-短編集-
「ふえぇ~ックシュン!!」
宿屋のベッドで眠ったままのキルがバンダナの代わりに冷えピタを額に貼ったままくしゃみをする。
「おうおう。豪快なくしゃみなこったなぁ。キル君」
ブルブルと震えて毛布を深くかぶるキルに、ハンナが立ったまま腕を組む。
「うるぜぇ…。鼻がむず痒くて我慢できなかったんだよ…」
「いやぁ~、キルも風邪をひくときはひくんですねぇ~。意外ですよ」
シュールが笑いかけると、ジトッと見る。
「だったらお前かかった事ないのかよ」
「ありますよ?」
「風邪ひくようには見えねー…」
「あなたが一番見えませんよ?」
「…………」
無言でシュールを見ていると、リリーが椅子に座ったまま視線を落とす。
「…やっぱり、デリートする量が多すぎたんだよね……」
「あぁ~、ウィルスな」
「依頼も混じっていたとはいえ、1日にして六件もの街に出没。
一番威力がありマルチで広範囲の特殊属性を出せるキルが、一人で三カ所の街に出没したウィルスをデリートしたのですから、それで風邪程度で体調を崩すのはある意味凄いですよ」
「あれはハードだったなぁ…」
遠くを眺めるようにして呟くキルに、リリーが更に声を沈める。
「…私…なんにも出来なくて…」
「うぁ~。別にリリーが悪いとか言ってんじゃねーよ!?」
「まぁあれですよ。キルなりに裏の反省をしている部分があったのでしょう」
シュールがフォローしているのか分からないような事を言うと、ハンナがまた横から口を挟んできた。
「どうせ自力で風邪なんか治すだろ」
「失礼だな!俺だって薬飲まなきゃ直ぐには治らねーよ!」
「まぁキル君。今日は安静にしておけよ。それだけツッコミをいれきれるんだ。きっと明日には治ってる筈だ」
「……他人事だと思いやがって…」
「今日一日、リリーお嬢ちゃんが見てくれるらしいからよ。良かったなー」
「は? そうなのか?」
リリーに目を向けると、こくんと頷く。
「い、いや。別にいいよ面倒見なくて。熱うつるかもしらねーし…」
「うぅん。キルに頑張って貰ったから、私もなにか役に立ちたい…」
「けど…」
ぎゅっと毛布を握り締めるリリーに、ハンナがフォローを入れる。
「ほら。嬢ちゃんが頑張りたいって言ってんだ。人の行為は受けとめるもんだろ。キル君」
「……………」
困った表情をするが、ハァ…と息をはく。
「分かったよ。ありがとな…。リリー」
小さく笑いかけるキルに顔を上げ、ふわりと笑う。
「………うん…」
その様子を眺めていたハンナとシュールが互いに会話を始める。
「…ここまでくれば付き合っちゃえばいいのになー」
「おや。長い時間をかけていくのも大切ですよハンナさん」
そう言いつつニヤニヤしている顔を隠さない。
「俺はお邪魔だろうし、切れかけてる薬でも買いに行ってくるかな」
「おや。ならついでに夕食の買い出しもしてくれませんか?」
「えぇ~。荷物重くなるじゃねぇか」
「それならクロルを誘うと良いですよ」
「ん? そういや見ないがどこに行ったんだあいつ」
部屋を見渡すが居る気配がなく見当たらない。
「彼なら宿の外にある木の上でぼーっとしてましたよ」
「ちょっと待て。なんで貴様がそれを知ってるんだ」
「こちらの窓から見えますから」
部屋の窓の外を指差し、確かに木の上にクロルらしき人物が座っているのが見えた。
「…暇人だな……」
呟きつつ部屋のドアを開けるハンナ。
「ん? どっか行くのかハンナ」
キルが部屋を出ようとするハンナに気づき、目を向ける。
「おう。これから薬と晩飯の材料を買いに行ってくるからよ」
「そっか。じゃあまた後でな」
「おう」
ガチャンとドアを閉め、リリーがシュールを見上げる。
「シュール様…。風邪をひいた場合、どんな事をすればいいんですか?」
「そうですねぇ~…」
窓からリリーに目線を合わせ、にこっと笑いかける。
「額を合わせて熱を確かめて下さい」
「は?」
シュールの言葉にキルが訳わからない声を出す。
「額…?」
「はい。自分の額と相手の額を合わせ、熱いと感じたら熱がまだある証拠なんです。折角の機会なんで試してみては?」
「どんな機会だよ」
「……………」
