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-短編集-


~前回のあらすじ~





どうも~。

リリーお嬢様に従えております。

召使いのシュールと申します。


前回では私が知らない内にお腹を空かせた変な吸血鬼がお嬢様を襲ったらしい(多分)ので、

今回も色々となんやかんやと起こるそうです。


よく知りませんけどね♪




→next


「え? 外出許可?」

「うん!見張りの騎士であるクロルとエラを連れて、あたしと四人で外出してもいいんだって」


城内の白い一室、リリーを椅子に座らせ、メイドのネリルが髪をクシでとかしながら明るく会話をしている。


「でも、それだけの人数では…」


「それが王様が許可してくれたの」

「お父様が?」


「あたしも驚いたんだけど、近頃城下町も安定していて、平穏な日々が続いているから。殆ど城内で過ごすのも身体に悪いからって、気晴らしね」


「そう…。何だかおかしな気分…」












最近の街は確かに平穏で安定している。

けれでも、近頃何も起きていないという事だからこそ、少しだけ不安な気持ちがこみ上げてきた。



「そういえば名前…」

「え?」

「な、何でもない!」


つい声に出してしまい、慌てて話を戻しネリルに振り向く。



「でも珍しいね。お父様が外出許可を下して下さるなんて」

「確かにそうだよね。いつもは厳重体制で、城下町に行く時でさえも護兵士を六人くらい使わせるのに」


白い天井を見上げ、ライトが目に反射したのか、眩しそうに目を閉じて髪をとかす。



「なのに明日の同行者はメイドのあたしと、見張りの騎士であるエラちゃんとクールだものね」


そこまで言って、あ、と口を手で覆う。


「またタメ口で話しちゃいました[A:F7CE] ごめんなさいリリーお嬢様」

「うぅん。二人の時はいいよ。いつもの調子がネリルらしいから…」

「お嬢様…。……うん!!」


にこっと微笑ましい光景を見せ、ピンク色の髪をとかす。

「でも残念だな…。シュールさんも明日行けたら良かったのに」


「あの召使いですかぁ?」


シュールの話題に入ると、ネリルが心底嫌そうな表情を浮かべる。



「お嬢様には優しいですけど、なんか、あたし達のようなメイドや騎士に対してちょっと辛口というか…」


「え、そうなの?」


「うんうん。先生、未だにあたしに礼儀作法を教えるし、小さい頃だってお嬢様と同伴でテーブルマナーも学ばされたし。メイド姿でやらされた気持ち、とっても恥ずかしかったよぅ」


