意味…?」


不思議そうな顔を浮かべるものの、口元は笑ったままで立ち上がり体を向ける。


「こんな、誰も望んでいないヤツを生み出して、葵光(レイチョウ)の影響で通常よりも育つスピードが異常に速くて、教えてもいないのにお前と俺の知能もコピーされていて、こんな………、こんなの……っ」


視線をハイドの前に寝ている人物に向けるように落とし、表情を歪める。

「“人間じゃない…っ!”」

やっと言い出せた言葉に、ハイドは表情を変えずに女性を眺める。


「…意味なんて………、名前に意味なんて、必要ないんだよ」

「…………え?」


顔を上げて、ハイドの目を見る。


「この子に特別な意味なんていらない。誰かが求めるような命名なんて、そんな考えは必要ないんだよ」

女性の目を見るその瞳は目ではなく、どこか遠くの景色を眺めているように見えて、その光景をあざ笑うかのように女性に笑いかける。





「どうせこの子には、日常なんてないのだから。

普通などないのだから。

生きてまた、消えてしまうだけだからね…」


ニヤリと顔に影をおびて笑うその表情には、優しさも哀れみも感じられなかった。

それに反するように、これからの事を楽しみに待ち遠しそうな表情だった。


「だから、優しさや生まれた意味など込めなくていい。この子にふさわしい、この子だからこその名を決めよう。

まぁ…、名がある時点で意味はもつのだけどね。彼は“生きる意味など無い名前”だよ」


「………………」


生きる意味を込めない…、名前…。



真っ赤な目を見つめ、どう返せばいいのか言葉が見つからずにいると、また眠っている少年に体を向けて視線を落とす。


「そうだな……。生まれて尚死ぬ。どうせ、長くは生きる事なんて不可能だからね」

「……………………」


「その生きている時間の中で、この世の全てを壊し、破壊するかのように殺す人間」

ニっと小さく口の端を上げる。

「《死》は《death》(デス)。
《壊す》は《break》(ブレイク)。
《殺す》は《kill》(キル)……」


呟き、数秒間考え込むが、ニヤリとまた口の端を上げ、女性の方に横顔を向けて問いかける。


「君と会ったのは、確か“森林”だったね?」


「………………!」


急に自分に問いかけてきたので一瞬口を開くが、直ぐに冷静に戻り小さく頷く。

その返事を見て、更に目を細めて相手に笑いかける。

整った顔だちに藍色の艶を出す黒髪、低く澄みきった声で、赤く燃え盛るような綺麗な瞳。

誰もが魅了するような笑みに、女性は只見つめるだけで、何も言わない。何も、言えない。

どうせ言っても、何も変わらないような気がするから。


「…………………」



「決めたよ……」

しゃがみ込み、またカプセルを撫でる。

「産まれは違うが、この子は紛れもなく俺と君の“子”だ。だから、君との出来事も、この先の未来でやるべき事を考えて、この子に名前という誰もが持つものを刻むよ…」


「…………………」


ハイドの背中を見つめ、歩きだして近付く。



「この子の名は…“キル”。“キル・フォリス”だ……」

後ろから近づいて来る女性と、その中で眠っている少年に向けて囁くような声で話す。


「始まりは森林。キッカケはそこからであり、語呂を合わせてフォリス。

そして、

人を、

全てを殺し、

死へと導いて無くしていくキル。

姓が“フォリス”、名が“キル”…」

ハイドの隣に立ち、眠っている少年を見る。


「この子の名は、“キル”だ…。生まれた意味を知らず、生きる意味を持たない。この名が最も相応しい名前だ」


「……………キル…」


呼びかけるように名前を言い、カプセルを撫で続けるハイドの横顔を見る。













………………ーー

「…………………」


洋館の一室である地下。何かの研究で使われたような巨大な装置が二つと、拘束具に似た十字架に鎖がついた物体。

もう古びていて、ギリギリ使えるか使えないかの状態であるそれらの装置を、操作出来るような小さい四角形のボタンが数個ある台の前に、突如としてハンナが紫色の光りと共に背を向け、立ったまま現れる。


「…………ここは…」


まわりに目を向けて見渡して見ると、この一室だけ青白い小さな光りの球体が浮かんでいる。



‘ーーヴゥン’

ハンナのすぐ後ろにある十字架の台に、一人の淡い桃色のドレスを着た女性が白銀の光りと共に現れた。

髪は長髪のロングで、綺麗なゆるゆるの銀髪。スラリとした長身で、整った顔だち。女性にしてはキリッとした目をしているが、ブルーの瞳には強い意志がこもっていて、どこか存在感が溢れている。


「……………………」



この人は………、誰だ…?