ガタッと立ち上がり、キルに顔を近づけ額を合わせようとするリリー。
「Σってちょっと待てまてまて待て!!本当にやろうとするな!?」
「ぇ、でも熱が酷かったら…」
「方向性がズレてるって!第一冷えピタ付けてたら確認するにも出来ないだろ」
「ぁ…そっか…」
「おや、では取ればいいじゃないですか」
ペリッと横から冷えピタを剥がされる。
「はいどうぞ」
「……………」
こくんと頷いて頬に手を置き近づける。
「どうぞじゃねぇェェ!!!!///」
顔を真っ赤にしてリリーの肩を掴み止める。
「キルさん、氷枕借りてきたから交換…」
ガチャリとドアを開けてエラが入って来たが、リリーとキルの状況を見てピシッと固まる。
「…………ぇ、え?」
ぼーぜんと立ち尽くすエラだが、段々顔を赤くしてドサッと氷枕を落とす。
「ぁ、いや、エラこれは…」
「お、お、お邪魔しましたーっ!!??///」
「ちげえェェェェェェェ!!!!」
顔を真っ赤にし、バタンと乱暴にドアを閉められた。
「おや。勘違いしてしまったようですね」
「お前のせいだろ!?」
「……………?」
離れてきょとんとするリリーだが、叫び過ぎて咳をするキルにシュールがう~んと何やら考える。
「懐かしいですねぇ…。風邪をひいた人の看病なんて、凄く前にやりましたし」
「ん? 誰だそれ」
キルが鼻をすすりながら聞くと、くすりと小さく笑いかける。
「サラですよ」
「サラって…、あぁ~。前に使ってたお嬢様だったっけか? あんま詳しく聞いてねーけど」
「はい。あの時はキルみたいに表情一つ変えなかったので、館内(やかたない)に居たメイドや使用人の方全員気付かなかったんですよ」
「……もしかして…倒れたの…?」
リリーが心配そうに聞くと、いいえと首を横に振る。
「その日は丁度、私と外へ散歩する予定でしたので、いつもとは違う仕草があったんです。少し違和感を感じたので熱を計ってみて気付いたんですよ」
「仕草ってどんな?」
「……………」
複雑な笑みを見せ、そっと言葉に出す。
「蝶を呼び寄せていたんです」
「ぇ………」
リリーが反応を見せ、シュールを見つめて話しを聞く。
「いつもは私や人が居る時は寄せ付けたりしないのですが、やはり身体は正直なんでしょう。本人は気づいていなくても、無意識に…ね」
「なんで蝶を呼んだんだ?」
「………きっと苦しかったんでしょうね…。感情の引き出し方も、“熱がある事自体”分からない彼女が、助けを求めるサインだったのでしょう……」
優しい表情で話すシュールを、キルとリリーが黙って見る。
「…なんか、シュールってすげぇな」
「うん…。私もそう思う…」
「おや、そうですか?」
「………なんか…、信頼し合っているんだなって思う…」
リリーが静かに言うと、一瞬不思議な顔をするが、クスリと小さく微笑する。
「キル兄ぃぃぃィィィ!!」
バタンと乱暴にドアを開け、ネリルがガバッとキルの上にダイブしてきた。
「ゴフッ」
もろお腹に衝撃と体重が重なりダメージを与えられるが、ネリルは気づきもせず泣きついてくる。
「どうしよう!お粥を作ろうとエラ姫ちゃんと頑張ってたのに、何度作っても全っ然完成しないのー!」
「いででででででで! いてーっての!?」
「ネリル嬢。完成しないとは一体どういう事ですか?」
「いつも焦げちゃうの!!」
くるりと乗っかったまま振り向くが、キルは更に怒鳴り散らす。
「それ炊きすぎなんだよ!早くどけ!!」
「に!キル兄ごめんっ」
ようやく気づいてベッドから降り、キルがお腹をさすりながらネリルに提案してみる。
「…っつつ……。 簡単な料理するんなら、経験がある奴に頼めばいいじゃねーか」
「に。じゃあ先生!」
「すみません♪」
「即答!?」
シュールが満面の笑みで断るが涙目で袖を掴んで見上げすり寄る。
「なんでぇ~? あたしとエラ姫ちゃんだけじゃ出来ないよぅ~」
「キッチンを破壊しそうですし、巻き添えをくらいたくないので」
「ふぇぇ~」
「あ。だったらフィリはどうだ?」
「に?」
「フィリなら今洗濯干しに行ってるし、多分お願いしたら教えてくれるんじゃねーかな」
「王子、洗濯してたんだ」
