-短編集-
『フィリ…』
名前が響く。
僕はある日、夢を見た。
あの時会った、あの日と同じ顔立ち、一緒に居るだけで笑えて、
遊んだ時の彼を、今でも僕の頭に残っていて…
鮮明な記憶として、残っていた…。
『………ありがとう…ー』
ー友達だから…ー
「フィリ」
「はい…?」
本棚に寄りかかり座ったまま眠っていた状態で返事を返す。
夢かと思いきや、目の前にキルが立っており、本をわきに抱えたまま不思議そうに顔を覗き込んでいる。
「あ、キルさん」
「珍しいな。お前が居眠りすんの」
「最近調べ物が多くて」
てへへと小さく笑い、持っていた本を持ち立ち上がる。
周囲は沢山の本が山積みに積み上げられ、それを本棚に戻し始める。
「あ。俺も手伝うよ」
そういって抱えていた本を机の上に置き、フィリの手伝いをする。
「ありがとうございますキルさん」
黙々と本棚に戻すフィリを見て、視線を本棚に移し何気なく思った事を聞いてみる。
「なぁフィリ。お前とクロルって、いつからダーク・アイ(闇の瞳)の機関に居たんだ?」
「そうですねぇ…」
う~んと考え、苦笑を浮かべる。
「キルさんが居た頃ぐらいでしょうか…」
「俺?」
「はい。キルさんが生まれた時、その時期に僕と兄さんは所属したんです。最高機関に」
棚に本を入れながら説明する。
「俺が生まれた時って…」
「と言っても、僕たちがキルさんを始めて見たのは七才に成長したキルさんなんですけどね」
静かに口にだし、動かしていた手を止める。
「僕が13才、丁度七年前ですけど、その時にキルさんが存在した時で、所属したばかりの新人だったので、一年間は何も聞かされてなかったので分からなかったんです」
「じゃあ、七才って…」
「一年と半年が経過して、異常なまでに早いスピードで成長したキルさんを、外に居た所を偶然見かけたんです」
「……………」
一年と半年…。
通常一年で一才の筈が、遺伝子と細胞の組み込みにより五才で、三年で9つも年が成長した。
本来の人間なら、こんなの有り得ない。
俺は…。
「でも、驚きましたよ」
「え、なにが…」
止めていた手をまた動かし、本棚に本を戻しながら微笑を浮かべる。
「最高指導者であり、キルさんを生んだハイドさんが、7つのキルさんをちゃんと遊びに付き合っていたんですから」
「……っな」
驚いてバラバラと本を落としてしまい、慌てて拾いながらフィリに顔を向ける。
「あんな奴が俺をちゃんと育てた訳ねーだろ」
静かに首を横に振り、目を向ける。
「僕は、今のハイドさんが不思議に思うんですよ。どうして“今でも”世界を落としたいのか…」
持っていた最後の本をコトンと置き、キルの持っていた本も受け取り並べていく。
「あの時のハイドさんは…、道具としてじゃなくキルさん自身に小さな愛情があるように見えたんです」
「愛情って…」
「親、といえばまた違うと思いますけれど、…もしかすると今でも…」
そこまで言って黙ってしまい、本を全て並べ終える。
「こんな考えしていたら、いざという時に支障が出ちゃいますね…」
「ぁ、や、別にいいけど…」
笑いかけ、地面に落ちていた鈴を拾い上げる。
すると、リン…と小さな音が響いた。
「ん?その鈴なんだ?」
「この図書館に落ちていたんです。ちょっと錆びてますけど、捨てるのが勿体無いので、せっかくなので持ち歩こうかと」
「ふーん」
ぼんやりとフィリの持っている二つの鈴を見て、あ、と声をもらしポケットから赤い紐を取り出す。
「これ本にくっついてたしおり変わりの紐なんだけど、切れててさ。これ鈴に取り付けてどっかに飾ったらどうだ?」
「わぁ。ありがとうございますキルさん」
受け取り鈴に結びつける。
「よしっ、こんくらいでいいだろ。フィリ、俺そろそろ…」
フィリに向き直ると、ぼんやりと窓の外を眺めて、何かを直視しているように見える。
「………フィリ?」
「は、はい?」
我にかえったのか、バッとキルの顔を見る。
「なんか外にあったのか?」
「えっと…、あのトラックから沢山ガラクタが入っていたんですけど、あの中に見覚えのあるのがあるな、と思って」