「でも、知識を教えて下さっているから、良いことじゃないかな…?」


「それならいいんですけど…」


どうにも腑に落ちないネリルは、とかし終えたクシを小物入れにしまう。



「さ、お嬢様、就寝のお時間です。ゆっくりおねむり下さい」


部屋から出る際に、明日は楽しみだねと言い残し、部屋にはリリー一人が残された。





「明日、外に…」

明日の事を考えると、真っ先に思い浮かんだのが、先週の夜中、赤い目をした彼だった。





「………な、何であの人なんだろう」


首を横に振り、真っ白いベッドに横たわる。



「でも……、楽しみだな…」


小さく呟き、小さな灯りを灯すステンドライトを消して眠りについた。

「にぃ~。いい天気だねー」



両手を広げ、メイド服のスカートをふわりと広げる。


「こうしてお嬢様と外へ出るのは久しいですね」

城下町付近の湖のほとりに着いた一行は、足を休ませる為に休憩を取っていた。

水を手で触り、綺麗に透き通った湖を確認しながら、エラはリリーに目を向ける。


「はい。天気も晴れて良かった…」

周囲を確認していたクロルが戻って来て、湖付近の報告を伝える。

「ここ一帯は特に正常で、気になる点は何もありませんでした…」

「そうですか…、有り難う騎士さん」


「こんなに天気がいいし、お昼にしない?」


ネリルが両手で持っていたバスケットを皆に見せる。


「お。それは良い案だ。弁当か?」

エラが表情を明るくすると、にっと笑みを浮かべて頷く。


「お城の調理室を使って色々作ったの」

「作ったって…、まさかネリルが…」

クロルが不安そうな声をあげると、首を横に振りバスケットにかぶせられていた布を取る。

「ちゃんと調理師さんに作って貰ったの。あたし料理が苦手だから」

「良かった」

ホッとするエラに複雑な思いを浮かびつつ、リリーに話しを続ける。


「お嬢様、木陰の方でお弁当を食べませんか?」


「いいですね。私もお腹がすいていましたから」

四人共風当たりの良い木陰を見つけ、シートをしいて早速お弁当を食べ始めた。



メニューは定番のサンドイッチやおにぎり、パンと飲み物である。



「美味しいですね」

「はい…」

にこっと笑いかけるリリーに、ふとクロルがサンドイッチを食べながら呟く。


「…もう十七なんだね……」

「ん。確かに」

パンを手で千切って、隣に座るエラも反応を示す。


「早いものだな。私達は少し上だが、こんなにも立派で気高く美しい姫様になられるとは、私も嬉しく思える」

「に。お嬢様、この年だとそろそろ婚約の話しが出る頃じゃないかな?」

「え…」

ネリルの言葉を聞き、少し反応が遅れてしまった。


そんな微かな反応に気づかず、エラが空を見上げて話を繋げる。

「王族の場合、十八にはもう相手を決めて式をあげるから、王様も考えているんじゃないかな」

「………婚約…」


婚約なんて、一度も考えた事がなかった。


これまでいつもと同じように、

ずっと今のままで、

変わらず、

何にも考えずに一生が続くような思いだったけれど…





形から入るのは、幼い頃から聞いて今でもずっと先だと考えていた。


でももう十七。


ずっと先なのはもう、すぐ近くまで近づいていたんだ。




「……はやいな…」

ぽつりと感情の意志もないように、ただただ口から呟いた言葉に、クロルが無表情のまま見据える。






「……もしかして…、嫌なの?」


「え…」


嫌という言葉を聞いて、迷ってしまった。



嫌…なのか分からない。


いずれ婚約するのは分かっていたから、まだ相手が分からず、

顔も名も知れぬ人と婚約する事に抵抗がないと言われれば、嘘になる。





でも、







「分からない……」


クロルやみんなに自信なく返事を返すと、三人共なにも言わずに黙り込む。


どう返せばいいのか迷っているのだろう。



「王族として子孫を残す事も重要な役目でもあるけれど…、だけれど、私は相手を全く知らない方とどう接し、決断すればいいのか…まだ抵抗があるのだと思うの…」


「に~。あたしは一般市民からただのメイドとして使って貰ってるけど、やっぱり好きな人と結婚したいなぁ~」


「そういえば、ネリルはフィリさんと結婚をしたのだったな?」

エラが思い出したようにネリルに話すと、てへへと顔を真っ赤にして笑顔を向ける。


本当に幸せそうな表情で。

「あたし、ベタな夢だったんだけど、小さい頃から好きな人と結婚出来たらいいなって思ってたの。メイドとして城下町へ果物を買いに行った時、フィリさんに会った時はスッゴく緊張しちゃった」