想像すると、ほんわかと洗濯物を干してる姿が目に浮かび、きゃぅ~と赤くなる。
「かぁい~//」
「いいから早く行け」
冷たく返され、早速フィリを誘いに宿の外へ向かう。
「王子~」
とてとてと手を振りながら走り、フィリが振り返るのと同時に石につまづき、ポテッと前に倒れるように転ぶ。
「あぅ」
「だ、大丈夫ですかネリルさん」
「えへへ…、だ、大丈夫…!」
上体だけ起こし、フィリを見上げる。
「良かった…」
にこっと無邪気に笑いかけるフィリに、ボッと赤くする。
「え…、笑顔が眩しいです王子…//」
「僕は王子じゃなくてフィリですよ?」
キョトンといつものように首を傾げて返すやり取りに、ふとここに来た目的を思い出す。
「あ、王子!」
「はい?」
「これからあたしとエラ姫ちゃんと一緒にお粥作って欲しいの!」
「お粥? 別にいいですよ。丁度洗濯物を干すのも終わりましたし」
にこっと笑みを見せて応えると、パーっと表情を明るくするネリル。
「あ」
ふと干されている洗濯物を見ると、リリーの布とキルがいつも額に巻いていたバンダナが干されているのに気づく。
「あれってキル兄がいつもしていたバンダナだよね?」
「あ、そうですね。リリーさんの布を洗うついでに、バンダナも洗ってくれと本人に渡されたので干してあるんです」
「キル兄、なんであんなに額を見られるの嫌がるのかなぁ」
「う~ん…。額というよりも、紋章を見られるのが嫌なのではないでしょうか」
「紋章?」
地面に座ったまま、ネリルが立っているフィリを見上げる。
「キルさんが黒炎(こくえん)を引き出したきっかけは、あの紋章が意を成しているからであり、威力の強すぎる黒炎を嫌っているから…」
「え、でもでも。今はもう普通の赤い炎を出してるよ?」
「…それは多分……」
視線を落とし、力無い表情に変わる。
「“覚醒”を拒んでいるんでしょうね…」
「…ぁ…………」
「表の人格である今のキルさんと、記憶を共有出来ない全く別の人格を持った裏のキルさん。どちらも同じ特殊属性である炎を扱えても、威力に違いがありすぎてどうしても差が開いてしまう」
一旦目を閉じ、ぽつりと小さく話す。
「恐らく彼は…、また人格が変わる事に恐れを抱いているのでしょう…」
「…………」
フィリから地面に視線を落とし、寂しそうにネリルが呟いた。
「あたしたちは…何も出来ないのかな……」
「大丈夫ですよ」
フィリを見上げると、フィリ自身も先程干したバンダナを見上げて笑みを浮かべている。
「僕達はキルさんの仲間なんです。今も覚醒後も、キルさんはキルさんに変わりないんです」
ゆっくりと顔をネリルに傾け
「彼が間違えそうになったら、僕達が助けましょう? ネリルさん」
「……………」
手を差し出すフィリを見て、ネリルもふわりと笑って手を握り立ち上がる。
「うん!」
「…で、なんだこれは」
持ってきた黒こげのお粥を見て、キルがネリル達を見る。
「え、え~っとね? 実はね?」
何故黒こげになったお粥を持ってきたのかを説明する。
~回想~
「…………」
完成したは完成したお粥だが、酷く黒ずんでいて食べれる物には全く見えない。
そんなお粥をネリルとエラは二人並んで顔に影を帯びる。
《ど…、どうしょう…|||》
~回想終了~
「って感じに今度は王子と一緒に三度目の挑戦で作ってみたんだけどダメでした」
「回想はえーよ!?全く回想になってねーし」
見るからに食べる物ではないお粥に、後ろでフィリが気を落とし涙ぐむ。
「う…っ、ご、ごめんなさいネリルさんエラさん…。最善を尽くしたつもりで教えたんですけど、考えたら僕もお粥の作り方分からなくて…っ」
「に、王子!レシピ見ながらでも作った事なかったら仕方ないよ!」
「いや、それ以前の問題だと俺は思う」
「確かに何とも言えない状況ですねぇ。ネリル嬢、アナタ一体何をどうしたらキッチンを破壊できたんですか」
「に!?何であたし限定なの!?」
名指しされるネリルだが、フィリが震えながら手を上げ応える。
「ご、ごめんなさい…。それ僕です。取り敢えず出来たお粥を入れていたら手に当たって熱くて…びっくりして……うぅ…っ」
(うわ、想像出来る…!)