「あぁー」
近寄って窓から外を見ると、手前の方に開いたトラックの中に沢山のガラクタが積まれている。
その中にはマネキンや使えなくなった武器防具が多くあった。
「あれってダーク・アイの連中が製造してる物じゃねーか」
「はい。でも…、ダーク・アイとは別の製造物も混じってるらしく、僕が知らないのもいくつかあるんですけど…」
うぅん…と首を傾げ、ジッと眺める。
「ここからじゃよく見えないですね。他の製造物にも少し興味があるんですけど」
「そんなに気になるんなら、行ってみるか?」
「え、でもキルさん時間は大丈夫なんですか?」
「平気だって。もう調べ物は済んだし」
にっと小さく笑いかけて安心させる。
「それじゃあ、ご同行お願いします」
ペコッとお辞儀し、共に外へ出てトラックの方へ向かった。
「あ…」
「ん? どうした?」
声をもらしガラクタをジッと見つめる。
「…人形…、いえ、あれは…」
スッとトラックの目の前まで近寄って行くフィリを後ろから慌てて着いて行く。
「どうしたんだよ?」
「キルさん、製造物の中にロボットがあります」
「は? どこに」
「ほらあそこ」
指を指す方向を見ると、人の手のようなのがガラクタの隙間からはみ出している。
「あれって人じゃないのか?」
「関節部分が回転式の固定物らしき物が見えるので、人間ではないですよ。マネキンとも違った構造ですし」
「マネキンでもないって…、見た目でそんな変わらないように見えるぜ?」
「ロボットの独特な関節の設計が見て分かりやすいんです。360度回転式になって、指もマネキンと違う鉄と基盤で作られてますよ」
「全くわかんねー…」
目をこらしてみるが、結果は変わらず違いが分からない。
「お前、やっぱ観察力と記憶の暗記がすげーな」
「そんな事ないですよ」
照れ笑いを浮かべると、作業員がトラックに戻ってきた。
「これで最後だな」
フィリが注目していた人形らしきロボットを、両手で持ち上げる。
すると、いきなりロボットがギギギと動き出し、その人を突き飛ばした。
「!」
「ヤメロ! やめろ! オレを壊すナ!」
「な、なんっだ!?」
もう動かないと判断していたのか、目を丸くし、腰を抜かしたままロボットを見上げる。
「お、おい」
驚いて見ていたキルだが、横に立っていたフィリが直ぐに走って向かい、もう一度殴りかかろうとしていたロボットの前に出た。
「………っ」
両腕で衝撃を受け、何とか持ちこたえる。
もう見栄えがよくないロボットとはいえ、パワーが残っていたようだ。
「いけません! 誰かを悲しませちゃ、自分も悲しくなるだけです」
「いやだ! コワすな! コワサないで!」
無我夢中に暴れまわるロボットに対し、フィリは尚、腕で男性をかばい受ける。
「落ち着いて下さい! “ゼルさん”」
「………!」
フィリが名前を呼びかけると、ピタリと止まり、沈黙が起こる。
「大丈夫か、あんた」
「あ、あぁ…」
キルが男性を起こすと、ようやく喋る事が出来た。
それからロボットを見ると、先程までの気迫が嘘のように静まり、肩を下ろしている。
「君達、有り難う、すまない、もう動かないと思っていたロボットだから、処分しようとしていたんだが…。どうやらまだコア(核)が入っていたらしい」
フィリとキルに説明し、ロボットを処分せずにすると言い残すと、トラックで走り去って行った。
「……………」
ロボットは反応なく、フィリが近寄って話しかけてみた。
「…あの、……動けますか?」
「どうシて…」
「え?」
ぼそりと小さな声が聞こえたかと思えば、もう一度言い直してフィリに顔を向ける。
「…どうシて、オレのなまえヲ知ってイる」
「……それは…」
ふっとロボットである相手の帽子部分に目を向けて、こう応えた。
「旧型の人工ロボットには、身体のどこかに製造No.(ナンバー)と、名前が記入されているのを知っていたからです。アナタはその帽子部分に、No.006のZERUと彫られていましたので、分かったんです」
「………オマエ」
キルが言って気づき、すげーなとフィリに感心する。
「……………」