「緊張って、会って直ぐにか?」

「うん。何でか分からないけど、お店で落とした林檎を拾ってくれた時にね。凄くどきどきしちゃって、一瞬だけだったけど、自分が自分でなくなるような感じがしたの」




自分が自分でなくなる…。



「テンパってて何話したかよく覚えてないんだけど、唯一覚えてるのは、お礼を沢山言った事かな」


「ネリルらしい…」

クロルがもふもふとサンドイッチを頬張りながら返す。


その様子がどこかリスに似ていてくすりと微笑を浮かべてしまった。

その様子をみたエラやネリル達は、笑みを見せたのにホッと肩を下ろす。




「もしもお嬢様が決まった婚約者ではなく、本当に好きになった方が出来たのなら、私達は止めはしませんよ」

「え……?」

「…王様も娘であるお嬢様の嫌な事は強制しない筈です…」


「…でも、後継者や続柄が」


「お嬢様が決めた方なら良い人に決まってます! これからの世を継ぐのは、どちらも良い夫婦から産まれた子を世代に残すべきです! あたしも反対したりしませんから」


三人の言葉が胸に染みり、嬉しい思いが込み上げる。


「…有り難う御座います…、皆さん…」



それぞれが己の会話や近々の出来事を弾ませ、昼食を終えた一行はもう少し、湖付近に残る事にした。



「こんなに綺麗な湖が、いずれ年を重ねていって消える事があるのかな」

ネリルが手で水をすくいながら、隣に座って眺めているリリーに聞いてみる。



「…どうだろうね。でも私は…、この綺麗な状態が残って欲しいと思う」


「……うん」


すくっと立ち上がり、まわりを見渡す。


天気もよく、風も気温も心地良いくらいに穏やかなので、まだ見ていない場所を見に行きたくなってきた。

「遠くへは行きませんので、付近を見に行っても宜しいでしょうか」

「いいですよ。私も共についておきましょうか?」

「大丈夫です。直ぐに戻って来ますから。お気遣い有り難う御座います」


エラに軽く礼をして、木漏れ日の多い場所へ一人歩んで行ってみた。








「…本当に自然がいっぱい…」


どこからか小鳥のさえずりや、風でそよそよと吹かれ、流れるように優しい音を鳴らす木々の葉。



一般市民ならば何気なく思うかもしれないけれども、

全く外出(そとで)をする事が出来なかった私にとっては、見るものがとても珍しく思える。



もう少し歩んでみると、木の影で少し暗い場所にたどり着いた。


「…この辺まででいいかな。…湖に戻らなきゃ心配…」


ガサッ


「……………?」




今どこからか草がこすれる音が聞こえた。

周囲に動物が居るのかと見渡すが、何も居ない。



「……風…?」



ガサガサ



うぅん。やっぱり違う。


上から聞こえてきた。

音のした木の枝の方を見上げる。

でも影で暗く、良く見えない。


「……………?」



もう少し近寄り、真下で立ち止まって目が慣れるまで見上げてみる。

すると、段々輪郭らしいのが浮かび上がり、人の形が現れてきた。




「…ぁ……、……ぇ…?」



はっきりと見えるようになった時には、一瞬何なのか理解出来なかった。

木の枝に、誰かが眠っている。


人間とは思えないように、横たわってちゃんとバランスを取っている。


“彼”は紛れもなく、私が知っている人だった。

「……………」


さっきの音は、彼が寝返りをうった音?