「貴女が、ハンナ?」


人形のように表情を変えずに口を動かし、真っ直ぐに問われた。


何故名前が分かるのかとか、そうゆう考えが不思議と思い浮かばない。


「そうだが…、貴様は誰だ」


「私は………、「ーーーー」…」


「……え?」

「……「ーーーー」」


なん…だ…?

声が聞こえない。


耳に直接ノイズがかかったように、肝心な場所が聞こえない。

それに、この女とは前に…ー


‘ズキン’

「…………っ」


急に頭痛がして、とっさの痛さに耳をふさぐ。




駄目だ…。

どうしても分からない。

この人の事、知ってる筈なのに、考えれば考える程なにかに妨害をくらっているように、何も思い出せない。

「貴女はこれから多くの犠牲を見ていき、沢山の悲を見送っていくでしょう。
それでも、貴女の周りには常に誰かが居て、自身と隣人で…、時を解決していく道を歩んで行く…」







「…………道………………」






ぼんやりと聞き取りながら、ぼそりと呟く俺の声が響き渡る。

この場が現実か夢なのか判別出来ない場であるにも関わらず、唐突に発言された言葉は何故だか鵜呑みにしてしまい、それが今から辿る未来である事が正しいと、俺は感じてしまっているんだ。






無意識な意識で先程の頭痛がなくなっているのがどうでもよくなり、ただただ、人形のような彼女をぼんやりと眺めるだけだった。







「貴様は……、俺の知らない顔でも、きっと知ってるやつでもある。

だからといって、これからの事がその通りに動くのだとしても、俺はきっと従うまでだろうよ」










じっと俺を見つめる青い瞳を直視して、今思ってる事を真っ向で伝える。

今伝えなきゃ、どうしてか、この先一度も話す機会が訪れる事が無さそうだったからだ。


「けどよ、もし俺がそれに反して違う事をするとしたら、その時はきっと、良い方面が見つかった時だと思うぜ」


まるで今その場で体験しているかのようでスラスラと言葉が口から出てくる。

耳を傾けて聞いていた彼女もこくりと小さく頷き、少しの間をあけて口を開いた。













「私はアナタ達“みんなに”そのままの未来を辿って欲しくない。その予知を反する事を誰よりも願っていて、今この場にいる。

誰もこの場を咎める事が出来ない、
この空間で、アナタ達とコンタクトしているのだから。

だから夢を見ているの。

“夢を紡ぎだして未来を繋いでく事”が、私の願い」









「分かってる」












言われなくても、俺はあんたの出来なかった意思を引き継ぐだけだ。

一度も会う事が出来なかったあんたと、
これから見る未来を見て、俺はこれからを見ていく。


見てきて嫌な夢を取り除いてやる。

一つの出来事でタイムパラドックスを引き起こす事になるとしても、その自体が起きない為にも修正を加えて、未来に手をかけてやる。

俺は貴様の力に恩があるからな。

「………………そう……」



力なく口にしていない言葉も聞き入ったようなタイミングで、一度視線を落とすも、スッと俺の目を真っ直ぐに見る。


「忘れないで……」

「………………………………」










「いずれ知る事になる未来に、貴女は従えられたとしても、
あの人の事……“生きる意味を望む彼”を決して忘れないで…―」


そう言葉を残し、目の前でぼんやりと佇んでいた彼女はまた、青白い光となって消えてしまった。


どんな状況にいたとしても、どうしても耳に残るその言葉に遅れて返事を返した。














「……あぁ。忘れない」















この世に存在しない彼女に向けて発せられた言葉は、無情にも虚しく、この場に轟いた。


きっと、この先永遠に忘れられない。

どんなに時に足掻いたって、変える為の中心地は確実にアイツに会わなきゃならないからだ。


その為にも、俺は未来を見据えなくちゃならない。


それが唯一の俺の願いでもあるから……--



-end-
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