暫く黙ったままだったが、ぎこちなく動き始め、フィリに向き直る。
「…俺は…ロボットだ。しかも旧型のムカシの人工型ダ。オマエは、今のオレにオビエないのか。コワくないのか」
警戒したままの状態で、フィリに問い攻める。
だが彼は、キョトンと不思議そうに首を傾げると、ニコッと笑みを浮かべた。
「どうしてコワいと思うんですか。僕は怖くないですし、怯えていれば、こうして会話なんてしていないですよ」
「………………」
「俺もこうゆうの慣れてるしな。なんとも言えね」
頬をかるくかきながらフィリの後に続いて言うと、ゼルがクスリと口元を端に伸ばし、笑いかけた。
「おマエら、変な人間ナンだな」
「変とはなんだよ。お前だって、変だ」
「ドコが変なんだ」
「帽子とサングラスみたいなのが合体してるとこが」
キルが指摘すると、面白そうに笑い声をあげる。
「アッハッハッハ。なんだソンなトコロか」
「やはり、旧型のロボットは感情が複雑に出来てますね。本当に、人間みたいです」
フィリが分析すると、ピタリと真顔になり、少しだけ悲しい口になる。
「…感情がアルから、オレ達は厄介がられるんだ…。人間の思うがままに、命令に全て従わない事があるから、捨てられてイる。…他の仲間も、全員が捨てられ、壊されてイったんだから」
「…………壊された…」
「…オマエたちだって、人間だロ。…だったら俺に構うナ。厄介がられ…ー」
パシッと彼の手を握り締め、にこっとフィリが笑いかける。
「こんにちわ」
「……え」
「お友達になりましょう。ゼルさん」
ふわりと小さく笑みを浮かべて、ぎゅっと握り締める。
「……………」
何だろう。なにか…
「オマエ……」
「ね。少し街を遊びませんか?
友達同士、遊ぶ事が沢山あるんですよ」
「まて、まだ了承っ」
パッと手を離し、先を越すように歩き出す。
バックの人混みの中、振り向いて笑いかける彼に、何も言えずにキョトンと首を傾げてしまった。
「ゼル…だっけ? 行くあてがないんなら、一回来てみろよ。面白いかもしんねーし」
フィリを追うように通り際に話しかける彼。
「……………」
不思議な人間だ。
でも、何故だか分からないけれども、考えるよりも先に彼らの背中に着いて行っていた。
街にはプログラムにないものが沢山あった。
俺が知ってる事がないものだ。
システムや動作確認や、デバッグ、リカバリー、
元々自我や判断力、優先順位を考えて、命令に従うだけの力しか備わっていなかった俺には…
何とも、珍しいものばかりだ。
「コレは…なんなんダ」
感情にもない質問をぶつけると、嫌な顔をせずに応えてくれる。
「これは風車(かざぐるま)といって、とっても昔の時代にどこかの場所で使われていた道具です。伝統行事に使われていたり、子供の遊び道具としても人気だったらしいです」
「そうなノか」
「マジで?」
へ~とフィリの説明を聞き入る二人だが、何故かキルも知らなかったように、ゼルと同じ反応を示した。
「オマエは知らないノか」
「あ、まぁ…」
「へー。あ。じゃあアレはナンなんだ」
指差したのはその隣にあった食べ物、袋詰めにされたお菓子である。
「それはお菓子という食べ物です」
「食べ物…」
「はい。因みにその隣にあるのはシャボン玉という遊び道具です。どうやらセットですね」
「シャボン玉か。プログラム…いや、メモリーに概念として理解している。洗剤の液体、石鹸ナドの水溶液にストローで細管の一端を浸けて端口に薄膜を張リ、呼気を吹き送ッテ端口に張られたシャボン膜で球体を作るものダロう」
「は?」
羅列する言葉をかまずにスラスラと言い、多少の早口に一瞬、混乱してしまうキルだが、尚も解説を続ける。
「主に子供を主体とする遊びの一つダな。
空気中で作られる泡ミタイなものか」
「いやいや、待て、そんな解説しなくても…」
「はい!ちなみにシャボンというのはポルトガル語という、以前この世界で使用された言語で、石鹸を意味する単語であるみたいですよ」
「ほぉ。ナルほど」
「すげーなお前ら…」
難しい会話についていけないキルが呟くと、二人とも笑いかけた。