スゥ…と微かに聞こえる寝息に、まだ私がここに居ることに気づいていないみたい。



それにしても、なんでこんな所で寝ているんだろう。


彼は吸血鬼で、太陽の光が苦手な筈。


昼間はもっと暗い場所に居るのかと思っていたけれど…。



それにしても…、




「………可愛い…」


遠目からだからよく見えないけど、寝顔が以前会った時の表情よりも安らかで、気持ちよさそうに眠っている。




「………んぐ……ぁ…?」


呟いた声が耳に届いたのか、パチッと目を開けて眠気まなこのまま起きた。


下を向き、見上げていた私と真っ直ぐに目が合い、視線がぶつかった。

「…………?」


「……ぅ…おっま!?」

首を傾げると、ばっと起き上がるがずるりとバランスを崩して落ちてしまい、私の目の前で倒れる形になってしまった。



「だ、大丈夫…?」

慌てて白いハンカチを出し、座って痛みを和らげるように頭をかく彼の頬にあてる。


「……っお前」

ガッとハンカチを握っている手首を掴み、ジッと赤い瞳で直視する。


「……な、なに…?」

何か気の触るような事をしたのかと思い、大人しくしていると、彼はこう言ってきた。






「………うまそうだな…」

「え…」

再会していきなり早々、血を求めてきた。



「やべ、今飢えてんだよ、お前のでいいから少し…」

「ちょ、ちょっと…待って…っ」


もしかしてまだ寝ぼけているのか、かくかくと眠るように目を閉じながら首に口を近づけていく彼にぐいっと前に離す。

以前よりも力も無い。


「んだよ…、どうせ夢ならいくら呑んだって平気…ー」

「ぁ……………」


今度は口に近づけ、触れそうになった所で思いっきり前に突き放してしまった。


「平気なわけないじゃないっ//」

「へぶっ」


ドサッと地面に倒れ、ハッとして近寄る。



「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


「ぁ……うぅ…?」


やっと目が完全に覚めたのか、目をこすりながら起き上がり、目を向ける。

少し眉間にシワを寄せて。



「………ぁ?」

「お前…、この前の美味そうな女じゃねーかよ…。なんでこんなとこにいんだ」

「それは…、お父様が外出許可を下さって…」

「一人か?」

「いいえ、メイドと騎士二人の方も付き添いで…」

「んだよ。てっきり姫様から自ら血を呑ませに来たのかと思ったのによ」

心底面白くなさそうにつぶやくと、ふあぁ~と欠伸をして頭をかく。


「…つーか、背中に妙な違和感がある」


「え」


「お前、何かしてねーだろうな?」


「な、なにも…、アナタが木の上から落ちてきたのに驚いただけだから…」

本当は突き飛ばしたのだけれど…。



「は~。俺そんな寝相悪くねーんだけどな…」

影にもかかわらず、眩しそうに目を細める相手に思わず、おかしくなってしまった。


「…寝起きは悪いんだね…」

「ん…?」

微笑を浮かべるリリーの様子に疑問を浮かべるように首を傾げる。




「なにか可笑しいか?」

「くすくす…」

「んだよ…、さっきもお前に突き飛ばされた夢見たし」

くしゃくしゃと自分の髪をかく彼を見て、ふと思い出した事を聞いてみた。



「あの、アナタの名前はなんというのでしょうか?」


「………名前?」


手を下ろし、ジッと見て何かを考える素振りを見せる。



「…別に教えてやってもいいが、お前の血、今この場で呑ませて貰えるんならいいぜ」

「うん。いい」

「そうか。は?」

即答するリリーに逆に驚いてしまった。



「前は呑ませる事が出来なかったから、今呑んでもいい…」


「いや、お前それ吸血鬼に言う人間の言葉じゃねーぞ…」

呆れた顔を見せ、はぁっと息を吐く。


「んなあっさりだと、呑んでも呑んだ気がしねーよ。隙間がある時に呑んでやる」

「え…、どうして」


「あのなぁー、俺は毎晩正体がバレないように、背後から噛みついて呑んで、証拠を残さないように血を呑んでんだよ。だから癖になってるっつーか…、お前みたいな世間知らずの姫様みたいに、自ら呑ませる奴に会った事ねーよ」


「でも…、呑みたいんでしょう…?」


「まぁ…、色っぽいし誘われはするけど…、って、何言わせてんだよ!」

「…ご…ごめんなさい」


謝った後、少し意外な一面がある事にまた小さく笑ってしまった。

「………わかったよ」

笑う私にむず痒そうに頭をかき、ボソリと声を出す。


「……キルだ」

「キル?」

「名前はキルだ」

「…………そう…」


顔を逸らす彼を見る。


「あぁクソ。やっぱお前相手だと調子が狂う。…人間に教えた事、一度もねーのに…、こんな名前…」


「…いい名前だね…」

「は…?」

意外な事を言われたので、リリーに向き直ると、真っ直ぐと視線が合う。





「…意味として捉えられないけれど、…名前としてなら、とても好きだな…」

ギュッと無意識にか、両手で覆うようにキルの手を優しく握り締める。



「……………」

間をあけ、口を開くが出掛けた言葉を飲み込み、再度口を開いて溜め息を吐く。




「はぁ…、お前って変な奴だな……」

「そうかな…?」



「なら俺はお前の名前を当ててやるよ。リリーっていうんだろ?」

「え? どうして私の名を…」


「簡単なこった。お城で一人だけ清楚なドレスをまとって、姫である事を否定しないただ一人だけのお姫様。城下町じゃ有名だぜ? 心優しくて皆に慕われているバカ天然なリリーお嬢様ってのは」