キルが眉間にシワを寄せつつ想像する。
「おっすー。ハンナ様とクロル君が今帰って来たぜー」
買い出しから戻ってきたハンナがワインを持ち、クロルが材料を入れた袋を手にぶら下げたまま隣に立つ。
「お帰り…」
リリーが静かに返すと、皆の様子に気づきキョトンとする。
「を? なんだどうした。みんな揃いも揃って、キル君の看病か」
「うわ。ハンナ、あれ何だろう…」
「ん?」
クロルが黒ずんだお粥に気づき、ハンナもそれに目を向けて気づくと苦虫を潰したような表情をする。
「うげ、ひでぇ」
「やめろその顔。正直過ぎるのも問題だろ」
ツッコむキルだがシュールがにこやかに説明する。
「実はですねぇ、宿のキッチンが破壊されて弁償しなければならないんですよ」
「一体何があったんだ」
真顔で返すハンナにキルが溜め息をついてちゃんと説明する。
「お粥作ってる時に間違えてフィリが一部の壁をぶっ壊したんだよ。それで修理代がでちまってさ…」
「うぅ…。ごめんなさい皆さん…|||」
「にっ、仕方ないよ王子! 事故だったんだもん!!」
ズーンと落ち込むフィリをネリルが必死に励ます。
「あー。修理代だったら心配しなくてもいいと思うぞ」
「は?」
頭にはてなを浮かべるキルにクロルが察して詳しく話す。
「さっき沢山シューリングを手に入れたから、それ売ってきたんだー…」
「ほんとザコ同然だったよなー。あん時のクロル、すげー事になってたし」
「そうなの?」
クロルが今知ったようにハンナに聞くと、シュールが笑いながら受け流し話を進める。
「何故手に入ったのかは兎も角、修理代があるのなら心配はないですね」
「あ、有り難う御座いますハンナさんっ」
ぺこりとフィリが頭を下げてお礼を言って涙ぐむ。
「おいおいフィリ君。壁を壊したくらいで泣くもんじゃないぜ?」
「その返しは思いつきませんでしたよハンナさん。普通は破壊で無傷でいられません」
そんなやり取りをする中、キルはみんなを見て小さく笑みを浮かべる。
「…なんか、たまにはこうやってゆっくりするのもいいよな…」
リリーにそう言うと、こちらをゆっくり見る。
「……やっぱさ…、仲間って大事なんだな…。みんなにとっても、自分にとっても」
そう言うキルから目を追うようにゆっくり動かし、笑っているみんなの姿に視線を移す。
「………うん…」
ふわりと眺めたまま笑みを浮かべ、返事を返す。
「ところで…、このお粥って食べないと駄目か…?」
「もちろん!」
ネリルが元気いっぱいに返すが、食べれそうにない黒く焦げてるお粥を見つめ、はぁ…とまた溜め息をつく。
結局お粥を食べたキルは腹痛を起こし、一日中寝込んだとの事。
ーおしまいー