「ン、フィリと、キルと言ったか。あれは何をシているんだ」
「え、アレは…大変ですっ」
ゼルが指を指した方向に目を移すと、小さな女の子が廃棄された機械物を集めているが、その近くで機械兵が近付いている。
それに気付くことなく、女の子は機械のパーツを拾い続けている。
「フィリ!」
「はいキルさん!」
「…あ、オマエらっ」
地面を蹴って一気に向かい、フィリの身体が水色に光り輝いた。
隣を走りジャンプしたキルを見計らって水の特殊属性を張り、一気に女の子の場所へ流すように飛ばす。
(なンだ…、あれは)
始めて見た光景を直視するが、何が起こるのか分からずジッと見る。
「はぁぁぁ!」
両足に赤い炎をまとい、遠心力を利用して女の子の直ぐ後ろに迫っていた機械兵に回し蹴りをくらわせる。
‘ガシャン’
吹き飛んで炎によって溶け、完全に制御を失った機械兵。
何が起こったのか分からず、唖然とする女の子にフィリが走って声をかけた。
「大丈夫ですか?まだ動ける機械兵が、あなたを刃物で傷つけようとしていたんですよ」
「え…え…」
まだ理解出来ていない女の子をよそに、ゼルも近寄って立ち止まる。
動かず焦げ跡のついた機械兵に目を通すと、確かに手には硝子の破片を持っている。
「……………」
「お前、こんな所で何してたんだ?」
「………お金」
キルに質問されて、ぽつりと両手に持っているバッテリーに目を落とし応える。
近くで見れば、元々白いTシャツだったのか、黄ばんで薄汚れ、みすぼらしくなった格好だ。
「キルさん、この街は治安の差が激しく、子供でも売れる機械や物でお金に変えて、生活を賄っているようなんです」
「じゃあ、この子も…」
ぼさぼさになった黒い髪、探してる最中に破片らしき物で傷ついたのか、生傷が多少目立つ女の子。
「どうしよう…、今日、これしか見つからなかったから、あんまりお金が出ないかも……」
「あの、高く売れる物があればいいんですよね?」
「うん。そうしたら、お母さんとお兄ちゃんも楽にご飯食べられるから」
小さく頷いて重かったのか、バッテリーを地面に置く女の子の両手に、フィリがミクロバックリングからシューリングを出してギュッと握らせる。
「?」
「あー、成る程な。それだったら高価だろうな」
「はい。前にキルさんが使っていたんですけど、いいですか?」
「あぁ」
「………?」
シューリングという言葉を始めて聞いたゼルは理解出来ず、フィリは優しい表情で女の子に目を向ける。
「これを持って、お金に変えて下さい。きっと高く引き取ってくれると思います。そうしたら、半年分のご飯は食べられると思いますよ」
「ほんと?」
「はい」
ぱっと表情を明るくし、にこっと笑いかけた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ぼ、僕は男ですよ!?」
「っはは。フィリ、やっぱり間違えられたな」
面白そうに笑うキルと、キョトンとする女の子だが、ぎゅっと大事そうにシューリングを握り締める。
「ありがとう、お兄ちゃん。あたし、行くね!」
僅かに色素の薄い瞳に光りが宿り、嬉しそうにその場を離れる女の子を、ホッとして見送る。
「良かったな。フィリ」
「はい。あ、ゼルさん、すみません急に…」
ゼルに向き直ると、ジッと停止している機械兵を茫然と眺めている。
「…ナゼ、少女に刃を向けタのだろウな」
ぽつりと寂しそうに話しかける。
「…ゼルさん……?」
「…コイツもきっと、俺と同じように廃棄されタのダロう。また…、壊されると思って、コイツは…」
そこまで言って言葉を切り、地面に視線を落とす。
「機能が停止シて、人間でもなければ使えるロボットでもない。…何もかも中途半端ダ。……そうシて、俺達は廃棄か、バッテリーが停止するのが最後ナのダロうな」
「……な…」
ずっと聞いていたキルがぼそりと声を出し、もう一度顔を上げてゼルを見てこう言った。
「…そんな…悲しい事言うなよ」
「ダガ…」
「あんたは感情もあれば、俺達と普通に会話してる。自分が何者かも分かって理解している。…接する事が出来る位、知ってるだけで十分な程だ」