皮肉混じりな言い方をして、頭に手を置く。


「…そう…なの?」


「あぁ。やっぱあってたんだな。リリーで」


「………でも…」


「ん?」


至近距離のまま顔を傾け、ふんわりと笑みを浮かべる。


「ありがとう…、私の名前、覚えていてくれて…」

「………な…」

コイツ…、マジで天然なのかよ…。皮肉を言ったのにも気づいてねーし。


「あんだけ有名で聞かされてりゃ、忘れたくても忘れられねーよ」

「うん。でもありがとう」


小さな顔を下に向けて、軽く目を伏せる。


その仕草が柔らかく、落ち着いている。



「……………」


何故か、目が離せない。



一つ一つの仕草をする度に、全て違った動作に見えてしまう。







「………………」


そっと肩に腕を回し、抑えるように頭に手をそえ引き寄せる。


「………ぇ…、キル…?」


「……いいから、暫くこのままにさせろ…」


自分でも分からないまま、勝手に手が動いていて、ギュッと抱き締める。


彼女は何も言わず、黙ってくれている。










何だろう…。



何故かこいつを手放したくない…。

「……名前の事…、ありがとう…」


小声で囁きかけると、こくんと小さく頷いて、肩の力を抜く。


いきなりだったから力が入っていたんだろう。





「…こちらこそ…名前教えてくれてありがとう…」

少し顔を上げて笑みを浮かべる。





……顔が火照ってるのか、若干頬が赤い。


………あぁー…、やっぱり美味しそうだ…。



今この場で……ーー




目を閉じかけてリリーの口に近付けていく。


彼女も目を閉じ、肩に手を置いて笑んでいた口を軽く閉じる。




























「リリーお嬢様~」


かん高い声が離れた場所から聞こえ、ギリギリのところでお互い、離れる。



「あっぶねー…。そのまま呑むとこだった」

「う…、うん…」

座ったまま地面を見つめ、平然として立ち上がる彼を見上げる。



「そろそろここも日が入る頃だし、またどこかでな。リリーお嬢様」

奥の暗い木々へ走り去って行き、遅れてネリルも到着してリリーを見つける。



「少し遅いから捜しましたよお嬢様。怪我や何かありませんでした?」

「え…?」

顔を向けると、ネリルがぎょっとする。



「お、お嬢様? 頬が何だか赤いんですけど、熱でもあるんですか!?」


「あ、う、うぅん! 平気ですネリルさん!」

バッと両手で頬をおさえ、ドレスに葉っぱがついたまま歩き出す。


「すみませんでした。早く戻りましょう!」

「え、ちょっお嬢様、ドレスに葉っぱがっ」

慌てて追いかけ、その場から離れる二人。





「……………」



私…、またキスされそうになってた…。







湖に戻って騎士が赤くなっているリリーにどうしたのかと不思議な表情を浮かべるが、四人は湖から離れて城へ帰還することにした。



吸血鬼と会った事をつゆ知らず。

†城下町~夜間~†











「あぁ~、今日は楽しめたなぁ~…♪」


頭の後ろで手を組んでキルが歩いていると、ある一つの街灯に見知った人物の後ろ姿に気づき駆け寄る。



「よぉ。今日もワイン三昧で悪酔いか? よくも飽きねーなぁ~…」


後ろを振り向き、ひっくと酔った顔をした金髪女性が返事を返す。



「あぁん…? んだよ、貴様か…ひっく」


真っ赤なドレスに右手に空っぽのワインを握り締め、へへっと笑いかける。



「随分と機嫌いい顔してんじゃね~かよぉ。なんだ? うまい血でも呑んだのか?」

「今日もいつもの鉄分バリバリの味だった。テメーこそ相変わらず酔ってんな。酔ってねーとこ最近見ねーぜ」


「毎日飲んでるからな」

ポイッとワインを投げ捨ててパリンと割れる。


街灯に照らされ、キルよりも若干肌が焼けているのが分かるが、それでも白い。



だが、見た目で見ると、美人である事は確かである。





「吸血鬼さんがどうしてこんなとこぶらついてるんですか~。ここは貴様のテリトリーじゃねーだろーうっぷ」

「久しぶりに様子見に来てこれかよ。まぁよ。最近面白い奴が居るって話ししに来たんだよ。酒のネタにはもってこいだろ?」

「あぁ~? 面白い奴だぁ~? 誰だよそれ。かわいこちゃんか?」

「あぁ。そりゃお前好みのな」

「ほっほー。っつーことは人間か」

「正解」

パチンと人差し指を鳴らして銃のポーズを構えて彼女に向ける。


「っても、そんじょそこらにいるただの人間じゃねー」

「んを? なんじゃそりゃ。直ぐ会えねーのか」


「あぁ~。俺はひとっ飛びで直ぐだが、テメーは人間と吸血鬼のハーフヴァンパイアだからな。難しいと思うぜ?」


「んな事言われたら余計見てみたくなるだろうが」


「だから言ってんだよ。もし会えたらラッキーだな。そいつ、相当おもしれー奴だから。笑える程に」


くるっと背を向け、人差し指と中指、親指を三本立て、ひらひらと歩き去りながら振る。


「そんだけだ。んじゃ、また近い内にな~。ハンナ」


街灯から離れ、暗闇に紛れ込んで見えなくなり、コツコツと足音だけが鳴り響いた。

「笑える程に面白い奴…ねぇ…」


腕を組み、ふんっと意地悪い笑みを浮かべる。





「探してやろうじゃねーか」




パキッと割れたワインの破片を踏んで、キルとは反対側へ歩き、闇に溶け込んでいった。



















「ねぇリリーお嬢様。今日は本当に何もなかったですか?」

クシで髪をとかしながら、昼間の事を聞くネリルに何もなかったと伝える。




「に~。何だか腑に落ちない~」


「ほら、フィリさんが待ってますから、そろそろお部屋に戻ってもいいですよ」

「に、そうだった!」


直ぐにクシを戻し、お辞儀する。


「ではごゆっくり、お休みなさい、リリーお嬢様」


「はい、お休みなさい」





パタンとドアを閉め、静かな寝室でステンドライトをぼんやりと見つめる。



「………また会えて良かった…」



ベッドに横たわり、そっとライトに触れて灯りを消し、就寝する。




【二 了】
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