だから…と悲しみに満ちた目を見せ、声を発する。
「…お前は他のロボットよりも人間らしい奴なんだ。タダ機能停止する機械なんかじゃない。俺らはダチだろ? これからもずっと」
「………キルさん」
彼の言っている事が充分に分かる。
自分が人間なのか、チップで機械のように操作され、何者なのか分からない自身と比べているんだ…。
「ダチ…?」
「友達って事ですよ。ゼルさん」
優しい声で教えると、フィリとキルを同時に目を向ける。
「キルさんも僕らとおんなじ人で、ゼルさんも人と同じように友達です」
「…フィリ」
にこっと笑みを見せるフィリ。微笑を浮かべて静かに佇むキル。
「…おれ…は……」
人でないオレを、人であると主張する人間。
意味を理解しようと処理するも、どんなに深い意味が込められていようと、やはり理解が出来ない。
どうしても、己が人と認識出来ないから。
「きゃっ!?」
「………ー!!」
パシンと近くで音が聞こえ、何かと全員目を向ける。
先程の女の子が自分の頬を手で抑え、地面に倒れている。その前にはサーカスの団長らしき人が居て、茶色い口髭に黒いタキシードを着てズンッと仁王立ちしてる。
「高価な物を売って高く金を貰いに来ただろうが、こんな物でもお前には、今までの分でも充分だろう」
杖を女の子に向け、空いている手にはシューリングを人差し指でくるくる回している。
「………ーっ」
「キルさん、待って下さい」
小さな火の粉が下ろされている拳から散り、フィリが抑える。
「でも…あたし…」
「五月蝿い。今日の分はこれだけだ! 金が欲しければ、また見つけに…ー!」
杖で女の子に振るい上げるのと同時に、ガッと男性の頬にキルが拳を振るいぶつけた。
「ぐっ!?」
ドサッと地面に背中をつけ、目の前でキルがキッと鋭い目つきで見下す。
「汚ねぇ言い分してんじゃねぇよテメェ…。まだ小せぇのに、何のためにこんな事してんのか分かんねぇのかよ」
「…お…お前は…、何なんだ…その眼は」
ガクガクと震える男性の言葉を聞いて、眼に何らかの変化が起こっているらしい。
だが彼の背中しか見えないゼルからしたら、何が起こっているのか見えない。
うっすらと青い瞳が赤くなったりと、交互に色が変化している。
その変化を見て、男性は怯えてるのだ。
「キルさん、アレは出さないで下さい!」
「分かってる…。けど、コイツには…こんな奴に…っ」
ギンッと目を鋭くして睨みつけると、ひっと男性が怯えて後ろへ腰を抜かしたまま後ずさりする。
「お、お前…タダの人間じゃない。化け物だ!」
「……………っ」
ギリッと歯を噛み締め、ぶわっと火の粉が一瞬舞い上がった。
「お兄ちゃん…」
涙を溜めて見上げる女の子だが、急に右腕を握り締めて、激痛を感じて表情を歪める。
「…っ…痛い!」
「………!」
はっとして見ると、抑えている指の隙間から、青色に光る傷が見える。
「その傷、ウィルスの…」
キルが男性に目を向けると、ニッと黒い笑みを浮かべて笑い声を上げる。
「そうだ。只の魔物を飼い慣らすんじゃ、楽に商売が出来ないんでな。青く光るおかしな魔物が居たんで、今日檻に閉じ込めたんだ。なのにこの娘ときたら檻に近寄って…。自業自得なうえに、もっと金をねだってきやがった。恥を知れ!」
「てめぇ…ーっ」
「……………!」
目にも見えない速さで男性に近づき、顔の直ぐ横を掠めて地面に拳がめり込ませる。
「自分が何を隔離したのか分かってんのか!? あんなもん商売道具にしたら、どうなるのかもっ」
「…ぁ……ぁぁ…っ」
「……………」
わからない。
「フィリ! 今すぐあの子を治療しろ!」
「はい!」
女の子に駆け寄り、両手で傷口にそえて光をおびて治療を始める。
治す事が可能な力、この人達は、普通の人には持っていない力を、人を助ける力を持っているのだろう。
けれども…わからない。
なにに対して怒りを露わにしているのか。
「あの子は、家族が居るんだぞ! それを一瞬で無くなるような事…っ」
グッと言葉を無くしている男性の胸倉を掴み、グッと殴るのを抑えて訴えてる。
ナゼ、必死に言葉で意志疎通を?
言われて記憶すれば、それに従うものじゃないのか?
人間はああまでして言っても、従わないのか?
どうして…。
どうして。
どうして。
ガシャンッッ
「!?」
突然周囲から悲鳴が上がり、見ると頑丈に作られていた檻をいとも簡単に破壊されていて、中に捕まっていた獣型のウィルスが外に離されている。
「そんな、檻が…!?」
「くそ! 遅かったか」
直ぐに特殊属性の赤い炎を両手にまとい、走ってウィルスに突っ込むキル。
だがただの魔物とは違うウィルスは、振り飛ばされた炎を横に避け、キルに爪を立てて勢いよく引っかく。
彼も直ぐに身をかがめて避け、真っ赤に燃え盛る炎をウィルスに当てていく。
青いラインと光る唾液が夕暮れの太陽で反射し、とどめに固めた炎を腹部に集中させて当てると、重たい体重を地面に落とし、ようやく、暴れるのを止めた。
「はぁ…はぁ……」
息を上げて炎を消し、フィリや女の子に目を向けると、女の子は落ち着いた表情で小さな笑みを浮かべている。
「もう大丈夫です。まだ痛みはありますか?」
「ううん」
「良かった」
にこっと笑みを見せ、男性に目をやって近寄る。
「な、なんだ…、近寄るな!」
ガタガタと怯えて訴える男性だが、フィリはそのまま、頭を下げて小さな声で交渉を始めた。
「この子にちゃんとしたお金を渡して下さい」
「………な…」
「そうすれば、僕達は何も言いません。もしも払わないのなら、先程の魔物を隔離していた事を、通報します」
「………ぐっ…う」
口びるをギュッと締め、散々迷いながらも、遅い手つきでお金が入った袋を放り投げた。
「……持っていけ…。…これで…いいんだろう」
「…はい。ありがとうございます」
小さな笑みを零し、女の子に渡すと、頭を優しく撫でる。
「さ、これで真っ直ぐ、お家へ帰って下さい。これからも家族を大事して」
そっと手を離すと、こくんとまた頷いて笑みを零した。
「ありがとうお兄ちゃん! 本当に、ありがとう」
そう言って、女の子は走って行ってしまった。
「ほら、お前もどっか行けよ。二度とこんな事すんじゃねぇ…」
「う…っ」
キルに従うように、男性も逃げるようにその場から離れて行った。
「…………」
「ゼルさん」
いきなり名前を呼ばれて、ピクリと反応が多少遅れたが、フィリを見る。
「大丈夫ですか?」
「…ナゼ、こちらを心配する。オレは何もしていないノに」
「あ、それはそうなんですけど、一応外傷はないかと思って」
「……………」
見て分かるだろうに、それでも確認を取る。
ナゼ。
「……解ラない」
「え?」
返した応えが曖昧で、不思議は表情をされた。
「…ナゼ、あんなにも命令する。ナゼ、見て分かる事を確認スる。ナゼ、知り合ったばかりのオレや子供に優しクする?」
「……………」
黙って質問を聞くだけで、何も応えない。
一瞬だのに、長い時間、沈黙が続いたように思える。
オレには解らないんだ。
なぜ、命令もされていない事をやるのかが。
「解らナい。オレは命令にしか従わない。ソレが正しいと認識サレるから。お前タチのソレは、正しいと分かってやってる事なのか」
「……………」
これが人間とロボットの差なのだろう。
きっとこいつも、人間だからと差別的な応え方をする筈だ。
前の命令者に聞いた時もそうだった。
だから俺は、人間が好きになれない。
暫くして、ようやく口を開いた。
「…分かっていませんよ。僕達は」
「…………え?」
彼の口から返ってきたのは、予測していた応えとは全く違った内容だった。
「ゼルさんも、どうしたらいいのか分からなかったんでしょう?」
「ぁ、あぁ………」
「僕も正しいかなんて、分からなかったです」
静かに彼は言う。
小さな微笑を浮かべて。
「ゼルさん。命令は全てが正しいとは限らないんです。自分で正しいか判断して、行動し、結果を下す。それは判断力や、優先順位を決める事に繋がります。…だから僕達は、良い結果にさせようと、先ほどのような事をしたんです」
「…良い結果……」
「僕はそれを正しいと信じて、行ったまでです。そうですよね? キルさん」
少し離れた場所に立っていたキルも、笑みを浮かべて頷く。
「だからゼルさんも、それでいいと想うんです」
「オレも?」
「命令に必ず従うのではなく、何をするのが正しいのか考えて、自分で決めるんです」
「………なら…お前が正しイと思ったノは…」
「はい。僕はあの子を助けたいと思ったからです」
「………そう…か…」
そうなんだな…。
とても単純でも、明確な応えだった。
「ゼルさんを始めて見た時も、助けたいと思ったからですよロボットだからだとか、そんな理由ではありません。考えている原点は、人と同じなんですから」
「……………」
自分の思うがままに…。
したいと思って、それが良い結果になるように判断する…か。
やはり、今まで見てきた人間とは違う、良い人間なんだな…。
「さてと、日も暮れてきたし、帰るとするか」
「そうですね。僕達、宿屋に泊まっているんです。ゼルさんも来ませんか?」
「いいノか?」
「勿論です」
笑いかけるフィリに、思わず口の端を緩めて笑みを浮かべた。
「んじゃ、行こうぜ」
歩き出す彼を見る。
だが、後ろに倒れていた魔物が妙におかしいのに気付いた。
グルグルと唸り声を上げ、立ち上がったかと思うと、背を向けているキルに爪を立てて振りかざした。
「…………!」
ハッとして振り向くが、既に背後に立って振り下ろされた。
ガシャンッ
鈍く、機械が割れる音が響いた。
オレは、彼を庇うように目の前に立ち、吹き飛ばされてしまったのだ。
「………っ!」
直ぐに炎でウィルスに当てて留めをさし、完全に息の根を止めた。
「ゼルさん!」
かすれた視界で仰向けに倒れた俺の名を、フィリが呼びかける声が響いた。
「ゼル!」
キルの声も聞こえて、ギギギと起き上がろうとしても起きあがらない。
「…………?」
視力が低下しているだけだと思ったが、そうじゃなかった。
離れた場所には、無惨にも俺の下半身が見える。
あぁ…。
そうか。
受けた際、錆びてガタがついていたのが強い衝撃で分断されたんだ。
「……ゼルさん! ゼルさん!」
「……フィリ…」
「お前…、身体が……」
キルが彼の状態に気付いたが、ゼルは表情を変えずに赤い空を眺める。
「……問題ナい」
真っ赤な空…。
「痛みナんて、感じなイから」
「……………」
どう言葉を返せばいいのか、迷いの表情を見せる。
けれども、もう分かってる。
これも優しさだって事が。
「痛みを感じル事は…ない…カら…」
赤い…。
視界が赤い。
まるで傷のようだ…。
「…悪かっタ……。もう、お前タチと一緒にゆけナい…」
フィリは顔を隠すように地面に向けている。
僅かにか、肩が震えているように見える。
痛くない。
痛くないのに…。
ナンだか妙な気分がある。
「……僕は…痛いです…」
「…………フィリ?」
震えた声が聞こえて、ぎこちない動作でも、フィリに首を傾ける。赤かった視界が青く変わった。
「痛くて…胸が苦しいです…っ」
ぽたぽたと涙を流していて、ギュッとこらえるように目を閉じ、胸に拳あてている。
「…ごめんなさい、ゼルさん。僕が…」
「…謝…ルな」
言葉を遮り、小さく音が鳴る声を発する。
「謝る事じゃ…ナいなら…あや…まルな」
「………ゼルさん…」
「フィリ…。お前タチの言っていた事…。やっと…ワかったんだ…」
そっとフィリの手の甲に冷たい手を乗せて、
「誰かを助けたいと思ウ気持ちハ…、人もロボットも同じだって事が…、ようやく分かったンだ…」
「………っ…」
子供のような泣き顔で、俺の言葉を聞き入るその人は、誰よりも大人なんだ。
「もう…、永くもなかっタんだ…。……オレは…、そろソろ…永久に停止…する…」
「違います!」
途切れ途切れの言葉に上乗せするように、声を張り上げる。
「停止なんかしません! …ただ眠るだけ……。眠る時間が来ただけです…」
「フィリ……、俺は…」
「停止だとか、“死ぬ”なんて事、ないです!」
「…オレ…は……」
もう一度、空に目を移す。
空は先程よりも日が沈み、真っ赤に燃え盛えていた。
赤い色が血のように染めていて、まるで今のオレのようだ。
けれども痛みなんてない。
停止じゃなく、死ぬのでもない。
眠りに落ちる。
そんな人間みたいな事を言われたのは、はじめてだ。
そうだ。
思えば二人と出逢ってから、はじめての事ばかりだった。
見たことのない風車。
子供の遊びに使われるシャボン玉。
味も知らない美味しいお菓子。
思い返せば、それらを使って、二人と遊ぶ姿が目に浮かんだ。
あぁ…。
楽しかった。
…これが、楽しい感情なんだな……。
「……イタい…」
ぽつりと音を発する声はもう、小さくなってる。
「オレも…イタくて…くるし…い…」
赤い視界が滲み出して、ぼんやりとする。
頬を何かが伝うのが分かった。
もっと早く、フィリやキルと会いたかった。
ロボットとしてじゃなく、友達として…。
悲しい…。
これが悲みなんだ…。
「キル……ケガは…ナい…か」
「……あぁ。…ありがとう。ゼル」
「…そウ…か」
黒い視界からまた赤い視界に移り、今度はフィリに顔を向ける。
もう、終わりが来ている。
その前に、一番やりたい事、伝えたい事を言いたい。
「…フィ…リ……」
「………はい」
ギギ…と軋む音を鳴らしながらも、手をフィリの頬にあて、流れ落ちる涙を親指で止めるようにつける。
頬を伝っていたものも、同時に止まった。
「…ありがトう………。
…オレ達は……、
友達だから…ー」
カシャンと伸ばした手に力をなくし、彼はもう、動かなくなった。
もう何も言わない。
最後にみた景色は、海のように綺麗な青だった。
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「……ありがとう…。ゼルさん」
「よし。これでいいですね」
砂と土で作った墓場に風車とシャボン玉の道具、お菓子の袋を添えて額の汗をぬぐう。
隣に立って見ていたキルが、青い空を見上げてぽつりと呟いた。
「あいつの魂って、あるのかな」
彼の胴体や部品は廃棄されず、武器や防具の部品に活用されたのだが、利用出来なかった小さな部品を埋めて墓を作る事にした。
ロボットでありながらも、人と同じように。
「ありますよ」
図書館で見つけた二つの鈴の一つをそっと置き、立ち上がる。
「だって、友達ですから」
リン…とフィリが持っていた鈴が鳴り、にこっと青い空を見上げる。
綺麗な優しい海の色。
「……だな」
キルも笑いかけ、みんなが待っている場所へ歩む。
「行こうぜフィリ。みんなが待ってる」
「はい!」
その場を後にして、風がそよそよと吹いて、そえられた鈴が音を鳴らす。
その音色はフィリ達が街から出るまで、ずっと鳴り響いていた。
ー友達だから…ーー
了